第三十話 新たな目的

 ゲコ蔵の城から生還した日丸は月丸を忍者協会へ送り届けると、水流忍者たちの元へ急いだ。

 日丸はゲコ蔵に言われた通りに水流忍者たちに伝えた。情報の信憑性を持たせるため、ゲコ蔵しか在処を知らないはずの水流忍者の頭の証を提示した。これもゲコ蔵が信憑性を持たせるために在処を教えてくれたのだ。多くの水流忍者たちはそれを見ると信用せざるを得なかった。


 忍者協会へと戻ると皆が月丸の死を知り驚いていた。皆が悲しんでいる中、日丸だけは絶対に涙を流さなかった。月丸は死ぬ間際、日丸にしか聞こえない声で言っていた。毒で苦しみながらも、精一杯の笑顔で優しく話していた。


「それにもし、俺が死んでも、泣かないでくれ……。お前だけは俺のカッコイイ兄で居てくれよ……日丸」


 本当は泣きたかった。感情のまま叫んで、暴れたいくらいだった。でも、月丸との最後の約束を日丸は決して破らなかった。涙を堪えながら日丸は別れの言葉を掛ける。


「お前は最後の最後まで、俺のカッコイイ弟だったよ、月丸」


 全ての戦いが終わった。まだこの先何があるかわからないが、ひとまずの区切りとなった。

 安部小次郎はなんとか一命を取り留め、治療も順調なようだった。

 宗岸雅文は見事勝利を収めたことに気分を高揚にしながら元気よく自宅の扉を開く。


「ただいま!」


 しかし何も帰ってこない。まるで家に誰も居ないような静けさが不気味に感じる。


「出掛けてるのかな……」


 刀を丁寧に置き、宗岸典平むねぎしのりひらの部屋の戸を軽く二、三回叩きそっと引き戸を開ける。八畳の広さで奥には棚や壺が佇んでおり、障子からは西日が少し漏れて部屋を明るくしている。雅文が入ってまず目に入ったのが敷布団だった。典平は敷布団の上で寝ていた。

 典平は雅文が出掛ける前に不治の病にかかっており、長くは生きられないと言っていた。よく見ると、掛け布団をしっかりと被っていない。右手も布団からはみ出している。


「もう……父上、風邪ひきますよ?」


 目を覚ますような様子はない。仕方なく雅文は首元まで布団を掛けてあげようとしたとき、雅文の手が典平の手に触れた。その瞬間、雅文は血の気が引く。全く体温を感じなかった。


「父上……? 父上、起きてください……! 父上! ……父上」


 何度呼びかけても反応はない。雅文の目からは涙が止まらない。宗岸典平はこの世を去っていた。


──数日後──


 葬式を済ませた雅文は遺品を整理していた。そこであの日気づかなかったが、机の上に手紙があることに気がついた。


『棚の四段目を開けよ』


 そこには典平の荒々しい字で書かれた指示が書かれていた。雅文は典平の部屋の棚へ向かう。幼い頃からこの棚には触れるなと釘を刺されていた。恐る恐る棚の四段目に手を掛ける。四段目というのが妙にリアルに感じて怖い。開けると肌触りの良い高級感のある紫の箱と手紙が入っている。机に並べ、手紙を読む。


「雅文へ。これは我が宗岸家に代々受け継がれてきた『龍の爪』だ。しかしこれを必ず受け取れとは言わん。お前がこの先どうしたいのかはお前自身が決めることだ。お前が剣の道を捨てようが、私はお前の幸せしか願っておらん。しかし、これはお前の人生を決める大事な選択だ。よく考えてからこの品を受け取るか否かを決めろ」


 雅文は読んでいくうちに典平の自分に対する気持ちが分かっていき、自然と目に涙が溜まる。

 手紙を読み終え、箱を開ける。そこにはかなり尖った龍の爪らしき物に紐が通してある物が入っていた。涙を拭いた雅文は龍の爪を手に取り首に掛けると、刀を握って外に出る。そして空を見上げて元気よく言う。


「父上! 龍の爪は、しっかり受け取りました!」


 しかし悲しい出来事ばかりではない。戦いを終えた三嶋武蔵みしまむさしは己の目的である自分だけの剣術を見つけることができた。もう旅をする必要もない。そして武蔵は一人の少女の元へ向かう。小春と武蔵はお互いが命の恩人である。そして二人は奥山城へ向かった。

 二人は広い場所で小春の父であり、奥山城の城主である奥山秀俊に挨拶する。しかし二人は認めてもらえる自信は無かった。物は試しということだ。


「秀俊さん。娘さんを私にください!」

「その経緯を訊いてもいいかい?」

「私は今まで父親というのは自分の子供のことを簡単に利用できる手駒としか思っていない存在なのだと思っていました。だから私は父親になることは無く一生を終えようと考えていました。しかし、私は小春さんに出逢ったときに思ったんです。彼女とずっと居たいと。そして彼女から秀俊さんのお話を聞いたり弟子とその父親の関係を見てみれば、私の想像していた父親とは全く違った。子供のことを一番に考え、子供の無事を自分のことのように喜ぶ。私は是非ともそんな父親になりたいと思いました」


 武蔵は旅を通して剣術以外のこともたくさん学んだ。世の親は自分の親とは全く違う。それを知った武蔵は小春と共に生きたいと考えた。


「だからこそ、秀俊さんがどれだけ小春さんを大切に思っているか存じ上げている上で、小春さんの無事と幸せをお約束します。ですから、小春さんを私にください!」

「私からもお願いします!」


 二人が頭を下げた後、少しの沈黙が続いた。風が吹き込んでくる音や小鳥のさえずりが目立つ。しばらく経った後、ようやく秀俊が口を開く。


「私が止める権利はないだろう」

「え?」

「祝福しよう。二人の結婚を」

「いいの?」


案外あっさりな答えに思わず小春は聞き返す。


「なぜそんなに疑わしいんだ。私だって小春が結婚することは嬉しいんだぞ?」

「でも……奥山家の子供は私しかいないし、私がここを出たら──」

「そんなこと、お前が考える必要はない」


 秀俊は突然真面目な顔をして言った。驚いた小春を見て再度笑みを浮かべると、優しい口調で話し出す。


「お父さんはな、小春に幸せになってもらいたいんだ。今の今まで、奥山の子としてとっても頑張ってくれた。お母さんが早くに天国に行って、男手一つで不器用で。そんな私にお前は離れることなく着いてきてくれた。お父さんは小春に、最後の最後まで家に縛られて欲しくないんだ。だから、お前は奥山のことなんて考えないで、自分の幸せだけを考えなさい。そして、それを武蔵くんと築き上げなさい。それが約束だ」


 秀俊は小春にもっと女の子として楽しく人生を生きて欲しかった。母親を病気で早くに亡くし、それがきっかけで医者になると決めた小春。母親を亡くした時あれだけ泣き叫んでいた彼女はもう決して弱くはない。奥山家を離れても、小春はいつまでも奥山の子供であり、心はずっとこの町にあり続ける。

 そして今までの狭苦しい生活を取り戻すように、武蔵との新たな人生を歩み始める。


「ありがとう……お父さん」

「よぉし! そうと決まれば早速結婚式だな! 我が愛娘の晴れ舞台だ。奥山の腕を精一杯振るうぞ!」


 秀俊は自分のことのように気分を高揚させる。それを見た二人は顔を見合わせ、思わず笑ってしまう。


「ちょっとお父さん! あんまりはしゃぎ過ぎたら腰痛めるよ! ねぇ! 子供じゃないんだから!」

「分かっとる分かっとる! ちょっとぐらいいいだろう?」

「ダメ!」


 武蔵はそのやり取りをしんみりと眺めながら少し羨ましく思った。


 その頃、落城したゲコ蔵城に四人の男たちが訪れていた。すると黒蔵が独り言を言う。


「もう戻ってくることはないと思っていたが……変わらないな」

「もう時期取り壊しになる。これで見納めだ」


 伯羅巖が高い最上階を見上げながら言う。自分たちを裏切ったにせよ、一時のお世話になった城に別れの挨拶をしに来ていた。四人は横一列に並ぶと、頭を下げる。そして頭を上げると、忍者協会本部へと戻って行った。


──二週間後──


 奥山城で結婚式が行われる。我らの町の姫が結婚すると聞きつけ、町中の町民が集まる。城内ではともに戦ったみんなが招待されて集まった。武蔵の周りでは、雅文と小次郎が泣いて喜び、忍者協会のみんなや大地と日丸も自然と笑顔になっている。

 小春の周りでは、親密な関係の人々が祝福し、小春の世話係だった女性は化粧が崩れるほど号泣している。


「まだ小さかった小春様がこんなにも美しくなられてぇ……」

「はいはいありがとね、京さん」


 小春は幸せそうに笑いながら女性の背中を摩る。秀俊はお偉い方々にお礼を言いながら酒を注いで回っている。

 そこに遅れてドタドタと焦った様子の足音が近づいてくる。


「武蔵! ご結婚おめでとうでござる! まさか武蔵が結婚するとは驚きだな。はいこれ、手土産」

「志士! 元忍者がドタバタ足音立ててんじゃねぇよ。でもありがとう」

「いいんだよ、祝いの席なんだから。ん? 君はもしやあの時の……」


 志士は小次郎に向かって声を掛ける。


「お主はまさかあの時の忍か?」

「おおやはり、親友の武蔵が世話になっているでござるな」

「いえ、どちらかというと我の方が世話に」


 二人の絡みを見て武蔵が首を突っ込む。


「二人面識あるのか?」

『共に戦った仲間だよ』


 二人は口を揃えて言った。そして志士は野暮用があると言い、颯爽と帰っていった。まさに嵐のようで、「相変わらずだなぁ」と武蔵たちは思った。

 こうしてその日は夜までみんなで盛り上がった。


 あれから十年。各々がそれぞれの新たな目的のために自分たちの道へと進んでいた。


 奥山町は名を「小春町こはるまち」へと変え、うどんと団子に加えて刀が有名な町となり、どんどんと発展していった。宗岸道場では剣技を身に付けたいと若者が集い、宗岸流が広く知られていった。その道場にはたまに、長刀の剣術士と二刀流の剣士が顔を見せ、独自の流派を伝えている。次第に小春町では「宗岸流」と「三嶋流」の剣術が名を揚げていった。


 忍者協会には新たに四人が加わり、さらに賑やかとなった。と言っても特に何かが変わったわけではない。いつも通りみんなで食事をし、時にみんなで任務をこなす。それが忍者協会なのだ。

 大地は当初からの目的である「獣流忍法を広める」を成し遂げるため、一人で旅を続けながら修行、観光、人助けをすることを決めた。そして一人の忍者は──。



 夜も更けた頃、静かな街の片隅でなにやら事件が起きている。三人の男が一人の女を囲んで何かを強要している。女は腕を掴まれ、口を手で抑えられ逃げられるようではない。声も出せず、助けも呼べない。そんな絶望的な状況で一人の忍者が現れる。

 三人の男は一人が女を抑え、二人が懐に忍ばせておいた刃物で忍者に迫っていく。


「正義面してんじゃねぇぞ!」


 思いっきり斬りかかった男は瞬く間に気を失ってその場に倒れる。もう一人の男は腰が引けた様子を見せつつ斬りかかるが、その男も同じようにその場に倒れる。女を抑えていた男は焦った様子で逃げていく。女は逃げていく男を見た後に振り返ると、そこに忍者の姿はなかった。


 数日後。その街に大きな集団がやってきた。その中にはこの間逃げた男も見える。先頭には偉そうな男が胸を張って歩みを進める。集団が向かう先には一人の忍者が立っていた。先頭の男が声を張って大声で喋る。


「おい義賊! こないだはウチの可愛い下っ端が世話になったなァ! 今度は俺たちが相手や!」


 忍者は一人で市民を悪から守り、その行動から悪党たちから「義賊」と恐れられ、この忍者を倒した者が正義とまで言われている。それから大きな権力を手に入れる近道だと、数多くの悪党がその忍者に戦いを挑んでは負けている。

 そして今宵、その忍者の元にはかつて清水組で水流忍者が忍者協会に従うということに反対した残党が勢力を上げて挑んできた。


「十年越しの仕返しや! 今日こそお前をぶっ倒す! 行けーー!」


 先頭の男の掛け声と同時に、大勢の男たちが襲いかかって来る。忍者は動揺することなく冷静に右手の小太刀と左手のクナイで男たちを捌いていく。そして高く空へ飛び上がると、男たちを目掛けて忍術を唱える。


『星流忍法 しし座流星群ししざりゅうせいぐん


 夜の街には爆発音と男たちの断末魔が響き渡る。

 数年前から圧倒的に忍者が減った今。一人の男「星野日丸ほしのにちまる」は獣流忍法と星流忍法を使いこなす最強の忍者となった。


 市民たちからは助けてくれる正義の忍者と言われ、悪党たちからは義賊と言われ。次第にその名は幅広く浸透していき、やがてその星流忍者は総称として『星忍ほしにん』と呼ばれるようになっていった──。




 ──カンッカンッカンッと刀を叩く音が狭い工房に響く。鍛冶師の男の名前は「三嶋武士みしまたけし」。

 ある日いつものように仕事をしていると、見ない顔の男四人と女一人が訪ねてきた。五人はそれぞれ赤、青、黄色、深い緑、黒の服を着て、背中にはそれぞれの色のマントを付けており、深い緑と黒に至っては腰に剣を携えている。武士たけしが奇抜な格好だなと不審がっていると、赤い服の男が尋ねてくる。


「すみません、『剣士伝説』をよく知っているというのはあなたですか?」


 「剣士伝説」。武士はその言葉について覚えがあった。武士は人助けだと思いその質問に答える。


「……ああ、昔この地に訪れた『災い』と戦った一人の英雄と、その英雄の意志を継ぐ『伝説の三剣士』たちの話だな──」



── 『星忍』 完 ──

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