四冊目 池袋ウエストゲートパーク その三
♪
私の家は変な場所にあった。もちろん今でもそうだよ。
同じ田舎でもこうも変な場所に建てる家もないだろうってくらいに辺鄙な場所。山のてっぺんの開けた平らな土地。そこに長野だったら軽井沢などにはいっぱいありそうなログハウスがぽつんと建っている。
どうして軽井沢のような観光地でもないのに、こんな丸太作りの別荘みたいなお家を建てたのかと言えば、お父さんが都会育ちでこういう暮らしに憧れていてこじらせちゃった結果らしい。テレビでもたまーに見るよね、そういう人。大変恥ずかしいことに私のお父さんはそんな人なのです。
静かなところがよかったんだとか。まあ分かるよ。でもその代わりに、虫や鳥や動物の鳴き声はうるさいけどね。都会の喧騒とどっちの方がマシなんだろう。
こんな場所だからってのもあり、私は友達に飢えていた。
遊ぶ相手がいない。同年代の子供と遊ぼうにも、ご近所さん事態がいないのだ。人様の家は山の下にあった。いくら無邪気な子供だって、こんな雑木林があるばかりの何の見どころもない丘みたいな山に上がってきてくれるはずがないってのは、子供の私にだって分かっていた。
絵本を読むのも飽きてきた。
そして、私の手元には、話のネタくらいにはなりそうな大きいカボチャの被り物があった。
「みんな遊んでくれるかな」
カボチャを被って家を出た。
♪
将来的に私が通うことになる小学校中学校は山の北側にあった。街に近いのは西側の道で、そちらは少し遠いけど、下りればすぐに学区の違う別の小学校があった。
山は学区の区分け的にもちょうど境目になっていたのだ。
私がこれから出会う子たちとも、遊んだのはその時の一回だけで自然と途絶えてしまう。
……まあ、大分危うい子たちだったから、後々の影響を考えれば途絶えて正解だったんだけど……。
ともかく。
街、それからすぐそこには小学校、ということでお父さんお母さんと一緒に車でお出かけする際には車の窓からたくさんの子供たちの姿を見られるのだ。
羨ましかった。
私はそちらに行ってみようと思った。
見慣れている分、恐怖が少なかった。一人で山を下りるのは初めてだったけど、なんとなく行けるんじゃないかと思っていた。
ゴー。
「ふ、くっ、わ、わあっ」
補助輪付きの自転車で山道を一気に駆け下りる。気持ちいいなんて思いもしない。恐怖しかない。前がよく見えなくてカボチャを脱いじゃいたいけど、脱いだら脱いだで置いてくしかなくなる。カゴなんてなかった。時折片手でカボチャを直しながら私は猛スピードで山道を快走した。三回くらいはずっこけたんじゃないかな。カボチャだけは傷付けないように、体で転がって半泣きで。
♪
ごくりと唾を飲み込む。
辺りには誰もいなかった。ように見えただけかも? なにせ視界が狭いのもあって目の前のことしかわからない。しとしとと降り注ぐ雨は止んでいた。
上と下で天気が違うんだ! ただの時間経過でしかないかもしれないのに、そのとき私は自分の家が少し嫌になった。
私が立っている場所は、山の麓にある小学校グラウンド近くの道だった。ほんの少し、八十メートルくらい進むと、何十年も前に潰れたパチンコ屋があって、それよりは後に潰れたらしいスーパーがあった。近年ようやくドラッグストアに改装されたらしいのだが、このときはまだシャッターが閉まったまま。広い駐車スペースには一台も車が停まっていなかった。
この付近、五十年以上も昔だけど電車の駅があったらしい。廃線になって今は欠片も跡は残っていない。
さらに進んだ先に住宅街があった。
住宅街、と言っても家が左右に五六軒並んでいるだけの場所だ。車一台やっと通れるかどうかって道を挟んで家が並んでいる。道路は凄く急。十度くらいはあったんじゃないか。もっとか。道はところどころひび割れていて隙間からは雑草が生えていた。
私はその中の一つ、青いトタン屋根の一階建ての建物を、石柱の影から覗き込んだ。
石柱の表札部分には何もなかった。以前は表札が嵌められていたようだが外されたらしい。
門の内側には石畳、それと雑草が茂っているけれど、踏み荒らされたような跡があった。人は出入りしているらしい。右を見てみると、石塀に囲まれた狭い庭と小さな縁側。庭に出るための大きな窓。左側は柊の葉に一面覆われている。先に行けないように、先端が矢印みたいに尖った柵で塞がれていた。
この家にしよう。そう思った。
もっと先に行けばちゃんとした家はいっぱいある。だけど当時、どうしてまずこんな廃屋みたいな家でトリック・オア・トリートをしようとしたかと言えば、まだ私の中に躊躇いがあっから。
実際に人が出て来たら怖い、的な。
一二軒やってみて、誰も出て来ないのもまたそれでいい、むしろそっちの方がいい、ちょっとした冒険くらいの気持ちで満足。友だちは今度にしてもいい。この格好で歩き回れただけでいい。
今なら言える。いざとなって臆したんだね、私。
けれど。
「いい? 徹底的にやってやるわ。完膚なきまでよ」
「でもぉ、これはやり過ぎだってぇ」
「うるさい。黙ってなさい」
「ごめん……」
「いちいち謝んないで。面倒くさいわね。ほら、これちゃんと持ってて。さっさと。グズ!」
「まあまあ。あ。あたしはあの子が泣くの見たいからやるけどね」
「だから大丈夫だって。この辺人いないから! それと!
あの子はわたしに似て負けず嫌いだから絶対に泣かない」
「?」
首を傾げた。子供たちの声がする。三人いる。たぶん。
直前まであった不安が消し飛んだ。ぴょこんと私は門の内側に飛び込む。かぼちゃのズレを直してもう一度左右を見渡し、誰もいないことを確認する。すりガラスの玄関引き戸が少し開いてる。声はそこから聞こえていた。真上には玄関チャイムがあった。私は背伸びしてボタンを押してみた。
ぴんぽーん、
音が鳴った。
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