第十一話 後悔と怒り
志士を倒し奥に向かうと武装した智志が待ち受けていた。
「兄上! 正々堂々決着を付けましょう。どちらが本当の強者なのか」
「お前がそれを言うのか。まあ、俺は十年前の屈辱を晴らす」
「いざ、勝負!」
智志の動きは速い。十年前とは見違えるほどに強くなっていた。武蔵は俊敏な智志に翻弄される。影分身をしたいくつもの智志が手裏剣を同時に投げてくる。二本の刀で叩き落とすが、智志の攻撃は止まらない。四方八方から攻撃が加えられる。そんな時、武蔵は思う。
「自分はあいつらと共に戦っていたのに、何も変わっていないのか? また智志に負けるのか? いや、俺はそんなに弱くない!」
その意思のまま見様見真似でやってみる。あの三人と共に旅をして戦って学んだこと、それをここで活かす。武蔵は刀を持った両手を交差し、智志の隙を窺う。足を開き、力強く踏ん張りながら今は攻撃にじっと耐える。そして智志が正面から攻撃を仕掛けてこようとした時、武蔵は剣術を使う。
『三嶋流・
武蔵は上に振り被った刀を思いっきり智志に向かって振り下ろした。その様はまるでサイのツノが振り下ろされたようだった。智志の視界には武蔵を覆う薄灰色のサイが映り、まともに攻撃をくらった智志は後方に飛ばされる。智志は今まで見たことのない光景に戸惑いを隠せない。武蔵は一瞬の暇も与えない。すぐに距離を詰めると武蔵は空中で体を横に回すとその回転の勢いで刀を振った。
『三嶋流・獣剣術
薄灰色のワニが長い尻尾で横から叩く。その威力は凄まじく智志は屋敷の壁を突き破るほど飛ばされた。智志は負けじと忍術を使う。
『三嶋流忍法
たちまち智志は光りのような速さで駆け出すと武蔵の周りを飛び回り、隙を突いて背後から斬りつける。が、武蔵は元々三嶋流忍者。閃光斬がどのような忍術なのか把握している。背後から近づいて来る智志の攻撃を躱しながら斬った。そのまま智志は地面を倒れながら滑る。智志の後には土煙がたつ。そして土煙が風に煽られ晴れると、次第に互いの姿が露わになった。智志は腹を押さえている。その手は鮮血に染まり、悔しく憎むような目がこちらを睨んでいる。武蔵が倒れている智志を見下して言う。
「俺の勝ちだ」
「どうして……どうしてこんなならず者に負けたんだ!」
武蔵はその一言に軽蔑し、なにも言わず振り返りその場を立ち去ろうとすると、智志が声を掛けてきた。
「これからどうするおつもりですか……? お願いです、置いていかないで……」
武蔵は惜別もなく、振り向きもせず立ち去った。その後も智志の声が武蔵に向けて掛けられ続けているが、気にも止めなかった。
智志を倒した今、三嶋に残るのは実の父であり自分を三嶋から追い出した三嶋流忍者十七代目の頭、三嶋拓史のみである。武蔵は真夜中の真っ暗な長い階段を左右の松明の灯りを頼りに登り、木製の大きな門を両手で押し開けた。門をくぐると門から建物まで長い砂利道が続いており、その脇には大きな松明がずらりと並んでいる。松明には一つずつ炎が灯されており、大きな炎の熱が離れていても感じられる。そんな松明に挟まれた砂利道の先の建物に拓史が座って待ち受けていた。
「久しぶりだな武蔵、もう十年か。まさか侍となって帰って来るとは期待に応えてくれないな」
「もう忍者は捨てた。新たな道で強くなった俺を見せてやる。その道を知るきっかけを作ってくれたあんたには感謝してるよ」
武蔵が憎しみを冗談混じりで言うと、拓史は衝撃な発言をした。
「まあ、後継ぎなどどちらでもよかったんだがな」
「なに……?」
「お前らなどどちらでも同じだ。現に智志はお前に負けて死んだ。もしお前が継いだとしても同じように智志がお前を殺した筈だ。俺も後を継いだ兄を殺して頭になったからな。だからずっとお前を待っていたのに、忍者を捨て侍になり、更に三嶋を滅ぼそうなど。これほど期待外れな奴だったとは驚いた」
武蔵は智志の呼び掛けに振り向きもしなかったことに罪悪感を感じ始め、兄であるのに見捨てた自分に腹を立てた。武蔵が何も言わないのを良いことにつらつらと拓史は喋り続ける。
「しかしここへやってきたということは私を倒しに来たのだろうが、親である私に歯向かうなど怖い者知らずめ。百年早いわ」
「……智志は後を継ぐために必死だったんだぞ」
「だからなんだ。結果的にあいつはお前が殺したんだろ? 三嶋を捨てたお前如きに負けるほど弱いあいつが悪い」
武蔵の顔は強ばる。自分が何をしまったのか知り、まんまと拓史の手のひらの上で踊らされていたことに気づいた。感情が後悔という色に染め上がっていき、眼に涙が滲む。そして後悔は次第に怒りへと変色していく。
「……許すものか。俺を蹴落としてまでなりたかった
武蔵は怒りのままに拓史に斬りかかった。武蔵の刀が拓史を捕らえたかと思うと、拓史は目にも止まらぬ速さで背後に回り込み武蔵の背中を蹴る。武蔵は正面の建物を突き破って中で転がった。拓史は自分の屋敷などどうでもいいと言わんばかりに容赦なく武蔵を壁や床に叩きつける。武蔵もなんとか対抗して刀を構えるが、振りかぶる暇さえ与えてくれない。
屋敷内の綺麗だった畳や襖がボロボロになるまで痛めつけた後、武蔵の身体は再び砂利道へと投げ出された。ここまでの戦いの疲労や先程の拓史による猛攻撃により、武蔵の身体は限界を迎えていた。思うように立つことも出来ない。武蔵が朽ち果てた屋敷の方へ目をやると余裕そうな表情を浮かべる拓史が佇んでいる。拓史は屋敷に飾ってあった日本刀を取り出してくるとニヤけた面を浮かべながら忍術を唱えた。
『三嶋流刀技
その瞬間、拓史は武蔵の目の前で刀を振り被っており、小さく──失せろ──と漏らすと振り下ろした。武蔵はあまりの速さと恐怖で抵抗することを忘れていた。しかし、拓史の刀は横からの短い忍者刀により遮られていた。武蔵がゆっくり視線を移すと、そこには一人の忍者の姿があった。
「──死んでもらっては困ります……」
忍者は一言放つと、拓史の刀を弾く。拓史は一定の距離を取ると、忍者の姿に驚く。忍者は武蔵の前に立つ。武蔵の視界には黒い忍者服、右手に短刀、そして左手に竹皮に包まれた何かを持っている。武蔵と拓史が声を揃えた。
「お前は……!」
そこには武蔵に恩義を持つ一人の忍者が立っていた。
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