四冊目 池袋ウエストゲートパーク その二
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東京池袋のアンダーグラウンドなんかでは麻薬危険ドラッグ暴走族カラーギャング不法入国労働者非行少年引ったくり詐欺ヤクザ強盗違法風俗売春なんかってありふれてはいなくとも、聞かない話じゃないんだろうね。
けれどこっち私たちの地元、長野の、ドが付くほどじゃないけどそこそこの田舎なんかではそういう話ってめっきり聞かないんだ。何故かって田舎だから。東京みたいな過密地域ならともかく、こんな田舎でそんなことすればめちゃくちゃ目立っちゃうもんね。木を隠すなら森の中。何か後ろめたいことをやるなら目立たないようにってのは鉄則。
だけど田舎ならではの問題ってのはあるんだ。どんな地域にだって、人が住んでいれば必ずと言っていいくらいに問題が起きる。
住んでいないからこそ起きた問題って言えばいいのかな。
社会問題。近年増え続ける一方。インターネットの片隅、記事の中身までは読んだことがなくても、こんなタイトル文を見かけたことはあるんじゃない?
『高齢化社会、増え続ける空き家!』
人が住むには家がいる。人が住まないなら家はいらない。当然のこと。おじいちゃんおばあちゃんばっかり、とまではいかなくとも若い人がどんどんいなくなるのは、田舎の掟みたいなもの。
人は死ぬ。死ねばいなくなる。
買い手のいない家は放置され、庭には雑草が生い茂る。
家を解体して更地にしてくれるなんて本当に稀で、大抵は放置される。そんな家がいくつもいくつも並ぶんだ、田舎には。
そこに目を付けた奴らがいた。誰かって? ヤクザ? 半グレ? チーマー? カラーギャング? 暴走族? 違うよ。こんな田舎にそんな奴らはいない。
もっとありふれた奴らだよ。
刑事未成年者。なんて、まだまだ言い表すことさえしないかもしれない。
ガキ。
それもまだまだほんの子供と言ってもいい。非行少年なんて呼びもしない年齢の。
こんな田舎にだって子供は生まれるもんさ。
そして、子供は何をしでかすかわからないから怖いんだ。
♪
あの日は雨が降っていた。昨日の夜から降り続いていて、朝方一瞬止んだんだけど、空を覆う薄灰色の塊は一向にどこかに行ってはくれなかった。
十月のしとしととしつこい雨。いっそ台風くらいに激しかったのなら諦めも付くのに。私は昨日の夜からこの雨が酷く恨めしかった。
誰もいないガランとしたリビング。お父さんが日曜にいないのはいつものことで、その日は工場務めのお母さんも朝からいなかった。
「日曜なのに出(で)だーもー。亜以ちゃん大人しくしててね。夕方には帰ってくるからさ」
なんて言っていたことを覚えている。
「見て下さい! 私は今、東京都渋谷駅前に来ています! 大盛況大混雑です! 誰もが思い思いの格好をして楽しむ姿が見えますが、ほら! あちらにもあちらの方にも警察の姿が見えるのが分かるでしょうか! あ! あのすみません、ちょっとよろしいでしょうか?」
テレビだけはずっと騒がしかった。向こうは晴れてるらしい。羨ましい。
リポーターがアニメみたいな格好をした女性二人組に声を掛けている。一人は金髪で一人はなんと緑髪だった。本物ではないだろう。髪のボリュームがあり過ぎて違和感しかない。黒のマントを羽織っていて、その下は水着と見紛うような格好だった。まだ幼かった私にも、その格好がおかしなものであることはよく理解できた。
「えーっと、その格好は?」
「吸血鬼でーす!」
「違うよ、あんたのは吸血鬼じゃないって言ってるじゃん」
「えー? そうだっけ?」
「え、えっと。お二人は今日、どちらから来られたのですか?」
「あたしは千葉でこの子は埼玉でーす!」
「今日がどんな日なのかはもちろんご存知なんですよね?」
「ハロウィンでしょ?」
「ハロウィンがどういうお祭りなのかは?」
「知らない」
きょとんとした顔の二人組。だけど私は知っていた。それがどういうお祭りであるのかを。お母さんから教えられ知っていた。
ハロウィン。十月三十一日。元々は外国のお祭りで、日本にはつい最近伝わった。農作物に悪いことをする霊を追い払ったりするための行事で、この日は霊を追い払うためにお化けの格好をすると。そうして、お化けの格好で近所のお家をまわって「トリック・オア・トリート」お菓子あげなきゃイタズラするぞと唱えて練り歩く。大人たちは用意していたお菓子を仮装した子供にあげる。なんてお母さんがスマホを見ながら喋ってた。
お母さんは自分が答えられないことがあると、スマホで調べてから答えてくれる。私はまだまだスマホに触っちゃいけなかった。
だから私は子供の頃、わからないことがあったらまず訊いた。色んなことを教えてもらったものだ。お母さんからすれば、少し面倒な子供だったろう。
「私もこれやりたいなあ」
テレビでやってたハロウィンの事前特集を見て零したら、お母さんはどこかからでっかいオレンジ色の物体を持ってきた。私はお母さんどこ行ったんだろうなんて思っていたっけ。三十分後、目の前にオレンジ色の大きいカボチャが現れた。お願いなんてしたつもりなかったからそのときはびっくりすると同時に凄く嬉しかった。
たぶん時期的にスーパーに置いていたんだろう。ハロウィンだけの短期間。行って本当に買ってきたらしい。普通なら流すところだと思うんだけど、日曜出勤のことがあったからお母さんはその罪滅ぼしのつもりだったんだろうな。今思えばね。
そうして、お母さんと二人で苦戦しながらジャック・オー・ランタンを作った。私の頭がすっぽりと収まるサイズのそのカボチャ。被ってみると中はやっぱり湿っているし、重たすぎて倒れそうにもなるし、当然のように視界は狭い。形も悪くて左右対称じゃない。その上、私の開けた右目の大きな穴と、お母さんの開けた左目の小さな穴、サイズがてんでばらばらで格好悪かった。
だけど、私はその出来映えに大満足していた。
カボチャを被り、お弁当を包むための紫一色の風呂敷をどこかから引っ張ってきてマントみたいにして家の中を駆け回った。
その姿を見てお母さんが笑う。私もそんなお母さんの顔が嬉しくなってさらに笑う。満足してくれたとお母さんは安心していただろう。
けど違った。
心の中に、ふつふつと湧いてくる気持ちがあった。
やってみたくなってしまった。ハロウィンを。本当に。
近所の家をまわって、お菓子を袋いっぱいにもらって。そんな楽しそうなお祭り、自分もやってみたくなるに決まってるよね。
こんな物を作っちゃったらさ。
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