1.長い夢だったな
医学博士、
医学部大学院で医療機器メーカーとの共同研究に没頭し、プロジェクトの出資者である大病院の院長に見込まれ、
経営の才覚があった妻と、優秀なスタッフに恵まれて、大病院はさらに大きくなった。
医学会の革命児として、国内外に名声が響き渡り、地位も、あり余る財産も手に入れた。
息子二人、娘一人を授かって、みんな立派に独立した。孫の顔も増えた。
大、がつく成功者として、晩年を迎えた。
それでも最後の研究に没頭して、ついに完成させた新発明機の、最初の被験者となった。
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頭が、ぼうっとしてる。
目を開けるより早く、背中を
一休みのつもりが、だいぶしっかり昼寝したようだ。
「なんか……長い夢だったな」
身体を起こす。良かった、まだ明るい。
まぶしい日差し、
急に、頭の中に衝撃が走った。
「ぼくは……
慌てて、部屋の中を見る。
散らかるほどの趣味の物もない。机の周りには、教科書と参考書が山になっていた。卓上カレンダーは二〇二二年の八月、夏期講習と模擬試験の予定が、びっしり書き込まれている。
「高校、三年……そうだ、医大の受験で……確か……」
実家の二階の、自分の部屋だ。記憶のままだ。
いや、おかしい。実家もなにもない。生まれてこの方、住んでいる家だ。
記憶? なんの記憶だ?
思わず、髪の毛をかき混ぜる。少し長くなっていた。
同級生の中でも背は低い方で、日焼けしにくい白い肌と、女子みたいだとからかわれる顔、ひげは
一つ一つ確認して、ようやく、笑いが浮かんできた。
「はは……すっごい
言いながら、汗まみれのTシャツを脱ぎかける。
部屋着の適当なTシャツ、適当な短パンだ。昼寝をしていたベッドに、座ったままの姿勢で、たくし上げたTシャツが止まった。
笑ったはずなのに、怖かった。
部屋の扉から、目が離せなかった。
記憶じゃない、夢だ。追いつめられた受験生の
扉が、静かに開いた。
「あれー? ハルくん、起きてるー。つまんないのー」
ドアノブより下、四つん
「ふみ
「勉強がんばってるハルくんに、いいもの買ってきてあげたんだよー。ほら、ハーゲンダッツ! 今、なんか昼寝してるみたい、って聞いたから、背中に入れてびっくりさせようって思ったのにー。ざんねーん」
パンパンのトートバッグを
ふみ
三つ歳上だから、今年で二十一歳だけど、やわらかく長い髪と
手足が長くて、背も高い。小さな頃から頭一つ見上げていた位置関係は、今も変わっていなかった。ふみ
「まあ、大きくなったハルくんのお着替えが見れそうだから、いいかなー。おばさんたちも下で待ってるから、みんなで一緒に食べよー。ハルくん、なに味にする?」
「……チョコレートブラウニー」
「ハルくん、いっつもそれで、時々取り合いになったよねー。なので! んっふっふー、じゃーん! ぜーんぶチョコレートブラウニーでーす!」
ふみ
大量の、ハーゲンダッツのチョコレートブラウニーが、白っぽい
ふみ
「ちょっと、ふみ
「大丈夫、たくさんあるよー。二個でも三個でも、食べられるよー」
「そうじゃなくて、何個なのさ。ちゃんと数えようよ」
「んー、二十個くらいかなー? マルヤマノさんで、あるだけ買ったからー」
マルヤマノさんは、今時もう珍しい、個人経営の食品店だ。御近所はみんな顔見知りで、おまけもしてくれる。
とにかく二人で、拾い集めたのをトートバッグに戻す。
新しいTシャツとジーンズに着替えて、ふみ
部屋の中を、ゆっくりと振り返る。
机の脇、参考書と学校の
やっぱり、あった。
「ハルくん、すごーい。私、そんなところ気がつかなかったよー」
ふみ
そう。
気がつかなかった。
ちょうど使い終わった参考書と学校の
ふやけて、横倒しにひしゃげた紙カップから中身が染み出して、ベトベトになっていたんだ。
ふみ
夢じゃない、記憶だ。
どういうことなんだ。
一階に降りると、父さんと母さんがいた。
「なんだ、思ったよりまともな顔で降りてきたな。
「そうなんですよー。ちょっとだけ遅かったです」
「着替えた服あるなら、ちゃんと洗濯に出しておくのよ。部屋、
「わかってるよ……母さん」
かすれた声にならないよう、少し努力が必要だった。
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