第三章 忍者協会 編

第十三話 襲撃

 星忍の二人は忍者協会に心当たりのない呼び出しをくらい、また本部へと向かっていた。道中で日丸の提案により正規の道ではなく、近道である山の中を進むことになった。月丸は不安に思うが、早く着くことに越したことはない。そう思い、特に口出しはしなかった。凸凹でこぼことした道無き道を進む。高い木々の葉の隙間から木漏れ日が差す。辺りは風に揺られ擦れ合う葉の音や小川のせせらぎ、小鳥のさえずりが今までの戦いで溜まった疲れを癒す。


 頂上へ着くとすぐに山を降りる。降りるのは下りのため比較的に楽である。しかしそう簡単にはいかなかった。二人の後ろから激しい音が聞こえ、その音はものすごい速さで近づいてくる。山の中故、どんな動物が潜んでいるか分からない。猪なのか熊なのか、そう思い込んでいたが二人の視界に入ってきたのはそんな物ではなかった。

 木々を薙ぎ倒しながらこちらへ転がってくる大きくて丸い岩。二人は全速力で山を降りる。至る所で大きくて丸い物に追われているような気がする。二人は木の上を移動しながら逃げるが、さっき乗っていた木は既に倒れているという状況を繰り返す。山の中では木がたくさん生えており無闇に刀を振ることができない。二人はひたすら岩から逃げる。しばらくすると開けた場所に出た。どうやら山を抜けた様で、なんとか岩から逃げきった。思いっきり走ったせいで二人はその場に座り込む。すると何者かが手を叩き、賞賛しながら二人の前に現れた。


「お見事だよ、星忍くん! いやぁ〜参った。私は君たちのことを侮っていたようだ。これは見る目が変わるねぇ〜」


 身長は二メートルほどで体格のいい男がテンション高く話している。男は背中に推定一丈いちじょう(約三メートル)ほどの薙刀を背負い、山吹色の服に身を包んでいる。両手の拳を腰に当て、胸を張って男は意気揚々と名乗り出した。


「私は川之鎌ゲコ蔵様の護衛を任されている、岩流がんりゅう忍者の伯羅巖吾雷はくらがごらいである! ゲコ蔵様のご命令により君たちを始末するためにやって来た。鉄丸、黒蔵、佑助、佐助が君たちみたいな弱い子に敗れたと聞き、彼らはどれほど貧弱なのだろうかと心底失望したが、君たちもしっかり強かったんだねぇ〜。だが! 私は彼らとは違って至極強いぞ!」


 吾雷は余裕の表情で二人とこれまで戦った四人のことを見下すようにつらつらと言葉を並べる。日丸は自分たちが小馬鹿にされたことに腹が立ちそうになるが、月丸が瞬時に腕を掴み耳打ちをする。


「奴は岩流忍者だ。岩流忍者は他の流派に比べて数が少ない。それは強い奴しかなることが許されないからだ。岩流忍者というだけで確実に強いのにゲコ蔵の護衛を任されているなんて、奴の強さは計り知れない。ただ確かなのは、今まで戦った奴らと比べて圧倒的に強いはずだ」


 日丸は冷静になると、立ち上がり武器を構える。吾雷は余裕そうな表情で両手を腰に当て仁王立ちをしている。日丸が武器を構え、戦う意志を示したことを確認すると吾雷は背負っている薙刀を構え左足を下げた。日丸は考える。

「相手が持っている薙刀の長さは推定一丈ほどで、振り回すのは簡単ではない。だがあの体格や腕の太さからして、おそらくあの薙刀を振るのは容易いはず。それをどう対応するかが問われる……」

 日丸と月丸は吾雷が放つ圧倒的に強いオーラに息を呑む。たちまち吾雷は距離を詰めてくると、身体が大きい故に腕が長い分リーチが長い。吾雷の薙刀の刃がものすごい速さで迫ってくる。咄嗟に刀で防ぐもその勢いには勝てず左へ身を飛ばされる。すぐに月丸が攻撃を仕掛けるが、どれだけ振っても触れることさえ出来なかった。すると吾雷は岩の力を見せてやろう、と言うと力いっぱい地を踏み締め、左手を地面に当てた。


『岩流忍法 巨大転岩きょだいてんがん!』


 吾雷が地面から手を離すと大きな丸い岩を持ち上げており、その岩をこちらに転がしてくる。まさに先程山を下る時に追われたあの岩である。月丸はクナイを逆手に持ち岩に突き刺すとクナイを持ち直して岩ごと持ち上げると、そのまま吾雷の方へ投げ返した。吾雷は薙刀を大きく振って空中で大きい岩を粉砕した。月丸は一直線に吾雷の方へ走り、忍術を唱える。


『獣流忍法クナイ技 狛犬こまいぬ!』


 月丸は上空に高く跳び上がると、青白く光る狛犬を三体纏いながら吾雷にクナイを振り下ろす。吾雷はニヤリと笑みを浮かべると薙刀を足下の地面に突き刺した。そのまま忍術を叫んだ。


『岩流忍法 噴石ふんせき!』


 すると吾雷と月丸の間の地面から赤い岩が複数個噴き出した。噴石は吾雷を守るように壁を作り、月丸の攻撃を防ぎつつ下から月丸を攻撃する。交代に日丸が仕掛ける。


『獣流忍法忍者刀技 猟豹チーター!』


 素早く刀を振るい攻撃するが、全ていなされる。一向に攻撃が当たらないまま時間だけが過ぎていく。月丸も参戦し、二対一の構造を造るも全く歯が立たない。吾雷は鼻で笑うと薙刀で二人を押し飛ばし、忍術を使う。


『岩流忍法 みだいし


 吾雷が刃先をこちらに向け、左右に振ると無数の石が広範囲により二人に向かって飛びかかる。腕を前に構え攻撃を防ぎ、動こうにも広範囲すぎて動けずそのまま攻撃をくらい続ける。何か脱却法がないのかと頭を働かせていると、吾雷が追い打ちを掛けてくる。薙刀を後ろに構え、すくい上げるように半弧を描きながら下から振り上げた。


『岩流忍法 突き上げ岩!』


 すると二人の足元から先が尖った岩が突き出し、二人を上空へと飛ばす。吾雷は攻撃の手を緩めない。宙を舞っている二人を目掛けて更に忍術を使う。


『岩流忍法 雷岩らいがん!』


 吾雷が高く飛び上がり薙刀を構えると、その先に大きな岩が出現し、その岩に雷が落ちた。吾雷は電気を纏った岩を二人に投げる。二人は武器を構えて抵抗しようとするが、各々の武器は岩に弾かれて、まともに攻撃を受けてしまう。地面に落ちて、倒れ伏せてもがく二人を見て吾雷は嘲笑いながら得意げに喋る。


「当然の結果だな! やはり岩流忍者は強い。それがよぉ〜く分かっただろ? 水や火や岩などは形や動きが予測できない故、扱うのが非常に難しい。それを扱える者はそれほど強いということだ。それに比べ君たちは獣流。獣など一般の人間でも手懐けることは容易い。そんな弱い力で私に勝てる訳がないだろう? ゲコ蔵様に喧嘩を売ったことを後悔するが良い。来世では是非、気をつけたまえ!」


 そう言うと吾雷は容赦なく二人にトドメを刺しにくる。薙刀を振り被り、忍術を使う。


『岩流忍法奥義 窮命きゅうめい岩石がんせき!』


 薙刀の刃が大きな岩へと変わり、二人を目掛けて振り下ろす。今までの黒影龍や砂鉄大刃などとは違う危機感を感じていた。もうすぐそこまで岩は迫ってきている。二人は立ち上がり最期かもしれない抵抗をする。おそらく吾雷はこの後、大地と武蔵も始末しに向かうはず。しかも自分たちは忍者協会本部へ向かわなければならない。どちらにせよ吾雷はここで倒しておかなければならない。二人は最後の希望を放つ。


『獣流忍法 とらの舞!』

『獣流忍法 妖狐ようこの舞!』


 赤く煌めく巨大な虎と青白く光る巨大な狐は二人を岩から守る。その隙に横から吾雷を狙う。咄嗟に回避した吾雷は着地すると、驚いた表情を浮かべて心の声を漏らす。


「あの窮地を回避するとは敵ながら天晴あっぱれだな……」

「バカにするな! 俺たちはな、獣流忍者の生き残りなんだ。お前に俺たちの強さを教えてやるよ!」


 赤い影と青い影は吾雷の周りを走り出す。その様子に戸惑う吾雷は自分の周りに噴石を上げるが、その噴石を突破して二人は攻撃をする。吾雷は得意の薙刀捌きで相手をするが、二人の息の合った動きには劣ってしまう。二人に圧され続け、ただただ防いでいるだけの吾雷は考えていた。


「獣流忍者というのは正直聞いたことがなかった。獣の力など我が岩の力には及ぶはずがないと思っていた。しかし今まさに圧されている状況、獣流忍者とはこれ程なのか? 少々見込みはあると感じていたが、私は彼らを侮りすぎていたのか。だからと言ってここで屈するわけにはいかない。ゲコ蔵様の命令もあり、岩流忍者の肩書きを背負っている以上、私も負ける訳にはいかないのだ!」


 すると突然吾雷はかつてない力で二人を弾き返した。二人が突然の出来事に驚きを隠せずにいると同時に吾雷が日丸に向かって力強く忍術を放つ。


『岩流忍法 突き上げ岩ァ!』


 吾雷が後方へ振り上げ、下から突き上げるように薙刀を振ると日丸の足元から尖った岩が突き出す。それを横から危機一髪で月丸が助ける。日丸が感謝をすると、それを見ていた吾雷が失笑しながら言った。


「兄弟愛とやらか、甚だ煩わしい……」


 聞き捨てならない言葉に月丸が強く反応する。


「なんだと? 兄弟とは、助け合い共に生きていくものだろ!」

「私にも兄弟なる物が居た。だが、奴らは皆弱かった。強き我のみが岩流に選ばれたのだ。そんな弱者共にいちいち手を回す時間など無駄。そんな戯言たわごとに時間を割くぐらいならば修行をしたほうがよっぽど効率的だろう! 兄弟など所詮自分が成り上がるための踏み台に過ぎん!」


 吾雷の考え方に呆れた二人は立ち上がると日丸が真っ直ぐに吾雷に一言放った。


「弱いな、お前は」


 その言葉に吾雷は驚きを隠せていないようだった。なぜなら選ばれし強い者しかなることができない岩流忍者になり、ゲコ蔵の護衛も任されている自分に「弱い」という最も似合わない言葉を掛けられたからだ。自分のどこが弱いのかさっぱりわからない吾雷は日丸に聞き返す。すると日丸は語りだした。


「たしかにお前は技術や力は非常に長けていて強い。だがお前は他者を拒み、孤独で修行に励み力を付けた。そんなを知らないお前は弱い! そんなお前が俺たちに勝てる訳がない!」


 先程まで圧倒的な力の差があったはずなのにこのような言葉を並べる日丸を吾雷は目を丸くしてあっけらかんとした表情を浮かべた後、大声で笑いだした。一頻ひとしきり笑うと吾雷は自分のことを弱いと言った二人に対して殺意に満ちた眼で睨みつけ──許せん! ──と叫ぶと力任せに攻撃をしてくる。次から次に忍術を放ち、二人を殺そうとしてくるが二人も攻撃を躱しながら忍術を放つ。お互いの忍術の撃ち合いが続き、一瞬吾雷が怯んだ時に二人が一気に畳み掛ける。


『獣流忍法秘伝奥義 日光獅子にっこうじしの術!』

『獣流忍法秘伝奥義 月光狼げっこうろうの術!』


 二人の背後には煌びやかに輝く太陽と月が現れ二人を照らす。その二人を纏うかのように赤く煌めくライオンと青白く光るオオカミと共に吾雷を目掛けて距離を詰める。空が段々と明るくなってきた頃、山の麓の平野で二体の獣の咆哮が響き渡る。それと同時に二人の武器は吾雷を目掛けて振り下ろされた。しかし、そんな上手く事は進まない。


『岩流忍法奥義 窮命きゅうめい岩石がんせき!』


 吾雷が抵抗するため薙刀を振る。薙刀の刃先が巨大な岩へ変わると凄まじい威力で対抗してくる。両者一歩も譲らない状況で吾雷は考えていた。


「いくら獣の力であっても岩に及ぶはずがない! しかしなぜだ? この力、二人だからと言ってここまでか? 明らかに今までとは比べ物にならない力だ。まだこんな力を隠していやがったのか? ──まさか……! いや、そんな馬鹿な、普通流派は一人一つまでだろ。だが、こいつらは一体何者なんだ……。一体いくつの流派を習得してやがる!」


 その時だった。吾雷の持っている薙刀の刃先の岩に亀裂が入った。そしてそのまま吾雷の目の前で粉砕された。


「……馬鹿な、俺の岩が……砕、けた?」


 その瞬間星忍の刃は吾雷を貫いていた。吾雷はその場に両膝を着き、左手で傷口を抑えながら呼吸していた。左手が段々と鮮やかな赤色に染まっていく。段々呼吸をするのが困難になっていき、意識さえも遠くなっていく。そんな時吾雷は考えていた。


「砕けた……私の岩が。何者なんだ、あいつらは。岩流である私を超えた獣の力、これ程なのか? ゲコ蔵様……奴らはかなり手強いです……。どうかご無事、で──」


 両膝を着いている吾雷を横目に二人は忍者協会本部へと足を急がせた。

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