46話 アイの思い出 不思議な作業室
私は彼女に作業場へ導かれるままに向かった。
魔法は信じない。でも彼女は嘘をつくような人ではなかったから信じることにしたの。
作業場はなんてことの無い少し小さな部屋だった。
少し期待していたぶんとてもがっくりしたわ。
その部屋は高級な物が大量にあって、特に宝石は私が今まで見たことの無い美しいものが沢山あった。
「なにこれ!こんな美しいものは見たことはないわ。」
「それは魔法の力で作られた人形の瞳よ。」
「人形の?」
彼女はするとたいそう丁寧そうに瞳のない人型の猫の人形を持ってきた。
これは高級人形だ。男女のペアで売られる高級人形。
「これは紳士の方なのだけど、あと瞳を入れるだけで完成するの。でも良かったわ。帰ってしまう前にあなたに会えて。」
彼女は悲しそうな顔をしながら言う。
「どうして?」
「この人形はペアでつくったの。結構、制作期間は長く取ったのだけど拘り過ぎてしまって、紳士の1匹しか期間内で完成出来なかったわ。これは最後の私の職人としての作品にするつもりだったの。それが悲しくて泣いていたのよ。」
これはきっとどうして泣いているの?の答えなのだろう。
彼女はその紳士の猫に瞳をつけていた。
とても丁寧につけていた。
手作業で機械を使わないで瞳をつけている。これほ時間がかかりそう。
「全ての流れを手作業で作っているの。だから中々高値で売れてね。それに妥協のない価格で原料を集めていたからクオリティは高いわよ。」
「そんなに売れているのなら、独立出来るじゃないの?」
「それをしたらいけないわ。この毛も瞳も布も元は親の金により支えてもらったから成り立っている。それに約束は破るつもりは元々無かったし。」
やはり節々に精神年齢の高さを感じる。
きっと私の事を小さな子供に見えているのだろう。
彼女はまた口を開く。
「私、科学とか合理的とかそういうの大嫌いなの。絶対に機械なんか使わない。だから私の作る作品には魂を込めていてね。私の家系は魔法関連だから知識だけはあったから利用したわ。」
「魔法なんてどう使ったの?」
「簡単よ。あなただって周りだってよく使っているわ。意識と存在があやふやになってしまっているから気づいてないのよ。」
その瞳は確実に何かを別のものを感じる。
普段なら信じないその類も今なら信じる。
「そんなことより!あなたとても猫みたいな顔しているわよね。」
「そうかしら。」
「もう初めて見た時からずっと思っていたの。その瞳やまつ毛、眉毛にぴーんと伸びた背筋、上品な立ち振る舞い。これを見て欲しいのだけど。」
そう言うと体を前のめりにさせ、図面のような絵を見せた。
「これは紳士の方のイラストでね、ノアという名前なの。」
「うわあー。凄い!」
丁寧に書かれたその図面は先程の猫に毛並みまでもそっくりであった。
「これが相方のアイよ。」
「私も同じ名前よ。」
「知っているわよ。うちの売り子がよくあなたの話をするものだから。それより見て!」
まるで自分の作ったものを自慢げに見せる子どものよう。
誰しも子どものようなところを持っている。
彼女にとってそれがここなのだろう。
その図面の猫は淑女であり、まつ毛長く白い毛並み、薄茶色の透明感のある瞳、。
「とっても綺麗ね!でも確かこの猫は――。」
完成されていない。ノアを作るので手一杯だったと先程言っていた。
「とても残念ね。」
「材料は揃っているのだけど、どうしても間に合わなくて。ノアには申し訳ないけど捨ててしまおうと考えているわ。このままでは職人としてそれはプライドが折れてしまう。」
「そんなの勿体ないわ。こんなに綺麗なのに。」
あの猫には並々ならぬ想いが籠っている。何より科学ではなく魔法が使われた猫の人形なんて素晴らしいじゃない。
とても綺麗なノアにその時にはもう魅了されていたのね。
「そう!私も勿体ないと思っていたのよ。時間だって拘りだって知識だって全てをこの作品に注いだわ。ノアも悲しそうな瞳でこちらを見ている気がするし。そこでね、あなたにこの作品を貰って欲しいの。」
この人は何を言っているのだろうか。
「どうして?」
「あなたの名前お同じだからよ。」
混乱がさらに増していく。
「それだけ?」
「それだけじゃないわよ。見た目もよく似ている。目の色なんてそのままじゃない。」
ヘラヘラと笑いながら伝える作り手さんは不思議な雰囲気を纏っていた。
そういえば私の前でこのような接し人はいない。
私がいつもこの様な態度で接するからか。
そんなことよりこんな重い想いで作ったのに、動機が不純すぎる。
「性格も似ているわ。ノアとアイは夫婦や恋人ではなく、執事とお嬢様という設定なの。紳士で優しく、口数の少ない代わりに表情豊かな執事。行動もさり気ないわ。それに対してアイは周りを気にしない真のお嬢様タイプ。」
なんて失礼な。否定はしないけど結構イライラきていたような。
でもあの人の雰囲気のせいでなにも言えなかった。
「きっとノアも1人で何処かいくなら貴方と一緒がいいと思うの。相方のアイとよく似ていて、寂しくない。」
「とても頂けないわ。職人で無くなったとしても彼女を完成させることは出来るじゃないのかしら?」
「きっと出来るでしょうね。けど嫌なの。第1の人生はここで完全に終えてしまいたい。そう出ないと捨ててしまうことになるの。」
彼女は本気で言っていた。
捨てるということは私にとって残酷な選択肢だ。
だとしても私は返せるものなんて一切持っていない。悩みに悩んでいるとガラッとドアが開かれたの。
「お話し聞かせて頂きました。是非ノアを貰ってやって下さい!ノアもあなたのような素敵な方にしかもアイにそっくりなあなたに貰ってもらう方がいいです!」
勢いよく入っていき、しっかりと伝えていく。
「それにあなたからはたくさんのお話しを聞かせて頂きました。私達の店をこんなに愛してくれる方は他にいらっしゃらないでしょう。それだけでいいんです。」
キラキラした目で彼女は伝え、作り手さんの手からノアを私に渡した。
「でもきっとノアも寂しいでしょうし。」
「ならこの瞳を上げるわ。アイに入れるはずだった瞳よ。これなら寂しくないわ。」
「わかったわ。実は少しよこしまな気持ちがあって、とても欲しかったの。ありがとう。」
私は2人に別れを告げ、国へ帰った。
ノアを貰ったから、それまでにあった失望感が満足感に変わっていた。
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