第11話 襲撃


 背後からの奇襲攻撃。肩のあたりに小さな震動。それだけだった。



「ちっ、雷属性の鎧の魔法か……!」



 雷の防御が役に立ったのか……? 謎の敵が距離を取った気配を感じ取る。俺も同じく見渡しの良い広間の中央まで駆け、そこで敵の姿を視認することができた。



「ガキのくせになかなかの魔力じゃねーか」



 頭の上から足の下まで、全身を黒いローブで覆った男。こちらに近づきながらフードを取っ払ったその顔立ちは、俺のことをガキ呼ばわりするには、いささか若すぎる気もした。



 獣のような鋭い目つき、それでいてどこか幼さが垣間見える。俺のいた世界だとちょうど高校生――つまり、同年代だ。 



「オレらのことを嗅ぎつけて、ってわけじゃなく、たまたまだとは思うが、運が悪かったなあ、悪いが大人しく返してやるわけにはいかねえ」



 なんともまあ、悪役のお手本のようなセリフをぶつけてくる男。それでも貴重な情報は得られた。



 ――オレらと言ったことから、敵は目の前の男一人ではない。



 俺は黒ローブ男を視界の端に捉えたまま、改めて周囲に意識を集中させる。先生は、優れた魔法使いにもなると相手の秘めている魔力で位置や強さを計れると言っていた。



 が、それよりも早く、二人目が姿を現した。





「――初めまして、金髪の坊や。そんなに怖い顔をしなくても、お友達ならここにいるよ」





 脳に直接伝わるかのような透き通った声。いつからそこにいたのか、広間の奥で待ち構えていたその男は、一人目とは真逆の、白くて袖の長いパーカーのような物を着ており、両手は腹のあたりにあるポケットに突っ込まれている。



 首を軽く振って目にかかった黒い前髪を鬱陶しそうに避ける。この男もローブの男と同様、かなり若そうな見た目と雰囲気だ。



 音のない空間で、広間の至る所に炎が弾けた。



「みんな……!」



 白パーカーの傍らで横たわっている、ゼロ、ミラ、シノリア。そしてゼロの右肩から先は、なくなっていた。



「すごかったよこの子、侵入を防ぐために僕が仕掛けた魔法の罠をとっさの判断で回避して、片腕一本ですんだんだから。コフ君だったら一発でアウトだったかもね」



「うるせーよリュウ。オレだってあれぐらい余裕で避けられるわ」


 

コフと呼ばれた黒ローブの男は、俺を無視してスタスタとリュウと呼んだ白パーカーの元へと向かった。二対一という単純な構図が成り立つ。



「この少年の腕の止血なら僕が焼いて止めておいてあげたよ。今は痛みで気絶していて、こっちの二人の女の子もショックで気を失っているだけだと思うし」 



 あっ、こいつらヤバい奴だ。と、直感的にそう感じ、直感がなくても眼前に佇んでいるだけでひしひしと伝わってくる。



 恐らく、人を傷つけたり殺すのになんの躊躇いも厭わないような人種。ただの高校生だった俺では決して出会わなかったような人の形をした悪魔。



 ある程度予想はできていたが、こういったテンプレのような悪人が、魔法が蔓延る世界では決して珍しくはないのだろう。



「俺達は迷い込んだだけだ、三人を返してくれ……」



「この状況で物を言えるとは根性のあるガキだな、見ろよリュウ、こんなに足が震えてるんだぜ」



 当たり前だ。俺はまともに魔法を使って戦えない。崖っぷちどころか、最早半分落下し始めているといっても過言ではない。



「それはできないね、君達『レフィーア』の国の人間に見られたのはちょっとマズいんだよ」



 レフィーア……? まさかこんな形で自分が転生した国の名を知ることになるとは思わなかったぞ。



「言うまでもないと思うけど僕達は『ラベルギン王国』の者だ。どこから漏れるか分からないからね、たとえ子供でも君たちの口を封じる必要があるんだ」



 知らんがな……。あいにくこっちは実質生後三日ぐらいだから、この世界の情勢のことなんか一ミリも把握していない。が、そんなこと言っても意味がないのはさすがに承知している。



「もうお友達もいないことだし、これから君たちはここで死んでもらう――と思ったんだけど、ちょっと気が変わった。君に助かる選択肢を与えようと思う」



「は? オイオイ何言ってんだリュウ! 見たやつは老若男女問わず皆殺しの予定だろ!」



 コフの驚愕は、俺のと同じだった。一体どういうことだ……? 



「コフは黙ってて。この坊やには何か不思議なものを感じる。これほど目に見えない力を秘めた魔法使いを見たのは君で二人目だ」



「このガキがか? 確かにポテンシャルはあるかもしれねーが、お前がそこまで言うようなやつなのかよ」



「うん、見れば見るほど輝いて見えてくる。本当にそっくりだ。そこでだ、坊や。僕たちの仲間にならないか? 『レフィーア』を出て、『ラベルギン』に来るんだ。そうするのならこの三人の命は奪わず、僕の知り合いに短時間の記憶を操作できる魔法使いがいるから、その人に頼んでこのことをなかったことにしてあげる。君にとってはかなりありがたい取引だと思うけど、どうする?」


 


どうする? どうするかだって……?



 


勝手に高評価を受けて、勝手に誘われて、そして勝手に全員が生きていられる選択肢を与えられた。



 







そんなの……。


 












 そんなの、迷うまでもなかった。

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