第27話 ノアの家
ノアのある片隅にあるような小さな部屋は、宝石箱のように見え、一方ガラクタだらけの秘密基地のような、オルゴールの中身のような老若男女の好奇心を働かせる物であった。
「これで体を拭くといい。」
「ありがとう、ノア。」
ノアから受け取ったタオルはふわふわと気持ちの良いものであった。
こだわり派の猫なのかもしれない。
この匂いはなかなかのもの。柔軟剤を譲って欲しい。
道にもタオルを渡していた。道はぶるぶると震えている。
不思議とノアの体や服にも着いていただろう水分は無くなっている。全く便利な猫である。
「暖炉をつけるから、あのソファーに腰をかけて待っていなさい。とても冷えているだろう。」
私は体についた水分を払おうと吹いてみる。
この世界に従い、やはり雨も変わっているらしい。異常に冷える。
中へ入れば、その美しさと不規則な配置は磨きをかけていた。
センスが良いのであろう。座ろうとしたソファーには枕とひざ掛けがあり、それは街の配色を思い出すような上品なカラーだ。
道に真似り、ソファーに腰をかける。実に綺麗なルビー色の枕を手に持った。
ノアが暖炉にマッチで火を放つと、暖炉はポカポカと空気を温めた。
私はつい、ソファーを立ち上がり、暖炉の前へ手を暖めたくなったが、それを億劫としてしまうほど、ふかふかなソファーだ。
ノアの部屋はやはり変わっていて、扇風機のようなものがあった。それもきっと普通な扇風機とは違うのであろう。
ぼんやりとする火の光に心が反応し、ぼんやりしてしまう。
「夢乃、道くんこれを飲みなさい。体が中から暖まるだろう。」
「それはなんだ?」
「紅茶とクッキーだ。なるべくあちらの世界のもので作っているから、体には負担はない。」
「どうも。」
お盆にのっけてノアが持ってきたものは、紅茶色の透明な飲み物と、昔隣の家で出たようなクッキーであった。
失礼すると隣に腰をかけ、小さな台の上にお盆を置いた。
私は食べる前の挨拶をして、紅茶を口に運んでみる。
ゴクリと喉を通過させる。
「うーん、これは美味しい!こんな美味しい紅茶を飲んだのなんて初めてだわ!!」
これはクッキーも相当期待できる品物では!
私がゴクリと1つ唾を飲み込み、ゆっくりとジャムのついたクッキーを口に入れてみる。
「っ!?これも美味しい!!道も食べてみて、本当に美味しいの!!」
「はは、気に入って頂けたようで何より。たくさん食べるといいよ。」
ノアは声を弾ませながら、答える。
道は警戒しているのか、ゆっくりと喉に紅茶を通す。そうすると瞬きを忘れ、瞳孔を大きく見せる。
「ほんとだ。これは美味い!今まで飲んだどの飲み物よりも!」
「私もそう思う。クッキーもそうよ。」
道は口にクッキーを入れるとまた驚いたような素振りをみせ、
「これも美味しい!いくつでも食べれてしまう。ノアは本当に凄いな!」
「私も凄いと思う。このチョコのブドウ色のジャムもおいしいわよ!」
「ほんとうだな。」
とても心が弾む。手も止まらない。
このお菓子を前にしたらどんな紳士淑女でさえ、ただのお菓子に魅了される子どものようになってしまう。
「2人に気に入って頂けたようで嬉しいよ。」
「これのレシピとかあるのか?材料は向こうの世界にあるものっていってたよな。」
「私も是非知りたいわ。」
「はは、言いだろう。」
ノアはソファーから腰を離し、テーブルの方へ書き物を始めた。
何となく目で追ってしまう。
ノアは明らかに高そうな万年筆で、カツカツと音を立てながらレシピを書いているのだろう。
書き終え、こちらに向かい紙を私と道に差出した。
「元の世界でも作るといい。」
元の世界…。この言葉は聞きたくない。
何故だかとても暗い想いを感じてしまう。
「夢乃どうしたのかい?」
ノアが不思議そうにこちらに尋ね、隣を見るとこれまた不思議そうな顔した道がこちらを見ている。
どうやらレシピを受け取らないことに疑問を覚えているらしい。しかし、それが脳で理解していても、体がそれを止めてしまう。
「えっと…。」
なにか言おうにも何を言えばいいのか分からない。
ここでお礼を言い、受け取るのが普通な流れであるのだろう。どうしたらいいのだろうか。
その間もノアは美しい瞳でこちらを見ている。そして美しい声で言う。
「夢乃、どうやらここは君の世界だと言うのに、疲れてしまっているのだね。」
まるで子どもを説得させるようななだらかな声で、私にとげる。
「そこにベッドがある。しばらく休んでいるといい。この世界には道くんがいるから大丈夫だ。雨音が無くなる前には起こす。約束しよう。」
暖炉の火、ノアの声、ふかふかなソファーに私は眠くなっていった。
「ノア、ここで私は寝て大丈夫なの?」
「ここには道くんがいる。問題では無い。」
道の方へ視線を移すと、とても心配そうな顔をしている。
「でも、私はもっと――。」
「ここに来て、あちらの世界のときでまる3日ほど経過している。夢乃はたくさんのことを考え、脳にも負担がかかっている。新しい経験もしているしな。負担には睡眠が1番だ。」
「ふふ、まるでお母さんみたい。」
――心配してくれるところが。
「わかったわ。実は意識がずっと途切れそうだったの。ベッド借りるわね。」
「ありがとう。あちらにある。」
ベッドはソファーより心地よく、私はあっさりと意識を途切れさした。
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