第7話:姉妹喧嘩②

前回の続きなので短めです


――――――――


 話を聞いて慌てて四姉妹に貸している部屋に向かい、玄関の扉を開けた。


「なんじゃこりゃ……」


 絶句するしかない、あまりに凄惨な光景に、俺は思わず呟く。

 玄関から横の洗面所にかけては水浸し。床には凹みができ、壁紙の一部がはがれててしまっていた。


 極めつけは廊下を進んだ先にあるリビングだ。

 ソファは明後日の方向へズレており、造花の花瓶は倒れてしまっている。棚に置いてあった漫画やラノベは投げ合いでもしたのか、そこら中に散らばっていた。


 壁にかけていたカレンダーはビリビリに破け、床には誰のものかわからないシャツやスカート、はたまたブラジャーやパンティーが投げ捨ててある。


 よく見ると、床に敷いてある淡黄色のラグに、血液と思わしき赤い液体が擦れたように付着しており、喧嘩の壮絶さを表しているかのようだった。


「ぐすっ、ひぐっ……ぅう……」


 リビングの隅で四花が座り込み、襟を目元に寄せて嗚咽をこぼす。幸いにも、見たところ怪我はしていないようだった。


 なんだこれ。


 自分の部屋が荒らされたという喪失感よりも、どうしてこうなったという気持ちが強い。双海はともかく、まさか一葉が、と。良妻賢母とまで思わせる、落ち着きのある少女が殴り合いの喧嘩など、想像すらできない。


「カズ姉がやめるなら、私もやめてやるよ!!」


 双海の怒鳴り声が、俺の寝室の方から聞こえてきた。


 急いでそちらに向かうと、ベッドの縁で双海が一葉に覆いかぶり、取っ組み合いをしていた。


「お、おい、やめろ!」


 もはや触るのもはばかられる、とか言っている場合ではない。なりふり構わず、俺は双海を引きはがしにかかった。


「そんなの絶対許さないから!」

「!? おい、はなせ!」


 しかしそれを止めるのは、まさかの一葉。双海の胸ぐらをつかみ、引き寄せようとしているのだ。血気盛んもいいところで、目が血走っている。よもや冷静だとは言えない様子だった。


「三月、一葉さんをどうにかしろ!」


 俺は三月が後ろからついてきているだろうと、振り返らずに協力するよう叫ぶ。しかし、いわれるまでもなく三月は動いていたようで、俺が言い終わるころには一葉の脇から腕を通して拘束していた。


「離して三月、この子はもう何回か殴らないとわからないんだから!」

「離せ、セクハラ野郎! 部外者がうちらの問題に口挟むな!」

「だー! お前ら、大人しくしろ!!」

「もうやめてよ、二人とも!」


 俺たちの静止など気にも留めず、互いににらみ合う双海と一葉。もはや状況は混沌としており、途中参加の俺は全くもって状況が呑み込めない。


「ふぅ……ふぅ……」

「はあ……はあ……」


 …………三分ほどそうしていただろうか。


 引きはがすのを諦めたのか、暴れつかれたのか、睨み合いは続いているものの二人は肩で息をし始める。ようやく話ができそうだと、俺は口を開いた。


「で、どうしてこうなった」

「カズ姉が大学辞めるなんて言うから!」「双海が大学行かないなんて言うから!」


 もうお前らの方が双子だろと言いたくなるくらい、息ピッタリに吠える双海と一葉。そこからはまた罵詈雑言の応酬が始まり、質問する暇もなかった。しかし、今回の騒動の原因については、なんとなくだが理解できた。


 どうやら、一葉が他の姉妹に内緒で大学を辞める腹積もりだったようで、そのまま就職しようとしていたらしい。なんでも、このまま一葉が大学に在籍し続けると、たとえアルバイトをしたとしても、経済的に双海と三月が大学に進学できなくなるとか。


 そんなことを企て、某就職サイトを閲覧している一葉を、双海が偶々発見して知ってしまい猛反対。そんなことさせるくらいなら大学なんて絶対行かないなどと言い出し、そこからはもう話どころではなくなり、殴る蹴る掴む噛むのオンパレード。


 ちなみにラグについてた血痕は、おそらく双海の口元が切れて、付着したと思われる。バトル漫画よろしく、唇から血が滲んでいた。服の上からではわからないが、多分、体には痣もできているだろう。


 大方言いたいことも言いつくしたらしい二人は、体から力を抜いてそっぽを向き始める。

 もう大丈夫か………?

 暴れる様子がないと判断して、俺は三月に腕を離すように促すと、俺も拘束を解いた。


「………話は大体わかった。とりあえず二人とも、まずは応急手当てしろ………三月は手伝ってやれ。俺は部屋を片付けてるから、何かあったら呼べよ」


 偉そうに指示を飛ばすが二人は何も言わない。それを了解したと受け取った俺は、三月に応急箱の場所を教えると、そのまま部屋を出て扉を閉めた。


「お兄ちゃん……」


 声が聞こえて振り返ると、そこには、様子を伺っていたらしい四花の姿があった。目元は腫れており、今なお、「すんすん」と鼻を啜っている。どれだけ泣いてたのか、想像できるくらいに顔中がぐちゃぐちゃだった。


「怪我はないか?」

「だいじょうぶ」

「なら、よしだ。信用できないかもしれないけど、とりあえず俺に任せておけ」

「……………うん」


 こくり、と小さく頷く四花。

 すれ違いざまに彼女の頭をぽんぽんとなでてから、背中に手を当ててリビングへと誘う。

 そのまま四花をソファの上に座らせて、俺は黙々と片付けをし始めた。


 ――――どうすりゃいいんだ、これ。


 それから二人の治療が終わり、三月に呼ばれるまでおよそ一時間。その間、俺はこの年で知恵熱がでるんじゃないかってくらい、頭を悩ませることとなった。


―――――――


明日は多分残業なのでお休みします

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