第二十五話 信じ合う心

 広く荒れた荒野にて、清水組の男たちと星野日丸、星野月丸、草野大地は戦っていた。しかし、そのあまりの人数差に手を焼いていた。

 このままでは埒が明かない。そもそも今回の目的は星忍の二人が川之鎌ゲコ蔵を倒すことである。こんなところで悠長に時間を食ってる場合ではない。

 大地もそのことに気づいていた。今回は星忍の二人を支援することが大地たちの任務である。大地は少々乱暴な提案をする。


「おい二人とも! このままじゃ本来の目的が果たせないだろ!」

「あ〜たしかに〜!」


 遠くにいる二人に聞こえるよう大きい声で呼びかけると、同じように大きい声でこの状況を理解していないような返答が帰ってくる。


「だったら! 目的地まで急ぐぞ! こっち来い!」

「ど〜やって!」

「いいから!」


 お前は本当に川之鎌ゲコ蔵を倒したいのか。と大地は呆れる。

 呼びかけた後に少しすると、星忍の二人が大地の元に集まった。


「よし、ならさっさとここからおさらばだ!」

「しかし、ここからはだいぶ距離がある。何か策があるのか?」


 月丸が冷静に大地に訊く。すると大地はその質問を待っていたかのように、何か企んでいるような気色の悪い笑い方を披露する。


「ウフフフフ……。よくぞ訊いてくれた。このためにお前たちにも隠しておいた秘密の策があるのだよ〜、月丸くんっ」

「…………」


 冷めた視線が月丸から大地に注がれる。しかしそんなものは気にせず大地は続ける。


「見てろよ……。あ、周りの敵抑えといて。よし、行くぞ……!」


 大地は獣流忍者特有の構えをすると、声を張って唱える。


『獣流忍法 大地馬だいちばの術!』


 その瞬間、大地の目の前に緑に輝く一頭の馬が姿を現すと、前足を上げて後ろ足で立ちながら、大きくいななく。

 その嘶きを聞いた時、月丸はのことを思い出す。



『影流忍法 しん黒影龍こくえいりゅうッ!』


 そうすると黒蔵の背後の影が波を打ち出す。

 その瞬間暴風が二人を襲い、空は曇り、真っ暗になる。この世のものとは考えられない鳴き声が轟く。それと同時に地面が震える。

 光など吸収してしまうような漆黒の鱗に、自然と視線を奪われるような黒蔵の目と似たような瞳。二人は体が硬直してしまって動けない。

 「やれ」という黒蔵の命令を聞くと龍は二人を目掛けて声を荒げながら襲ってくる。

 なぜか二人の足は言うことを聞かない。動かそうと意識しても鉛のように硬くなり、微動だにしない。

 まるで足が意思を持ち、「動く」という行為を拒んでいるかのようだ。もうすぐそこまで龍が迫っている。黒蔵の口角が上がったその時だった。


 遠くから馬の鳴き声が聞こえた。



 そう。大地と初めて出会ったあの時、確かに聞こえたはずの馬の鳴き声。あの時は松村定信の馬かと思っていたそれは大地の忍術であり、二人を助けるためにその凄まじい速さで駆けつけていたのだった。

 月丸はそのことに気がついた。


「おーい月丸、何してる。さっさと乗れ」

「あぁ悪い。ちょっと考え事を」

「大丈夫か? まぁいい、捕まってろ。一瞬で着くからな!」


 大地は元気よくそう言うと手綱を取り、ゲコ蔵が待ち受ける城まで颯爽と走り出した。



──平野にて──


 その頃、拓けた平野にて大量の清水組の男たちと、その大軍に抗う三人の忍者が戦闘をしていた。

 各々忍術を巧みに扱い、周りの敵たちを一掃する。


「めんどくせぇな! こんな時こそ! 『雷流忍法 轟雷轟ごうらいごうきょう』!」


 前にガタイのいい男幹部に放ったものとは少し異なり、今度のは敵一人に強大な電流を入れることで、その周りにいる男たちにも連鎖して感電していく。そこら一体の男たちが一斉に倒れる。さらに作黒は目にも止まらぬ光の速さで移動しながら相手を斬りつけていく。


『雷流忍法 またた雷閃らいせん!』


 その傍らで杏莉も戦っていた。


花流はりゅう忍法 菊裂きくざき!』


 高く飛び上がった琥円杏莉は両手の手首を重ね、指を曲げて下に向かって唱える。杏莉が唱えた途端に空中に大きな菊が咲き、地面に向かって降下する。その下にいた男たちは叫びながら弾け飛ぶ。

 周囲の男たちが動揺していると杏莉はさらに畳み掛ける。


『花流忍法 百花繚乱ひゃっかりょうらん!』


 杏莉を中心に至る所で爆発が起きる。男たちは断末魔を上げながらバタバタと倒れていくその様と爆発の様子はまさに咲き乱れる花々のようだった。するとその集団を掻き分けて一人の男が接近してくる。


『水流忍法 流水羅斬りゅうすいらざん!』


 杏莉は咄嗟に忍術を唱える。


『花流忍法 花吹雪はなふぶき


 途端に杏莉を桜の花吹雪が覆うと、男の刀はただの空を斬っていた。すると男の頭上で同じ声が聞こえる。


『花流忍法 末期まつごのひとひら……』


 まるで春の終わりに最後の花びらが散るように男の最期を告げる。男が一瞬時が止まったかと思ったその時、目の前に一枚の花びらが空中を舞っている。その花びらはゆっくりと下降していき、やがて地に着いた。そうして気がついたときにはもう男の背中は斬りつけられていた。男はそのままその場に倒れた。


 同時期に天多白士郎は横着に男たちを蹴散らす。


風流ふうりゅう忍法 巻き上げ渦まきあげうず乱撃流らんげきりゅう!』


 刀を特有の振り方で振り、男たちの足下に風を起こすとその風は渦を巻きながら大きくなり、男たちを空中に連れ去る。白士郎は風に乗り、男たちと同じ高さまで上がると渦の回転と逆の方向から刀を当てる。その瞬間風の勢いが増し、男たちを斬り刻む。

 さらに周りにいる敵にも刀を振る。


『風流忍法 北風寒刃きたかぜかんぱ!』


 男たちは冷たく鋭い風にさらされる。その風は男たちの間を掻い潜りながら斬りつけていく。

 三人は各々の得意技でいとも簡単に男たちを一掃した。三人は無事勝利を収めることが出来たと一息着こうとした時、作黒が突然の違和感に勘づく。


「何か……来る」


 三人は警戒態勢を取ると、一人の男が三人の前に現れた。男は赤い服を着て、腰に刀を携えている。まだ言葉を交わしてすらいないが、お互いが敵対関係であることは容易に分かった。


 男の名は「鬼豪燎仁きごうりょうじ」。ゲコ蔵の手下であり、火流忍者である。忍者ではあるが侍のような刀を扱う、少し変わった男である。


「随分と暴れているな。ゲコ蔵様の命令により、今からお前たちを排除する」


 燎仁は鞘から刀を引き抜き、剣先をこちらに向ける。奴の力は計り知れないが、確実に強いというのは簡単に見て取れた。

 作黒は杏莉と白士郎に下がっていろと言わんばかりに二人の肩に手を置くと、一人鬼豪の元に歩いていく。

「奴は強い。なぜか分かる。こんな時は俺が戦わなければならない。二人を危ない目に合わせられない」

 作黒は決意を固める。そして、刀を交える。


 その時作黒は気づいた。こいつは今まで戦ってきた奴らとは比にならないということが。

 燎仁の一撃は重く、熱く。耐えることが精一杯だった。これは正面から戦っても勝ち目は無い。


『雷流忍法 轟雷轟ごうらいごうかん!』


 作黒が電気を帯びた刀を振ると、そこ燎仁は炎を帯びた刀を合わせてくる。

 炎と電気が刀を通じてお互いの身体に負担を与える。二人はそれに耐えながら長い押し合いの末、刀同士の交わっている部分が爆発した。その勢いで二人は距離をとる。

 燎仁は痺れなど気にもせず、左手の人差し指と中指をコメカミに当てて唱える。


火流かりゅう忍法 殺火さっか


 燎仁は唱えながら重い長刀を右手だけで振り、剣先を作黒に向ける。するとその先から炎の玉が一直線に飛んでくる。作黒は膝を着いたまま、その炎を受け、後ろに倒れる。

 それに怒った白士郎が一人で燎仁に立ち向かう。


『風流忍法 鎌鼬かまいたち!』


 白士郎が刀を振ると風が起き、勢いよく飛んでいく。その光景を見て、燎仁は口角を上げる。

 再び燎仁は炎を帯びた刀を振ると、今度は先程よりも炎が大きくなる。風を受けた炎は酸素が送られたことにより、火力を増したのである。

 白士郎はそのまま攻撃を受け、なんとか刀で防げたが、その威力のあまりの凄まじさに吹き飛ばされる。

 残るは花流忍者の琥円杏莉のみである。

 女性な上に花は火と相性が悪い。燎仁はそう思い、三人を仕留めに掛かる。


「この平野ごと焼き尽くしてやろう。『火流忍法 豪火一刀ごうかいっとう』!」


 燎仁は高く飛び上がると、思いっきり刀を振り被り、降下の勢いと共に炎の帯びた刀を力強く振り下ろす。

 万事休すかと思われたその時。杏莉が二人の前に立つ。すると両手の手首を重ねて腕を延ばし、指をこれでもかと開く。そして唱える。


『花流忍法 青星瑠璃せいせいるり!』


 その瞬間、星型のような五枚の青い花弁を持つ巨大な花が空中に咲く。


「無駄だ。俺の炎で燃やしてやる!」


 容赦なく燎仁の炎刀は振り下ろされる。しかし待っていた結末は想像していたものとは全く違った。

 青い花は燎仁の炎に耐えている。そのことに燎仁と作黒と白士郎は目を丸くする。どうにか断ち切るように燎仁は火力を増す。しかし一向にその花が燃えたりする様子はない。


「なぜだ! なぜ花のくせに燃えないんだ!」

「……信じ合う心。二人を護りたいという愛。そんなものが、貴方に容易く切れるわけないでしょ!」


 杏莉が珍しく声を上げる。お互いが力を出しきる覚悟でぶつかり合うが、やはり男女による体力の差が非常に大きい。杏莉はいかにも苦しそうな表情を浮かべている。

「あと少しだ……!」

 燎仁がそう思った時、杏莉の後ろから二人が現れる。


『風流雷流合わせ技 疾風迅雷しっぷうじんらい!』


 体力が少し回復した二人が弱った燎仁に一撃を与える。さすがの燎仁も体力の限界のようだ。身体中が痺れてまともに動けそうにない。白士郎がトドメを刺そうとしたとき、作黒が白士郎と杏莉を抱いて、燎仁とは反対方向へ逃げていく。


「何してんだ作黒! あとちょっとで倒せたんだぞ!」

「……無理だった。奴は痺れて弱っていたかもしれないが、迂闊に飛び込んで返り討ちに会っていたらお前は死んでいたかもしれない」

「そんなのお前の想像だろ!」

「倒せたというのもはくの想像だろ? だったら最も安全策なのはこれだ。そもそも今回は無理してでも倒すのが目的じゃない。命が優先だ」

「わかったよぅ……」


 白士郎はあまり納得していない様子で頷いた。


「いい子だ。ありがとう」


 その様子を燎仁は見送っていた。

 鼻であしらうと刀を鞘に納め、どこかへ歩いていった。


「なんなのだ奴らは。何故俺の炎で断ち切れない。次に会った時には……」


 ──その頃同じくして離れた平野では忍者協会会長「七雨雀扇ななさめすおう」と副会長「柊吉克ひいらぎよしかつ」が清水組を相手していた。


「ハクの、ためにも……!」

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