三碓三月

プロローグ:三碓三月はお金が欲しい

 玄関先でトチ狂った三月を、俺は即座に現行犯逮捕。部屋の中へと連行した。連れ去り際、体が強張っているのか歩き方がたどたどしかった。あるいは、俺が有無を言わさず腕をつかんで引っ張ったものだから、をされると思ったのかもしれない。


 だが安心しろ、ここには俺以外にも人がいる。

 ついでに俺も安心できる。これほど、こいつに感謝する日がこようとは思いもしなかった。


「やっほー」


 三月を連れて部屋に戻ると、何でもなさそうに千佳が手を挙げた。すでに昼食は食べ終わっており、満腹満腹とでも言いたげに、腹を摩りながらソファの背もたれに体重を預けていた。


「え、千佳さん、なんで……」


 千佳がいることが予想外だったのか、三月はぱちくりぱちくりと瞼を上下させる。俺は知ったことかと言わんばかりに彼女の腕をひっぱると、千佳の隣に投げ座らせた。


「キャッ……」

「あら、だいたーん。妹の前で女子高生を襲うなんて……よよよ」


 脇で千佳の野郎が何か言っているが、無視だ無視。


「あのー、三月さーん……?」


 俺は「何してくれてんだこの野郎」という意思を籠めて、三月に迫る。

 下手したら、俺は社会的に死ぬ。あるいは俺のことを殺すための行動だったのだろうか。そんな恨み買うようなことした? 言ってくれれば謝るよ?


「あの、するならこれを……」


 しかし何を勘違いしたのか、そういってパーカーのポケットから取り出したのはいくつかの絆創膏の箱だった。いや、ちがった。0.01とか超極薄とかLとかMとか書いてあった。要するに避妊具。


「……………」


 俺は三月のことが本気で心配になった。酒でも飲んだのかってくらいの行動力だったが、その内容はマジでシャレにならない。

 相手は女子高生。俺と10歳も年が離れた子供である。27歳保護者、保護した少女に乱暴を企てた、なんてテロップが頭の中でよぎるまである。


「その、代わりにお願いがあるんですけど……」

「それを言う前にまずはそれをしまってくれるかな?」

「ま、まさか生で……!」

「違うよ。違うからね。え、何、三月ってこんな感じだったの?」


 俺は目の前にいる生物が本当に三碓三月なのか、本気で疑わしくなった。


「三月ちゃんって、やるって時はやる子だからねぇ」


 ずずーっとのんきに茶を啜る千佳が言った。ほう、と力を抜くように息を吐く。落ち着きすぎじゃないですかね、千佳さんや。兄の一大事なんですが。


「てか、隣に千佳がいるんだけど、それはどうとも思わないの?」

「えっと……押し倒されたから、3Pなのかな、と……?」

「「ぶっ……」」


 これには流石に反応せざるをえなかったのか、千佳が吹き出した。


「なーに言っちゃってんのかなこの子は……」

「いたい! 痛いです! ぐりぐりするのはやめてください!」


 三月はわーわーと手を振って非暴力を訴える。いや、まてまて。それじゃ話が聞けない。


「千佳、とりあえずストーップ」

「止めないでお兄ちゃん! この子は今すぐ矯正しないといけないの!」

「奇遇だな。お前が学生だったころ、俺も同じことを考えてたよ!」


 そうだ、この頭のねじがどこか一本飛んでしまったかのような行動は、まさに千佳とそっくりだ。もしや、父方の祖母の家系の血筋が関係してるのだろうか。




 それから数分してようやく解放されるた三月は、涙目になりながらこめかみを押さえていた。どことなく耳をふさいでいるようにも見えた。


「で、動機は何だ。さあ、吐け、吐くのだ!」


 まるで火サスの取調室がごとく、千佳はスマホのライトを三月に向け尋問し始めた。

 この妹、ノリノリである。


「………その、お金が欲しくて」

「金だぁ!? そんなことで処女を散らそうとしたのか貴様ぁ!」

「わ、悪気はなかったんです……!」


 ……なんか、これを見てると三文芝居を見ているような気分にさせられる。話していることはいたって真面目なことのはずなのに、なんだろう、この茶番感は。

 ていうか、三月は処女なのか……。そっかぁ……だから何? 俺なんて27で童貞だよ。俺の方がレベル高い。価値は低いけど。


 いかん、頭の中まで茶番に引っ張られて、なあなあですましそうになる。あるいはこれは、千佳の作戦なのだろうか。いや、そんなわけないな。この場合、こいつは何も考えていない。十中八九、楽しんでいるだけだ。


「金が欲しいって……あー?」


 しかし、俺は千佳の尋問のおかげで、わかった気がする。


「学費、か?」


 俺に質問に、こくり、と頷く三月。なるほど、そういうことかと俺は納得した。


「そっちは未解決だったからなぁ……」


 一葉の暴走を止めたはいいものの、大学費用をどう捻出するかについては、先延ばしにしている話題だった。


「大学のお金ならお兄ちゃんが出してあげればいいじゃん。マンションのローンはお父さんたちが払い終わってるはずだし、お金ならあるでしょ?」

「3人分となると、通算で数百万単位だぞ。そうポンっと出せるかよ……貯金崩せば行けるかもしれないけどさ」

「えー……かくいう私も、新事業に私財突っ込んだからお金とかないわけですが。生活費くらいならまだしもね」


 うーん、と二人して腕を組んで悩むが、解決策などそう浮かぶわけもない。そんな簡単だったら、とっくに提案している。


「私が稼ぎます」


 それは、まるで今から切腹しにいく江戸のお侍さんみたいな、覚悟の据わった声音と眼だった。三月、恐ろしい子……!


「「…………」」


 俺と千佳は、互いに顔を見合わせる。考えることは、多分同じ―――これは、このままだと本気で暴走しかねないという直感である。

 これはいよいよもって、早く解決しなければいけないだろう。俺たちはアイコンタクトをしながら、こくり、と頷きあうのだった。



―――――――――――――――

コメディ枠、千佳

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