第2話 異世界転生

「――ン」




「ねえディラン、聞いてる?」




 何者かに肩を叩かれ俺は電撃に打たれたかの如く目を見開いた。




「楓……」




「かえ? 何寝ぼけたこと言ってるのさ、疲れてるの?」




 そう言って俺の顔を覗き込んできた黒髪の少年。その澄んだ瞳の色も、星を纏ったように輝く黒い髪も、ついさっきまで俺の隣に座っていた楓にそっくりだった。



ていうか、どこだここ。それにこの子は誰だ。




 俺の最後の記憶は、公園のベンチで悲しげな表情を浮かべていた楓だ。



 夢……?



 いつから?




 だって俺は今ゼロと先生のプレゼントの話を――




「ゼロ……?」




 そこでようやく、俺は隣に立つ少年の存在を思い出した。



 ゼロ・フォークス。共に幼いころに両親を亡くし、それ以来先生の元で育てられてきた俺の親友。




「もしかして本当に歩きながら寝てたの? だとしたら随分と器用な芸を身につけたね」




 どこか呆れたように首を振るゼロを横目に、俺は今の状況を飲み込もうと一からの整理を試みる。




 まず第一に、俺が今歩んで進んでいるこの身体は、俺――つまり高校生の富永慶助とみながけいすけではない。年はゼロと同じ十一歳。








 ――そして名前は、ディラン・ラーシュ。








 五感が全て冴えているこれは、夢にしてはあまりにもリアルすぎる。



 もう一つ妙なのは今の俺にはこの『ディラン・ラーシュ』というこの身体の本来の持ち主の記憶があるということだ。



 もし仮に、この身体で生活しろと言われても、怪しまれることなく過ごすぐらいなら何の問題もないほどには。



 ――と、冷静に分析している自分になぜか違和感を感じてしまう。




 このディランの記憶の通りなら、ここは日本どころか外国ですらない、別のどこか。




 言うなれば、『異世界』というやつだ。




 こんなに簡単に受け入れてしまっていいのかと、浅すぎる思慮に我ながら不安になってしまうけど、実際そうなってしまったものだから仕方がない。




 もうここでは元いた世界と呼ぶが、最近はアニメや漫画も異世界転生ものが多く、そのどれも作者自らの体験談なのでは、と疑ってしまうほどの凝った設定や濃いストーリーが展開されている。




 そのおかげか、ある意味で異世界に対する耐性は備わっていた。まだこれが夢だという可能性も捨てたわけではないが……。








「――それで、さっきの話なんだけどさ」




 そういえば会話の最中なんだった。考えるのは一度ストップ。




「ああ、先生のプレゼントだろ?」


「うん、あそこの屋敷なんてどうかな? 今は誰も住んでいないと思うし、お宝とか眠っていそうじゃない?」


「あの森の中にあるとこか。ありだな」




 どの森だ。と、俺の頭上に?マークが浮かんだのとほぼ同時に、その情景が浮かび上がった。


 昼間でも日の光がほとんど差し込まないほど、木々が生い茂りその高さは十メートルほどになるだろうか。人が通れるような道は少なく、道なき道を進んだ奥地に建つ築七十年は超えているであろう洋館に似た屋敷。




 普通の子供ならまず間違いなくたどり着くのは不可能な場所だが、どうやらこの異世界は、元の世界とは一つ決定的に異なる概念が存在しているらしい。




「先生の誕生日は三日後だから、決行は明後日にしようか」


「そうだな」




 何か適当に返事をしてしまったけどまあいいか。横で屈託な笑顔を見せるゼロを見たら、頭の中をぐるぐると渦巻いていた糸が少しだけほどけた気がした。




 そして今ようやく、自分がどこを歩いているか周りを見回す余裕ができたため、視線を左右に動かして少年の記憶との合致を行う。まあこれも、他人の過去を覗き込んでいるみたいで変な感じがするのは否定できないけど、今はとにかく情報がほしかった。




 ここはヨーロッパ、特に以前何かのテレビで見たドイツの街並みに似ている気がする。



 足元はちょうど大人の足ほどの大きさのレンガが所せましと敷き詰められており、その幅は自家用車が互いに行き来し合えるほど。




 その周りに立ち並ぶは、カラフルなとんがり屋根と、無数の窓が特徴な家屋。これでは異世界ではなくて中世にタイムスリップしたのかと錯覚してしまいそうだ。




 夕暮れ時。空を見上げると、無数の星々とそれらに取り囲まれた白い月が、その存在を象徴し始めている。雲の上は全世界ならぬ全異世界共通なのだろうか。




 なんて、しょうもないことを考えながらゼロについていっていると、目的地にたどり着いた。








「――遅いよ二人とも! わたしもうお腹ぺこぺこなんだから!」






 その声を聞いた瞬間、心臓がとくんと跳ね上がる。いや比喩とかではなく、本当に。




 シンプルな白い外壁の住宅の扉の前で、一人の女の子が腰に手をあてて思いっきり頬を膨らませている。






 ――シノリア・ジェルシス。






 仄かに輝く白銀のロングヘアが、前髪を揺らしている。


 俺は、ではなくこの身体の持ち主『ディラン・ラーシュ』はこの子に恋心を抱いているらしかった。






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