第十八話 内なる想い
夜も更け丑の刻を回る頃、月明かりが照らす山の中で星野日丸と黒蔵は沈黙の時間を共に過ごしていた。緩い風が吹き、辺りの木々の葉が擦れ合って二人のことを煽る。そして黒蔵が口を開く。
「勝負をしよう……日丸」
その一言を合図に同時に二人は目にも止まらない速さで走り出す。先程まで物静かだった場所に刀の刀がぶつかり合う音が目立つ。お互いの攻防が続き両者一向に譲らない。黒蔵が先に仕掛ける。足元にある自分の影に入っていくと、その瞬間日丸の影から姿を現し、背後から刀を振り下ろした。しかし、日丸の咄嗟の防御にて攻撃を防がれてしまう。そこで大胆に黒蔵は忍術を唱えた。
『影流忍法
黒蔵が力いっぱいに正面に突き出した拳の先に黒い影の拳が出現し、日丸を強く殴る。その衝撃で日丸は後方に飛ばされ、木の幹に背中をぶつけて膝を着く。痛みに耐えながら立ち上がり刀を構え、黒蔵に向かって全速力で走りだすと忍術を唱える。
『獣流忍法忍者刀技
その瞬間日丸の走る速度は上がり、瞬く間に黒蔵の懐に入り込むと、刀を振る。それはまるでチーターが獲物を捕らえるかのように。黒蔵はギリギリで攻撃をいなすが、左腕に切り傷を負ってしまう。攻撃をいなされた日丸は体勢を崩しかけるが、なんとか踏み留まり再び刀を交える。
お互いの呼吸が荒くなり、汗が顔を滴り流れていく。日丸は刀をもう一度強く握りしめ、黒蔵の首を目掛けて斬りかかる。黒蔵は疲れているのか反応が鈍い。それどころかこのままではまともに攻撃を受けてしまう程微動だにしない。そこに少し疑問を浮かべながら日丸は刀を振った。刀が首に振れる瞬間黒蔵の口角が上がる。不審に感じた瞬間日丸の刀は黒蔵の首をすり抜けた。日丸が動揺していると、黒蔵が喋り出す。
「迷ったな? お前の刀は思い切れていなかった。お前は俺を本気で倒そうと思っていないな? そんな半端な心意気では俺には勝てない」
日丸は腹を立ててがむしゃらに刀を振るが、攻撃はひとつも当たらず、全てすり抜けてしまう。その後ぼんやりと黒蔵は姿を消し「あまい!」という声と同時に日丸の背後から現れ、忍術を唱える。
『影流忍法
日丸は素早く後ろから聞こえる声に反応して振り返る。その瞬間黒蔵の刀は残像が見える程の速度で迫っており咄嗟に防ぐが、その威力と残像からの連続攻撃により、右肩を負傷してしまった。そのまま地面を転がっていく。立とうとするが思うようにうまく身体に力が入らない。
黒蔵はゆっくりとこちらに歩いてきている。刀を握る手は力が入りすぎて震えている。こちらを見るその瞳は真っ黒に淀み、光など閉ざした目をしている。黒蔵は左手首に刀を持ちながら右手の指を当てる。その際、持っている刀が自分の腕に刺さっており、刀がどんどんと血に染まっていくが、黒蔵はそんなこと気にしていないようでどうも様子がおかしかった。
『影流忍法
その一言と同時に左手を日丸の方へ向けると、黒蔵の後ろから漆黒の龍が勢いよく突っ込んでくる。このままでは危ないと感じた日丸は力を振り絞り立ち上がると、対抗して忍術を唱える。
『獣流忍法秘伝奥義
そのまま前方へ飛び出して龍に向かって斬りかかる。黒い龍と日丸の纏った赤く煌めく獅子がぶつかり合う。両者譲らず押し合い、日丸が叫ぶと獅子の方が押し合いに勝っていく。それに気づいた黒蔵が喋り出す。
「何故だ……。何故俺が負けているんだ……? ……ふざけるな、ふざけるな! 俺が負けてどうするんだっ! 死ねえぇぇえ!」
黒蔵も叫びながら左手を前に突き出す。しかし、黒い龍は段々と灰となって地面に崩れていく。威力も弱まり、やがて完全に消滅してしまった。
「どうして……、俺の黒影龍が負けるんだ……?」
その時、目の前に日丸の姿がないことに気がついた。日丸は黒い龍に打ち勝った後、その勢いで空中から黒蔵に向かって刀を振り下ろした。抵抗することを一瞬忘れていた黒蔵は咄嗟に刀を振ろうとするが、日丸の攻撃により刀を弾かれ、そのまま手放してしまう。日丸は刀を弾いた後、黒蔵の横に着地すると右脚を軸に回転して左脚で黒蔵を蹴り飛ばした。武器も失い弱った黒蔵は死を悟り片膝を着く。日丸は歩み寄り、黒蔵に問う。
「お前が戦う目的はなんだ。なぜお前は──」
「俺には兄がいた」
黒蔵は日丸の言葉を遮りながら自分のことについて語りだした。
「……兄はとても優秀な忍者だった。俺とは違って天性の才能を持ち合わせていたため、天才だと騒がれた。そしてあいつは影流忍者の頭になった。新しい影流忍法の『黒影龍』を生み出したりして、皆が寄って集って慕うようになった。でもあいつは忍者が嫌いだったらしい。影でコソコソとしているような忍者が。そうしてあいつは忍者を裏切った。血の繋がりのある俺までも敵視されて追い出された挙句、命まで狙われた。そしてあいつは俺を庇うように謝りながら俺の目の前で死んだ。でも俺にはこれまで培った忍者の力しかない。だから俺はあいつの分まで生きていた。その時にゲコ蔵に雇われた。奴の
黒蔵は自分の過去を語った後、日丸に殺すよう頼み、土下座をする。それを黙って聞いていた日丸はいつにも増して真剣な表情で言葉を投げかける。
「なら尚更死ぬなよ……。お兄さんの分まで生きるんなら、もっと人生楽しめよ!」
「だから生きてても意味なんて──」
「お前は強い。仲間だった忍者たちに自分までも殺されかけて、目の前で実の兄が死んで。でもお前は生きてる! 忍者として戦っている! お兄さんの黒影龍を受け継いでいるじゃないか! お前にも本当の想いがあるはずだろう。違うか?」
黒蔵は熱い日丸の言葉に涙ぐんで答える。
「……俺は、俺は! 仲間が欲しい! 共に戦い共に食事し、共に笑い共に泣けるような、そんな仲間が欲しい!」
日丸はそれを聞くなり満面の笑顔を見せ、手を差し伸べる。
「なら、俺が黒蔵の友達になる!」
「バカなのか……? 俺はお前や、お前の仲間の命を狙っていたんだぞ? それに俺は影の忍者だ。お前みたいな奴とは釣り合わないだろ」
「じゃあ俺が黒蔵を照らす! もうコソコソとしない存在にしてやる!」
「全く、お前は本当に眩しいな……」
黒蔵は笑みを浮かべながら日丸の手を取り、立ち上がった。そして日丸は言う。
「俺の友達になったからには、お前には他にも友達にならなければならない奴らがたくさんいる。だから一緒に行くぞ」
日丸と黒蔵はそのまま山を下り、皆がいる忍者協会に向かった。黒蔵は星空を見上げて天国の兄に向かって想いを告げる。
「兄貴……俺にも仲間というものがやっと出来たんだ。見ていてくれ、あんたの影流を継いでやるから」
その二人の様子を後ろから窺っている人影がひとつあった。
二人の結託する様子を深海時定が木の影から見ており、すぐさまそれはゲコ蔵の耳へと届いたのだった。
「ほう、黒蔵までもか。まあ期待などハナからしてなかったのだがな。まあいい、もうすぐ奴等も終結だ……。フッフッフ、ハッハッハ!」
ゲコ蔵の不吉な高笑いが真夜中の城内に響き渡った。
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