第12話 取引


 ここは異世界。元の世界の常識が通用しないなんてことは最初から頭に入れている。



 敵は謎の男二人。俺に戦う勇気と力があれば切り抜けられたであろうこのシチュエーションが、考えうる限り最高の形を迎えられるならば、どれほど望んだことだろうか。



「本当に三人は解放してくれるんだろうな……」



「うん、それは約束するよ。それぐらい僕は君に興味が湧いているんだ。ちなみに名前を訊いておいてもいいかな?」



「……ディラン・ラーシュ」



「ディラン君、ね。その感じだとこちらの要求を受け入れてくれるってことでいいのかい?」


 

俺はこくりと深く頷いた。人を殺すことをアリを踏み潰すのと同列に考えているような男だ。ついて行ってこの身がどうなるか分からない。



だが、理由は分からないけど、なぜかリュウは俺に執着している。そんなすぐにどうこうされるということはないだろう。



「ったく、こんなことになるなんて思ってもなかったぜ。決まったんならさっさと行こうぜ。さっきの魔法の爆発音を遠くで聞いてたやつがいるかもしれねえからな」



「そうだね、君のお友達についてはさっきも言った通りちょっとだけ記憶を消すから、それまでは僕の仲間に見張っててもらうよ」



 仲間……? この二人以外にもまだいたのか? 俺はそっと視線を彷徨わせるも、それらしき人物は見当たらない。その様子を見たリュウがクスッと微笑んだ。



「探してった見つけられないよ。もしものための保険だから、よっぽどのことが起きない限り姿は現さないよう言ってある」



 リュウは近づいてきながらそう言うと、さあ、と俺の腕を引きコフとともに屋敷の玄関へ誘っていく。



 それぞれフードを頭に被った二人と俺は、ゆっくりと床に突っ伏したままのゼロ、シノリア、ミラから離れていく。



俺は振り返ることをしなかった。その姿を捉えることにより、決意が揺らぐことを防ぎたかったからだ。









 ――ごめん。



 心の中で詫びる。



 こんな形で、もっと言えば俺が転生してしまったせいで運命がこじれてしまったのかもしれない。





 そして先生――先生は俺がディランの身体に転生したことには何か理由があると言っていました。俺のこの選択、もし本物のディランならどうしていたでしょう。





 本当はもっと先生からこの世界や魔法のことを教えてもらいたかったけど、それももう叶いそうにない。自分の大切な教え子の身体に訳の分からないやつが入ったというのに、先生は普通に受け入れて接してくれた。



 最後に一言お礼を言いたかった。それだけが心の残りだ。



「さてと、ひとまずラベルギン王国に戻ろうか…………ん?」



 外に一歩出たリュウが、ふとその足を中途半端な位置で止めた。




 俺とコフも振り返り後方を確認する。















「……ちょっと、何勝手に行こうとしているのよ、ディラン……」






「……シノリア」



 薄暗い室内の中からでも、頭部から流れるように下ったその可憐な白銀の細い線は容易に見て取れた。



足取りがややおぼつかない。リュウが言うにはゼロの腕が吹っ飛んだショックで気絶したらしいが、確かに顔色がよくない気がする。



「カッコつけてるのか知らないけれど、あんた自分が何をしようとしているのか分かっているの……?」




 シノリアの瞳はリュウでもコフでもなく、俺を見据えていた。まるでこの場には俺達しかいないかのように――




「その口振りからすると、目が覚めていたんだね」



「ええ、どうにか隙を見つけて仕掛けようと思っていたのだけれど、どこかのバカがバカな行動をとるから仕方なく引き留めにきてあげたのよ、感謝しなさいよね」



「だってさ、どーするよこれ」



「僕らが言っても意味ないよ、だからディラン君、君が説得するしかないいんだけど……」


 

……そうだ。シノリアはああ言うが、この状況が覆ることはないんだ。敵はこの二人以外にも潜んでいる。たとえそれがブラフだとしても、俺達にリュウとコフを撃退できる力はない。



 特にリュウ。この男の狂気じみた圧は、先生とはまた別の意味でヤバい感じがする。恐らく魔法使いとしての戦闘能力も俺達とは桁違いに上回っているだろう。



それはシノリアだって気づいているはずだ。それでもこうして、危険を顧みずこうして立ち上がってくれた。それだけでも少し、心が救われたような気がした。



「シノリア、これは俺が自分の意思で決めたことなんだ。俺がこいつらについていけば、お前らは助かる」



「し、知らないわよそんなの! じゃあディランの代わりに私をつれていきなさいよ!」



「んー、悪いけど君には興味ないかな。確かに君たちからは年の割には強い魔力を感じるけど、それでもディラン君は物が違う」



「……っ」


 

悔しそうに俺を睨みつけるシノリア。こんな時にまで嫉妬してどうする。



「そういうわけだから、元気でな……。他の二人や先生によろしく言っといてくれ」



 それだけを伝えると踵を返す。リュウとコフも何も言わず、ぎゅっと服の端を握って涙をこらえるシノリアに背中を向けた。



 そのいたいけな姿に心を動かされなかったと言えば嘘になる。ディランはこの少女のことを好いていた。それは間違いない。けど今の俺はディランじゃない。








 ……いやはや人生何が起こるか分からないものだ。好きだった女の子に好きって言われ、異世界に転生し、今度は悪そうな組織にスカウトされてしまった。



 俺の元々の目的は優れた魔法使いになることではなく、この世界のどこかにいるであろう楓を探し出すことだ。



 それならば、例えどこの国に行こうが誰の元で暮らそうが変わらないはずだ。



ちょっとばかし寄り道をしただけ。ただの迂回だ迂回。


 

これでいいんだ。何度も自分でそう言い聞かせ、納得させた。


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