第4話:引っ越し

 翌日の午前8時。


 昨夜、結局ろくに話もできないまま時間が過ぎ、夜も遅かったので三月は部屋に返した。

 おかげで寝不足もいいところで、俺は隠すこともなく欠伸をする。


「大丈夫ですか?」

「あー大丈夫、大丈夫」


 一葉に心配されるが、言っても仕方ないことだ。むしろ三月のことを言ったら、詰問されるのが目に見えている。

 俺はなんもしてないし、悪くもないのだ。後ろめたいことは何もないはず。


 なお、今日は姉妹達とお出かけの日である。


 昨日のうちに、一葉とは近日中にやるべきことを話し合っており、それには念のため、俺も同行することになっている。


 今日は事前にまとめていた荷物を引っ越し業者に引き渡し、そのまま市役所へ行く予定だ。健康保険証と学生証は、すべて一葉が管理しているらしい。


 ちなみに、部屋の契約はまだだが、先に荷物を移しておこうという判断だ。

 マンションの持ち主は俺だし、契約をするのも俺。

 文句を言うやつはいない。


「おそーい!」


 空っぽのリュックを背負った四花が不満をこぼした。


 三碓姉妹に貸した、俺の部屋の前で待っていること15分。

 着替えに手間取っているのか、双海と三月がなかなかやってこないのだ。


「確かに……西ヶ原さん、私、ちょっと呼んできます」

「いや、どうせ引っ越し業者の立ち合いまで時間はあるし、早くいっても待つんだから、どこで待とうと大して変わらん」

「……西ヶ原さんがそう言うなら」


 一葉は申し訳なさそうに言った。


「…………」

「…………」


 その会話を最後に、静寂がこの場を支配する。

 き、気まずい。

 事務的な話があれば話せるが、話すべきことは昨日の内にすませているので、会話が続かない。

 趣味とか聞いた方がいいのか……いや、なんかそれも、ナンパっぽいし。


 わ、わからん―――あ、そうだ。


「そういや、俺の妹……千佳とはどんな関係なんだ? ばーちゃんで知り合ったとか聞いたけど」

「あ、はい……ええと、お正月とかによく会うんですけど、その時に一緒に遊んでもらっていました」

「遊んでもらってたって、いつごろから?」

「私が小学校高学年だったころからなので、多分8、9年前かと。でも、考えてみれば、西ヶ原さんは見たことがないような……?」


 一葉は俺をみて不思議そうに首を傾げた。

 千佳も性は西ヶ原なんだが……多分、一葉の中で千佳は千佳だと位置づけられているのかもしれない。


「俺、インドア派だったから。だいたい家で留守番してた。たまーに気が向いたときに行ってたけど、正月はいったことなかったかな? タイミングが合わなかったのかもな」

「なるほど、そういうことですか」


 一葉は納得したように頷く。


「ちかお姉ちゃんは、スプラティーンがすっごく強いんだよ!」


 四花が「はいはーい」と手をあげて言った。


「いろいろと高スペックだからなあ、あいつ」

「そうですね……今は会社を経営をしていると聞きました」

「IT系の会社らしい。俺も詳しいことは知らないけど」


 千佳は頭はよかったが、少なくとも在学中はパソコンにはあまり詳しくはなかったはず。

 俺がブラック企業で働いている間に、どっかで知識を身に着けたのだろう。

 三分の一でいいから、そのメモリを俺にも欲しかった。


「カズ姉、お待たせ」

「……お待たせ。しました」


 そんな話をしていると、私服姿の双海と三月がやってきた。


 双海はこれでもかというくらい太ももを晒した紺色のショートデニムに、清潔感のある、ふわりとした白いトップスを着ている。

 対して、三月といえば―――男物と思われるサイズの、黒のパーカーに白のタイトジーンズという、シンプルながらも案外マッチした組み合わせ。

 スタイルいいから何でも似合うな、この双子。


 というか、私服があるなら、なんで昨日は制服なんて着てたんだろ。


「見んなよおっさん」

「視界に入っただけだ。それと、俺はおっさんじゃねえ。お兄さんと呼べ」

「27とか三十路みたいなもんじゃん」

「全国の27歳に謝れ!?」


 流石にこの年になると一年の短さを実感しているが、しかしそれでも、27と30は3年も違うんだぞ!


「そ、そろそろ行きませんか? もしかしたら引っ越し屋さんが早くつくかもしれませんし、午後は買い物もしなきゃいけませんしっ」


 見かねた一葉が、俺と双海の間に入って、そう提案してくる。


「いこー!」


 四花もそれに乗っかって、俺と一葉の手を引っ張ってくる。

 にぎにぎしてくる。

 あざとい。

 この小4、あざとい。

 この年でこれだと、将来が心配になりますよ、お兄さんは。


「ロリコン、死ね」


 あんなお姉ちゃんになったらだめだぞー。



●●●



「それじゃ、お預かりしますねー」


 正午を過ぎて、引っ越し屋に荷物を預け終わると、彼らはぶろろろろと中型トラックのエンジンをふかしながら、走り去っていった。


「つ、つかれた……」

「おなかすいたー!」

「…………そうだね」


 律儀にも引っ越し屋の手伝いをしていた―――というより、知らない人に私物の入った段ボール箱を触れられたくなかったようで、荷運びに参加していた双海と、それを手伝っていた三月と四花が、家の縁側に腰かけた。

 どうせ、トラックから降ろすときに触られるんだから、関係ないと思うんだが。気持ち、引っ越し屋のにーちゃんもやりづらそうにしてたし。


「どこかにお昼ご飯、食べにいこっか」


 他の3人と同様に、荷運びを手伝っていた一葉が言った。


 時刻にして13時前。俺はそこまで腹はすいていないが、動いていた姉妹達は違うらしい。

 

 ちなみに俺はというと、触られたくない人間の枠に入っていたようで、外で荷物が運び込まれる様を眺めていただけである。

 一葉はなんだか申し訳なさそうにしていたが、特に何も言うことはなかった。


 多分、自分達のことで手伝って欲しいとは言いにくかったんだろう。決して、俺に触って欲しくなかったのではないと思いたい。


 待っている間、車通りの少ない道路側から見た家は和風で、かなり大きく、なかなかの歴史を感じさせるものだった。

 一葉に聞いてみると、築50年らしく、ご先祖様が頑張ったみたいです、だそうだ。

 とはいえ、流石に庭は荒れ放題で、趣もへったくれもなかったが。


「この近く、きたことないけど何があるんだ?」

「ファミレスとか、牛丼屋とか、色々ありますよ。何か、リクエストはありますか?」

「なんでもいい……というか俺じゃなくて、四花に聞いてやったらどうだ?」


 外食と聞いてか、目を輝かせて一葉をみていた四花を指さした。


「おにく! ケーキ! ぴざ!」

「それなら、サイなりかな? 双海と三月もそれでいい?」

「もうなんでもいい……」

「………任せる」

「もう、だらしないんだから……西ヶ原さんもいいですか?」

「構わんぞ」


 どうせ、もともと胃の小さい俺は、そんなに食べないし。

 

「それじゃ、戸締りしてからいきましょうか。私は西ヶ原さんと外の戸を閉めるから、内側の鍵はよろしくね」


 一葉がそういうと、四花は俊敏に、双子はのろのろと動き出す。


「んじゃ、俺はこっちからいくわ」


 二手に分かれた方が効率的だし、俺は踵を返そうとした。


「ちょっと待ってもらって、いいですか?」

「ん?」


 しかし、一葉にシャツの袖をつかまれて、俺の足は止まる。


「みんなには聞かれたくない、話があるんです」


――――――

同日夜にも上げます

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