第二十六話 因縁

 二人はその有している圧倒的な強さで周りの清水組の男たちを一掃する。一帯にはしばらく男たちの断末魔が鳴り止まない。


鳥流ちょうりゅう忍法 燕雀空連行えんじゃくくうれんこう


 小さい無数の小鳥たちが空へと放たれる。小鳥たちは男たちを掴み、そのまま上空へと連れていく。そして、離す。空からは男たちが降ってくる。地獄絵図の完成だ。


 そんな七雨に対して柊はあまり忍術を使わない。彼の忍術は体力消費が激しいため、気軽に使えないのである。所持している武器で大人数を相手する。

 やがてその場にいた男たちは一人残らず倒れ伏せた。そこに現れる二人の男。

 一人は清水組をまとめる幹部の男。もう一人は浅川組と深水組も共にまとめる大組織清水組の頭である「清水裕和しみずひろかず」。柊は見せたことのない鋭い目を裕和に向ける。それを見た七雨はなんとなく察する。


「君はあの頭の男を頼む。私は幹部の方を倒す」

「はい、了解しました。では、健闘を祈ります!」


 七雨は飛び上がると、空中を歩きながら男幹部の首元を掴んで離れた所へ連れて行く。


「君はこっちに来てくれたまえ」


 七雨は乱雑に男を投げると、男は七雨に向かって口を開く。


「馬鹿にするな! 俺は清水組の幹部を任されている手前、裕和様の前で恥をかくわけにはいかないんだ!」

「おお! 奇遇だね。私も忍者協会の会長を担っている手前、同じように恥をかくわけにはいかないんだよ」


 七雨はそう言いながら素早く飛び上がる。男は目で追えずに上を見上げるが、七雨の姿が見当たらない。すると。


『鳥流忍法 梟飛翔きょうひしょう


 男の背後で突然七雨の声が聞こえた。気づけばいつの間にか七雨は後ろにいて、男は振り向く暇さえなく背中を蹴られた。音を立てずに近寄るその様はまるでフクロウのようだった。

 しかし、七雨は男を斬ったりはしなかった。


「何の真似だ!」

「どういうことかな?」

「今お前は俺を斬れただろ! なぜ斬らない!」

「恥かくわけにはいかないんだろう?」


 そのさも当たり前かのような返答に幹部の男は腹を立てる。まるで手を抜いて煽って来ているようだが、そのほうけた顔を見るに親切心なのだと分かる。


「余計なお世話だわ! 手を抜くな、本気で来い!」

「本気……で?」

「そう! 本気だ本気!」

「へぇ……」


 七雨が突然目の色を変える。それはまるで獲物を狙う猛禽類のそれだ。しかし意地でもその調子を崩すことはない。


「能ある鷹は爪を隠す、というものだが。じゃあ、ちょっとばかり本気出してみようかな」


 それを聞く度男は七雨に忍術を使う。


『水流忍法 水球すいきゅう!』


 七雨は飛んでくる水の玉を華麗に避けると、上空に飛び上がる。そして下にいる男に向かって忍術を唱える。


『鳥流忍法 孔雀扇羽くじゃくおうば虹射光こうしゃこう


 すると七雨の後ろに扇状の羽が広がる。その羽は太陽の光が当たると、鮮やかに輝く。そしてその羽から男に向かって七色の光が放たれる。男は光に包まれると辺りがなんにも見えなくなってしまう。そして聞こえてきたのは終わりを告げる声。


『鳥流忍法 はやぶさ斬り』


 なにも見えない真っ白な世界。その光の中から突如として七雨が現れたかと思うと、瞬く間に消え、気づけば男は斬られていた。訳もわからずそのまま倒れ、気がつけばさっきまでいた場所で血を流している。男は声を出すことすら忘れてしまうほど何が起きたのか分からぬままこの世を去っていった。


 ──その一方で柊は清水裕和を前に怒りを沸かせていた。そう。清水裕和という男は、柊の幼馴染を殺した男なのだ。だが、厳密には少し違う。


 柊と幼馴染のハルはその流派で天才と謳われた二人だった。二人の流派は体力消費が激しく、長期戦どころか普通の戦闘すらなるべく避けるようなものだった。ところが二人はその常識をくつがえしたのだ。二人で協力し、あることをすることで体力消費量を軽減させることに成功した。

 彼らには敵無しだと思われた時、ハルの前に清水が現れた。清水は二人の噂を耳にし、片方であるハルに接触した。そして自分たちの計画の邪魔になるであろう存在を消すべく、ハルに協力を提案した。ハルは一人だと分が悪いと踏みその提案を呑んだのだが、まんまと清水の罠によりハルは罪を着せられて逃亡の末、自害した。


 柊はそのことを知り涙を流したが、ハルのふところから一つふみを見つけた。そこにはこう書かれていた。


「吉克。本当にすまない。俺はここまでみたいだ。もし俺が死ねばお前は奴らから狙われることは無いだろう。だが、無理をして欲しい。奴と共にいて情報を握ったから伝えておく。奴は一人の忍者と繋がっている。そして奴はこの世界を治めようとしている。俺が得たのはこれだけだ。頼む。なんとか奴を止めてくれ。頼れる相棒」


 そして、長年追い続けてきた因縁の相手が今目の前にいる。

 奴は止めなければいけない。倒さなければいけない。その想いが込み上げ、刀を持つ手は力が入り、震えていた。


「私はお前を殺すために、仇を取るためだけに今日の今まで生きてきた。もしお前らが勝ち、忍者が滅びようが滅ばまいが、関係ない。どれだけ失望されようと、どれだけ嫌われようと、この命を落としてでも。私は……俺は! 私益のためにお前を殺す。何があっても!」


 相棒の想いを抱いて、柊は駆け出した。眼を見開き、歯を食いしばり、力を込めて忍術を唱える。


土流どりゅう忍法 地中爆発ちちゅうばくはつ!』


 柊が左手を地面に当てると、裕和の足下の地面が震えだし、突然爆発する。その音のすぐ後に地面が裂け、爆風が下から巻き上がる。空中に上げられた裕和は威力を抑えようと努力する。


『水流忍法 泡沫散弾うたかたさんだん


 小さな無数の泡が放たれる。泡は一粒ずつ破裂し、水が散る。それと同時に泡が爆発し始めると霧が立ち込め、辺りが真っ白に包まれる。そして霧の中から裕和が勢いよく現れる。柊はそこから来ることを見越していたかのように裕和に向かって忍術を唱える。


『土流忍法 土砂波どしゃなみ!』


 柊の後ろから大量の土砂が波となって押し寄せる。裕和はさすがに避けられず、土砂に呑み込まれるが、水を纏った刀で土砂を切り裂いて脱出する。やはりなかなか水流忍法の使い手に土流忍法は効きづらいようだ。お互い刀を交えていると裕和が話しかけてくる。


「ただでさえ土流忍法は体力消費が激しい上に、相性も悪いとは。お前に勝ち目なんてないんじゃないのか?」

「そんなことは何年も前から分かっている。それでも……! この日のために生きてきた。ならせめて、精一杯奮闘するのみだ!」


 柊は裕和を突き飛ばすと、忍術を唱える。


『土流忍法 地盤沈下じばんちんか!』


 すると、裕和の足下が突然沈み、大きな窪みが出現する。見事にその窪みに裕和が落ちると、柊は続けて忍術を唱える。


『土流忍法 土竜突もぐらづき!』


 柊は裕和の真上に飛び上がると、真下に向かって刀で突く仕草をする。すると鋭く尖った物が裕和を突く。大きな音と共に、土煙が舞う。仕留めたのかと思った時。


『水流忍法 水竜牙すいりゅうが


 竜の咆哮と共に、青い水の竜が昇ってくる。そして柊に対して牙を剥く。空中で躱すことが出来ず、柊は攻撃を受けてしまう。そして柊は地面に落ちてしまう。

 もう勝ち筋は見当たらない。なんとか立ち上がり、必死に足掻く。


『土流忍法 土石流どせきりゅう!』


 大小さまざまな岩を巻き込みながら大量の土が流れる。しかし弱っている柊の技は裕和に一切効かない。これほどまでに相性が悪いのかと改めて思い知らされる。段々と裕和は近づいてくる。ここまで来て敗北してしまうのかと柊は諦心を抱く。


『水流忍法 波乗り刃なみのりやいば


 無慈悲な声と共に振り上げられた裕和の刀が水を帯びて振り下ろされる。その時、二人の間に稲妻が走ったかと思うと、裕和の刀は横から防がれていた。


「おい我らの副会長。そう易々と死んでもらっては困るのだが!」

「壱沢……?」

「因縁の相手かどうかは知らんが、自分の身を軽く見すぎだ。コイツはお前が倒すんだろ? だったらボケーッと座ってないで、さっさと立て。柊!」


 そこには雷流忍者の壱沢作黒が駆けつけていた。柊は言われた通りに立ち上がる。作黒は裕和を飛ばすと、刀を地面に叩きつけながら唱える。


『雷流忍法 散雷さんらい!』


 辺り一帯に弱電流が走る。水には電気が通りやすいのだ。


「壱沢。……力を貸してくれ!」


 柊は作黒に協力を仰ぐと作黒は頷き、共に戦うことにした。

 まずは作黒が積極的に前に出る。その後ろから柊が追い打ちを掛ける。なるべく体力温存しようと忍術をあまり使わないため、柊ばかりが狙われる始末だ。

 作黒は裕和に大きい衝撃を与えようと試みる。両手で刀を握りしめ、全身に力を入れる。そして大声で怒鳴るように唱える。


『雷流忍法 帯電万雷たいでんばんらい!』


 作黒がずっと戦いの中で溜めていた電気を一気に辺りに放出した。その一帯には常に電気が走り続ける。どうやらこれは裕和にも効いているようだ。しかし作黒もその威力による反動によりすぐには動くことができない。作黒が後ろにいる柊に声を掛ける。


「おい柊! なんかこの状況をひっくり返す良い策はないのか!」

「……だが」

「ここで狼狽うろたえてる場合か! 頭の切れる副会長様だろ! 頭働かせて打開策を考えろよ!」


 作黒の説得に頭を悩ませながら考える。そもそも土流が水流に適うわけがない。しかし、柊は一つ思いついた。


◾️


「会長。副会長はなぜ忍者を続けているんですか? 何度聞いても曖昧な返事しか返ってこなくて」

「そうか。作黒たちは知らないよな。吉克は元々土流忍者の最強の二人だと言われていたんだ。彼とその相棒の「榎木晴久えのきはるひさ」君との息の合った戦闘はまさに敵無しで、二人が本気を出せば大地さえも動かしてしまう。そんな二人が編み出したを打ち破る者は当時存在しなかったんだよ。ただ、吉克が忍者を続けている理由は深くは私も知らなくてね」


◾️


「……ならもしかするといけるのか? だがあれはハルが居なければ出来ない。何か他に……! だがもう考えたって出てこないのではないか? だったら一人でやるしかない。やらなければならない……!」

 決意をした柊はふところからもう一本の刀を取り出す。そして走り出す。その先には辺り一面に電気が走っている。柊は電気を受けながらも走る。


「おい柊、何考えてんだ! 土や地面には電気は効かなくとも、生身の人間には普通に効くんだぞ! いくら土の忍術使うからって無茶だ!」

「フッ、そうか。もう為す術がないから普通に攻撃するしか出来ないんだろ。味方の電気で死にそうだな!」

「柊! 止まれ!」


 柊には二人の声は届いて居なかった。がむしゃらに、標的だけを見て、相棒のことを思い浮かべながら走る。

「全身が痺れて気を失いそうだ。傷も痛むし、今にも倒れてしまいそうな気がする。だが止まるな吉克。お前はこのために生きてきたんだろ? なら、止まってる暇なんて無いだろ!」

 柊はなんとか裕和の元に近づくと、痺れて動けない裕和の足元に両手に持っている刀を突き刺す。いろんな感情を込めて忍術を唱える。


『土流忍法 噴火ふんか!!』


 唱えた瞬間、地面の中で刀が光を放ち出す。すると地表にひびが入り、勢いよく広範囲に盛り上がる。その勢いで作黒は後ろに押し戻される。地面の下から聞いたことのないおぞましい重低音が聞こえてくるかと思えば、その音は徐々に大きくなって近づいて来ている。そして時が来ると、地中から溶岩が空高く噴き出した。それと同時に辺りの気温が急激に上昇し、熱風により作黒はさらに吹き飛ばされる。噴射口の真上にいた裕和は溶岩に呑み込まれ、柊も呑み込まれたように見えたがどうやら服が少々燃えるくらいのギリギリで回避したらしく、すすまみれの状態でなんとか生還した。溶岩が冷え黒く染まっていくのを背に空に向かって呟く。


「俺の役目は果たしたぞ……ハル」


 忍者協会の皆の活躍により、数が多かった清水組を壊滅させることができた。

 残るは川之鎌ゲコ蔵が率いる集団のみである。

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