最終章 決戦 編
第二十話 決戦開始
山の上から朝日が登る。格子の隙間から朝日が差し込み、皆の目を覚まさせる。敷布団を押し入れに収納した後、目を擦りながら居間へ向かってみると食卓の上に暖かい朝食が準備されている。大地は眠そうな半目から一瞬にして目を輝かせ、席に着く。
「昨日から飯が豪勢だなあ! あのクソマズい病院食とは訳が違うぜ!」
美味しそうに食事をしていると、大地の背後に先程まで居なかった柊がいつの間にか腕を組んで立っている。
「そんな悠長に食ってる場合じゃないぞ」
突然の背後からの声に、大地は口にかきこんだみそ汁を吹き出す。月丸が柊にその言葉の意味を訊く。どうやらゲコ蔵が本格的に動き出したらしい。兵を上げて邪魔な忍者を全て抹殺し、この辺り一帯の独占者となるつもりだ。
「一応念を押しておくが、清水組を始めたあの集団はゲコ蔵の配下にある。くれぐれも注意を怠らぬように」
日丸は覚悟を決めたような表情をしている。父親の仇を討つため、ゲコ蔵と戦うことになる。七雨が指示を出す。
「我々はこの戦いに負ける訳にはいかない。それに星忍くんたち二人の目的も絡んでくる。二人はゲコ蔵のみに集中してくれ。我々は今回の計画の指揮官であるゲコ蔵を二人が倒してくれるまで、進行の足止めを行う。我々以外にもたくさんの協力を募った。なんとしてでも奴の思惑通りにはさせない。忍者の未来が掛かっている。気を引き締めて行くぞ!」
全員が声を揃え返事をする。それぞれが各々の持ち場に向かって忍者協会本部を後にした。最後に一人残った柊は空を見上げながら首から下げている勾玉を強く握り、言葉を漏らす。
「必ず蹴りをつける。その時まであと少しだ。待っていてくれ、ハル……」
柊は忍者協会本部を後にし、持ち場の場所まで向かった。
武蔵の故郷である町には深海組が侵攻していた。この町は低い建物が多く、道が入り組んでいる。足並みを揃えた大勢の大軍が地を踏みしめながらやってくると、町民たちを襲い出す。どこかへ連れていくのか両手を背中側で縛り、連行していく。そんな中、大軍の前に一人の刀を持った男が現れる。
「面白い。協力を仰がれにわかに信じ難い事だと思いつつ言われたところに来てみれば、そこでの光景はまさに言われた通り。疑わしき事はまさか真だったか」
「何やつ!」
「拙者の名は安部小次郎と申す。町民たちを
そう言いながら小次郎は左手で鞘を覆い、親指で鍔を押し出しながら鯉口を切る。すると、深海組をまとめる男、深海時定が小次郎を睨みつけながら問いかける。
「我々を誰だか承知の上で言葉を発しているのか? 我々はいずれこの地を統べる深海であるぞ?」
「知った事か。貴様らの身分などどうでもよい。我は悪人を制裁するだけだ」
「救いようのないやつだ……。加減するな。出合え出合え!」
「……ふっ。斬り甲斐があるものよ!」
すると時定の命令を受け、三人の男たちが小次郎を目掛けて襲って来る。小次郎は小さく息を吐くと、三人に向かって走り出す。速さを出すために体勢を低く前傾姿勢で進む。お互いが間合いに入り込むと、小次郎は刀を抜きながら斬りつける。
「使わせて貰おう。『抜刀技
目にも止まらぬ速さで小次郎の刀は三人の男を捉えた。その驚異を目の当たりにして深海組は動揺している。しかし構わず攻撃を仕掛けてくる。
小次郎は一人で何人もの敵を捌いていく。手首を柔らかくして、左手で握っている
しかし、周囲を常に囲まれた状態で四方八方からの攻撃に、小次郎にやや疲れが見え出す。その隙に敵の攻撃が猛威を振るう。身体に幾つか傷を負い、痛みが走る。その度に動きが段々と鈍くなっていく。
その時だった。小次郎の背後から男が斬り掛かってくる。背中を取られた。すぐさま振り向き防ごうとするが、思うように身体は言うことを聞かない。斬り掛かってきている男の刀が振り下ろされそうな瞬間、その男が突然刀を落として小次郎の足元に倒れる。見るとその男の背中には手裏剣が刺さっており、血を流している。小次郎が呆気に取られているうちに、周りの何人かが倒れ出す。そして小次郎の前に忍者の格好をした男が一人姿を現した。その忍者は周りを気にせず小次郎に話しかけてくる。
「其方は
「協力を頼まれた故、私は刀を振り続けなければならないからだ。時に
「拙者は武蔵殿に恩義がある。今あるこの命は助けてもらった物。ならばこの命で武蔵殿に協力するしかないのでござる!」
小次郎は聞き覚えのある名前に気が付く。
「武蔵殿……?」
「何か問題でもあるか?」
「──いや、私の剣の道を教えてくれた恩人と同じ名前だったんでな」
小次郎の思い出を蘇らせている顔を見て、忍は何かを察する。そして優しく言葉を掛ける。
「……そうか。ならその人の為にも必ず勝たなければならないな。では、拙者は其方を信じる。ここの奴らを任せてもいいか。拙者は捕らえられている人々の救助に回る」
「了解した」
そう言うと志士は高く飛び立ち、どこかへ走っていく。小次郎は立ち上がると再び刀を構える。見ればいつの間にか数が減っている。先程の忍が倒していた。まだ傷は痛い。それでも向かってくる敵を確実に斬っていく。やがて残るは深海時定のみとなった。待ちわびたように満を持して刀を構える。時定は意気揚々と喋り出す。
「貴様の刀は何製かな?」
「確か……
「温いな。我々清水組、浅川組、深海組の頭は皆『
上機嫌に勝ちを確信している時定に対して小次郎は言い返す。
「刀の強さは素材じゃない。使い手だ!」
そのまま刀を握り走り出す。相手が誰であろうと関係ない。臆さず前へ進み続ける。時定が浮かべる笑みに違和感を感じながら刀を振り上げる。その瞬間時定が叫ぶ。
『水流忍法
振り下ろされた小次郎の刀に合わせて水を帯びた時定の刀が衝突する。その勢いによって小次郎は後方に弾き飛ばされる。未だかつて見たことの無い技に小次郎は困惑する。
「今のは何だ。何が起きた? 一瞬刀が水を纏い、その刀に触れた途端に吹っ飛ばされた。あれはどういう原理なのだ? あの水は幻覚だったのか?」
小次郎は落ち着こうにも落ち着けず、頭の中で考察を巡らせる。戸惑いながら立ち上がった小次郎に向かって時定は更に追い打ちをかける。
『水流忍法
時定の声に合わせて水の球が小次郎を狙って飛んでくる。咄嗟に刀で受けようとするが、あまりの衝撃にまたもや刀を弾かれる。その後も時定は水の球を幾つも飛ばしてくる。受けても弾かれるだけだと判断した小次郎は球をよく見て回避する。そこでまた考察をする。
「あれはやはり幻覚ではない。奴は水を生成している。躱した水の球が背後で地面にぶつかり弾ける音が紛れもなく水のそれであった。それに先程も奴は「忍法」と発言していた。そのような忍術が実在するのか? だが事実今に起きている。つまり奴は遠距離攻撃を使える。どうにか距離を詰めなければならない。なら!」
小次郎は縦横無尽に走り出す。上下左右に跳び回り、遠距離攻撃が当たらないように距離を詰めていく。無数に飛んでくる水の球を掻い潜り時定の間合いに入り込む。小次郎の刀が時定の首を狙って延びていく。
あと少しで届く寸前、横から時定の刀が阻む。刀を弾かれ小次郎の姿勢が崩れるそこを狙って時定の刀が牙を剥く。
『水流忍法
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