第十四話 初めての任務

 暖かな朝日に照らされながら日丸と月丸は平地を駆け抜ける。足元の草花が風に揺らぎ、辺りには草花が揺れる音と二人の足音が響き渡る。その音を遮るものは何もない。二人は忍者協会本部に向かって走った。


 ──その頃病院では武蔵が目を覚まし、小次郎と再会を果たしていた。お互いの強さを称え合い、その様子を大地と鉄丸は微笑ましく見ていた。武蔵よりも先に完治した小次郎は三人にお辞儀をすると、剣術を磨くために一人で歩み出した。その後ろ姿を見送った三人はどこか懐かしく思っていた。


 すると、武蔵の怪我を聞きつけて志士がお見舞いにやって来た。志士は忍者服はもう着ておらず、生活のしやすい格好をしていた。ドタドタを足音を鳴らしながら武蔵のいる部屋へ駆け込んだ志士は武蔵の顔を見たと同時に肩の力を抜いた。


「もう……脅かさないでくれよ、武蔵。ピンピンしてるじゃないでござるか。心配して損したよ……。はい、これ食べてそんな怪我さっさと治せよ」

「おい、元忍者がドタバタ足音立ててんじゃねぇよ」

「もう忍者は辞めたんだから少し羽を伸ばすくらい大目に見てよ」


 そう言って武蔵の元におにぎりを置くと志士はそのまま帰っていった。嵐が来て去ったような一連の流れにその場の全員が一瞬停止した後、その状況に笑いが込み上げてきたのだった。


 ──そんな時、星忍の二人は無事に忍者協会本部へと到着した。門をくぐり砂利道を進む。広大な敷地の中に人気はない。歩く音や声、呼吸をする音さえも二人の耳には届いてこない。二人は庭に入り、縁側から日丸が中の様子を覗うと横から声が聞こえてきた。


「……やっと来たか」


 急いで声の方へ目を向けるとそこには腕を組んだ男がいた。その男こそ二人を呼んだ忍者協会副会長「ひいらぎ吉克よしかつ」である。


「遅かったな」

「すみません。道中で襲われてしまって──」

「まあいい。本当は俺から話があって呼び出したんだが、会長がお前らをお呼びだ。ついてこい」

「はい……」


 二人は心の中で何かをやってしまったのかと思いながら、この建物内に人間がたくさんいるということに驚いていた。柊に連れられるまま廊下を進む。歩く度に軋むような鶯張うぐいすばりの音が鳴り渡る。しばらく歩き薄暗い建物の奥に佇む孔雀くじゃくが描かれた襖に柊が手をかけ開く。


「失礼します。星野日丸、星野月丸。ただいま到着しました。」


 張り詰めた空気に圧倒されながら中へと踏み入ると、窓から外を眺める男が一人立っていた。柊に目線で指示され畳の上に正座する。息を呑むような状況で男は口を開いた。


「君たちが噂の星忍くんたちだね。初めまして、私が忍者協会の会長を務める七雨雀扇ななさめすおうだ」


 男は振り返ると二人に笑顔を見せ、名を名乗った。


「君たちを呼んだのには訳があるんだ。単刀直入に言う。君たちに任務を頼みたい」

「任務……?」

「うん。今まさにこの地には危機が迫っている。忍者協会が今一番力を注いでいるのだが、その作戦に君たちもぜひ参加して欲しい。心配しないで。頼れる人材を召集しているから」


 七雨がそう言いながら手を二拍ほど叩くと気づけば二人の周りには三人の忍者がいた。二人の横に一人、後ろに一人、上に一人。男が二人に女が一人だ。七雨が三人を紹介する。


「君たちの後ろにいるのが壱沢作黒いちさわさくろ、横にいるのが琥円杏莉こつぶらあんり、上にいるのが天多白士郎あまたはくしろうだ。三人は忍者協会でも頂点に立つぐらいの実力者なんだよ」


 大柄で黒い下地に青い線が入った服を着ている作黒は満面の笑みで二人の肩に腕を回し、元気に──よろしく! ──とはしゃぐ。黒い下地に紅紫色の線が入った服を着ている杏莉も遠目から優しく微笑む。黒い下地に緑の線が入った服を着ている白士郎は天井の木で組まれたところに座って器具をいじっている。お揃いの柄の服を着ているところから三人の仲の良さが窺えた。歳の差もあるのか三人はまるで家族の様だった。


はくぅ? 早く降りてきなさい。星忍くんたちが来てるのよ?」

「うん、わかってる。初めまして、天多白士郎です。よろしく」


 白士郎は華麗に飛び降りると挨拶をした。その時七雨が咳払いをして話し出す。


「そして問題の任務というのが、だ。先程この地には危機が迫っていると言ったんだが、というのも君たちも知っている清水組が何かあったのかこの頃どうも挙動が怪しい。清水組はこの辺りを統べる集団だ。何か起きている、もしくは何かが起こるに違いない。そして、その清水組の中の「深海組」という奴等を調査して欲しい。これは極秘任務だ。くれぐれも情報漏洩や身バレなどには気をつけてくれ。そこまでは我々も保証できない。しかし、見事成功に終わった際の見返りには期待してくれたまえ。どうだ? 受けてくれないかな」


 清水組を調べればゲコ蔵について何かわかるかもしれないと思った二人は任務を受けることにした。


「おお! 星忍くんたちも加われば賑やかになるな! よし、歓迎会の準備を──」

「バカ! 隠密行動だろ? 作黒はもうちょっと落ち着くこと覚えなよ。忍者でしょ?」


 元気に喜ぶ作黒と注意する白士郎、それを横から眺める杏莉。七雨も含め二人の良い返事を聞いて喜んでいた。一人を除いて。柊は事の全てを見据えているような鋭い目線を向けていた。七雨の解散の合図に合わせ全員がその部屋から立ち去る。すると、柊が二人を呼んだ。二人に話す予定だった話は先延ばしとなり、柊は二人に深海組について話した。


「いいか? 深海組というのは元々清水組の一員だった一人の者が成り上がり、小さな団体を作った集団だ。そのため今は数が少ない。そして、そもそも清水組というのは水流忍者の修行を受けたが忍者になれなかった出来損ない共が集まった集団だ。忍者ではないがそれなりの実力は持っている。決して侮るな、足をすくわれるぞ」


 柊から注意を受けた二人は遠くから三人に呼ばれ、彼らの元へ向かった。二人のことを見ながら柊は腕を組んで考えていた。


「流派は一人一つのはず。いや、あいつらは一つしか使っていないのか?」


 二人は任務をすることを仲間の三人に伝えたかった。手紙を書いたが送る手段がない。そんな時に後ろから七雨が声を掛けてきた。なにやら策があるらしい。七雨は手紙を受け取ると忍術を唱えた。


鳥流ちょうりゅう忍法 伝書鳩でんしょばと


 七雨が指を鳴らすと指先に真っ白な鳩が現れた。七雨は手紙を足に結び付けると、鳩を空へ放った。

 無事に手紙も送れ、忍者協会を後にした星忍は作黒、杏莉、白士郎と共に街へ向かった。その街とはまさに武蔵と出会った街だった。昼間は夜に比べ人が多くガヤガヤと賑わっている。すると、遠くから大声が響いた。たちまち人が道を開け始める。この前見た光景だ。

 怪しまれないように五人も道を開ける。長蛇の行進が始まり、「清水組」と荒々しく書かれた水色の旗がなびいている。後ろには続いて「浅川組」と書かれた黄緑色の旗、「深海組」と書かれた青い旗も掲げられていた。彼らは正面の城へと入っていき、門が閉じられた途端人々が道を再び塞ぐ。一体この街はどうなっているのか。五人は目を光らせていた。


──深夜──


 昼間彼らが入っていった門の近くで張り込んでいると、城の裏口からぞろぞろと何人かが出て行った。その中に昼間に深海組を従えていた男が見えた。そして作黒が小声で声を掛ける。


「深海組だ。散らばって追うぞ」


 四人は頷いて応え、全員違う方向から深海組を尾行する。深海組は深夜に山へと登っていく。そして、山の中の家屋に入っていった。恐らく此処こそが彼らの隠れ家なのだろう。数が多くてもいけないと、作黒が一人窓の外から中を覗くと話が聞こえてきた。


ときさん、清水組が動くよう言ってきましたが、どうします? このままじゃ本当に奴等の思い通りに! ──」

「まあ落ち着け。俺は『深海時定ふかみときさだ』だぞ? 今は従順に従っておいて、ここぞという時に奴等の首を斬るんだ。今に見とけ裕和、じきにお礼をしてやるよ……!」


 それを聞いて作黒は四人にこの事を伝えた。


「間違いなく何かを企んでいるようだったが、清水組内でも何か揉め事があるみたいだな」

「裕和って誰かな……。目上っぽかったけど」

「恐らく清水組の頭だろうな。あの皮肉まみれのって言い回し、過去に何かされたんだろ。ま、俺らには関係ないが」


 五人はそのまま本部へと戻った。星忍の二人も本部へ泊まることになった。その後も本部で有意義に過ごし布団に入ると、月丸は自分たちに務まるのかと不安を抱きながら眠りについた。

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