第二十八話 やっと会えたな……

「我が名は岩流忍者、伯羅巖吾雷である!」


 忍者がそう名乗ると、鬼豪が口を開けたまま声を漏らす。


「おま……えは……」

「久しぶりだなぁ〜鬼豪。数ヶ月ぶりか? お前は相変わらず変わらないなぁ。だが、己の危険を顧みず、一人で特攻するなどという外道な戦術を教えた憶えは無いぞ?」

「それは……すまん。だがな! お前こそなんでここにいるんだ! 死んだと聞いているんだが!」

「おいおい人を勝手に殺すな。ま、どうやらそこの水流忍者も私の生存に驚いているようだし。作戦は上手くいったようだ。鬼豪。敵を欺くにはまず味方から、という言葉があってだな?」


 伯羅巖の言う通り、ゲコ蔵も彼の生存を目の当たりにして驚いていた。一度死んだとされた男が、今まさに意気揚々と生きている。

 伯羅巖は物語の裏で何が起こっていたのかを語り出した。


「私が死を確信し、意識が朦朧もうろうとしていた時、一人の少女が私の目の前に現れた。彼女は医者を目指しているらしくてね。必ず助けます、という声が最後に聞こえたんだ。その時は私も不可能だと思いながら意識を失った。しかし目が覚めたら私は病室で寝ていたんだ。何が起こったのか分からなかったが、どうやらの攻撃は致命傷ではあったものの命に関わる傷ではなかったそうだ。そして傷も徐々に回復していき、私は完全に復活した。そしてなまった身体を戻すとき、ある作戦を思い付いた。と報告させれば、ゲコ蔵は確実に油断する。私の目から解放されたら間違いなく本当の計画を始めるだろうと踏んでいたんだが、どうやらその予想は的中したみたいだねぇ〜」


 伯羅巖は一人の医者を目指す少女によって命を救われたらしい。そして完全に治った伯羅巖は、鬼豪の元に駆け付けたのだった。

 ゲコ蔵は伯羅巖の復活に少々驚いていた様子だったが、一人増えたところで何も変わらないと言うと、男たちに指示を出す。再度男たちが立ち上がり、二人に向かって走ってくる。そこで伯羅巖が鬼豪に声を掛ける。


「時に鬼豪。力を貸してはくれないか? いくら岩が強いと言っても、水は量が増えればその分力を増す。あの量を一人で相手出来るとは到底思えない。立てるか、鬼豪」


 鬼豪は傷だらけなのにも関わらず、伯羅巖の誘いを快く承諾する。鬼豪は立ち上がると、再び刀を構える。そして伯羅巖がゲコ蔵に向かって声を上げる。


「川之鎌ゲコ蔵! お前の下で過ごさせて貰ったのは事実。しかし覆水盆に返らず、という言葉があってだなぁ。貴様がどれだけ水を巧みに扱えようと、一度こぼしてしまえばもう戻らぬ水もあるということを教えてやるよ」

「フンッ。たった一滴二滴が戻らぬとも高が知れとる。はなから視野になど入れとらんわ! 手を抜くな、確実に仕留めろ!」


 ゲコ蔵は指示を出すと、一人颯爽と逃げていく。追おうとするが、男たちによって行く手を塞がれてしまう。


「水には感電しやすい雷と、水にも動じない大きな岩が強いとされる……。まさに! これは私が非常に有利というわけだな! 『岩流忍法 雷岩らいがん』!」


 伯羅巖と鬼豪が男たちと戦っていると、大地と柊も参戦する。


「川之鎌ゲコ蔵のことなら心配するな。多分お前らよりもっと憎んでる二人が必ず倒してくれるから」


 鬼豪は話しが全く理解出来なかったが、伯羅巖は心当たりのある二人を思い出した。


「ああ、たしかに彼らのほうがアイツと戦うには適しているな。……頼んだぞ、獣の忍者たち」

「なぁおい。その二人って誰だよ」

「お前が知る必要は無い。俺たちはとにかくコイツらに専念するぞ」

「……わぁったよ」


 四人と男たちが戦っているのを背に、ゲコ蔵は一人森の中に消えていく。

 森を抜けると、自分の城が見えてくる。鮮やかな青緑色の屋根が一段と目立つ。城の周りには自分の手下たちが見張りをしており、城内にもたくさんの兵士たちが警戒をしている。


 ゲコ蔵が最上階にある自分の部屋へ向かう途中、窓の外に小さく緑の光があることに気づいた。目を凝らしてよく見ると、見たことの無い緑色の馬とその上には赤い服を着た者と、青い服を着た者が乗っており、こちらの方へ向かって来ている。そう、日丸と月丸である。


 二人が城に近づくと、城の方から無数の矢が飛んでくる。しかし、月丸の手綱捌きによって矢は一つも当たらず、着々と近づいていく。そして、男たちの目の前に来たところで馬から降りると、男たちを斬っていく。しかし、城内からは兵士たちが出てきて、一向に城の中には入れない。その時だった。二人の他に男たちを倒している二人がいた。


「鉄丸と黒蔵?」

「お前たちの目的はゲコ蔵だろ。こんなところで足止めされていてどうする。さっさと行け」

「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ」


 そう言うと、星忍の二人は城の二階の屋根に登り、城内に侵入した。


「皆の想いを背負ってんだ。失敗したら許さんからな……」

「心配するな。二人は最強の二人組なんだから。昔から見ている俺が保証する」


 二人は星忍を見送ると、男たちを片っ端から片付けていく。


『影流忍法 しん黒影龍こくえいりゅう!』

『剛鉄流忍法 無数弾丸むすうだんがん!』


 その頃城内では、流石忍者の城だけあり、壁から床から天井から。四方八方から侵入者を仕留めるための仕掛けが発動される。二人はそんな仕掛けや城内の兵士たちをくぐり抜けて、とうとう最上階に辿り着いた。

 そこに川之鎌ゲコ蔵の姿は無い。二人は警戒しながら進む。すると、一番奥にある窓が一つ不自然に開いている。二人は察する。最終決戦となる戦いの場所を。

 二人は窓から外に出て、屋根に登る。この辺り一帯が見渡せる高さ。そんな屋根の上にゲコ蔵はいた。


「川之鎌ゲコ蔵! お前を止める。そして父さんの仇を討つ!」

「薄々感じてはいたが、やはりお前たちはあの男の子供か。しかし、私もここで立ち止まるわけにはいかないんだ。今はここら一帯だが、いずれこの国は我が手に堕ちる。そして忍の私が天下を治めることで、よりよい国作りをしてあげるのだよ」

「お前みたいな卑怯者なんかにこの国を渡してたまるか!」

「強い者が上に立つ。どんな手を使ってでも勝てばいい。そこらの武士如きは我々の忍術には及ばん。我々個性忍者は天下統一など容易いのだよ?」

「なら尚更お前を止めるまでだ!」


 ゲコ蔵は腰に掛けてあった鎖鎌を手に取る。鎌の柄尻から鎖が延びており、その先端に分銅と呼ばれる鉄の球が取り付けられている

 両者共に沈黙の時間を過ごしたあと、とうとう戦いの火蓋が切られる。


 ゲコ蔵は鎖を持って空中で分銅を振り回す。二人は中々距離を詰めることが出来ない。すると突然分銅が飛んでくる。その不規則な攻撃は非常に厄介で、思うように戦わせてくれない。月丸が流れを変えようと試みる。


『獣流忍法 鬣犬ハイエナの術』


 すると青白く光るハイエナがゲコ蔵を囲む。ハイエナは一匹ずつ噛み付こうとする。ゲコ蔵は冷静に対処する。


『水流忍法 水流操作すいりゅうそうさ


 ゲコ蔵の左手の動きに沿って水が空中を流れる。その水はハイエナたちを呑み込み、一瞬にして消し去ってしまった。お互いがお互いの強さを探るように攻防戦が続いた。そして──。


 ゲコ蔵の優勢となった。やはり実力に差がありすぎるのだろうか。月丸が率先して立ち向かう。


『獣流忍法秘伝奥義 月光狼げっこうろうの術!』

『水流忍法 水竜牙すいりゅうが


 月丸とゲコ蔵がぶつかり合っているうちに、別の方向から日丸が仕掛ける。


『獣流忍法 とらの舞!』


 ゲコ蔵は月丸の攻撃を逸らすことが出来ず、虎の攻撃を真に受けたかと思われた時。


『水流忍法 気化回避きかかいひ


 ゲコ蔵は一瞬のうちに二人の目の前から姿を消す。そして日丸の背後から蹴りを入れる。蹴り飛ばされた日丸は屋根の端で止まった。ゲコ蔵は日丸に向かって攻撃する。


『水流忍法 泡沫散弾うたかたさんだん


 小さな泡が無数に飛んでくる。すぐに動けない日丸を庇おうと月丸が間に入る。飛んでくる泡をいくつか切り落としていくが、わずかに被弾してしまう。その間に日丸が立ち上がると、二人で体制を整える。しかし、ゲコ蔵は気味の悪い笑みを浮かべてこちらを見ている。

 日丸がゲコ蔵に違和感を感じた時だった。


「うっ……!」


 突然自分の横で月丸が倒れる。見れば苦しそうに頭と腹を抑えている。顔色が悪く、汗の量が凄い。手足は小刻みに震え、痙攣している様子だ。心配して駆け寄るがこちらに応えている余裕は無さそうだ。原因が何かわからない時、ゲコ蔵が得意げに情報を漏らす。


「トリカブトだ。そこらのとは違う即効性の毒で、被弾しただけで終わりだ。もがき苦しみながら死んでいく」


 日丸は月丸を抱き抱えながらゲコ蔵の言葉に怒りが爆発しそうだった。その時月丸が掠れた声で話し掛けてくる。


「日丸……。俺はもうダメかもしれない。もう二度と、お前に会えないかもしれない……。だから最後に伝えておく。俺は日丸の弟で本当に良かった。何をするにも、どこに行くのも一緒で、いつもいつも楽しかった。ここまで来てこんな情けない最後なのが不甲斐ない。だから頼む、必ず奴を倒してくれ。それにもし、────」


 日丸は月丸の顔も滲んで見えるほど涙を溢れさせる。だんだんと月丸の瞼が閉じていく。しかし日丸はそっと月丸を置くと、最後の月丸の言葉を胸に涙を拭いて立ち上がる。自分は月丸と父親の仇を取らなければならない。しかし月丸が動けなくなったのであれば、一人で奴に勝てるとは思えない。こんな時こそ冷静に。思考を巡らせた後、ある一つの答えに辿り着く。あの力が使えたら──。

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