第二十一話 起死回生

 静かだった町に深海組が侵攻し、町民たちを連行していく。縄で両手首を背中側で縛り、繁華街の大きな建物へと連れて行かれる。おそらく奴隷にでもされてしまうのだろう。集団は一定数の町民たちを何回にも分けて連れて行っている。その集団を屋根の上から見ている忍がいた。連れて行かれている人たちの中には老人から子供までいて、皆が皆怯えており、子供に至っては今にも泣き出しそうである。


 その子供に父親らしき男が横から声をかけ、なだめようとしている。その時だった。最後尾を歩いていた深見組の一人が「うっ」と声を漏らす。その声に反応して周りの男たちが腰の刀の柄に手を掛け、周りを見渡しながら警戒し始める。そして先頭の者が最後尾を歩いていた一人が減っていることに気づく。そこに目を向けている間にまた別のところから声が聞こえる。一人ずつ周りの男たちが消えていく。その時、町民たちを縛っていた縄が切れる。戸惑っている深海組の男の隙を突いて町民の男が突進する。尻もちをついた男は立ち上がると、怒りのままに刀を構えて斬りかかってきた。男の刀が振り下ろされる時、どこからともなく間に入り込み攻撃を防ぐ忍が現れた。


「逃げろ」


 忍は町民たちを逃した。男はその忍に問う。


「何者だ! そしてどういうつもりだ! 我々に逆らうとはどういうことか理解しているのか!」

「拙者はしのび。黙ったままお主らにこの地を与える方が間違いだと思っているでござる。お主らの勝手にはさせん!」


 志士は素早く駆け出す。忍と刀を交えたことがない深海組の男は真剣な表情で太刀打ちする。しかしその素早さや初めて目にするというものに翻弄されてしまう。そこで繰り出される『三嶋流忍法 閃光斬』。閃光のような速さで移動し、速度に任せて斬りつける。男はそのまま倒れる。気付けば付近の建物の屋根の上には数人の深海組の男たちが眠るように倒れていた。



 その頃小次郎は深海時定の攻撃を危機一髪で防いでいた。時定の放った『水流忍法 流水羅斬』をギリギリで受け止めたが、その威力によって勢い良く弾き飛ばされていた。

 小次郎が立ち上がろうと正面を向くと時定の姿が無い。戸惑っていると視界の片隅で何かが動く。下の方に目をやると、影が段々と大きくなりながら近づいてくる。咄嗟に頭の上に刀を地面と平行に構える。その瞬間真上から刀が振り下ろされる。時定が勝ち誇った調子で喋り出す。


「おい、どうした! さっきまでの余裕の表情が見えないなぁ? ただの凡人が勝てる訳ないだろ。どうする。このままだとお前は死んでしまうぞ? さぁどうするんだ! ここからお前は──」


 時定は声を荒らげながら喋り続けている。その時小次郎は必死に考えていた。


「このままではマズい。何か、何か勝機はないのか! 一発逆転の何か……! ……ん? 今一瞬刀が緩んだ。そうか、この饒舌に見開いた眼、コイツは勝ちを確信しているんだ。しかし勝ちを確信したその時が一番油断しており、一番の隙である。勝負事では何でもそうだ。初めから優勢だった者が勝利を確信したその瞬間、劣勢していた者が覆し逆転する。童話のウサギとカメのように。即ちコイツは今まさにそのウサギという訳だ。剣を握る者は一瞬足りとも気を抜いてはならない。言葉を発すれば剣先が定まらず、攻撃が乱れる。だから感情的にもなってはならない。となれば私は今は焦らず冷静に見極め、奴の隙を突いて起死回生の一撃を狙い、この勝負を勝つ!」


 小次郎は千載一遇の機会を窺う。時定は未だに揚々と喋り続けている。そして一瞬時定の刀が緩んだ瞬間満を持して反撃に出る。低い体勢ながら右に一歩動き、柄頭を持っている左手を軸に右手を身体の左側に流し、刀で円を描くように回す。


『剣技 受流うけながし!』


 突然の脱力に反応しきれず、時定は剣先を地に着けてしまう。時定は焦りながら急いで振り上げる。それと同時にその上から小次郎の刀が勢いよく振り下ろされる。刀を時定の手から叩き落とすという作戦だ。刀と刀が触れ合った瞬間小次郎が時定の手元を見ると、どうにも手から離れる様子はない。作戦失敗かと思ったその瞬間。


 ──バキッ!


 その音と共に刀の感触が変わり、小次郎の剣先が地面とぶつかる。小次郎と時定は目を丸くして刀を見る。時定の刀は鍔から五寸ほどの境で折れていた。時定が動揺している間に小次郎が右肩で押し飛ばす。時定は後退りした後、自身の折れた刀の断面を見ながら怒りに満ちた様子で右手を震わせていた。


「そうか、奴の刀は我の刀よりも硬かった。硬い刀とそれに劣る硬さの刀が勢いよく衝突した際に、折れやすいのは前者の方という訳か」


 小次郎は息を整えながら冷静に分析する。その時、時定が感情的になりながら声を荒らげる。


「おのれよくも私の玉鋼を折りよってからに! 絶対に許さんぞ! まあいい、忍術さえあれば刀の有無など関係ない! 目にもの見せてくれるわ!」


 酷く興奮した様子でいろんな術を雑に放ちまくる。


水球すいきゅう! 水刃すいば! 当たれ当たれー!」


 水の球から水の刃までがそこら一帯に飛び交う。次第にその量は数を減らしていき、時定は息を切らしていく。


「完全に見切られている……? どうゆう事だ!」

「奴の攻撃は全て力任せに直線にしか攻撃が来ない。全て受け流しさえすれば、奴の攻撃は我には当たらん!」


 その瞬間を見計らってもの凄い速さで距離を詰める。「哀れな」と心の中で思いながら時定の目の前に刀を大きく振り下ろす。時定は目と鼻の先に刀が振られ、一瞬戸惑った後状況を把握して小次郎を嘲笑う。


「はっ! こいつ、自分の刀の長さと間合いを把握できておらんではないか! そんな弱者が私に勝つなどありえんわ! これなら勝てる! 俺の忍術で!」


 時定が刀を空振りして前傾姿勢になっている小次郎を目掛けて忍術を打とうとした時、小次郎が力強く一歩踏み出し下から時定を睨みつける。「そんな訳ないだろっ……!」と小さく声を出すと、真反対に手首を返してそのまま斬り上げる。


『秘剣 燕返つばめがえし!』


 下から振り上げられた小次郎の刀は見事に時定の中心を捉えた。時定は悲鳴すら上げずに血を吹き出しながら背中から後ろに倒れた。


「学ばない奴め。お前の敗因はやはり勝利を確信し、油断したことだ」


 小次郎は改めて刀を構え直し、一歩下がる。残心を示し、血振いをする。左手の人差し指と親指の根本に鎬を当てて刀を滑らせ鞘に納める。納めきった後に鍔に親指を掛け、右手で柄をなぞり柄頭を握る。その後に右手を身体の右側に戻して時定に向かって小さく礼をすると、その場を立ち去った。


「武蔵殿。こちらはなんとか勝利致した。まだまだ未熟ではあるが、其方に正してもらった剣の道、もう踏み外したりはしない。勝ちに拘り、いい加減で乱れていた剣のあの頃に比べ、今では格段と変わることができた。でなければ私はこの勝負でおそらく負けていただろうから。もしまた会う機会があるのならば、御礼がしたいものだ。其方の無事と健闘を祈っている」


 こうして安部小次郎と志士の手によって深海組の侵攻を見事阻止することができた。一方その頃、奥山町には再び浅川組が侵攻を進めていたのであった。

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