第2話:ろくでなし
その日、22時50分頃。
おおまかな話を一葉達から聞いてからマンション管理の事務処理をしていたら、いつの間にか夜になっていた。
いつもなら自室のベッドに横になっているところだが、俺は管理人室のソファにどかり、と座り込み、昼間は繋がらなかった電話に、通話をかけていた。
とぅるるるるるるるん。
『もしもーし。唯一無二の可愛い可愛い千佳ちゃんです♡』
10秒ほどして通話にでたのは、甘ったるい猫撫で声でそうほざく、俺の妹、千佳だった。
「はっ倒すぞ」
『せっかくサービス精神働かせてあげたのに、その言い草はひどくね?』
「テメェが勝手にやったことに比べたら可愛いもんだろうが」
俺は不機嫌を隠そうともせず、舌打ちする。
千佳はとにかくマイペースな奴で、昔からこいつのケツを拭わされていたものである。
今回の件、三碓姉妹の件も、その延長……といえればよかったのだが。
「どっから拾ってきた、あいつら」
『え、聞いてない? お父さんのおばあちゃんの妹のひ孫だって』
「あれマジだったのかよ……そういや、お前、昔からばーちゃん家によく行ってたから、その関係か」
『まあ、そんなとこ……三碓さんたちのご両親にはお世話になってたから』
「だからって俺に押し付けんな」
父さん達はぽっくり逝ってしまったが、それこそ祖母は存命だし、なんなら父方の叔母だっている。
なぜ俺なんだ、と俺は言外に言っていた。
『無理無理。叔母さんはあのクソ両親と同じで放浪癖があるし、お婆ちゃんは認知症始まってるし。今やデイサービス利用者だよ、デイサービス。なんなら施設に入れようか、って話が出てるくらいだもん』
クソ両親、とは言うまでもなく俺たちの両親のことだ。
世間様が聞けば、あんまりな言い方じゃないかと批判されそうなものだが、当時中学生だった俺たちを中高一貫校の寮にぶち込んで、海外に出張しまくっていた自由人達である。
金を残して逝ってくれたことに感謝はするし、故人を貶めるつもりもないが、しかし、客観的に見て良い両親とは言えなかっただろう。
確かに、就職した俺を心配してか、電話をしてくれていたあたり、多少なりとも気にはかけていてくれたとは思う。
だが、育児放棄をした事実には変わらない。
両親が事故で逝ってから3年間。その間、大したショックも受けずに図々しくも遺産で食い繋いでいるくらいには、血の繋がった他人、といった印象が強い。
ああ、言うまでもなく、そのクソ両親によく似て育ったのが、我が妹である。
千佳はクソ両親とは言っているが、同族嫌悪にしか聞こえない。
『あの子達……特に上の3人が卒業するまででいいから、面倒見てくれない?』
「……部屋は貸すし、保護者にはなってやる。ただ、あいつらの生活費なんかが足りなくなった時とかは、お前が出せよ」
正直、断りたいが、しかし俺はこいつに借りがある。
具体的に、差し引き2億くらい―――つまりはこのマンション分の借りだ。
マンション以外に、生命保険含めて一千万程度の資産しか―――それでもかなり多いが―――なかったのだが、千佳はやりたいことがあるとかで、マンションを丸ごと俺に譲ってきたのだ。
代わりに最低限の管理費とマンション以外、全て千佳に譲ることとなったが、2億のマンションと比べれば誤差である。
『それは全然いいよ。私、これでも社長だからね! お金はたんまりあるのだよ』
「自慢かよ」
商才ある両親の血を濃く受け継いだからか、千佳には金儲けの才能があったようで、遺産の現金を元手に会社を立ち上げ、3年ほど前から軌道に乗せていた。
その才能、俺にも少しくらい分けてほしかった。
『………』
「………?」
少しの間、沈黙が続く。
なんとなく、千佳が何か言いたそうにしていることがわかったから、俺も言葉を発しない。
やがて、『はぁ』と息を吐いて、言いづらそうに、千佳は続ける。
『……あの子達が困ったら手を差し伸べてあげてね。なるべく、さりげなく』
千佳が―――自由人のはずの妹が、これまでの言動が嘘みたいに、優しい声音でそう言った。
「さりげなく?」
『そう、さりげなく。あの子達、きっと、周りの人間とか……身内ですら信用できなくなってるくらい、疑心暗鬼になってると思うから』
「まて、それはどういうことだ」
なんだか、思っていた以上の、厄介そうな発言に、俺は突っ込まずにはいられなかった。
『あの子達、ご両親が亡くなった後、遺産の管理をどうするとかで、親戚に揉みくちゃにされていたんだよ。見てられなくって、顔馴染みだった私が引き取っちゃった』
「……ろくでもねえな」
『でしょ』
千佳は俺の言葉を賛同と受け取ったらしく、同意してくる。
……ろくでもねぇ、ってのは、お前のことも含んでるんだけどな。
――――――――
短いですが一回切ります。
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