第3話 魔法の先生
胸の鼓動が一気に上昇し、思わずごくりと唾を飲み込んでしまう。
もちろん、本来高校生である俺が、見た目も中身も小学生ほどの女の子に一目ぼれをしたというわけではなく、たとえ意識が変わろうが身体は、もしくは魂は覚えているというやつだろうか。
俺はこの胸が焼き付くような気持ちをもう十年以上抱えて生きてきたから、ディラン・ラーシュという少年の気持ちは嫌というほど分かる。
「ごめんね、もう晩ごはんはできてるの?」
「とっくにね! ふたりとも早く手洗って準備してよね!」
玄関をくぐる俺とゼロを一睨みしたシノリアは扉を閉める。間近で見てみると普通に可愛い。確かに俺にはディラン・ラーシュの記憶があるけれど、どれほど鮮明というわけではなく、ちょくちょく薄い靄や、フィルターのようなものがかかっているのだ。
十一歳の記憶なんてその程度のものなのか、それとも俺の意識が入り込んでいることが原因でそうなっているのか。
こんなこと、今は考えるだけ無駄だと思うが……。
「なによディラン、わたしの顔がそんなに珍しい?」
「いや、奇麗だなって」
「きっ、きれ……」
しまった。つい相手が小学生だと油断していたが、それはこっちも同じだった。髪の色よりやや薄いジルバーグレーの瞳の少女は、俺を上目で見ながら顔を真っ赤にしている。
「冗談だし気にしなくていいから」
「なっ……もうなんなのよ! ディランのばか!」
ふんっ、と地団太を踏んだシノリアはそのまま奥へズカズカと消えていく。一応この身体の持ち主に謝っておこう。ちょっと怒らせてしまった。でもこの反応は……いや俺は楓一筋だから、余計なことは考えないようにしよう。
「好きなら好きって言えばいいのに」
「何のことだ」
本人的には一人胸の奥にしまい込んでいたらしいけど、全然隠せていませんでしたよディラン君。そしてゼロに指摘されたことで大量の冷や汗が背中を伝う。お風呂に入りたい。
そんなこんなで、夕食の席。俺はここでようやく初めて自分の目で、普段誰と暮らしているのか確認することができた。
夕飯の献立はカレーライス。
異世界だから、もっと見たことがない料理が飛び出してくるかと、期待と不安半々だったのが別の意味で驚かされた。それも踏まえ、気になっていたのが見るもの聞くもの全てが、日本語に変換されていることだ。
この世界にも文字は存在している。だがなぜだか俺の目にはそれらが日本の文字に映ってしまう。自動翻訳機能でも搭載されているのだろうか。まあ、ありがたいといえばありがたいし、あまり細かいことは考えない方がいいのかもしれない。
「はい、ディランくんとゼロくんは大盛りで」
そう言って取り分けくれたのは、滑らかなクリーム色の髪を後ろで束ねた、細身の少女。名は『ミラ・フリーア』。この中では最年少で一つ年下の十歳。花柄のエプロン姿がよく似合っている。
最年少といっても、子供は四人しかおらず、俺とゼロ、そしてシノリア、ミラの四人だ。長方形の木でできたテーブルに男女がそれぞれ隣り合って座り、上座――誕生日席でコップに入った水を一気に飲み干した、この空間唯一の大人が大きく口を開ける。
「――明日からはまたビシバシいくからなお前ら、ちゃんと食ってよく寝とけよ!」
件の人物。いきなり件とか言っちゃって失礼極まりないが、俺が意図せずともこの少年と記憶や感情が僅かでもリンクしている限り、そうなってしまうのは許してほしい。
「なんだディラン! おかわりしないのか!?」
「……もう無理」
『エフリーナ・スロアーク』。様々な事情で行き場を失った俺達四人を親代わりに育て、世話をしてくれているいわば恩人、もう一人の母親といってもいい。
「おいおいゼロ! もっと食わないとシノリアに身長抜かされるぞ!」
「すでに追い付かれてるし……」
自称二十四歳。さっき立っている姿を見た限りでは、背丈は本来の俺――百七十センチほどで、スラッとした伸びた手足はさながらモデルのようだ。それでいて細すぎない程よい肉つき。なお独身。
「見てたぞシノリア! 今ちょっと量を減らしただろ!」
「普通にゼロの方を見ていたじゃない……」
そうでなきゃ、こんな赤の他人四人も養っているわけないか。アスリートのように短く切りそろえられた前髪も、この女性には違和感がなくとても似合っている。
「そしてミラはいつからうちのメイドになったんだ! 可愛いから私の分を分けてやろう!」
「いらないのに……」
性格はやや短気、とにかく男勝り、もし俺の世界にいたら非常に惜しい、もったいないと言われそうだ。あと、とにかくうるさい。
そして最後に特筆すべき事項が、『第二等魔法使い』であるということ。
この第二等がどれだけすごいのかというのは、ディランにも分かっていない。
それよりも、この世界には魔法という概念が存在しているのが、俺の元いた世界と最も大きく異なる点であろう。異世界なんだからあっても不思議ではなかったけど、やっぱり実感は湧かない。そこら辺の検証は明日以降にでもするとしよう。
俺達子供四人はエフリーナ――みんな先生と呼んでいるから俺もそう呼ばしてもらう――先生から魔法の手ほどきを受けて、五年後の魔法使いが入れる学園に入学するため日々精進しているらしい。
これも記憶を探るといろいろ見えてきそうだけど、さすがにもう夜で今はとにかく寝たかった。基本夕食後は各自自由で、部屋は二回に三部屋男女それぞれと先生があてがわれている。
夕食の後片付けを終え、そそくさとダイニングを後にしようとした俺の両肩をがっしり掴む力強い十本の指。
「お前はこっちだディラン」
疑問符を浮かべる三人をよそに、俺を自分の部屋まで押していった先生はドアを閉めると、それを塞ぐような形で背中を預け、上を組む。
「やはり私の勘違いじゃなかったな」
「勘違い……?」
――ゾクリ、と悪寒が走る。今まで経験したことのない寒気。
「――なあディラン、いやディランの姿をしたお前。お前は一体誰だ?」
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