第5話:一葉
「これ全部、一人で食べていいの?」
薄く焼かれたマルゲリータを前に、四花が言った。
サイ
今日は日曜日というだけあってか、店内はそれなりに賑わっていた。
すんなりと着席できたのは、運が良かったといえるだろう。
「四花、その前にいただきます、ね」
「いただきまーす」
一葉に言われて、四花は素早く手を合わせると、ころころと回るピザカッターをピザの上で走らせる。
「もっと壁に寄ってくんない?」
その様子をほほえましく見ていると、席の奥を陣取る俺に、正面に座る双海が言った。
正面には四花を挟む形で三月と双海が座り、俺の隣には一葉が座っている。
なお、俺と一葉の間には、一人分のスペースが開いていた。どうにも双海は、四姉妹と俺を物理的にも精神的にも遠ざけたいようだった。
「これ以上いけねえよ」
「じゃあ潰れれば?」
「死ねと!?」
口の減らないギャルである。こんなやりとりをしていると、一葉が何か言ってきそうななものだが。
俺は眼だけを向けて、一葉をちらりと見やる。
「……………」
一葉は注文したハムとレタスのサンドウィッチを前に、何かを考えこんでいるようだった。
「………カズハお姉ちゃん?」
それに気が付いたようで、心配そうに声をかける三月。
「へ、あ、なに? ごめんね、聞いてなかった」
ようやく顔をあげる一葉だが、やはり、心ここにあらずだったらしい。さっきの話のことを考えていたのだろうか。
俺は「いただきます」と言ってちぎったパンを咀嚼しながら、回想する。
「履歴書の書き方を教えてもらえませんか」
外の戸を閉めるのも後回しに、家の裏手に回ると、一葉にそうお願いされた。
「バイトでもするのか?」
「ええ、まあ……身元保証人になっていただけると嬉しいです」
一葉は視線を落として、シュシュでまとめた髪を、指でくるくると弄る。
どうにも、どこか歯切れが悪いように感じる。
まあ、彼女の性格を考えると、俺に対して遠慮している――――おそらくは迷惑の上に迷惑を重ねることが気がかりなのだろう。
「それは構わないけど、大丈夫か? おせっかいかもしれないけど、もう少し落ち着いてからの方がいいと思うが」
千佳から預かってほしいとのメールが届いていたのは、およそ一か月前。その間、身の回りの整理や遺産関係の処理、葬式にご両親の埋骨等は終わってるとは、昨日のうちに聞いてある。
だが、引っ越しに新生活の基盤の整理。
なにより、落ち着いて気持ちの整理をしたほうがいいだろう、と考えての発言だったのだが。
「大丈夫です。休んでいられませんから」
「………まあ、一葉さんがそう言うなら、いいんだけど」
普段はしっかりしている印象の一葉だが、どうにも、今の彼女は焦っているように見える。
「…………」
ふと、千佳の言葉を思い出した。
―――――身内ですら信用できなくなってるくらい、疑心暗鬼になってると思うから。
なるほど、そういうことかと、俺は内心で納得する。
俺は、この子に信用されていないのだ。
もちろん、昨日に出会ったばかりだし、当然といえば当然だ。
しかしこれは、また違った……彼女との間には、決して壊すことのできない壁が、そこにあるような錯覚を覚える。
まるで、会社員時代の、取引先の交渉相手と話しているような、そんな気分だった。
「履歴書の書き方もいいんだが、面接もだな」
信用されていない俺が、何を言ったところで無駄だろう。
俺ができること、そしてやるべきことは、彼女の要望に応える、これだけだ。
頼まれれば手を貸すし、頼まれなければ何もしない。
曖昧なまま手を貸していたが、これからはこれを基準に考えよう。
それを俺の中での、線引きにするのだ。
「面接なら、高校入試のときにやりました」
「そんなん、面接っていえねーよ。本当の面接ってのはな、色々な意味で理不尽なんだよ」
………これは大学4年のころ、俺が2年間務めることになったブラック企業での面接のことである。
――――好きな本はありますか。
「『不動産と治安の崩壊』という本はよく読んでいました」
――――何か有益なことは書いてありましたか?
「はい。空き家問題が治安の悪化につながっていると知りました。そこから不動産について興味を持ちました」
――――そういう意味ではないのですが、あなたは我が社に入りたいと思っているんですよね?
「それは、もちろんです」
――――それなら、我が社の発展に役立つ本を読むべきではありませんか?
「…………」
ざけんな。
ろくに関わりもしてこなかった、入るかもわからない会社の役に立つためだけに、本を読むやつが、どこの世界にいるんだよ。
順序が逆だっつーの。
あ、ちなみに、当然だが面接には受かって入社した。
いい勉強にだった。
社会の理不尽を学ぶためのな。
「面接ってのは、内容なんて二の次さ。どんな人間か、頭の回転は速いかどうか……大体のとこは、人間性を見てるってのが、俺の持論。まあ要するに、うまく自分を良く見せられればいいんだよ」
本当は、何か目的があって会社に入社するのが理想なのかもしれない。
でも、そんなことができるのはほんの一握り。大体の人間は、目的らしい目的もなく、ただ何となく入社して、働いている。
俺は妥協の先でマンション管理という、性に合った職にありつけたが、ただ両親の経済力が恵まれていただけに過ぎない。
「自分をよく見せる、ですか………」
今度、墓参りでも行くか―――そう思っていると、一葉は噛みしめるようにそう呟いた。
自嘲しているようにも見える、乾いた笑みを浮かべる一葉が、やけに印象的だった。
―――――――――――
同日夜にも上げます。
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