第29話 道視点 出会い。

今までは貼り付けたような笑顔をしていた夢が、目を開き、愛想笑いを辞め言った。


夢が感情を溢れ出すのはこれが初めてかもしれない。


猫に話しかける夢に微笑ましい気持ちが勝ってくる。夢はやはりこのくらい自由でなくてはならない。


夢は自由にしている方が、人を魅了できる。

人に気遣える、優しい、ハッキリしているなど人により魅了の仕方は様々であるが、やはり夢は自分ばかりでなくては。


そう思うと、やはり連れてこない方がよかったし、2人でのびのびと部屋で過ごしていれば、2人で旅行すればよかったな。


固く笑う姿を見るととても柔らかい気持ちになる。

これは出会った頃のことをおもいだしてしまう。


――あれは大学初めの年の春。


俺はサークルの新歓、桜の花びら、酒の匂い、向陽していく気分に酔って歩いていた。

真っ青な空の元、星や街灯の光が線のように見えた。

なんて気分のいい日だろう。

その帰り道は蓮と美月、由衣の4人でふざけ合いながら、笑って歩いた。

少し階段が見えて、気分が良かったのかもしれない。


俺は目がチカチカして、ステンと転んでしまった。

3人とも俺同様に酔っていたから、そんな俺をケラケラと笑い、俺はその調子に合わせて、演技のように、転がり派手に着地した。


仲間の笑い声、心地いい気分、風流な夜道、俺は有頂天になった。ある意味、ヘンテコな状態であったと思う。


そんな所に突然、長く美しい真っ黒な髪が俺の視界を横切った。

俺は尻もちをついたような体制であり、彼女はその横に腰を下ろしていた。

彼女は真っ黒な髪から顔を覗かせ、真っ白な肌を見せた。不自然な色のピンクが頬に浮かぶ。そして鈴のような声で伝える。


「大丈夫ですか?」

「あ、、はい。」

「お水入りますか?」

「えっと…。」


酔いは覚め、突然俺は恥ずかしくなった。

俺はなんて情けない姿を、なんて優しい人に見せてしまったのだろうか。


俺の友人の笑い声に彼女は俺が病人などではなく、とんでもない阿呆だということがわかったらしい。


次は顔を赤くさせ、俺の横に水を置いた。


「水を置いときますので、私はこれで。」


と足速に去ってしまい、名前を聞くことはせず、真っ直ぐ彼女の友人の元に去ってしまった。


自分の友人の笑い声が酷く下品に聞こえた。

俺は彼女の名前を知らない。

しかし、顔はよく覚えている。

もしまた会える機会があるのならば、しっかり謝らなくてはならない。

そして名前を聞かなくては。

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