第二章 三嶋家 編

第五話 自分の発見

──約十年前──


 大きな屋敷の中で二人の兄弟が日々修行にいそしんでいた。

 父の大きな背中に憧れていた二人は自分たちもこの家を継ぎ、立派な忍者になることを夢見ていた。

 しかし、そんな二人の仲は時間が経過するにつれてだんだんと裂かれていった。どちらがの後を継ぐか。

 二人の後継ぎ争いが始まった。


 三嶋流忍者十七代目のかしら三嶋拓史みしまたくし」。その息子である長男の「三嶋武蔵みしまむさし」と次男の「三嶋智志みしまさとし」の二人は仲良く三嶋流忍術を学んでいた。

 周りの人たちにも支えてもらいながら共に育った。そんな二人と共に修行をした「志士しし」は三嶋家の配下で、二人のどちらかの側近となることは決まっている。

 志士は二人の仲が裂かれていくのを見て、心を痛めていた。

 二人は十八代目の頭をかけて父である拓史に認めてもらえるよう競い合った。

 力が強く、忍術を身につけるのも早かった天才的な才能の持ち主の武蔵と、武蔵に比べて忍術を身につけるのは遅かったが、努力家で頭が切れる智志。

 武蔵は智志と仲良くしたいと思っているが、次男で後を継ぐには不利である智志は次第に馴れ馴れしい兄である武蔵を嫌うようになっていった。


 そんなある日、拓史は二人を呼び出した。

 二人は張り詰める空気に緊張しながら拓史の目の前に正座をした。すると拓史は突然次男である智志に後を継ぐように頼んだ。

 智志は満面の笑みを浮かべながら「ありがとうございます!」と言いながら深々とお辞儀した。武蔵はその事実に驚きを隠せなかった。

 その様子を見て智志は顔を伏せたまま不吉な笑みを浮かべていた。すると拓史は武蔵にこう告げた。


「武蔵、お前は三嶋にはもういらん。出ていけ!」


 唐突なという言葉に動揺が隠せないまま武蔵は周りにいた男たちに連れていかれた。智志は武蔵に向かって一言ひとこと放った。


「兄上っ!! ……フッ」


 さも自分のことを心配しているような声とは裏腹に微かに見えた智志の不吉な笑みで武蔵は全てを悟った。自分はなにか濡れ衣を着せられ追い出されたのではないかと。あまりの衝撃に武蔵は喉からかすれた声を漏らすのが精一杯だった。


 その後智志が後を継いだ三嶋家はどんどん大きくなっていった。その様子を横目に全てを失った武蔵は新たな光を見つけようとしていた。さいわい金銭面に関しては問題はなかった。


 半年の時が経った。とぼとぼと町中を歩いていると、カンッカンッと金属を叩く音が武蔵の耳に飛び込んできた。気づくと武蔵は惹かれるように音のなる方へ足を動かせていた。


 角を曲がると音の出処であろう建物から火花が揺らめきながら空中を舞い、儚く消えていく。近づいてみれば、年老いた男が顔中に汗を抱えながら真剣な眼差しをしている。男は眩しく輝く一本の刀を叩いていた。武蔵は修行をしていたとき、幾らでも刀は見てきた。でもあの時見ていた刀とは違った。忍者刀に比べて刀身が長く、刃先へ向かうにつれて曲線を描いている。武蔵は今まで見たことのない刀に強く興味を抱いていた。武蔵は無意識に言葉を放っていた。


「その刀、俺にくれ!」


 突然のその言葉に刀を叩いていた男は困惑していたが、武蔵の必死な顔を見て承諾した。刀を完成させると綺麗な鞘へ刀を入れて、武蔵に渡した。武蔵が値段を尋ねると断られた。元々貧相だが、未来ある者に刀の素晴らしさを伝えさえ出来ればいいと言うと、男はまた刀を叩きだした。

 申し訳なく思った武蔵はこっそり銭を置くと、軽く礼をして去った。その刀で新たな力を身につけて、三嶋家を見返してやるという決意をした。そして武蔵は剣術を学ぶためにある人へ弟子入りした。その人の元にはすでに何人か弟子がいた。数日間共に修行してみたが武蔵は忍者の癖が抜けきっていなかったり、他の弟子たちとの差を感じてしまい、失望してしまった。そして武蔵はそのまま弟子をやめた。いよいよどうしようもなくなってしまった武蔵はある考えに至る。


「普通の剣士を目指してもダメだ。なら、ほとんど誰も手をつけていないにすればいい。それに忍者の癖が残っているのなら、それも活かしてしまえばいい」


 武蔵はあの時刀をくれた店にもう一度訪れた。そこで思ったことを男に伝えた。武蔵は銭を差し出し、刀をもう一本購入した。もう誰にも教わらない。誰にも頼らない。自分のことは自分で考える。そう心に決めた武蔵は見事に二刀流を極めた。

 数日後、武蔵はある決心をした。


「自分だけの流派を生み出すためにあちこちを回る旅に出よう」


 武蔵は旅を続け、いろんな場所を訪れた。その場所でたくさんの人や動物たちとの出会いがあった。今まで日々修行ばかりでろくに人と接して来なかった武蔵は支え合う人々を見て感動を覚えた。


 旅を始めて数ヶ月が経った。美味しそうな出汁の香りがする。かつお節や昆布を朝からよく煮たであろういい香りが漂う。うどんの香りだ。天ぷらの香りまでもが武蔵を手招きしているようだ。武蔵は釣られるように歩みを進めていた。香りにかなり近づき、うどんにありつけると思ったその時だった。武蔵の目に信じ難い光景が飛び込んできた。


 一本の刀を構えた一人の若い男が、同じように刀を構えている十一人ほどの男たちに囲まれている。若い男は息が上がっており、構えこそしっかりしているものの、よく見ると左腕と右の太ももから血を流している。武蔵の体はすぐに動いていた。忍者のような速さで一直線に走り、腰の左に携えた鞘から一本の刀に手をかけて抜き出しながら複数人いる男たちを目掛けて斬りつけた。


『抜刀技 電光石火でんこうせっか!』



 赤い道着を着た男。その男の名は「三嶋武蔵みしまむさし」。独自の剣術を生み出すためにあちこち回っているさすらいの二刀流剣士。の剣士がここで誕生した。

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