第二十七話 熱いモノ

 清水組の拠点の城を横目に、繁華街を馬に乗って通過する。すると遠くで悲鳴が上がり、なにやら騒がしい様子である。草野大地は一人馬から降りると、星忍をゲコ蔵の元へ向かわせ、一人で様子を見に行くことにした。

 大地が駆けつけこっそり様子を窺うと、炎を纏った長刀を振り回している一人の男がいた。その男の名は「鬼豪燎仁きごうりょうじ」。忍者協会の三人を以ってしても、苦戦した相手である。

 そんなことも知らず、大地は一人で奴の前に出る。


「おい燃えてる人! 何してんだ!」

「何の用だ」

「今すぐやめろ。さもなくば──」

「貴様、獣流忍者か?」


 大地の言葉を遮りながら鬼豪は訊いてくる。大地はその具体的な質問に少し動揺しながら答える。


「ああ……それが、どうした!」

「貴様ともう二人を始末するよう命じられていてな。そちらから来てくれるとは非常にありがたい」


 大地は鬼豪の空気に呑まれ、息を呑む。

 鬼豪は早速、問答無用で仕掛けてくる。そのあまりの素早さに驚くが、瞬時に右手を動かす。そしてその一撃の重さに再度驚く。

 こいつは只者ではないと、確信する。そんなことを考えていると、鬼豪は重い刀を右手で持ち、大きく薙ぎ払いながら左手の人差し指と中指をこめかみに当てて忍術を唱える。


『火流忍法 火輪かりん!』


 それと同時に炎の輪がが大地に向かって飛んでくる。長い刀を持っていることから忍者ではないと思っていたが、「火流忍法」という単語を聞き、それは間違いだと気づく。

 瞬時に横に回避すると、反撃を試みる。


『獣流忍法 いのししの術!』


 緑に輝く一頭の猪が鬼豪に向かって真っ直ぐ突き進む。鬼豪が猪に気を引かれている隙に、横から接近して攻撃を仕掛ける。


『獣流忍法クナイ技 イタチ!』


 イタチのような素早く、小回りの効く一振りが鬼豪を襲う。しかし、大地の攻撃はその速さで躱され、後ろに回られる。鬼豪の刀が炎を纏いながら、大地の首を狙って振り下ろされる。間一髪で大地は振り返りながら刀を構える。お互い一瞬距離を取ると、すぐさま刀を交える。


『獣流忍法忍者刀技 うさぎ!』


 あんなに賑わっていた繁華街に人気ひとけはもうない。静まり返った中で、刀が勢いよくぶつかり合う音だけが残る。常人には見えないほどの速さの戦いが繰り広げられ、段々と街の建物を巻き込んでいく。

 次第に実力差が垣間見えてくる。大地が負う傷の数が増え、とうとう膝を着いてしまう。追い討ちをかけるように、鬼豪は忍術を使う。


『火流忍法 鬼神楽おにかぐら!』


 さすがの鬼豪も傷を負っており、本気で戦っているのがわかる。鬼豪はしゃがんでいる大地に対して刀を振り続ける。燃えている刀を力いっぱいに、素早く振る。刀はどんどんと燃え上がり、温度を増す。

 大地はその攻撃を防ぎ続けることしかできない。それに攻撃の一撃が重く、大地の腕の力もどんどんと奪われていく。まさに絶望の状況だ。


「どうだ! さっさと観念しやがれ! 獣如きが俺に勝てるか! まだ諦めないというのか? ならば燎仁よ、身体中を滾らせ、全身の熱を全て刀に注げ! これでもう、耐えられないだろう!」


 重い一撃を毎回放つために目を見開き、歯を食い縛って刀を振る。鬼豪は自分自身を鼓舞しようと頭の中で自分に語りかける。

「刀を振る速度が速いほど、刀と刀がぶつかり合うほど、俺の刀は熱く燃え盛る! 燃やせ、燃やせ、燃やせ! 火力をせ! 灰になるまで燃やし尽くせえ!」

 鬼豪は雄叫びを上げて大地を仕留めようとする。その時だった。


「……フッ」


 大地が笑みを浮かべて鼻で笑う。


『獣流忍法 咆哮ほうこう!』


 すると獣の咆哮が聞こえ、強い衝撃が鬼豪を弾き飛ばす。何が起きたのかさっぱり理解できない鬼豪は言葉を失って、息が上がる。

 大地は立ち上がると、調子良く語り出す。


「俺はなぁ、この時を虎視眈々とずーっと待ってたんだよ! このアッツアツな刀。こんなん初めて見たぜ。これを使わない手はねぇ。有効活用だ。見せてやるよ、適応能力抜群の獣の力をよぉ!」


 大地が走り出すと、刀は発火する。そして振り被ると、忍術を唱える。


『獣流忍法 火熊ひぐまの舞!』


 すると、赤く燃え盛る巨大な熊が出現し、鬼豪を襲う。しかし鬼豪も対抗して炎を纏った刀を振る。お互いの攻撃がぶつかった時、天高く火柱が立つ。そのふもとで刀を交えた途端、その間に割って入るように一本の矢が飛んでくる。二人は瞬時に回避すると、矢が飛んできた方向を見る。するとそこには大人数の男たちが二人を囲んでいた。鬼豪が焦った様子で男たちに言葉を掛ける。


「何の真似だ? 俺はゲコ蔵様の側近だぞ? なぜ味方にまで攻撃をする」


 すると男たちの中の一人が答える。


「お前たち忍者は信用ならんとのことだ。忍者はまとめて抹殺するようにとゲコ蔵様のご命令だ。悪く思うな」


 酷く衝撃を受けた鬼豪はその事実を受け入れられない様子で動揺していた。そんな鬼豪を見て、大地は呼び掛ける。


「おい! 仲間に裏切られたのを受け入れられないのは分かるが、このままじゃお前が死ぬぞ! ここで黙って死ぬのか抗って生きるのか、さっさと選べ!」

「俺……は……」


 鬼豪に向けられた攻撃は着々と近づいてきている。鬼豪は回想を浮かべる。懐かしき古い記憶が蘇る。

 鬼豪が無茶苦茶な刀の振り方をしていると、伯羅巖吾雷がそれに目を付け、正しい振り方を叩き込んだ。今の鬼豪がいるのは伯羅巖のおかげと言っても良い。鬼豪自身もそう思っており、伯羅巖吾雷には感謝をしている。

 そんな伯羅巖が死んだとの報告を受け、鬼豪は酷く落胆した。なのにゲコ蔵は気にもしていない様子だった。ただの手駒としか見ていなかった。

 鬼豪は裏切られた衝撃から、段々と怒りに変わっていった。恩人の伯羅巖の死を何とも思っておらず、自分を捨てた川之鎌ゲコ蔵に対する怒りが湧いてきた。決意した鬼豪は目の色を変えて叫ぶ。


「こんな奴らに殺されてたまるか! 俺がどれだけ尽くしたと思ってる。伯羅巖がどれだけ尽くしたと思ってる! 伯羅巖の分も死ぬ訳にはいかない。信用出来ないというのであれば、その期待に応えてやるよ!」


 鬼豪は左手の人差し指と中指をこめかみに当てると、精一杯に忍術を唱える。


『火流忍法 獄炎円波ごくえんえんは!』


 鬼豪は右足を軸に、右回転しながら刀を横に振る。すると、鬼豪を中心に炎の波が円状に広がっていき、囲っていた男たちを燃やしていく。大地はギリギリでしゃがみ、なんとか回避した。鬼豪は大地と背中合わせに立つと、呼び掛ける。


「力を貸せ、獣流忍者」

「仕方ないな!」


 各々が忍術を使って二人で倒していく。しかし、男たちの数は一向に減らない。そこで大地が提案する。


「ねぇ燃えてる人。逃げた方がよくない?」

「たしかにキリがないな。それが得策だと思う」


 二人は同時に飛び上がる。


「逃がすなぁ!」


 空中の二人に向かって矢が放たれる。二人は華麗に回避すると、近くの茂みに身を隠す。男たちは急いで追ってくる。


「燃えてる人、こっちだ」


 大地が小さな声で鬼豪を呼ぶ。二人は男たちの死角を通って逃げる。

 かなり離れたところで、建物の陰に隠れて様子を窺うと、至るところで男たちが忍者を捜している。すると鬼豪の背後から声が掛けられる。


「久しぶりだな鬼豪」

「お前は……柊?」

「仲間に裏切られたとは可哀想だな」


 柊のその皮肉たっぷりの言葉は想像以上に刺さっていたらしく、鬼豪は言葉を詰まらせる。大地が柊に少し強めに注意をすると、柊も予想以上だったようで反省の意を示した。すると鬼豪は真っ直ぐ前を見て言葉を漏らす。


「本当に哀れだよな。一番仲の良かった仲間を失って、そいつの分まで頑張ろうとしたのに終いには俺を切り捨てるなんて。あのゲコ蔵が考えそうなことだよ。だから俺は決めた。この命で奴を止める手助けをするって。ほら見てみろ」


 その言葉はゲコ蔵に対抗する自分たちの協力者になるということだと大地と柊は解釈した。そして鬼豪の目線の先に見えたのは、大量の男たちとそれらを指揮する一人の水流忍者。二人はその忍者を目にして衝撃を受ける。それはまさに今回の任務の終着点である男だった。

 そんな二人を置いて鬼豪は一人で大軍の前に出て行く。そして刀を抜くや水流忍者に話し掛ける。


「川之鎌ゲコ蔵。俺はお前を許さない。俺がお前を止めてやる。俺がお前らを蹴散らしてやる!」


 鬼豪は一人で大軍の中に突っ込んでいく。しかし流石の鬼豪である。大量の男たちを一人で相手して音を上げる様子を見せない。一切引けを取らないどころか、優勢なのは鬼豪の方だ。

 それを見たゲコ蔵は指示を出す。その途端、男たちは一斉に下がり、固まる。そして声を揃えて忍術を使う。


『『『水流忍法 水球すいきゅう』』』


 大量の男たちから放たれた水は段々と大きくなり、巨大な水が現れる。こんなものを受けては流石の鬼豪も一溜りもないだろう。しかし、鬼豪は怖気付いたりしない。上等だと言葉を吐き、刀を身体の左に構える。そして自分に言い聞かせる。

「俺は伯羅巖に生かされた。アイツが居なくなって俺だけが残ってしまった。アイツの分も俺が背負わなければならないと思っていた。でももうそんなことを考える必要はない。ここで死んでもいい、死んででも……俺たちを裏切って計画を成功させるなんてわけにはいかない! なんとしてでも俺が終わらせる!」

 鬼豪は喉が枯れそうなくらいに腹の底から声を上げる。全身の熱を刀に集中させる。燃え尽きることを恐れず、自分自身が燃えてしまうことも恐れず。ただ目の前にいる憎き男を一人見て、命を賭して唱える。


『火流忍法! 烈火邁進れっかまいしん!』


 強く地面を蹴ると同時に、炎を纏って突っ込んでいく。そして大きな水に向かってその刀を振り下ろした。

 とてつもない熱が大量の水を一瞬で蒸発させていく。それと同時に鬼豪自身も炎に呑まれていく。水が全て消えるのが先か、鬼豪が燃え尽きるのが先か。大量の水と激しい炎がぶつかり合う。そんな時、柊が小さな変化に気づいた。


「このままじゃ、鬼豪がまずい……」

「は? なんでだよ」

「奴の手元を見ろ。小刻みに左右に揺れている。あの水は男たちの力によって通常より多少は固くなっているが、そもそも水は無形だ。中心を捉えるために鬼豪は刀の位置を調整している。しかし、段々水に熱が奪われ、冷却されている。このままでは全ての熱を奪われて、鬼豪が負ける」

「じゃあ助けないと!」

「無理だ。土は元々水に弱く、獣や我々人間は大量の水に抗えない。……対抗できるのは一瞬で蒸発させられる火か、水に有効な雷か、あの量に流されないほどの大きな岩か」

「じゃあどうするんだよ!」

「鬼豪……」


 そんな鬼豪もそのことには気づいていた。しかし、想像よりも遥かに早くまずい状況になっているのは想定外だった。

「まだだ、もっと滾らせろ。全身の熱を!」

 そんな時だった。こちらに近づいてくる一人の忍者がいた。足音も立てずに近づいてくるため、誰も気づかない。その忍者は小判のような山吹色の服を身に纏っている。

 忍者は屋根から高く飛び上がると、巨大な水に攻撃を加えた。その瞬間巨大な水が光り、電流が鬼豪と男たちに流れ、巨大な水は爆発した。その衝撃で鬼豪も男たちも飛ばされる。


 何が起こったのか。白い煙りが晴れてその真実が明らかとなる。視界が開けてきた時、鬼豪やゲコ蔵やその場にいる全員が驚愕した。駆け付けた一人の忍者は長い武器を地面に突き、左の拳を腰に当て、大きな声で意気揚々と名乗りを上げた。


「我が名は岩流忍者、伯羅巖吾雷である!」

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