第二十九話 一緒に

 自分を庇おうとゲコ蔵の攻撃をくらった月丸。その攻撃には即効性の毒が含まれており、月丸は戦えそうにない。

 日丸は爆発しそうな怒りを抑えて冷静に思考を巡らせた結果、一つの答えに辿り着く。あの力が使えたら──。


 その時日丸の中で何かが目覚めそうな予感がしていた。日丸は怒りと涙を堪えて、血眼ちまなこでゲコ蔵を見据える。刀を強く握り直すと、真っ直ぐ走り出す。


『獣流忍法 猟豹チーター!』


 その速度は今までよりも遥かに速かった。

 チーターの鳴き声とともに激しい刀のぶつかり合いが始まる。ゲコ蔵は日丸の攻撃に少々押され気味である。しかしゲコ蔵もそんな簡単には下がらない。思いっきり日丸を弾き返すと、鎖を回して分銅を投げてくる。小さな分銅は常人の目には止まらない速度で飛んでくる。日丸は冷静に軌道を見極めて刀で弾く。

 距離が離れてしまった。攻撃の範囲や種類が豊富な水流忍者には適うはずがない。日丸が意を決して一か八か試してみる。自分が本当に最強の忍者の血を引く子供ならば、その力を受け継いでいるのではないだろうか。そんな淡い期待を望みに集中する。


 物心が付き始めた頃の尊敬していた大きな背中を思い出す。その人物が使っていたの忍術。その莫大な力には何であろうと打ち勝てない。精神を研ぎ澄ませ、刀を天に向け、叫ぶように唱える。


星流せいりゅう忍法 流星りゅうせい!』


 真夜中の城の屋根の上。月明かりとは別の光が空から降り注ぐ。見上げれば燃え盛る岩が空からこちらに落ちてくる。

 ゲコ蔵は目を疑いながら一瞬取り乱したものの冷静に躱す。城に隕石が直撃したと同時にゲコ蔵は飛び上がると鎖鎌の分銅を持ち、回りながら鎌をこちらに投げてくる。その鎌は水を纏い、渦を巻きながら迫ってくる。


『水流忍法 渦鎌うずがま!』


 それに対抗するように日丸は向かっていく。その速度はチーターどころの速さではなかった。


『星流忍法 彗星斬すいせいざん!』


 青い光を発しながら突っ込んでいく。剣先が眩く光る。お互いが触れ合った瞬間、お互いが弾かれる。ゲコ蔵は一瞬の猶予も与えず攻撃してくる。飛び上がると、月明かりを背に竜が飛んでくる。


『水流忍法 水竜牙すいりゅうが!』


 日丸を目掛けて飛んでくる竜に向かって忍術を唱える。


『星流忍法太陽技 灼熱しゃくねつ!』


 空中を飛んでいた水の竜が日丸の元に辿り着く前に消滅してしまう。ゲコ蔵は突然強くなった日丸に戸惑っていた。

「最強の忍術だとは聞いていたが、こんなになのか……。なんとか持ちこたえているが、このままだと負けかねん……」

 その時、ゲコ蔵の目の前には構えている日丸がこちらを睨んでいる。器用な日丸は即席で忍術を創る。得意の獣流忍法と、才能の星流忍法。この二つを掛け合わせた忍術を今、生み出した。


『獣流星流合わせ技 しし座流星群ししざりゅうせいぐん!』


 空からは先程見た流星が迫ってくる。それと同時に正面から赤く煌めく大きな獅子を纏った日丸が向かってくる。こんな大技をまともに受けては命の保証がない。しかしゲコ蔵は焦ることなく、空中に鎌を向けながら忍術を唱える。


『水流忍法 空中波紋くうちゅうはもん


 するとゲコ蔵の鎌の先端から空中に波紋が広がっていく。水面に一滴の雫が落ちたような静けさと共に、広がった波紋が日丸の攻撃を防ぐ。多種多様な水流忍法の中で唯一の守り技である。

 攻撃を防いだ後に、分銅が飛んでくる。瞬時に刀で守ろうとすると、刀の刃に鎖が絡みつく。そしてゲコ蔵が勢い良く引っ張ると刀は日丸の手元を離れ、そのまま屋根の外へ投げ出されてしまう。

 再び飛んできた分銅は日丸の腹を捉え、日丸は後方へ飛ばされる。立ち上がった日丸は背負っていた鞘を屋根から落とし、懐から小太刀を取り出す。駆けた日丸はがむしゃらに小太刀を振る。


『獣流忍法小太刀技 ひょう!』


 しかし今更そんな攻撃は通じない。一方的に攻撃をくらい、完全にゲコ蔵の調子である。そして日丸が空振りした隙を見て、ゲコ蔵の脚が日丸の鳩尾みぞおちに入る。その脚力により飛ばされた後、膝を着く。呼吸も思うように出来ず、激しい痛みと同時に嗚咽までが襲ってくる。やはり一人では勝てないのか? 折れかけた時、視界の片隅に横たわった月丸の姿が見える。今にも気を失いそうになりながら薄い目で月丸を見る。そして全てを思い出す。

「俺はいつも守られてばかりだ。月丸はそうじゃないと言っていたけど、紛れもない事実だ。父さんも俺たちを守るために死んだ。なのに……俺は兄なのに、お前を守れなかった……! 今俺が生きているのは二人のおかげだ。ここで俺が死んだら二人の死が無駄になる! 俺が勝たなければ、勝たなければならない!」

 日丸は痛みに堪えながら立ち上がる。その際に手元に転がっていた月丸のクナイを左手で掴む。そして日丸は叫んだ。


「父さんはあの時、俺たち二人なら最強だと言ってくれた。俺にはやっぱりお前が必要なんだ。仇を取るぞ、一緒に!」

「お前も早くあの世に送ってやるよ。二人とでな!」


 日丸は右手に持った自分の小太刀と、左手に持った月丸のクナイを左右に向け、ゆっくりと両手を上げていき頭の上で交わらせる。その時、二つの武器がそれぞれ太陽と月のように見えた。


『星流忍法!』

『水流忍法 泡沫散弾うたかたさんだん!』


 日丸はひたむきに走り出す。そんな日丸を仕留めるために、ゲコ蔵は月丸を苦しめた有毒の技を撒き散らす。一つでも被弾すれば、ゲコ蔵の元に届かぬまま息絶えてしまうだろう。しかし日丸は全てを綺麗に躱しながらただひたすら走る。


「クソッ! クソックソッ! なぜ当たらん! ちょこまかしよって!」


 ゲコ蔵は鎖鎌を急いで取り出し、忍術を使う。


『水流忍法! 渦鎌うずがまあああぁぁぁ!』


 全ての攻撃を回避し、ようやくゲコ蔵の元に辿り着いた日丸が、思いっきり小太刀とクナイを揃えてゲコ蔵の首を狙って横から振る。


金環日食きんかんにっしょく!!』


 ゲコ蔵の鎌は渦を巻くように水を纏い、攻撃を呑み込んでしまいそうである。対して日丸の小太刀とクナイからは大きな光の輪が刃となり、その威力は想像も出来ない。

 お互いの攻撃がゲコ蔵の首元で交わる。ゲコ蔵のどんな攻撃も呑み込み、弾いてしまうような衝撃と、日丸のどんなものでも切り裂いてしまうような攻撃が激しくぶつかり合う。


『はああああああああああああ!!!』


 二人の咆哮が入り交じり、お互いの威力を増す。恐らくこの引き合いを制した者が勝利するだろう。

 そしてじりじりとゲコ蔵の手により、日丸の小太刀とクナイが抑えられ、狙いが首から外れる。このままでは下に抑えられた後、下からゲコ蔵の鎌が上がってきて日丸の首を貫くかもしれない。

 とその時、天から二人を月光が照らす。それと同時に日丸の左手にあるクナイが輝きを放ち始める。その威力はどんどんと増していき、ゲコ蔵の鎌にひびが入る。


「まさか……! 川之鎌の鎌が折れるとでも言うのか! ──っ!」


 その時、ゲコ蔵は目を疑った。目の前には日丸がいるが、その後ろにが日丸に力を注いでいる。そして──。


「これが、星の力だあああああ!」


 光の輪がゲコ蔵の腹部を鎌ごと切り裂いた。同時にゲコ蔵はとんでもない速度で吹き飛び、屋根の大棟おおむねで背中を強打した。

 ぐったりとしているゲコ蔵に日丸は歩み寄る。ゲコ蔵は遠くを見ながら言葉を漏らす。


「やはり、星流忍者は強いんだな……」

「お前の目的は何だったんだ。なぜお前は忍者をしていた」

「俺の家は代々有名な鎌作りだった」


 ゲコ蔵は自分の過去を全て日丸に話し始めた。



──約二十年前──


 まだ六歳だったゲコ蔵は形も刃も綺麗な鎌を作る父親が大好きで尊敬していた。毎日たくさんの人がゲコ蔵の家に訪れ、父親の鎌を気に入っては新しい農具として買っていく。そんな父親はみんなの人気者だった。自分もいつか上手に鎌を作れるようになり、父親の後を継ぐのだと思っていた。貧乏な暮らしだったけど、町の人たちは優しかったし、この日常が幸せだった。

 ある日の出来事だった。夜、ゲコ蔵は用を足そうと目を覚ました。夜も老けていて、町は静かで明かりもない。そんな中で、家の廊下で小さく床が軋む音が聞こえてきた。ゲコ蔵は恐る恐るその音の正体を突き止めようと音の方へ向かうと、家から少し離れた敷地内にある作業場の明かりがまだ付いていることに気がついた。

「お父さんまだ起きてるのかな?」

 ゲコ蔵は邪魔にならないようにそっと中を覗いてみた。そこでゲコ蔵は忘れられない光景を目にした。そこには血を流して倒れている父親と、その傍に立っている黒い服に身を包んだ一人の忍者がいた。忍者の右手には鮮血に染まった刀があった。忍者はゲコ蔵に気づかないままその場を立ち去った。

 その後ゲコ蔵は一人で探り、真相を突き止めたのだった。



「親父の死の真相は誰もわからないまま終わった。でも俺だけは知っている。親父は俺たち家族に嘘をついて裏で毒の密売をしていた。親父の毒は即効性があると界隈では有名だった。その毒はいろんなところでたくさんの人間を殺していた。それを止めるべくして隣町の忍者が親父を暗殺したっていう訳だ。俺は嘘をついて一人儲かっていた親父と、大好きだった親父を殺した忍者を許せなかった……! だから俺は身近にあった鎌と毒を使って独学で水流忍法を学んでようやくここまで来た。画一的忍者や普通の侍如きが個性的忍者に敵うはずがない。名もない忍者が天下を統一し、この世から忍者を抹消するのが俺の目的だ……。お前の父親は当時最強と謳われていた。都合が良かった。奴を殺した俺は一気に水流忍者の中で有名になり、ここまで大きくなった。でも俺は負けた。俺の計画もここで終わりだな」

「お前が死ねば、忍者は抹消されない。名も轟かぬままお前は消える。俺は父さんと月丸をお前に殺された……。俺が今まで忍者をやってきたのはお前を倒すためだ。お前がやったことは決して許されない。でも、少しでもお前の心に反省の色があるなら、罪を償いたいと思っているのならば、来世ではきっと報われるよ……。俺も目的は果たしたし、これ以上俺たちのような人を増やしてはならない。だからやっぱり忍者は──」


 日丸が忍者を無くすと言おうとした時、ゲコ蔵が反対する。


「お前は忍者を辞めるな。忍者も消さないでいい。忍者に恨みを持っている奴は大量に居るだろう。だが少なくとも忍者に救われた者もいるはずだ。それにお前は今、おそらくこの世で一番強いんだ。お前こそがこの国を守っていけ。こんな俺が言えたことじゃない。それに俺を慕っていた奴らがいつお前を襲うかわからない。だから最後に頼みたい。この鎌を水流忍者に見せながらこう言うんだ。『川之鎌ゲコ蔵からの遺言だ。水流忍者は忍者協会に従い、己の目的に加え平和を守ることに徹しろ』と」

「でもそれじゃお前の名誉が──」

「そんなものもうどうでもいい。これが俺に出来る精一杯の償いのつもりだ。この世の平和のためにも、頼んだぞ……星流忍者。行け!」


 日丸はゲコ蔵を気にしながら右手に折れた鎌を持って、月丸を背負うと、街の方へ向かっていった。

 ゲコ蔵は星空を見上げながら一人言をボヤいていた。


「まさか、俺の鎌が折れて負けるだなんてな。それにアイツの後ろに見えた二人は……。フッ、井の中の蛙大海を知らず、とはまさにこの事か。この世にはまだまだ強い奴がいるんだな……。ここで……終わり、だな……」


 月明かりに照らされながらゲコ蔵はそっと目を閉じた。

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