第十話 過去の御礼

 大地と鉄丸が戦っている頃、武蔵は目的である三嶋を見返すために実家である三嶋流忍者の屋敷へ足を急がせていた。夜の町の道を颯爽と駆けていく。そんな武蔵を止める声が前方から聞こえてきた。武蔵は足を止め、刀に手を掛け周りを窺う。すると、正面の建物の角から一人の男が出てきた。男は道着に袴、腰の左には刀を一本所有している。まさに武蔵と同じ剣術士だった。こんな夜中に侍が一人何をしているのだろうか。と考えたが相手からすれば武蔵も同じである。男はこちらを向くと名乗り出した。


「拙者は安部あべ小次郎こじろうと申す。我は深夜のこの町で一人動く怪しき汝を成敗する。我が剣術と正義、とくと御覧に入れよう!」


 そう言うと小次郎は腰に携えた鞘から刀を引き抜き、両手で構える。武蔵は一瞬戸惑ったが一旦その気持ちを呑み込み、刀を一本構える。小次郎の──覚悟! ──の合図でお互いが間合いを詰める。ひと時の刀を交わらせて鍔迫り合いをしていると、小次郎が目の色を変えた。突如武蔵を刀で押すと距離を保ち、刀を上から素早く振り下ろした。しかし刃先は届かず、武蔵の目の前の空気を斬った。その勢いで武蔵の顔に風が当たる。突然の状況に武蔵は一瞬怯んでしまった。その隙を見計らった小次郎が下から斬り上げてくる。


『秘剣 燕返つばめがえし!』


 武蔵は自分の刀で受け止める。危うく下部を斬られるところだった。自分の攻撃を防がれた小次郎は苦い表情を浮かべ、後方へ下がった。武蔵は距離を開けないようにと詰め返す。一本の刀を左手に移し、右手でもう一本の刀に手を掛け走り出す。


『抜刀技 電光石火でんこうせっか!』


 小次郎は刀を縦に構え攻撃を防ぐが、そこから武蔵の怒涛の攻撃が続く。小次郎は二刀流の武蔵に苦戦しているようだったが、決してやられっぱなしではない。


『剣技 受流うけながし!』


 小次郎は武蔵の攻撃を刀で受けるとその勢いを流すように刀を身体の右側で回し、武蔵の刀を叩き落とした。刀を一本失った武蔵はそのまま小次郎の勢いに流されるが、なんとか小次郎の刀を捌く。しかし小次郎の長刀は鋭く武蔵を捕らえてくる。武蔵の赤い道着に切り込みがはいる。そして小次郎は刀を上から振り下ろす。またもや武蔵の目の前を斬る。しかしこの動きは先程見た。武蔵は対策を練っていたためこの予兆の動きを待っていた。案の定小次郎の刀は下から斬り上げてくる。その隙を見て武蔵は小次郎の頭部に上から刀を振り下ろした。


 小次郎はその場に倒れ込む。武蔵は峰打ちで殴ったため、小次郎は酷く弱っている。倒れた状態で小次郎は怒っていた。


「なぜ斬らない! 汝が我を討った。なのになぜ斬らない!」

「不必要に命を落とすつもりはない。そもそも君とは戦う気などなかった。私は別の目的があり、その場所へ急いでいる。だから君の命を落としているような時間はない。私はここで失礼する」


 そう言い放つと武蔵は落とした刀を拾い、鞘へ収めると目的地へ歩き出した。小次郎はどうすれば今より強くなれるのか聞いた。すると武蔵は振り返ることさえなかったが、足を止めて言った。


「諦めず刀を振り続ける。それだけだ」


 小次郎に言葉を投げるとそのままその場を立ち去った。

 武蔵は十年ぶりに訪れたが、光景は当時のままで道に迷うことなどなかった。見慣れた道を進み、屋敷の門の前までくると門を両手で開けた。すると、見覚えのある顔から見知らぬ顔が一斉にこちらに視線を集めた。その中の一人が武蔵だと気づいた。一歩門をくぐると、奥から一人の男が出てきて言った。


「兄上、お久しぶりですね。ですが、あなたはもう三嶋ここへは戻ってきてはいけないはずです。もう三嶋の人間ではないあなたは。お引き取り下さい。」

「別に結構。俺は三嶋に帰って来たんじゃない。俺はお前らに三嶋武蔵を教えてやるために来ただけだ」


 弟である三嶋智志は武蔵のことを完全に他人として扱っている。そして武蔵の言い回しが気に入らなかったのか、智志は周りにいた忍者たちに指示を出した。


「殺して構わん。かかれ」


 その合図と共に一斉に飛びかかってくる。すぐさま武蔵は刀を二本構え、大勢の忍者たちを斬っていく。武蔵の足元には血を流した男たちが倒れていく。無双する武蔵を見て智志が引き気味になる。すると武蔵の顔見知りが刀を交えて来ると話しかけてきた。


「よぅ武蔵! 悪いが、俺の出世のためにお命頂くぜぇ?」


 武蔵はその男に対して声も発さないまま斬り捨てる。背後から手裏剣が飛んで来るが、武蔵は目の前にいる一人の男を後方に投げ飛ばすと手裏剣は全てその男の背中に命中した。死体の山の上で一人、また一人と斬っていく。その男たちを踏みつけながら最後の一人の腹部に刀を突き刺した。その刀を引き抜くと男は膝から倒れ、下にいる他の忍者の上に重なった。その一部始終を全て見ていた智志が驚愕しながら声を漏らした。


「なぜだ……あの量の軍勢を一人で抑えるどころか打ち勝つことが可能なのか……?」

「なぜこいつらが俺一人に敗れたのか教えてやろう。それは経験の差だ。三嶋は忍者として有名で家臣に仕えている者もいるが、ごく僅か。ほとんどの奴らはという優越に浸り、のうのうと生きているだけ。だからいざ戦闘となると思うように力が発揮できない。そしてこの様だ」


 武蔵の一方的な話に智志は質問した。


「では兄上は経験が豊富ということですか?」

「ああ。俺のことを鍛えてくれる仲間たちと出会えたからな」

「そうですか。では、あなたはこれっきり忍者をやめたと言うのですね?」

「ああ。ここを追い出されたからな。忍者という肩書きなど背負いたくもない」


 そのことを聞き、智志は呆れたように軽く笑うと怒りを顔に浮かべて怒鳴った。


「……やはり。あなたは三嶋の恥だ!」


 武蔵は冷静に対応する。


「どれだけ言われようが構わん。自分から言わせてもらうが俺はもう三嶋の人間ではないのだからな。では俺は、今からそのによって滅ぼされる三嶋家を楽しむことにしよう」


 怒りが溢れそうな智志は側近である忍者を呼んだ。


「行け! 志士しし!」


 どこからともなくやってきたのは二人と共に修行をした志士だった。志士は迷いがある目をしたまま智志の命令に従い、武蔵に向かって刀を振ってきた。武蔵が志士の攻撃を受け止めると志士は声を掛けてきた。


「久しぶりでござるな、武蔵殿……。拙者は、心が痛いでござる。しかしこの志士、自分の全うすべき使命は必ず果たすたちでござる……!」


 志士は意を固めると全力で立ち向かってくる。その動きは長年見てきた志士の動きだった。武蔵は志士の動きを完全に熟知している。逆に志士の知っている武蔵はもういない。武蔵が圧倒的に有利だった。武蔵は申し訳ない気持ちを抑えながら志士の目の前に刀を振った。見事に志士は怯み、隙を見せる。そこを下から振り上げ志士の武器を飛ばした。武蔵は振り上げた刀を手の中で返し、志士の肩を峰打ちした。その様子を見ていた智志は志士までも殺られたと勘違いして屋敷の奥に避難して行った。その場に倒れた志士は武蔵を見上げて言った。


「お強いですね……。武蔵殿……」

「お前だけは、殺れない……。志士、お前は逃げるんだ」


 武蔵は志士の目の前に持っていた竹皮で包まれた握り飯を二つ置くと、智志の方へ向かった。

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