第9話:長女だから②(side一葉)
続きです。まだラブコメすらしてないのに、ハートとか諸々ありがとうございます。
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(side:一葉)
第一印象は、やっぱり怖そうな人だった。
管理人室の窓口に掃除中の立て札が建てられていたから、マンションの中に入ると、その人は共有スペースを掃除していた。作業着を着ていて一瞬わからなかったけれど、もらっていた資料の人と人相は一致している。
吊り上がった眼に、目の下の隈という組み合わせは、不気味とさえいえる。正直言って、保護者の件がなかったら、好き好んで話しかけたいと思えるような人ではなかった。
それでもどうにか第一印象をよくしようと、上品めいてお義父さんなどと口走ってしまったけれど、無意味だったらしい。なにせ、彼は話など何も聞いていないと言わんばかりの反応。資料を見せてようやく思い至ったのか、「まさか」とスマホを確認した後、ため息をついていた。
千佳さんが勝手に話を進めてしまっていたのだろうと察して、追い返されるかと思ったが、ひとまず、中で話を聞いて貰えることとなった。
「結構、綺麗にしてるじゃん」
事情を話して、日も暮れたころ。西ヶ原さんに借りた部屋に入ると、双海が呟いた。
新築のマンションというだけあってか、傷らしい傷も見えない綺麗な部屋だった。もちろん、大切に使っているというのもあるのだろう。その証拠に、室内は整理整頓清掃が徹底されている。思えば、彼が掃除していた共有スペースもかなり綺麗だったような気がするし、綺麗好きなのかもしれない。
「夕飯は、冷蔵庫の中身は好きにしていいって話だし、お言葉に甘えよっか」
「んじゃ、手伝うよ。私はお米を―――」
「料理は私がやるから大丈夫。双海は、お風呂とお布団の準備しておいてくれる? 使わなくなった毛布が、何枚か押し入れ部屋に入ってるらしいから」
「………」
「お願いね」
双海は不服そうにするが、私が念を押すように言うと、「へいへい」とお風呂場の方へ歩いて行った。私はそれを見届けると、後ろで何か言いたそうに待機していた四花と三月の方へと振り返る。
「うちたちはどうするー?」
「四花はゲームで遊んでて大丈夫だよ。ただし、ご飯の時間まで。三月は、双海のお手伝いしてくれるかな」
「………わかった」
「うちも何かやりたい!」
「ありがとう。でも、気持ちだけ受け取っておくね」
よしよし、と私は四花の頭を撫でる。四花はまだ子供なんだから、好きなことをさせてあげたい。お父さんとお母さんがいなくなって、しばらくふさぎ込んでいたから、この際、遊んで気を紛らわせてほしい。
――――こういう時こそ、長女の私がしっかりしなくてはいけない。
お母さん達が遺してくれたお金はたくさんあるけれど、節約しなければすぐになくなってしまう。双海と三月の大学のこともあるし、今の時期だと、転校先の学校で修学旅行もあるかもしれない。家賃の負担がないだけ、とてもありがたいけれど、4人もいたら食費だって馬鹿にならない。
三人の健康にも気を使わないといけないし、なにより高校3年生の二人は受験の時期でもある。勉強に集中できるよう、サポートしてあげるのも私の役割。
これまで、私はお父さんとお母さんに助けられてきた。今度は、私が助ける番なんだ。
その翌日、家を出る前に四花には西ヶ原さんにはあまり近づかないように言い含めておいた。いや、四花が心配というのもあるのだけれど、迷惑にならないかが一番の心配だった。だが、それはすぐに杞憂だったと知る。
千佳さんのお兄さんだということもあってか、四花は妙に彼との距離感が近い。西ヶ原さんも西ヶ原さんで、まるで孫を見るおじいちゃんのような眼をしていた。私と7つしか離れてないはずだけれど……案外、面倒見がいいのかもしれない。あるいは子供が好きなのだろうか。
西ヶ原さんに対するというよりは、千佳さんに対する信用が、彼に対する『警戒心』を緩めている。それに、彼は面倒くさそうに私たちに接しているあたり、むしろ近づいてこられるよりも気が楽だった。
仮に彼がおせっかい焼きだったとしたら、あまり踏み込まれても困るが無碍にはできないジレンマが生まれていただろう。
「履歴書の書き方を教えてもらえませんか」
千佳さん以外だと唯一頼れそうな身近な大人ということもあって、私は西ヶ原さんに履歴書の書き方を教えてもらうことにした。彼にはアルバイトだと話したけれど、正直、それではお金が全く足りない。今年の分の私の授業料なんかはすでに払ってしまっているので関係ないが、おそらく来年分は捻出できないだろう。
なにせ、上の二人は来年には大学生になっている。二人とも成績はいいから、高望みさえしなければ国公立に受かるには受かるだろうが、二人分となれば学費は馬鹿にならない。
「履歴書の書き方もいいんだが、面接もだな」
そう言いながら、西ヶ原さんは懐かしむように目を細めたと思えば、なにやら怒りを覚えている様子だった。少し怖かったけれど、無意識なのか『あのクソ面接官……』とかぼやいていたから、私に対する感情ではないことだけはわかる。
「面接ってのは、内容なんて二の次さ。どんな人間か、頭の回転は速いかどうか……大体のとこは、人間性を見てるってのが、俺の持論。まあ要するに、うまく自分を良く見せられればいいんだよ」
その言葉はそのまま棘となって、私の心にぐさりと刺さった。西ヶ原さんとの関係を円滑にするために、私は自分をよく見せようとしている自覚があったからだ。
もちろんそれは、社交辞令の面もある。だが、この人にべったりと頼りながらも、その実、全く信用していないことを嫌でも自覚させられた。
「自分をよく見せる、ですか………」
――――自分がどんどん醜くなっていくようで、嫌気がさした。
●●●
サイ也で昼食をとった後、マンションに戻って西ヶ原さんと軽く会話を交わすと、私は部屋でシャワーを借りて仮眠をとった。このマンションに来る前から、家の片付けはともかく弁護士さんとのやり取りや保険等の手続き等は主に私一人でやっていたから―――千佳さんに頼ることもあったが―――、どうにも疲れがたまっていた。
―――わはは!
「うん………?」
笑い声―――テレビに映るバラエティ番組の音で、私は目を覚ました。壁時計を見ると、針は19時30分を指していた。
「………一葉お姉ちゃん、おはよう」
ソファで眠る私のそばで、スマホを弄っていた三月がそう声をかけてきた。
「ごめん、寝坊しちゃった。すぐご飯作るね」
「………もう食べたよ。私と双海お姉ちゃんで作っておいた。冷蔵庫入ってるから、後で食べて」
「そ、そう……」
覚醒しきっていない脳で、三月の言葉を反芻する。作っておいた、作っておいた……。
あれ。何か忘れているような――――あ。
「西ヶ原さんっ!」
思わず、時計を二度見する。
西ヶ原さんと買い出しに行く約束をしていたのを完全に忘れていた。目覚ましくらいかけておくべきだった……確かに時間の約束はしていなかったけれど、
寝坊としか言えない。
「………西ヶ原さんがどうかしたの?」
「西ヶ原さんと食材の買い出しに行く約束、完全に忘れてた……」
「………もしかしたら、西ヶ原さんも寝てるのかもね。約束してたなら、インターホンくらい鳴らしにきてるはずでしょ」
「うーん……ちょっと、西ヶ原さんのところに行ってくるね」
その言い草だと、多分、西ヶ原さんは訪ねてこなかったのだろう。だとしても、このまま何も言わずすっぽかすわけにはいかない。私は気だるい体をどうにか動かして、立ち上がった。着替えは……一応外着を着ているし、このままでも大丈夫かな。
「………顔くらい洗った方がいいと思うよ」
「え?」
「よだれ、たれてる」
「………」
私は無言で自分の口元に手を当てると、べちょり、指に涎がくっついた。ソファに垂れていないかと心配になったけれど、どうやら腕枕にしてたおかげで、無事だったようだ。私の袖は、犠牲になったけど。
………妹とはいえ、人に恥ずかしい姿を見られてしまった。
「………洗面所行ってくるね」
「はいはい」
自分で自分がいたたまれなくなって、顔をうつ向かせながら洗面所に向かう。すると隣のお風呂場から、シャワーの流れる音が聞こえてきた。ちらりと洗濯籠の中身を見ると、どうやら双海が入っているらしい。四花はどこだろう、トイレだろうか。
私は顔を洗って、持参していたタオルで水をぬぐう。
「………」
タオルを口に当てながら、スマホをさっと弄って、就活サイトをのぞいてみる。新卒採用系ではなく、派遣会社のものだ。条件に合う仕事がでていないか、探すことが癖になっていた。
ひとまず目星を二つほどつけているけれど、なるべくより良い条件の仕事を探したい。
この時、寝起きで頭が働ききっていなかったのだろう。ガラガラ、とシャワー室の扉が開いてもなお、私は無警戒もいいところだった。
鏡越しに、体にタオルを巻いた双海と目が合う。姉妹同士ということもあって、別に恥ずかしがることもなく、双海は下着を取りに私の隣の棚へと手を伸ばした。
その拍子に、スマホの画面を見られてしまった。
「………なに、それ」
双海が低い声で、そうこぼした。
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