サヨナラ、友よ。

純天導孋儸

第1話

「俺、東京行こうと思う。」

 軽音部室で“親友”でメンバーのタケヤが言った。

「へぇ。東京か。俺も言っていいか?」

「良いぜ。お前が来てくれるとドラムのビート狂わなくて助かる。」

 ドラマーのミノルが楽しげに笑う。

「よっしゃ、部屋もおんなじにさるか!」

「いいねえ!」

「ぼ、僕も。行っていい?」

「え、あぁ、お前…は駄目だ。」

「…え?」

 ミノルも驚いている。

「悪いな。」

「あ、あ、うん。」

 ベーシストのサヨに目を向ける。

「お前は?」

「…アタシ?」

 タオルは僕の方を見て

「いや、アタシはいいや。…この町で満足してるし。」

「そうか。」

 昼休みの終わりのチャイムが鳴り響いた。

「時間か。帰ろうぜ。」

 タケルの言葉にミノルが声をかける。

「え、お、おい!」

 しかし、タケルはそれに振り向かず部室を後にした。

「だ、大丈夫…か?」

 ミノルは僕を心配そうに肩に手を置いた。

「だ、大丈夫。…大丈夫。」

「そ、そうか…。じゃ、じゃあ、また後でな?」

「うん…。」

 僕の返事にミノルはまだ心配そうだったが、教室をさって行った。

「アタシたちも行こう?」

 サヨが僕に言う。

「う、うん。」

「…。」

 僕にぐいっと近づく。

「タケルの言葉、気にすんなよ。」

 小さな声で言った。

「だ、大丈夫だよぅ。」

「…ならいいけど。」

 その後は授業にあまり集中できなかった。

 午後の部活は終始無言だったが何事もなくというか会話なく終わった。


「いやーどうしよう。」

 屋上で昼を食べながらミノルについ口を滑らせる。

「やっぱ気にしてたんじゃんかよぉ。」

 身長を気にするミノルが牛乳パックの牛乳をすする。

「いや、まぁ、ね…。」

「だろぉ?何年もの付き合いなのにあれはないよなぁ。まさか一緒に行くのを拒むとは…。」

「ミノルは、いくんでしょ?東京、楽しそうだよね。僕も行きたかった…。」

「…んん、いや、行かない。」

「え?」

 空を見上げる。

「まぁ、流石にな。お前はあんなんだし、サー子も行かないから…俺だけいくのもなぁ?」

 苦笑いする。

「…あいつも、いろいろあるんだと思う。」

「え?」

「いや、小耳に挟んだんだけどさ。」

 空になった牛乳パックを床に置く。

「何さ。」

 妙に神妙な顔になる。

「いや、な?」

 そこからゆっくりと詳細を話してくれた。

 かいつまんで言うと、高校から軽音を始めた彼はぐいぐいと成長して入ったが共に入部した僕と力量の差を感じていずらくなってしまったのだとか。

「そ、そんなぁ…。」

「小せえ男だよなぁー?」

 鉄柵に寄りかかって緑のたぬきの蓋を開ける。

「相変わらず、天ぷらは出しておくんだ?」

「おうともよ。出来上がった汁にさらしてカリカリってな。…あいつが考えたんだよな…。」

 天ぷらを見ながらいう。

「そうだね。」

「あいつの考えるもんはいつも一味違うんだよ、なっ。」

 天ぷらにがっつく。美味しそうに音を立てて勢いよく食べ、器をおく。

「あー、煮え切らねえな!」

 立ち上がる。

「お前はどうしたいんだよ。」

「え?ぼ、僕?」

「そりゃそうだろよ。こんな気まずいまま、あいつの口から聞くこともなくはいさよならってできんのかよ。」

「いや、嫌だけどさ、」

「だったら確かめなくていいのかよ。」

「いや、でもさ、」

「煮え切らねえなぁ!?何が不安なんだよ!」

「…き、嫌いとか言われたら、」

「立ち直れないって?」

「…。」

 その通りだ。

「はぁ、どうせあいつは東京に行っちまう。今更嫌われてたのわかって変わらないだろ。それに、」

 頭をワシワシと撫でられる。

「俺とサー子がいるだろ。大丈夫だよ。」

 にっと笑う。

「こんな田舎だけっどどっか探しゃ、ボーカル、いや、奴の代わりだギターボーカルの一人や二人見つかるだろう!」

「二人は多いでしょ。」

「そんなことはねえ。二人いてもおかしくはねえ。でも、ギター三人は多いな…。」

 ゆっくりとこっちを見る。

「え?まさか…。」

「そんなことはしねえ、よ!」

 ガハハと笑う。本当だろうか。

 そうして昼は終わり、二人に急かされるがまま、屋上でタケヤとお二人っきりにされた。

「「…。」」

 気、気まずい。

「…あ、あのさ、今日の」

「なんかあんだろ?聞きたいこと。」

「え、あ、ああ、」

 余計聞きづらい…けど、みんなが作ってくれた機会、それにこの胸の蟠りを解くには今しかないと思い、口を開いた。

「あ、あの、さ、き、聞いたんだけど…ぼ、僕がタケヤより上手いとかそんなことないと思う。僕はむしろ、タケヤに引っ張ってもらってたし、」

「…は?」

「だから、ぼ、僕に劣等感を感じるならそれは違くて、」

「ちょ、おま、何言って」

「だから、」

「ちょっと、ちょっと待て。え?なんの話?」

「なんの話って…」

 二人で目を合わせて困惑する。

「え、だって僕についてきてほしくないのって…、」

「え?あ、あぁ…そ、その話ねぇ…。」

「タケヤ、僕のこと、嫌いなんじゃ…」

「ち、違う!そう言うわけじゃ…。」

「じゃ、じゃあ、どうして…」

「そ、それは…」

 苦虫を噛んだような顔をして

「嫌いとかじゃないんだ。」

 そう、重い口を開いた。

「き、嫌われるかもしれないのは…俺なんだ。」

「…え?」

「じ、実は、お、俺、」

 息を呑む。

「俺、お、お前がす、す、好き、なん、だ。」

「…ファ?!」

「ずっと、思ってた。ちっさい頃から。でも、ダメなことはわかってた。お前の優しさにも甘えてしまった。お前が一緒に着たいって行ってくれた時は嬉しかったけど…もう、我慢できない。」

 涙を浮かべる。

「俺は、お前が好きだ。だけどお前は“普通”だから、」

「…、」

「…な?気持ち悪いだろ?」

「そ、そんなこと…」

「いいんだ。俺は、“異常者”だから…」

「ち、ちが」

「今日、東京に出る。もう、会うことはない。」

 屋上につながる階段の戸を開きながらいう。

「悪かったな。傷つけるようない言い方して。でもこれだけはわかってくれ。俺は、お前の人生だけは壊したくなかったんだ。」

 閉まっていく扉に、僕は為す術なく彼との隔たりを感じることとなった。


「いやー、まじ、どうしよう。」

「知るかよぉ〜。」

「…まさかそんなに入り組んだ話だとは思わなかった。」

「僕もだよ、」

「で、そうすんだ?」

「どうするって?」

「Yes!って答えたのか?」

「いや、僕は同性愛者じゃないし、それにタケヤは親友で…」

「でもこんな終わりかたで言いわけ?」

「いや、でも…」

「煮え切らねえな!お前はどうしたいんだよ。」

「どう、って…」

 部室で僕を囲うように座る二人にじっと見つめられる。

「…本当にいいの?」

 珍しくサヨちゃんが口を開く。

「お、そうだ、サー子。言ってやれ。」

「…これでもう会えなくなるんだよ?」

「それは、大袈裟じゃ」

「大袈裟じゃない。もし、タケヤが連絡手段、全部絶っちゃったら会う手段がなくなるわけでしょ?」

「ま、まあ…」

「それでいいの?」

「…。」

「親友との別れがそんなんで…」

「言い訳…ないっ!」

 サヨちゃんが腕時計を見る。

「東京に行ける電車は五時発。今は四時半。まだ駅まで間に合う。」

「じゃあ、」

「今から走って、どうしたいか言ってきな!」

 背中を強く叩かれる。

「う、うん。」

「ほれ。」

 鍵を渡される。

「私の自転車貸してやるきに、早く行き。」

「…ありがとう。行ってくる!」

 僕はそうして教室を後にした。


 滑るように階段を降り、駐輪場にあった赤ピンク色のチャリンコに跨り、全力で漕いだ。

 漕いで

 漕いで

 漕いで

 漕いだ。

 あっという間に日は暮れてもうすぐ耳馴染みのあるあの音楽が流れようとしていた時、やっとの思いで駅に着いた。電車は来ている。ほとんどの客が乗り切り、今か今かと発車を待っていた。

 タケヤがどの電車に乗っているかはわからない。だがここで諦めるわけにはいかない。

「ターケーヤー!!」

 チャリを漕ぎながら走る。先頭車両までひたすら叫びながら走った。多くの乗客が何事かと驚いて窓の外に目をやった。恥ずかしくとも、絶対に諦めるわけにはいかなかった。

「ターケヤーー!!」

 先頭まで走り切る。あがった息に鼓動が重なる。窓からの視線は全て僕に向けられていた。その中にタケヤの姿は-なかった。

『発射しまーす。』

 ドアが閉まる音がする。

 荒い息に、冷静な思考が押し寄せる。

 いない、のか?


 冷静になり、発射する電車を眺めたその時。

「…!」

 電車の窓に見たことのある背中がみえる。

「…!!ターケヤー!!!」

 走り始める電車に合わせてもう一度、電車を追いかける。

「タケー!!」

 思いの淵を勢いに乗せて

「ごめーん!好きな気持ちには答えられなーい!!でも!気持ち悪くなんかなーーーーーーーーーーい!!!!」

 君は優しい。

「だから、だから!!」

 とても、

「帰ってきたら、また、セッションしてくれーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 だから

「さよならも、言わない、から…。」






 どうか、傷つかないで欲しい。
























 春休みも終わり、僕らも別々の道を歩み出したとはいえ、時折、近くのスタジオに集まってセッションする。

 手元にはタケヤの好きだった緑のたぬきを三つ並べて。

「やっぱ、天ぷらはカリカリに限るよなぁ。」

「ほんと。」

「ん。」

 サヨがタイマーを見せる。もうあと十秒で三分だ。

「サー子は几帳面だなぁ。」

「ミノルは大雑把よね。」

わりいか。」

 三人で笑い合う。

「あいつも、元気してるかな。」

「…さあね。」

「お前はどう思う?」

 僕は少し考えてから

「きっと、元気だと思う。」

 窓の外を見た。

「あの時、心が通じ合った気がしたんだ。」

 電車を見た時。

「去り際に目があった。気がしたんだ。」

 だからきっと


 この思いは


 きっと。

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サヨナラ、友よ。 純天導孋儸 @ryu_rewitan

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