第10話 決心



あまりにの衝撃に、理解が追い付いていなかった。



そこにあったのは、間違いなく人間の右腕。それもガッチリとしたものではなく、細くて指が丸っこい。どう見ても子供の右腕だった。



いや、子供か大人かはここではさほど重要ではないのかもしれない。


 

一番の問題点は、それが肩から完全に切り離されていることだ。


 

そのことを認識し意識した瞬間、喉元から湧き上がってくる胃酸。即座に口と鼻を覆い、なるべく離れようとする。



 

どうなっている……?


 


屋敷までは十メートルほどの距離。もしかしてあの右腕は――


 


最悪の事態を想像し、それでもまだ考える余力が残っているのは、俺ではなくてディランの影響が残っているためなのかもしれない。。



元の世界では、普通に暮らしていればこんなものを目にすることなんて、まずないだろう。



今の俺に多少なりとも耐性があるのは、この世界ではそれがさほど珍しいことではないということなのか。

 


「ふーっ……」



一度息を吸い込んで、口からゆっくりと吐き出す。脳と視界をクリアにし、状況を見定める。




まず大前提として――屋敷で、そして三人の身に何が起こったのかは全く分からないということ。




そして、俺はすぐにでも逃げ出すことができるということ。




あの爆発が自然に起きたものなのか、それとも誰かが意図して引き起こしたものなのか。



 

どちらであれ、森の中に戻り、がむしゃらに突っ走ればそう時間はかからず逃げ切ることは可能だろう。これは何かの間違い。悪い夢なんだ。



さっきだって直前でゼロがシノリアを突き飛ばして対応していた。多分ミラだって大丈夫だろう。



そうだ。何も最悪のことばかり考える必要なんてない。少し待っていれば三人ともひょっこりと出てくるかもしれない。



多分シノリアは不機嫌そうな顔で悪態をついて、その後ろでゼロとミラが苦笑いを浮かべている。



そもそも自分はディラン・ラーシュじゃない。富永慶助、ただの高校生だ。言い訳の用意も何通りとできている。




 






それなのに――









 


それなのに、どうして俺の足は森にではなく、屋敷に向かっているのか。




 三人と一緒にいるのは居心地としては決して悪くない、それは認める。訳の分からないまま転生してどうにか精神を保てているのは、この身体の持ち主の影響もあるかもしれないが、それと同じくらい家族に近しいあの子たちの存在も大きかった。



だがまだ出会って二、三日。そんな相手のために、わざわざ自分の身に危険が降りかかるかもしれない場所に飛び込むか?




 




――いや、だからこそ行くんだ……!


 


俺はディラン・ラーシュじゃない。ディランじゃないから、この身体がどうなったって構いやしない。だってこれは俺じゃないんだから。


 



それが今できる、精一杯の言い訳だった。何よりもこんな時に、『あいつらのことは頼んだぞ』という先生の声が繰り返し頭の中で響いていた。思えば、誰かに頼られるなんて今までの俺にあっただろうか。


 


先生がその頼みをした相手はディランじゃない、他でもない俺に対してである。




「もうどうとでもなってくれ……!」 


 


覚悟を決めた俺は、意識を内側に集中させ、全身に雷を纏う。この魔法に修業のほとんどの時間を割いたため、もうそれなりに扱うことができる。


 


「……爆発したわけではないのか……?」


 


屋敷の入り口付近の地面は、焦げた跡が多くみられるが、屋敷そのものは無傷に近かった。あくまでも、一部分だけが酷く荒らされたような――


 


と、周りを軽く観察し三人の姿が見当たらないことに気づく。


 


この短時間――もっと言えば俺が一人で逡巡していた時間。その間にどれだけ時が経過したのか。


 


入り口の扉は先の衝撃で外れており、奥は暗くてよく見えない。三人の姿が見当たらないとなると、俺に選択肢はなかった。


 


「よし……」


 


何度も左右と背後を気にしながら、ゆっくりと屋敷内に足を踏み入れる。


 


少し進んだ先には天井の高い大広間。灯りはついておらず、どこからか差し込んでくる微かな光だけが頼りだ。


 


俺は三人の名を呼ぼうと息を吸い込み――止めた。寸でのところで、中に敵となりうる人が潜んでいるかもしれないと思ったからだ。


 


我ながらファインプレーだと、一人胸を撫で下ろし、そしてすぐに何の意味もなかったということを気づかされる。




























「――やっぱりもう一人いやがったか。大人しくしてもらうぜ」









男の声。ゼロではない、ドスの効いた別の誰かだった。

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