ずっと片想いだった幼なじみに告白されて舞い上がっていたら、なぜか異世界に転生してしまいました。

西木宗弥

第1章

第1話 プロローグ

「今日も全然話せなかったな……」



 富永慶助とみながけいすけ十七歳。想いを寄せるあいつと出会ってかれこれ十三年。同じマンションに住んでいて、幼稚園も同じ。よく互いの家に行き来して、休みの日には家族ぐるみでキャンプに行ったりもした。



けどそれも、小学校に上がり俺が引っ越したことによって顔を合わせる数が極端に減ったことが歪の原点だった。



 引っ越したといっても、転校とかではなく学校では会えるのだが、クラスが一緒でもない楓に、周囲の冷やかしを無視して話しかけることは、当時の俺は勇気よりも羞恥の方が勝ってしまう。




そのなけなしの勇気も、学年が上がるにつれて風船のように萎んでしまい、後に残ったのは、大きくなりすぎた後悔の塊だった。



 ――美浜楓みはまかえで



 昔は「けーすけくん、けーすけくん」と言って、俺の服の袖を引っ張りながら後ろをちょこちょこついてきた子が、高校二年生になった今や学年一の美少女と言われるほどの美貌を纏った、女子バスケットボール部のエースだ。




 中学三年生の時に、木の枝を持った幼稚園児に破壊された後のクモの巣よりも弱い俺のネットワークを駆使して、何とか楓の志望校情報を得た俺は、それこそ血反吐を吐くレベルの猛勉強でなんとか三年間一緒の制服を着る権利を勝ち取ることができた。



 しかしそれで喜ぶのはまだ早い。中学三年間、楓と同じという理由だけで大して興味もないバスケ部に入部したまではよかった。



だが男女間での関わり合いはほとんどなく、しかも一度も同じクラスにもならないという悲惨な三年間を過ごした。



 このままでは全く同じことを繰り返してしまう。と、危機感を抱いた俺は、成長し続ける危機感を持ち続けたまま、一年と少しを過ごしていた。





***




「このままでは本当にまずいぞ……」



 高校での俺は帰宅部だった。元々楓と同じ高校に通いたいというだけの下心マックスの動機だったから、普段の授業についていくだけで精一杯なのだ。



 自宅まで自転車で二十分ほどのこの帰り道は、毎度のことながら憂鬱だ。中学に入って以降、楓とまともに会話をした記憶が一切ない。



そもそも向こうは、俺のことを忘れているということはさすがにないはずだが、同じ高校に通っていると認識しているのかさえ不安になってしまう。



 俺のこの傍から見ればバカみたいな一途な気持ちを知っているのは、一人の親友だけだ。



中学一年で同じクラスになって、部活も一緒だったことから仲良くなり、藁にも縋る想いでアドバイスを求めたところ、ニヤニヤしながら「ま、頑張れよ」という一言と一文字だった。小学生の夏休みの宿題の一行日記でさえ、もう少しまともなことを書くぞ。



 片や校内の人気者と、帰宅部の男子生徒A。年月が経つにつれ、扇子を開けるように広がっていった俺と楓の距離をもう一度閉じていくことはできるのだろうか。



 ふと前を見ると信号が点滅し始めていたので、両手に力をこめブレーキをかける。安物のママチャリでほぼ毎日十キロ近く走っているためか、軋んだブレーキの音が虚しく響く。



高校の周辺はほとんど住宅街に囲まれているため、車通りは少なく、むしろ学生で賑わうこの夕方の時間帯、自転車同士の事故の方が気をつけなければいけないぐらいだ。



 ――車用の信号が赤に変わり目の前を、白の軽自動車が通過していく。



 ――そしてそれとは全く正反対の黒のきらめきが、俺の視界を掠めた。




「――けーすけくん……?」




声のした方向、少し左を向くと、肩までかかった真っ黒な黒髪を風に揺らしながら、可愛げに小首を傾げてこちらを見つめる幼馴染がいた。


「楓……」



 あまりにも突然の出来事に脳がオーバーヒートをおこしながらも、何とかその名を声にすることができた。


「けーすけくんも今帰りなんだね」

「まあ、俺帰宅部だし……」


 まるで普段友達と話すようなノリで口を開く楓に若干戸惑うも、俺もなるべく平静を保ちながら言葉を返していく。


「バスケはもうやらないの?」

「そんなに上手くなかったし、勉強も大変だから」

「そうなんだ……普通に上手だったのに……」

「えっ?」

「あっ、ほら、信号変わったよ!」


 楓に指摘され、俺はペダルに置いた足に体重を乗せこぎ始める。楓はなぜか当然のように俺の横を並走していた。今ので二年分ぐらいの会話をした気がする。


 向かい風を受けて後方にたなびく楓の煌びやかな黒髪は、本当にその一本一本が細い高級な繊維のようだ。スラッとした顔立ちにパッチリとした透き通った純粋な黒い瞳。


「あんまりよそ見していると危ないよ」

「え、あっ、ごめん」


 自分では真っすぐ走っていたつもりが、楓に見とれているうちにかなり斜めに進んでおり、もう少しで電柱に激突するところだった。


「そうだけーすけくん、ここ覚えてる?」


 楓に変に思われないように、今度は意識して前だけを向いていた俺は、すぐに声の方を見やった。


「この公園……」

「うん、昔よく一緒に遊んだよね」


 両隣を一軒家に囲まれた、道路沿いにある小さな公園に楓が入っていき、俺もその後に続く。あの頃はとても広く感じたのに、こんなに狭かったのか。遊具もペンキが剥がれ落ちたりしていて、ブランコの鎖は完全にさび付いてしまっている。


 自転車を止めた俺達は入り口近くのベンチに腰掛けた。楓との距離は人一人分開いているけど、それだけで既に心臓バクバクだった。


「こうしてけーすけくんと二人で話すのもなんだかすごい久しぶりだね」

「……そうだな」

「のど乾いてない? 良かったらこれあげるよ。まだ開けてないやつだし」


 といってカバンの中をごそごそしてペットボトルのお茶を取り出した楓は、そのまま俺に差し出してくる。


「ありがとう……」


 せっかくなのでキャップを緩めて喉を潤すことにした。


「けーすけくんはさ、いつも私を見つけてくれたよね」


 ……何のことだ? 俺が眉根を寄せていることに気づいたのか、楓はほらと、公園の中央の砂場の奥にある小さな土管の方を見やった。


「あぁ」


 そこで俺もようやく理解する。昔幼稚園の友達とよくかくれんぼをしていた。楓は隠れるのがすごく上手で、いつも鬼が降参していたのだ。けどたまに、ギブアップ宣言をしたにも関わらずなかなか出てこないことがあり、そういうときはあのような狭いところで膝を抱えて泣いていたものだ。



「――思えばさ、私はあの頃からけーすけくんのことが好きだったんだよ」



 そうして日が沈みかけている空に向かって両腕を伸ばしながら息を吐いた楓。


 いや、それよりも。

 今なんかとんでもないことを……。


「か、楓……」

「ん? どうしたの?」


 きょとんとした表情で瞬きを一度する。可愛すぎないか。


「いや、俺のことを……」

「好きって言ったのよ。てか何回も言わせないでよ、恥ずかしい」


 聞き間違いじゃなかったのか……。ムッと唇を尖らせた楓の顔は、物すごく赤い。夕日に照らされているせいかもしれないが。


 言うまでもなく、早すぎる展開に脳の処理が追い付いていなかった。だってもう何年もちゃんとした会話という会話をしていなかったんだぞ。それを今日たまたま信号待ちで……ってそういや楓は今日部活は……そんなこと今はどうでもいい。

 

 ――俺も楓のことが好きだ。


 わけが分からないがとりあえず今はそう口にするだけでいい。


 ――だが俺がその言葉を紡ぐことが、十年以上秘めていた想いを紡ぐことはできなかった。


 視界が黒く滲む。するりと手からペットボトルがこぼれ落ちる。

 身体に力が入らない。

 息ができない。

 こんな感覚初めてだ。


 今まで生きてきた中で、ここまで苦しかった病気にかかったことだってない。

 もしかして死んじゃうのか俺?

 このタイミングで?

 楓が好きって言ってくれたんだぞ。

 

 朦朧とした意識の中でも、頭に柔らかい感触があることだけは辛うじて感じることができた。

 



「私はけーすけくんのことを信じているから、きっと私のことを見つけてくれるって――」



 

 俺を真上から見下ろして声を震わせる楓の瞳に、涙が浮かんでいたのが、俺の瞼が閉じる数秒前。

 

 そして、意識がシャットダウンした。

 





  

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