第二十三話 四本の刀

 三嶋武蔵は奥山小春を城へ送り届けていた。しかしそう簡単に行くわけもない。浅川組の頭である浅川あさかわさとるとその率いる手下たちが二人を囲む。

 武蔵は二本の刀を構え、一人で相手する。更に小春を護りながらと、思うように戦うことは叶わない。今まで以上に身体中の至る所に攻撃を受ける。

 道着と袴には切り込みが目立ち、そこから出血が窺える。次第に脚が言うことを聞かなくなり、遂には膝を着いてしまう。心配した小春は駆け寄り、無理に意地を張って武蔵の前に立とうとする。狙われているのは小春だと言うのに。

 武蔵が女子おなご一人も護れない自分に悔やんでいるとき、右耳に男の断末魔が聞こえてきた。その方へ皆が一斉に目を向けると、刀を持った二人の男たちがこちらに近づいてくる。男たちは武蔵の前に来ると、言葉を掛ける。


「武蔵殿。貴方はこの程度で音を上げるような者ではなかろう?」

「僕達の格好いい武蔵さんは早く帰ってきてください」


 男たちは武蔵の左右に立ち、刀を構える。武蔵が驚いた様子で目を丸くしていると、男たちが喋り出す。


「我にと言ったのはどこのどいつなんだろうな」

「僕は誰かさんに刀を信じろと教わりました」


小春が戸惑いながら武蔵に訊く。


「このお方たちはお仲間なのでしょうか?」


 武蔵は段々と状況を理解し始めると、笑った後に自慢げに話す。


「こいつらか? こいつらはな、俺の最高のだ! 師匠がみっともないとこ見せてらんねぇよな。お前ら、とことん三嶋流を見せてやれ!」

「まったく。貴方の常識外れな考えには本当に恐れ入るよ」

「見せてやりましょう。武蔵さんが教えてくれた特別な剣を!」


 三人はそれぞれの方向へ刀を振る。四本の刀が共鳴し、踊るように斬っていく。

 刀を信じる。相手を信じる。自分を信じる。武蔵が信じていた家族に裏切られてしまったという過去は消えない。だからこそ信じる気持ちを忘れず、目を逸らさないで向き合うことで、自ずと刀が応えてくれる。

 そうして三人の刀は一本の道を切り開いた。


「武蔵殿! ここは我々に任せて其方はそこの女を連れて行け!」

「わかった」


 武蔵は一本の刀をしまい、小春の手を取り奥山城へと向かった。しかしその行く手を阻む者が一人いた。


「三嶋武蔵。よくも暴れてくれよったな。ほんま清々しいほど腹が立つわい。ワシの邪魔をしたらどなんなるか、そこの嬢ちゃんにもよう教えとかんといかんなぁ。今から見したるさかい、覚悟せぇ!」


 浅川悟は関西弁の強い喋り方で巻舌多めなところから相当頭に来ている様子だった。悟は懐から短刀を取り出し、斬り掛かってくる。すぐさま武蔵はもう一本の刀を抜き、攻撃に備える。

 悟は刀を振る度に今までの怒りとともに皮肉を吐き出す。


「ほんまに! 腹が! 立つやっちゃな! なんぼ苦労したと! 思とんじゃい! 俺は浅川悟やぞ! 大人しくあの世に行っとれ!」


 対して武蔵は冷静に答える。


「俺は死なない。必ずこの町を守ってみせる」

「ほう、やけに自信があるんやなぁ。にしてもお前はこの町の奴やないのに、なんでそんなに頑張るんや」

「俺は、身分とか権力とかで関係ない人たちを追い詰めるような奴らが許せないんだよ!」


 途端、武蔵は力強く悟さん刀を弾き、腹を目掛けて横から刀を振る。だがそんなに上手くいくはずもなかった。


『水流忍法 水流操作すいりゅうそうさ


 悟と武蔵の刀の間に数量の水が浮遊する。その水は武蔵の力を逃がし、無力化する。武蔵の刀は悟に届かなった。


「そんなにあもうないでぇ!」


 悟の反撃が始まる。短刀のためか一振りが素早く、手数が多い。

 対して武蔵は長刀なため重量も重く、攻撃を防ぐのが精一杯だった。普通二刀流にするならば右手に長刀、左手に小太刀と、臨機応変に対応できるようにする。しかし、元々忍者であり、刀のことなど何も知らなかった武蔵は同じ長さの刀を二本買ってしまったのだ。

 怒涛の攻撃が続き、さすがに苦しい。


「さあさあ! お前は勝てない、ここで終わりなんや。それにしても悲しいやっちゃなぁ。関係のない町で巻き込まれ、挙げ句の果てにはお陀仏やなんて、親も可哀想やなぁ!」


 笑いながら煽ってくる悟。『親』という言葉を聞き、武蔵の脳に家族のことが思い出される。思い出したくもない過去。弟に裏切られ十年越しに憂さ晴らしができたかと思えば、全ては父親の手の平で転がされていた。あんな親が泣く筈がない。家族を何とも思っていないような奴が。段々と怒りが込み上げてくる。親にも、弟にも、目の前にいる浅川悟にも。家族を捨て今の自分を選んだ武蔵は怒りのまま悟に対して怒鳴っていた。


「……俺は、死なない。俺が、負けるわけないだろ! 今までどれほどの苦難を乗り越えてきたと思ってる。今の状況なんて大したことはない。ここで死ぬのは、お前だ!」


 充血した眼は悟を睨み、奥歯を食いしばりながら武蔵も反撃に出る。


『剣技 折刃おりは!』


 振り被った刀は勢いよく振り下ろされ、強く悟の刀を叩いた。しかし、刀同士がぶつかり合うと共に甲高い音が響いただけで、悟の刀にはひび一つ入っていなかった。

 驚いている武蔵に対して悟が語る。


「ええことを教えたる。ワシらの刀は『玉鋼たまはがね』っちゅうえろう硬い素材で出来てるんや。せやから、お前らのちゃっちい刀とは比べもんにならへん。そんな貧相な攻撃じゃあ、ひびなんて入る筈がないねん。残念やったなぁ? はっはっは!」


 悟は自慢げに語ると、忍法を武蔵にお見舞いする。


『水流忍法 波乗り刃なみのりやいば!』


 悟の刀は波に乗っているかのように空を裂きながら飛んでくる。武蔵がその攻撃を防ぐと、今まで感じたことのない衝撃を受ける。さっきまで弱い奴らが使っていた『水刃』とは見た目は似ているが、明らかに物が違った。


「ん? 驚いとるようやな。そか、なら特別に教えたる。水流忍法はな、他の流派と違って強化技っちゅうもんがあるんや。一番多いのがさっきの『水刃系』やな。水刃は初心者がいっちゃん最初に覚えるんやけど、上級者になるほど技も強くしてくんや。初心者が『水刃』。中級者が『流水羅斬』。上級者が『波乗り刃』や。まあ更に上が一個あるらしいんやけど、俺は拝んだことがない。なんせ使い手が一人っちゅう話や。ま、お前はどの道拝めんけどな!」


 悟が刀を振ろうとしても武蔵は下を向いたまま防ぐ素振りを見せない。悟は諦めたのかと思い、笑みを零しながら武蔵の脳天に刀を振り下ろした。

 すると、今の今まで無防備だったはずが、見事に武蔵は攻撃を防いでいる。

 悟は今の一瞬で何が起こったのかと動揺する。そこに下から鋭い視線を感じる。気づけば武蔵が赫い眼をこちらに向けている。その眼を見る度、悟は恐怖に襲われ、身の毛がよだつようだった。


「こんなところで死ぬわけにはいかないんだよ……!」


 その瞬間交えていた刀が弾かれ、強風と共に悟は後方に押し飛ばされる。

「こいつ……、まだそんな力残しとったんか? ナニモンなんや……?」

 悟も声を荒らげて言い返す。 


「俺やってな! こんなところで負けるわけにゃいかんねん! 浅川の名に、泥塗るわけにはいかんのじゃあ!」


 それと同時にお互い走り出し、目にも止まらぬ速さで攻防を繰り広げる。二刀流の武蔵と手数の悟。お互い一歩も譲らない戦いが続き、辺りには二人の刀が激しくぶつかり合う音が響いている。その音に二人の咆哮も混ざる。

 そして、悟の短刀が武蔵の左頬をかすった。頬から血が垂れる。その途端に武蔵は決意を固める。


『三嶋流・獣剣術 ワニの「」!』


 武蔵が薙ぎ払うように刀を振ると共に、ワニの尾に横から叩きつけられる。悟は後方に飛び、ここから武蔵の無双が始まるかと思われたが、またもや武蔵の攻撃は柔らかく、浮遊している水によって抑えられていた。


「残念やったなぁ」


 余裕そうな表情の悟は近距離で武蔵に向かって忍法を使った。


『水流忍法 水竜牙すいりゅうが


 忽ち水が姿形を変え、竜に化ける。水竜は真っ直ぐ武蔵に向かって牙を向いた。武蔵は地面を転がり、小春の目の前で止まった。


「どうやらワシの勝ちみたいやな。お嬢ちゃん、こっち来たら生命いのちだけは助けたるで?」

「行くわけないでしょ! それくらいなら死んだ方がマシよ!」

「しゃーないかぁ〜。お嬢ちゃん連れてったら結構なお手柄なんやけどなぁ。ほな」


 悟が振り被った短刀を振り下ろした時だった。二本の刀が攻撃を阻んだ。

「まーた武蔵か。ん?」

 武蔵は悟の足下で転がっている。

「ほんならこれは……」


「──僕らの大事な人たちに手は出させません」

「汝を邪魔するのは二本の刀ではなく、四本の刀というわけだな」


 攻撃を阻んでいたのは武蔵の二本の刀とは別の二本の刀だった。

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