後日談:そして廊下に、セックスしてくださいと木霊する。
「はーっはっはっは!!!」
「…………」
「ひーっひっひっひーー!!!」
「…………」
「ひっーひっーぶぅー!!!!」
「笑いすぎだろ!!!!」
翌々日の昼間。俺は管理人室で千佳に笑われていた。
千佳は胸元の開いたグレーのスーツを着ており、下は黒のパンツスーツを履いていた。完全なる社会人の無敵武装。千佳の地顔は可愛い系の童顔だが、今は化粧のせいか少しキツめな印象を受けた。
なにやらこちらのほうに用事があるとかで、「ついでに昼飯くわせてー!」とか言ってきたから、何かあるのかと思ったらこれである。ざけんな、帰れ。
「いやいや、私がお兄ちゃんに気を使うわけないじゃん! 中学の時とか、むしろ体のいい小間使いだったよ!」
「こいつ……」
昨日、学校のことで3人で話したとかで、その際に一昨日の喧嘩騒動のことを聞いたらしい。その流れで、俺の小っ恥ずかしい説教を耳にしたのだとか。
もちろん、一葉達に悪気はなかったのだろう。世間話のつもりで、そんなことがありましたよ、程度の話題の振り方だったと千佳は言っていた。
「『立派に頑張ったと思う。うまく言えねえけど、まあ、そんな感じ』くくっ……あーははははは!!!」
「やめろぉ!!」
まるで過去に行って見てきたかの様に、完璧にトレースしてくる千佳。今思うとなかなか恥ずかしいことを言っていたと思う。これが壮年の、貫禄ある親父とかなら格好もついたのだろうが、生憎と俺はまた27歳。今年で28歳になるが、ただの誤差である。
「ま、うまくやってる様で安心したよ」
羞恥心で悶える俺に、千佳はそんなことを言ってきた。
「うまくやれてるとは思えんが……」
「いやいや、たった2日目で、よくぞ言ったと思うよ! 流石はお兄ちゃん! たらし込むのがうまい!」
「だから人聞きの悪いこと言うな……それに、昨日から一葉とは顔も合わせてねーんだよ」
そうなのだ。俺が部屋まで行くと、インターホン越しに一葉の声が聞こえたと思えば、ちょっと用事が……とかいって避けられる。
一応、千佳との引き合わせの時に双海とは一度話したが、あいつはむしろ話しやすくなったくらいだった。なにせ罵倒が飛んでこない。
問題はやはり一葉で、それはもう避けられる。千佳と一緒に行った時なんか、トイレに引き篭もられた。双海に言われて俺が部屋を出ていくと、あいつもトイレから出てきたらしい。
なんとなく恥ずかしいのはわかるんだけど、それは俺も同じである。あの日のことは痛み分けってことで、水に流してお互い忘れようってのが、暗黙のルールってもんじゃないだろうか。
「いやー、お年頃の女の子だし、そんなもんでしょ」
「そんなもんか」
「そんなもん、そんなもん。気難しい年頃なんだよ、あの年代は」
「お前もそうだったのか?」
「私? そんなわけないじゃん。あの時にはもう会社立ち上げること考えてたもん。人に使われるとか勘弁だし」
これだから頭のいいやつは……。
「ところで、双海ちゃんと一葉ちゃんのことはわかったんだけど、三月ちゃんとはどうなのよ」
「ん、ああ、三月か……」
三月に関しては、本当にわからないことが多い。無口すぎて何考えてるかわからんし……姉思いなのは例の件でわかったんだが、それだけである。
「まあ、なんもないな。プラスもマイナスもない。いわば好感度初期値」
「ふーん。つまらないの。ちなみに、双海ちゃんと一葉ちゃんの好感度はどのくらいだと思ってんの?」
「……まあ、マイナスにはなってない、と思いたいが」
「ふーん、その程度の認識かぁ」
「なんだよ」
「別にぃ?」
何が面白いのか、千佳はニヤニヤと笑ってこちらを見てくる。こいつは昔から意味深なことを言ってくるが、その癖は相変わらず抜けていないらしい。言いたいことがあるなら、さっさと言えよという話である。
――――ピンポーン。
詰問しようと口を開きかけたその時、来客を知らせる音が鳴った。最近多いな、特にあの四姉妹関連で。
「はいはーい」
まさかと思いながらも、茶を啜る千佳を置いて、俺は玄関へと向かう。
そこにいたのは、やはりというべきか、あの姉妹―――三月だった。
「三月か。またなんかあったのか?」
「………あの、その」
「?」
なにやら言いかけては口を閉じるを繰り返す三月。深く顔を俯かせるものだから、長い前髪のせいもあって表情が全くわからない。ただ、もじもじと手を弄っているし、言いづらいことなのか。
「西ヶ原さんっ!」
「あ、はい」
三月はまるで意を決したように、勢いよく顔を上げた。
あまりに大きな声だったから、マンションの廊下に三月の声が響き渡り、やまびこのように繰り返される。
「私とセックスしてください!!!!」
――セックスしてください!
――――――――してください
――――――――――――ください
「……………………………………は?」
この後、住人からめちゃくちゃ苦情がきた。
――――――
次回は三月編の予定ですが、他にジレジレ甘々なものを書きたいので更新ペースは落ちます。すみません。
リンクだけこっそり貼っておきます。
「嫌いなあいつとの悪縁を切りに行ったら、一日一時間、手を繋がなければ死ぬ呪いをかけられた」
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