第9話 山崎夢乃という娘 視点・四宮大地

今日は旅行であり、最後のデートの日であった。不毛な片想いと、腐りきった関係を解消するためにこの旅行に旅立つ。

ロマンティック主義者である俺がどうしてこんなことになってしまったのか。辿ればそこそこ長いだろう。しかし、始まるは単純だ。話は高校生の頃に戻すことになる。


俺は高校の頃も容量が良く、人間関係のトラブルは未然に防げるところがあった。今よりよっぽど器用であっただろう。

そこで初めて山崎夢乃とあった。最初はただのクラスメイトであり、多くの時間を落書きと睡眠に費やし、部活の友人は居るが、比較的大人しい奴だったと思う。クラスの何名から雑用押し付けられることとかはあったが、大人しく従うようなやつであった。

ある放課後、彼女は教室で1人自分の席に座り、うたた寝をしていた。誰も起こしてくれなかったのだろうか。秋とはいえ、もう外は暗くなりかかっていた。

起こしてあげようと、隣に立った時に、開かれていたスケッチブックの絵が目に入り込んだ。色鉛筆で仕上げられたその絵は、流行とかそういう安いものではなく、とにかく美しいと思った。美しい配色に、全てが心地よく思える。

猫が開いたカフェテリアの絵であろうか。誰もが微笑んでいて、描いた人の心が投影されているかのように思われた。

気配で気づいたのか、上体を起こし、目を開き、口から出ているヨダレを拭っていた。時計を見て、ゆっくりこちらの方を向いた。

「それ、私のなんだけど。」

そう恐る恐る聞いている山崎は完全に怯えていた。それはそうだろう。外も暗かったし、話したことも無いクラスメイトがスケッチブックを手に取って読んでいた。そんな状態は少し怖いだろう。

「おはよう、山崎さん。教室見たら寝てたから起こしてやろうと思ってな。下校時間だし。」

「うん。」

「スケッチブックに描いてある絵、山崎さんが描いたのか?」

「うん、そうだよ…。」

「すげぇな。俺、絵見て始めて感動したよ。」

驚いた瞳をこちらに向け、少し照れくさそうにありがとうという山崎はとても可愛らしいと思ってしまった。

俺はもう二度とこの絵を見られなくなるのは惜しいと思い、SNSに公開することを勧め、協力すると約束した。

俺はそこから、山崎に恋をしているのか、山崎の描いている絵に恋をしているのか、分からず、拗らせてしまった。


山崎は知れば知るほど、簡単に許せることの出来る人間であり、いつも妄想ばかりしていると思い知ることになる。

俺にノアという人形を見せた時、キラキラとした目をしていて、俺が初めてと言ってくれてとても嬉しかった。良い友人として隣に居続けたのだ。大学も一緒になってますます関係は続いた。

しかし、大学生1年生の秋、山崎は彼氏を連れてきた。正直、落胆した。そして自分の心に気づくことが出来た。俺は山崎の絵と彼女自身両方に恋をしていたのだと。

そこから俺は暴走半分、悲しさ半分で美月という子供っぽい女からの誘いで、契約恋人として付き合うことにしたのだ。

美月はどうやら山崎の彼氏・道という男と一緒に居たいらしい。そのために自分も恋人を作り、傍に居やすい環境を作りたい。と申し出たのだ。恋愛感情はないと言っている。

今となっては阿呆な誘いだが、俺と美月とってメリットしかなかった。俺らは恋人らしいこともして、それなりに過ごしたけれど、やはり俺は罪悪感が募るばかりであった。

俺は自分の主義にも反しているし、何より幸せそうな山崎の傍にいる事が大丈夫になったため、別れることを決意した。

それを告げると、

「今回の旅行のみ着いてきて欲しい。その後は解約でいい。今まで付き合ってくれてありがとう。」

とわがままな美月らしくない言葉を返し、俺は今日ここに赴いた。それに山崎と道がラブラブな所を見て、安心したいのも本音だった。


感想としては、最悪だった。山崎はいつもに増して静かにしていた。多少は人見知りでタイプの合わない人だったが、こんなことになっているとは。

蓮は俺もそうだが、特に山崎に対して攻撃的な態度を取り、美月はお構い無しに山崎の彼氏と一緒にいた。何より道は、普通に蓮や美月と話していたことだ。九条由衣という金持ちの女は、多少山崎に優しかったが。

よくある事なのだろう。彼女は何も問題がないように、黙っているか、九条と話すことしかしなかった。

「あ、山崎じゃん。今、顔を見るまで、本当に来るのか疑わしかったが、どうやら噂ではなかったらしいな。」

冗談半分で話しかけて、どうにかしようと試みた。全くなんの為に来たのであろうか。


それからも山崎はそのまま過ごしていっていた。いつも通りとは言わないが、傷ついているような素振りを見せなかった。気になるところと言ったら、いつもより遠慮をしているくらい。

山崎に対して、蓮は酷いことを言い、誘ったはずの美月はほぼ透明人間として扱った。山崎はマイペースだったが、俺は大切な友人としてそのような態度は許せなかった。

いつの間にやら、山崎の周りには俺か九条が代わり代わりにいるか、同時にいるかになり、俺の目的は完全に変わっていた。

そして、美月と別れることは確定となった。


星空を見ようと誘われ、山崎の頼みでカメラを持って着いていくことにした。

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