第6話:姉妹喧嘩

ちょっと改行の仕方を書きやすいように変えてみました



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 市役所を回って転出転入届の処理をして、マンションに帰るころには、夕暮れではないにしても日はかなり傾いていた。

 徒歩が多い日を経験すると、やっぱり車が欲しくなる。車検代とか固定資産税とか色々と金はかかるが、今後のことを考えて軽自動車くらい買っておいた方がいいかもしれない。問題は、俺の運転技術だ。


 仕事を辞めてから三年間一度も運転していない。車を買うにしても、一度くらい教習所のペーパードライバーコースにでも通った方がいいだろう。いきなりぶっつけ本番は怖すぎる。


「今日はありがとうございました」


 常識人を絵にかいたような美少女、一葉はそういって管理人室の前で腰を曲げた。

 疲れていそうな双子と、眠ってしまった四花は先に部屋に帰して、俺たちは管理人室の前で対面している。


 吹き抜けから差し込んでくる日射が彼女の頬にあたり、眩しそうにしながらも、にこりと社交辞令の笑顔を向けてきた。まだ未成年―――住民票にあった生年月日は2002年8月13日だった―――だというのに、まるで良妻賢母然とした雰囲気を醸し出している。


 多分、隣に引っ越してきました、とか言われてパック詰めの煮込みとか持ってこられたら、「こりゃ奥さん、すみません」とか言ってしまうこと間違いなし。「まだ大学生ですよ」とか意外や意外の答え合わせをされた時には、多分二度見する。妄想が捗る目の前の一枚絵に、思わずスマホの写メに手が伸びそうになった。


「気にすんな。久々に外食も楽しめたし」

「あの、やっぱりお金、渡します」

「いらん。大人として、いいかっこくらいさせてくれ。電車の運賃だって、馬鹿にならなかっただろ」


 手持ち鞄から財布を取り出そうとする一葉を、俺は静止する。


 本日の昼食代、ざっと税込6789円。普段の一食500円未満の感覚で額面だけ見れば高いように思うが、ドリンクバー込みで5人分の外食と考えればかなり安い。サイ也のありがたさを身にして感じる金額である。


 それに、客観的にみれば、俺は一日中美少女四姉妹と行動を共にしていたのだ。これが巷で言うところのパパ活なら、相場とか知らんけど、少なくとも一万以内で収まることはないはずだ。下手をしたら女の子四人前で十数万円取られていた可能性さえある。


 一葉と四花はともかく、双子の方はサービス精神がゼロ、あるいはマイナス方面にぶっちぎってはいたが。


「そう言っていただけると、助かります」


 一葉は改めて軽く頭を下げる。


「ところで毛布とか足りてるか? 冷蔵庫の中身も、もうないだろ」


 彼女達には部屋にあるものは好きにしていいと事前に伝えてある。俺は基本的に一週間分の食材を買いためて冷凍しているし、つい一昨日買ったばかりだが、それは俺の胃袋に合わせた量で、一般男性一人分の量で考えると、多分三日分ほど。四姉妹の胃袋事情は知らないが、一食で俺で言うところの四食分消えると仮定すると、昨日の昼晩と今日の朝晩、それに明日で備蓄はなくなるだろう。


「そうですね。近くにスーパーがありましたよね?」

「徒歩五分だけど、なんだ、行ったのか?」

「いえ。利用しそうなお店のことはスマホで調べておきました」

「流石にしっかりしてるな。でも、徒歩だとなかなかつらいだろ。俺もインスタントがなくなってきたし、一緒に行くか? 近くても土地勘がないと迷うかもしれないしな」


 それに、口には出さないが夜中に若い女の子だけで買い物というのも不安だ。


「そういうことなら、ぜひ」


 一葉は「それでは」と言い残して、部屋へと戻っていく。

 それを見送った俺は、そのまま管理人室へと入り、「ふう」と息を吐いた。

 運動不足のせいか、足に疲れが溜まっている。普段、掃除のときとかに体を動かしている気になっているが、それでは不十分のようだ。これで運動をしようとはならず、車を買って楽をしようという思考にいたるあたり、健康志向が極めて低いといえるだろう。


「ちょっとシャワー浴びて仮眠するか」


 一葉と買い物を行くにしても、今すぐというわけではない。流石に汗をかいた体で横になるのは抵抗があったので、軽く汚れを落とそうと、俺は着替えを用意し始めた。



●●●



 とぅるるるるりん。


「んあ」


 シャワーを浴びて横になっていた俺は、スマホのメール通知音で目が覚めた。反射的にスマホを手に取ってみれば、時刻は20時を回っている。まずい、寝すぎた。

 

 急いで着替えていると、そういえばメールが来ていたなと思いだした。そのおかげで、目を覚ましたのだ。千佳が重要なことをメールで済ませてしまってたので、通知が来るように設定しておいたのが功を奏したといえるだろう。


 靴を履きながら片手でささっとメールボックスを開いてみると、発信者は千佳だった。


『明日そっちいくからよろしくねー。学校のこと話すから、みんなに伝えておいて!』


 また急な話だなと、俺は昨日から何度目かわからないため息をはいた。大切な話とか予定とかは、もっと事前に連絡してほしい。あるいは、どうにか仕事に穴をあけているのかもしれないが、それにしても電話で連絡をよこせという話である。


「っと、急がないとな」


 時間の約束こそしていないものの、気分はデートに一時間遅れた彼氏である。あのスーパーは毎日21時まで営業しているから、今から行けばまだ間に合う。惣菜なんかが売れ残っていれば、半額になっているだろうし、今日はそれで済ませるとするか。

 などと今晩の夕食について一考しながら、ドアノブに手をかけようとしたその瞬間。


 ピンポーン。


「ん?」


 管理人室の出入り口のインターホンが鳴らされた。つまり、この扉の先には誰かがいるということだ。


「はいはーい、なんですかー」

「に、西ヶ谷さん……っ」


 何かトラブルかと思いながらそのまま扉をあけると、そこにいたのは三月だった。


 三月はどこか焦ったように慌ただしく俺の腕をつかむと、そのまま力いっぱい引っ張ってきた。俺は大の男であり、女子高生に引っ張られたくらいで……といいたいところだが、残念ながら運動不足がたたってそのまま部屋から引っ張り出されてしまう。


「ど、どうした?」


 日が暮れた時間帯、三月という訪問者を見た俺は、つい昨晩のことを思い出す。昨日言えなかった相談事かと身構えるが、しかしそういった雰囲気ではない。

 どうみてもただ事ではない様子だった。

 外に引っ張り出すことに成功したというのに、いまだ三月は俺の腕を引っ張ってくる。流石にずるずると引かれるようなことはしないが、足が動いてしまう程度には力強かった。


「た、助けてくださいっ!」

「は?」


 まさか、暴漢でも現れたか……いや、電子ロックの鍵は自動で閉まる。たとえ物理的な鍵を閉め忘れても、パスワードがなければ開かない仕掛けだ。内側から開けない限り、不審者が現れたとしても侵入されることはないだろう。その点、一葉が一緒なら問題は起きえないはず。


「とにかく、来てください! 私じゃ無理なんです!」

「ま、待て、落ち着け。まずは何があったか説明してくれ」

「お姉ちゃんたちが……お姉ちゃんたちが!」


 三月は今にも泣きそうな表情を浮かべながら、息も絶え絶えに異常事態を伝えようと必死に口を動かして、


「殴り合いの喧嘩してるんです!!」


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ラブコメしたいけどヒロイン一人くらい攻略させないとラブコメ始まらないんですよね(しみじみ) 

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