第二十二話 諸刃の剣

 三嶋武蔵の故郷である町へ侵攻していた深海組は安部小次郎と志士の手によって阻止された。一方その頃奥山町では再び浅川組が侵攻していたのであった。


「では父上、行って参ります」

「…………」



──奥山町──


 ザッザッザと大勢の足音が一斉に奥山町へと足を進めている。先頭を幹部らしき男が堂々と歩き、後方には黄緑色の生地に大きく「浅川組」と書かれた旗がなびいている。


 すると集団の前に一人の少年が立ち塞がった。少年は刀を構えるが、それを見るなり幹部の男は鼻で笑うと、一人の手下に顎で指示を出し、構わず足を進め出す。少年は気に食わないようだった。自分に向かってくる手下の男は少年に注意してくる。


「おいお前、下手な真似はよせ。浅川様の邪魔をすればただではいられないんだ。さあ大人しく帰りたま──」

「黙れ」


 少年は迷うこと無く男を斬る。男は呻きながら倒れる。その迷いの無い刀に全員が驚くや否や幹部の男が口を開く。


「無礼者! 浅川様の前で何たる不遜行動。ここで死にゆくが良い! かかれ!」


 少年は数人の男たちを相手に刀を振る。男たちと違って少年の立ち振る舞いは作法にならった見事な物であった。そんな彼らを横目に集団は侵攻を進める。その行く先々で彼らを邪魔する者たちが立ちはだかる。奥山城から兵士たちが続々と出てくると、松村忠信の掛け声によって一斉に立ち向かう。奥山町の全体で戦が開始された。



 町中まちなかを一人走る少女がいた。彼女の名は「奥山小春おくやまこはる」。奥山町を治める奥山家の一人娘であり、いわゆる姫という立場である。奥山町で戦が始まったと聞き入れ、父親である「奥山秀俊おくやまひでとし」の無事を心配して駆けつけていた。しかしその道中で浅川組の男に見つかってしまう。


「おや〜? 貴女はたしかこの町のお姫様ですよねぇ? お命は頂かないので、黙ってこちらへ──」


 男はいかにも騙してそうな怪しい笑みを浮かべながら小春に手を差し伸べてくる。思いっきり逃げようにも子供の女の子である小春より大人の男の方が速いことなど目に見えている。それに今は着物に桐下駄であり、全力疾走ができるような服装でも無い。小春は迫り来る男に警戒しながら後退りする。男の手が小春の右手に触れようとした時。


「はっ!」


 小春は男の手を掴み、自分の頭の上を通して男を投げる。小春は護身術として小さい頃から合気道を習っており、得意技である『四方投げ』を使用したのだった。男は突然の反撃に反応できなかったのか受け身を取れずに後頭部を強打し気を失った。


 実戦での使用は初であり、今まで受け身を取らなかった人が居なかったため男が気を失ったのを目にした小春は動揺して身体が強張ってしまう。男の断末魔を聞きつけ、数人の男たちが駆けつけてくる。囲まれてしまった小春は己の死を覚悟する。一人の男が刀を振り被り、反射で小春が目を閉じると小春の耳には刀同士がぶつかり合う音と、男たちが叫びながら倒れていく音が聞こえてきた。

 恐る恐る目を開けると、そこには赤い道着を着た二刀流の剣術士が立っていた。剣術士は顔だけ少しこちらに向けると一言話した。


「病院での御礼だ。お粥を貰ったからな」


 武蔵は奥山城まで送り届けると言い、小春を連れて二人で歩き出した。



 その頃、少年が数人の男たちを相手に一人で倒すとそれを見ていた幹部の男が痺れを切らして刀を抜いた。幹部の男は一息つくと少年に向かって話しかける。


「君、名はなんというんだ?」

宗岸雅文むねぎしまさむみだ」

「歳はいくつだい?」

「十八だ」

「そうか、随分とお若いね。可哀想に。その歳で刀を握らされ、不遜な行動をして死んでいくとは、可哀想だな。まあ手加減などするつもりは微塵も無いがな!」


 男は容赦なく斬り掛かってくる。男の攻撃を雅文はなんとか防ぎながら戦う。しかし浅川組の幹部なだけあり、流石の雅文でも劣勢のようである。男の攻撃を耐え続けるだけの雅文だったが、とうとう体勢が崩れてしまう。その隙を見て男は強い一撃を放つ。


『水流忍法 水刃すいば!』


 男の刀は水を纏いながら雅文を目掛けて飛んでくる。攻撃を防ごうにもとても間に合うようには思えない。万事休すかと思われた瞬間、雅文の目の前で第三者の刀が男の攻撃を阻んだ。


「なんとか間に合ったな。まさに危機一髪というところだ」

「何者だ!」

「拙者の名は安部小次郎と申す。まさか行きつけのうどん屋の近くでこんなことになっていたとは。勝利の一杯は一旦お預けということか。少年よ、手短に終わらせるぞ」


 深海時定を倒し、勝利の祝杯を上げるべくして訪れた行きつけのうどん屋の近くで起こっていた騒動を聞きつけ、駆けつけて来たのは安部小次郎だった。

 小次郎は雅文と共に刀を構え、幹部の男に攻撃する。

 男は二人の攻撃を見事に捌きながら隙を突いて雅文を狙う。二人も徐々にそのことに勘づき始めたようで、小次郎が護りながら戦う姿勢に変わった。

 しかし、どうやらそれは男の思惑通りだったようで、男の力強い一撃を小次郎がまともに受けてしまう。そして雅文と男の一騎打ちという状況が作り出されてしまった。

 小次郎は完全に男の手の上で転がされていることを察し、冷や汗を流す。が、この時、小次郎と男は雅文のことを侮りすぎていたようだ。

 突然、雅文の力いっぱいの押しにより、男が飛ばされる。小次郎と男が驚いている間に、雅文は走馬灯を走らせる。



「いいか雅文。これは宗岸流剣技として代々受け継がれているだ。この技はその名の通り威力がものすごく強い代わりに、その分自分の身に相当な負担がかかる。だから自分が死にそうな時、誰かを護らないといけない時などに使う最後の望みとなる技だ。決して使い所を見誤ってはならない。その技の名は──」



 雅文は決意に満ちた眼を見開き、力を込めて刀を振り上げた。


『宗岸流奥義 諸刃もろはつるぎ!』


 真っ直ぐ振られた雅文の刀は男の中心を捉える。男は咄嗟に水平に刀を構え、身を護る。静かな町には雅文の雄叫びが響く。

 全身に力を入れ、全体重を掛けながら軸がぶれないように真っ直ぐ振る。しかしまだ経験も浅く、歳も若い雅文には相当な負担が伸し掛る。


「おいガキ! このままじゃお前が死ぬぞ!」

「構わない! この町がお前たちの汚い手に落ちるくらいなら、死んででも守り抜く!」


 だが、段々とお互いの刀が刃こぼれし始め、常に力を入れている雅文の腕と脚が小刻みに震え出す。

 このままでは本当にまずい。小次郎は力を振り絞って走り出す。刀を交えている二人の頭上に飛び上がると、刀同士の接点に向かって上から刀を入れる。


『剣技 三日月みかづき


 小次郎の刀は残像を見せながら半弧を描き、雅文の刀を横へずらしたと同時に幹部の男に浅く切り傷を負わせた。

 刀をずらされた雅文はその場に倒れ込み、傷は負ったものの命は助かった。幹部の男は二人の脅威に焦りながら逃げて行った。


「倒せなかった……。やっぱり自分には……」

「向いてないなど考えるな。お前は確かに強かった。その証拠に奴は恐れおののき逃げて行ったではないか。疲れただろう、すぐそこに行きつけのうどん屋があってだな。食わせてやるから立て」


 小次郎が優しく雅文をうどん屋を誘おうとすると、何かを思い出したかのように焦った様子で雅文が説得する。


「──まだだ! まだ終わってない。奴らが奥山町を奪おうとしてるんだ。大切な場所が狙われてるのに呑気にうどんなんか食ってる場合じゃないんだ!」


 雅文のその熱い眼を見て、小次郎は受け入れる。その上でうどん屋に誘う。


「だが今のお前じゃ何の役にも立たん。せめてうどん食って体力回復するぞ」


 そう言って小次郎は雅文を背負うと、うどん屋に向かって走り出した。

 うどん屋では冷たくコシの強いうどんと、揚げたての天ぷらが二人を待っていた。

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