第3話:大丈夫な日ですから!

場面は前回の続きからです


――――――――


「ところで、あの子らの住所って今どうなってんの」


 俺は千佳に電話した目的である、事務的な話を切り出した。

 部屋を貸すのだから、お役所様に必要な書類を出さなければならないだろう。

 転居届に国民健康保険……未成年でも年金手帳とかの手続きも必要だったっけ?

 後で調べるか。


『今は前の家のままだよ』

「どこだよ」

『S県のUあたり』

「えーっと……結構遠いな」


 スピーカーにしてyahaa乗り換えアプリで軽く調べると、S県のU駅はここから徒歩込みで1時間程度。

 だが、市役所はそこからさらにバスで乗り継ぐ必要があった。

 ちなみに俺はペーパードライバーなので運転とか無理。


『市役所関係の手続きは任せるけど、あの子達の学校の方は私がやるから、一通り終わったら連絡ちょーだい』

「あいつら、転校するのか?」

『下の3人だけね』

「あ、そう」


 ほんと、ろくでもねえな。


『でも、一葉ちゃんは大丈夫』

「R大だっけか。ここからだと、ドアトゥドアで1時間くらいだな」

『大学、聞いたんだ?』

「自己紹介の時にちょろっと」

『手が早いなぁ』

「人聞きの悪い言い方やめろや」


 誰かに聞かれたら、白い目で見られることは必至である。

 だが、まあ。

 学校の手続きをやってくれるのは、正直、助かる。


 どの高校がいいとか、俺じゃわからん……俺は小中高と一貫して成績は底辺レベルだったし、偏差値なんてものとは無縁の人生を送ってきた。


 その点、千佳は定期テストでは毎回一位をとる程度には頭の出来が良かったし、偏差値についても馴染みがあるだろう。


 千佳に任せておけば、少なくとも学力面では問題はないはず。

 ………でも、本人達にはあとで転校先の希望がないかだけ聞いておくべきか。


 ひとまず、このまま必要な情報を聞いていくか―――そう思って口を開いた時のことだった。


 ピンポーン。


 来客を知らせる音が鳴った。

 このマンションは玄関横に管理人室の窓口があるタイプだが、そちらは「チーン」という呼び鈴。

 今のは、管理人室の出入り口のインターホンの音だ。

 基本的には俺の私物を配達してもらう時とかに使っているが、マンションの住人が鳴らすこともある。


「悪い、誰か来た。後でメールで、転校に必要な書類とかまとめて送ってくれ。準備しておく」

『あいy「ぴろりん」』


 俺は雑に電話を切ると、玄関へと向かった。


「はいはい、ちょっと待ってくださいねー」


 この時間に人が来ることは、マンション管理をしていると割とよくある。

 主に、鍵を無くしたというのがほとんどだが。


 玄関にたどり着いた俺は,念のためドアスコープから外を覗いてみる。


「……うん?」


 思わず、声が出た。

 そこにいたのは、ゆったりとした私服姿の、目隠れ眼鏡少女――――三碓三月だった。


 なんかあったか?


 まさか、俺の部屋に不満があるとか、そんな話だろうか。

 臭かった? ごめんね?

 でも、流石に、それは我慢してもらうしかないんだけど……。

 加齢臭がきついとか言われたら死ねる。


 ―――よし、心構えはこんなもんか。


 華のJKに、心の準備もせずにそんなこと言われたら自殺するまであるから、準備体操(精操?)は必須である。


 俺は息を吐いて、テスト直前特有の、嫌な緊張感を覚えながら、玄関の鍵を開けた。


「こんばんは」

「うい、こんばんは」

「………中に上がっても良いですか」

「うん、だめ」

「………ありがとうございます」

「日本語通じてる?」


 俺の言葉なぞ、しったことかと言わんばかりにぐいぐいと中に入ろうとする三月。


「ぐっ……このっ!」

「…………」


 どうにかそれを食い止めよう腕を広げるが、三月は小さな体を器用に滑らせて、俺の脇を通り抜けていった。

 ぬるりときたぜ……こいつは軟体動物か何かか。


「お邪魔します」

「ほんとにな?」


 大人しい子だと思っていたが、とんだ鉄砲玉である。

 力ずくで追い出すことも考えたが、しかし年下の女の子を無理やりというのは、やはり気が引ける。


 それに、わざわざ夜に――――それも一人で来たということは、何か話があるのだろう。


 俺は扉を閉めて鍵をかけると、三月の後に続いてリビングへと戻った。


 三月は、無表情のまま何も言わずソファへと座った。


「………」


 改めて見ると、前髪で隠れてわかりにくいが、双海と双子だとわかるくらいには、本当に同じ顔だ。

 しかし、軽い化粧をしていた双海と違って、三月は見るからにおしゃれに無頓着な分、素材の良さが滲み出ている。


 ほっそりとした手足に、高校生とは思えない女性らしい体つき。

 それに、柔らかそうな白い頬に、二重瞼のキリッとした目つきは、さぞかし同年代の男子の視線を集めるだろう。


「…………西ヶ原さん?」


 ボーッと突っ立っている俺を、不思議そうに見つめてくる三月。

 いかん、見過ぎた。


「なんでもない」


 俺は首を横に振って、玄関の鍵をそのままに、三月の正面に腰を下ろした。


「………で、なんか用か? 明日は色々と忙しくなるから、手短に頼む」

「…………」

「…………」

「…………」

「………茶、入れてくるわ」


 なにやらもじもじと、足の上で手を遊ばせるばかりで、三月は一向に口を開こうとしない。

 埒が開かない。

 俺は長丁場になりそうだと、少しだけカフェインを摂取することに決めた。


 俺は象さんの電気ケトルを手に持って、シンクに向かう。

 なんだかなぁ……。

 ケトルに水を入れ、沸騰するのを待っている間、今日1日を振り返る。


 唐突に保護者になってほしいとか言われて、正直、現実味がない。


 俺はまだ27だ。


 マンション管理という、普通の人とは少し違う仕事をしているかもしれないが、普通なら誰かの面倒を見るような歳ではない。

 100歩譲って、親の介護―――もういないが―――とかならまだしも、まさかの女の子4人。


 しかも、大人に一歩、足を踏み入れたお年頃。なんなら、長女は俺と7歳しか変わりない。


 兄妹でも通る年齢差だ。


 勘弁してくれ。


 もちろん、大人として、あるいは社会人としてのルールは守る。

 困っている子供がいれば手を差し伸べるくらいはする。


 だが、俺は独り身で十分だし、むしろ人付き合いなんてまっぴらだ。


 クソったれな生産性のない上下関係も嫌いだし、相手に合わせて自分を変えるのもうんざりである。


 死んだ親の脛を齧っているようで情けないとは思うが、独り静かにマンション管理をしているほうが、俺の性には合っている。


 住人のトラブルは確かに面倒だが、解決した後に感謝されるのは悪くない。

 少し汚れた通路を、専用の掃除機で掃除するのも気持ちがいい。


 最初だけだ。

 最初だけ、頑張ろう。

 そうすれば、あとは必要最低限の接触に済ませればいい。


 千佳との約束は、あいつらの卒業まで。一葉が一番遅くて3年間くらいか。嵐が過ぎ去るのをじっと耐えるような気構えでいれば、どうってことはない。

 

「やるかぁ」


 俺は小さく自らを鼓舞して、眠気覚まし代わりに背伸びをする。

 ちょうど、その時だった。


「あの……」

「ん?」


 ようやく電気ケトルから湯気が立ち始めたのを見ていると、声をかけられた。


 何やら肩を震わせ、手と太ももをモジモジとさせながら、顔を俯かせる三月が立っていた。


「すまん、寒かったか?」


 そういえば、タオルケットとか出してやってなかったな、と思い出す。


「だ、大丈夫ですから」


 膝掛けとかあったかなーとか考えていると、三月がそう言った。


「あ、そう? でも、風邪ひかない?」

「………そうじゃなくて、とにかく、私なら大丈夫ですから」


 三月は顔を上げて、俺の眼を真っ直ぐに見据える。

 その眼は覚悟を決めていた。

 覚悟を決めた者の、眼だった。


 ―――そうか。


 この子は……この子たちは、両親を亡くして間もない。


 俺達の両親が死んだ時は、俺も千佳も自立していたし、親の死を受け止めるくらいの神経は持ち合わせていた。


 だが、この子たちは違う。自立もしてなければ、精神的にも不安定な時期だろう。


 だというのに、この子は前に進む覚悟を決めている―――――


「と、と、特に……今日は、その………だ、大丈夫な日ですから!」


 よし、まずは落ち着け。



――――――

種まき

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