三冊目 偽物語 その一

「争いは無益ね。そうは思わない?」


 ぽつり、と、いつもなら私の正面右側に座っている姉が零した。

「亜以知ってた? お姉ちゃんってね。自分が負けたり負けそうになったり、不利になることがあると、ああやって、議論を違う方向に持っていったり誤魔化そうとしたりするんだよ? 認めようとしないの――自らの敗北を」

 それを受けて煽るように返したのは、いつもなら私の正面左側に座っている妹だ。

 ……自らの敗北って。

 聞こえているだろうに、完璧妹を無視し姉は喋り続ける。

「今回亜以の小説を読んだことで確信したわ。争いは何も生み出さない。何かと何かに優劣を付けることなど無意味であって、やってはならないことだと。戦争はお金を生む。無益どころか有益ではないかという意見もあるかもしれない。いいえ。確実にそういう向きはあるでしょう。残念だけど、世界はまだまだ争いに満ちている。けどね? そこには必ず犠牲が付き纏うの。プラスマイナスで見たらゼロになるどころかマイナスなのよ。やられた方は、やられてきたことを帳消しにはできないの。そんな風には決して思えない。残された人の気持ちや、そこに掛かった多大な犠牲を考えれば、同じ人類同士でいがみ合って傷付け合って、まして殺し合うなんて絶対にしてはならないことで――」

「鎖鎌がなんか喋ってるんだけど。超ウケる」

「殺す」

 間に私を挟んで姉妹喧嘩が勃発しようとしていた。

 架空の小説内における争いが、また新たな争いを生み出そうとしていた。

 たった今自分が喋っていたことはどうした。

「はあ……」

 ため息一つ。なんて煽り耐性の低いお姉ちゃんだろう。


 いつもの教室を離れ、私たちは今中庭でお昼を食べていた。大した理由などない。暖かくて気持ちが良さそうだったから。これに尽きる。

 春とはいえ、一日二日前はまだまだ肌寒さを感じさせていたが、今日は朝からとっても暖かかった。こうも暖かいと外に出たくなるというもの。男子みたいに外で駈けてスポーツに興じたい、とまでは思わないが、たまにはお昼をお外で食べるくらいはしてみても良いかもしれない。そう思い、いつもの三人で、いつものように、こうして中庭でお弁当を食べていた。

 学校にもよるだろうが、我が校では一年生が一階、二年生が二階、三年生が三階という風に別けられており、三年生は屋上を占領出来る代わりに、一年生はこうして中庭を占領出来るという特権があった。二年生? 二年生には何もない。

 そこそこ大きい学校なため、校舎もそれなりに大きく、中庭もそれと相まってそこそこ広い。

 緑敷き詰められた芝生、小高い丘――とまではいかないちょっとした土の盛り上がり、八の字を描く小さな池、まだ若干花びら残る三本の桜の木、それら全体を取り囲むようにして、色違いの茶色の煉瓦の路がぐるりと中庭を一周している。

 その一角、公園などでよく見かける屋根付きの東屋があった……が、そこはすでに別グループのカースト上位種、ギャル三人衆に占領されていた。そのため私たち三人は中庭のど真ん中の、非常に目立つ位置に設えられている小さなベンチに三人並んで腰掛けていた。

 普通サイズのベンチである。公園にあるような焦げ茶の木製のやつ。田舎のバス停などに並んでるような、青いパッキパキに割れたベンチよりはいくぶん高級そうなベンチ。

 真ん中私・右姉・左妹・結果超狭い。

 ぐるりと囲まれた校舎から無数の視線を受けている気がする。自意識過剰かもしれないけれど。位置がね。寄贈した平成二十五年度卒業生一同にもうちょい他の位置は無かったのかと問い詰めたい。

 変人集団はこういう辺鄙な場所しか身の置き場がないのだろうか。入学してまだ一月も経過していないのに、私たち三人は周りから変人集団認識。たぶん、両隣に座るこの姉妹のせいだろう。私、関係ない。

「納得いかないわ」

「何が?」

「どうして鎖鎌が斧に負けるの? 遠中近距離対応出来る最強の武器なのに」

 言うほど遠距離か?

 姉は納得いかなそうにカレーをもぐもぐと咀嚼している。……スプーン持ってきたんだね。そぼろのときに持ってこいよ。

 それにしてもカレーかあ。夕飯の残り? 教室で食べなくて正解だったかな。匂い的に。

「結構面白かった! やっぱり熱いバトル読むと血圧上がるよね!」

「ありがとう。そのままぽっくりいかないでね」

 普通テンション上がるとか単純にアガるとか言わない? 血圧上がったら駄目でしょう。

 妹の方は珍しくお弁当を持ってきていた。いつもコンビニ弁当なのに。まあ、コンビニ弁当って塩分高めだしね。あんまり多用しちゃ駄目よ。

 お姉ちゃんに用意してもらったのかな? なんだかんだ言って仲の良い姉妹である。って思って蓋を開けばまさかのシチュー。白い器に盛られた白米に白いクリームシチュー。うーん、あんまり食欲唆られないな。この双子姉妹のご家庭はカレーとシチューが同時に出るんだろうか。そんなご家庭ある?

 まあ、スルーするとして。

 いちいちツッコんでたらきりがない。

「鎖鎌の遠距離って、あの分胴が届く距離のこと言ってんでしょ?」

「そうよ」

 鎖鎌。

 草刈り用の鎌に長い鎖を付け、その先端に小さな分胴を付けた武器。主に帯刀を許されない農民なんかが使ったとされる。

 鎖を回転させて勢いそのまま分胴を相手にぶつけたり、相手の武器を落としたり、腕に巻きつけ動きを封じたりする。もちろん近付けば鎌である。農耕器具とはいえ刃物。触れれば切れる。超痛い。

 一応書くに当たって調べたのだ。下調べはしなさいって言われてたし。かと言って、一週間という期限は調べるにしても短過ぎる。私自身、鎖鎌を扱った話なんて読んだことも無かった。バトルロワイヤルで鎌は強キャラだったけど、あれは普通の鎌だ。何かないかなーって思ってネットで検索している内にヒットしたのが、達人同士の鎖鎌演舞。鎖鎌対刀みたいなことを真剣にやってる人たちがいたのだ。面白いことに。ネット上で動画で見れた。みんなも見ればいいと思う。

 それを見て思ったことは――。

「鎖分胴を使って相手に攻撃する場合、まず鎖を回転させるでしょ? それを相手にぶつける。分胴の重さに加わって遠心力まで加算されているんだから当然痛いよね。それは分かる。けれど、相手との距離が遠ければ遠くなるほど、回転の際の円の直径は大きくなるわけでしょ? アクションゲームなんかでもあるけど、回転してる攻撃って隙ができやすいよね? こっちもタイミング図れるもん。直径も大きくなれば、その分一周に掛かる時間は多くなるでしょ? 当然開けた場所じゃないとそんなに大きく回転させられないから言うほど遠距離に強いと思えなかったんだよねってのが一つ。

 二つ目。じゃあ中距離はどうなのかなって思ったんだけど――まあ、これは遠距離にも言えるんだけど――あの分胴、当たればそりゃあ痛いと思うんだけど、致命傷に成り得るかなあ? ぶつけられればそりゃあ痛いと思うよ? 武器を落としちゃうとかだってあるかもしんないよ? けど、相対して分胴が回転しているのをパッと見れば、そういう攻撃だって知れるじゃん? あれに当たったらマズいぞって。でもね? 当たったら致命傷になりそうな頭を腕で庇って突っ込んでいけばどうとでもなるんじゃないかなあ? 相手に近づくくらいはさ。

 んで。三つ目。近距離だっけ? まあ鎌だもんね。そりゃあ切れるよ。けどさ。言って草刈り用の鎌だよ? あの形状、冷静に考えなくても相手を攻撃するには向いてなくない? 切れ味だって刀や斧なんかよりは数段劣るだろうし」

「相手の……腕に……鎖を巻きつけて……」

 読んだだろうに。ミキミキは私が書いた内容を知りながらもそう言った。

 どうしたのだろう? いつもより元気がない。

 いいや。気にせず続けることにしよう。

「達人じゃないんだからさ? ね? 分かるよね? 頭良いんだからさ? 素人の女子高生がいきなり持ったこともない鎖鎌なんて渡されてそんな高度な真似出来るとも思えなくない? 仮によ? 出来たとしてもさ? 相手は斧持ってるわけじゃん? 鎖鎌使いと斧使いね? モデルとしたのはあなたたち双子の二人だよね? そう言われたよね? 覚えてるよね? 自分で言ったんだからさ? 言ったことは覚えてるよね? ね? でさ? 当然膂力は一緒だよね? 二人とも運動能力一緒だもんね? 腕に鎖巻きつけられて引っ張り合いになったって互角でしょ? 状況、大して変わらないよね? ていうか、相手、斧持ってるんだよ? むしろ近づいて来られたら困るでしょ? 普通に考えてみてよ? え? 武器を落としに掛かる? もう一度言うけどさ? そんな高度な真似できると思ってるの? 素人の女子高生にさ? 片腕に鎖巻きつけられたってもう片方の腕で斧握ればよくない? 持ち替えればそれで済む話じゃない? 私もあれから斧気になって調べたんだけどさ? そんな両腕じゃなきゃ持てない斧の方が珍しいくらいだったよ? 片腕だって振るうくらいは出来るよ? ミキの言ったように頭パカーンなんて狙い通りにはいかないだろうけどさ? ミキミキの言ったように木に刺さったり土にめり込んだりなんてことがあるかもしれないけどさ? 近くで振るわれてみてよ? 外す方が難しいよね? 斧なんて振るわれたらそれだけで致命傷だよね?

 鎖鎌と違って」

「ふっ……くっ……うっ……うっ……」

 ……あれ? おかしいな。隣から何やら吐息混じりのおかしな声が聞こえるぞ?

 いいや。気にせず続けることにしよう。

「だからね? 鎖鎌最強説とか遠中近対応の最強の武器とかなんとかわけわかんないこと言ってたけどさ? とてもじゃないけど、私にはそうは思えなかったのよ。まあ、格好いいとは思うよ? 鎌に鎖って。あはは。少年少女? っていうかむしろ中二病? そういう病気の人が好みそうな武器じゃん? でもね? やっぱり所詮は農耕器具だよ。草刈り用の鎌だよ。私にはね。どう考えても互角の能力を持つ者同士が相対し、持ってる武器が斧と鎖鎌だった場合、百戦中九十戦くらいは斧が勝っちゃうんじゃないかなあって、書いた小説では順当に鎖鎌に負けてもらったわけなんだけど――」

「亜以ストップ」

「え?」

 気持ちよく語っていたら待ったを掛けられた。

 なかなか自分の小説の解説をする機会なんてない私である。気持ちよくって仕方がなかった。これからさらにイフとして、フィールド別に戦った場合においても、如何にして鎖鎌が負けるのかを懇切丁寧に解説しようと思っていたのに。なんで途中で止めたの。

「って、泣いてる!?」

「気づくのが遅いよ、亜以」

「いや、止めるのが遅いよ、ミキ」

 横を見ればミキミキが泣いていた。わーんって泣いてくれるならまだしも、さめざめと頬に伝った涙を拭うように泣いていたから気が付かなかった。この姉ならば嘘泣きの可能性だってあるかもしれないと一瞬頭をよぎるが、見た感じガチ泣きだった。

「ど、どうしたの? どうして泣いてるの?」

「本当に人の感情が理解できないサイコパスだったの? 違うよ。今、長々語っていた解説で鎖鎌がボロクソに言われたから泣いてるんだよ。そりゃあ泣くよね。あんなクエスチョンマーク連発でいびられたら。会議で上司に延々詰めらてれる新入社員見てる気分だった」

 具体例がピンポイント過ぎる。

 そうだったっけ? 自分じゃ気付かないもんである。

 そう思ったんなら早く止めてくれればよかったのに。

「……ひっく……ひっく……」

「ごめんね? ごめんね? ごめんね? 調べたんだよ? 真剣に。でも調べたからこその評価っていうか――」

 おろおろするしかない私に対して、ミキミキはぐっと涙を拭った。そうして正面を見据え、決然とした瞳で言った。


「日本鎖鎌連盟の総力を持ってあなたを潰すわ」

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