第五章 新米冒険者と冒険者の街 3

「なんだよ突然。魔獣退治? そんな事急に言われても状況がいまいち呑み込めないんだが。そもそも情報屋がなんで魔獣退治の依頼なんかを僕に頼むんだよ」


 突然話掛けて来て早々に魔獣退治の仕事を持ちかけて来た緑髪の男。キールなんて名乗るそいつに、何か良からぬ企みを持って話掛けて来ているんじゃないかと疑いの眼差しを向ける。


「ライドさん。心配せずとも貴方の敵に成るような真似はしませんよ。私めの目的は、むしろその逆で貴方の力に成りたいと考えているのです。ですから、いえ。だからこそ、今回貴方に魔物退治の仕事を依頼しに来たのですから」


 キールはまるで、私は貴方の敵じゃ無いですよとでも言いたげな腰の低い態度でそう口にして来る。そして、そんなキールの言葉に続いてアクトが口を開いた。


「ライド、キールさんは良い人だよ。だからそんなに怖い顔をして睨まないでくれ。この人はライドにとっても恩人なんだからさ」


「アクトさん。別に私はそれ程大層な事はして居ませんよ」


「恩人? どういう事だ」さっき目が覚めたばかりで全然状況を把握出来ていない。けど、アクトが良い人と言うなら取り敢えず戦闘に成る事は無いか。


 一旦深呼吸をして冷静に成り、頭に浮かべていた生成するつもりの武器をイメージする事をやめ、キールに向けていた疑いの眼差しを外す。


「キールさんは、ライドとドジソンが殴り合った後の壊れたテーブルや椅子。それに他の客達の料理代全部を変わりに払ってくれたんだよ。ケチなドジソンは絶対に金を払おうとしないから、この人がいなかったら俺達、今頃借金塗れだったんだぜ」


 借金塗れ……そんな事に成っていたら、クレアを匿うどころじゃ無くなっていただろうな。確かにそれは恩人と言っても良いのかもしれないけど、でも初対面の相手に借金の肩代わりなんてことをするなんて怪しくないか? 


 だが、助けて貰った手前断るのも色々と問題に成りそうだしな。この街では、余り目立たない様にするってレイナとの約束をしていたのだ。今日の殴り合いで少し目立ってしまったと思うし、これ以上悪目立ち方をしない為には、依頼を受けた方が良いのか?


「……そうか、それは助かった。ありがとうございます」取り敢えず先に礼を言う方が先かと思い、軽く頭を下げて出来るだけ丁寧に礼の言葉を述べる。


「そう畏まらないで下さい。何も私めは只の善意だけで君達を助けた訳でも無いのですから」キールは僕に頭を上げる様に身振り手振りで促しながらそう口にした後、懐から一枚の紙を取り出して見せた。


「先程も申しましたが、私めは貴方にこの依頼を受けて頂きたいのですよ。それなのに借金を背負われていられると困るのです。貴方には是非とも我らの英雄に成って頂きたいのですから」


 そんな引っ掛かりを覚えさせる言葉を聞かされながら渡された紙には、依頼の詳細な内容が書かれていた。討伐対象は、サラマンダー。炎を纏うトカゲの様な生物とか言われて居る奴だ。確か前に博士が精霊の一種とか言っていたっけか。


「サラマンダーって精霊じゃ無かったのか?」


「少なくとも我々にとっては、脅威的な存在である事には違いありません。例えそれが精霊で在っても脅威にしか成り得ないので在れば魔物と同じ、言葉が通じぬ以上は排除するしか無いでしょう」


 通常魔物には下位種か上位種のどちらかに区分される。区分の境界線はその魔物の知能に依存し、知能が高い魔物で在れば上位種。知能が低い魔物で在れ下位種と言ったように別けられ、冒険者組合は魔物の脅威度別にランク付けを行い適正ランクの依頼を登録した冒険者に依頼として受けさせる事で、犠牲を減らす様な制度を敷いて居る。


 だが、精霊と魔物はまったく別の種族に該当する。当然魔物の様に上位種や下位種と言った様な区別はされておらず、どれ程の脅威なのかを判断しかねるのだ。


 竜種等の分かり易く人類よりも強い生物ならば、ある程度の戦略も立て易いと言うものだが、精霊の力は未知数。中には同種で在っても個体別に大きく力の差があるものも居ると聞く。


 そんな生物を狩れと、目の前に居る緑髪の男は言っているのだ。幾ら借金を肩代わりして貰った恩人とは言え、二つ返事で受けられる様な内容の依頼では無い。


 クレアを守ると約束した以上、そう簡単に命を投げ出す様な真似をする気にも成らないし、どう断ったものかと思案しているとアクトが横から口を挟んで来た。


「ライド。この依頼絶対に受けた方が良いと思うぞ。だってこの依頼を達成出来れば、態々初心者用の依頼を受けなくても正式登録出来るだけの実績を作れるんだ。冒険者に成りたての内に指名の依頼なんて早々来る事なんて無いんだから受けるべきだって」


「正式登録? なんだそれ」


「? 受付で説明されたんじゃ無いのか。ライドはまだ仮登録しているだけだって」


「仮登録って事は、正式な冒険者になるには条件があるのか? そんなの一言も聞いて無いんだけど」


 アクトと僕は互いの顔を見て、お互いに疑問を浮かべた様な表情をする。


「おや。どうやら依頼の話に移る前に冒険者の登録制度について話す必要があるようですね。丁度そこの部屋を借りている別けですし、此処は一度そちらで食事でもしながら情報の補完でもしませんか」


 キールの言葉を耳にしてふと、窓の外を見るともう既に日が落ちている事にようやく気付く。そう言えば、街に入ってから食事を取ろうと予定していたのに、まだ何も口にして無かったんだった。そう考えていると、思い出したかの様に腹の音が成る。


「急いで食事を用意した方が良さそうですね」僕の腹の音を聞いたキールは、そんな事を言って下の階に降りて行く。


「ライド。幾らお腹が空いているからって、腹の音で返事するのはどうかと思うぞ」アクトが呆れた様な視線を向けて来る。


「仕方が無いじゃないか。今日はまだ全然食べて無いんだからさ。ってクレアまでそんな目で見ないでくれよ。何だか悲しくなって来るじゃないか」


 アクトを真似してか、まるで食いしん坊でも見て来る様な眼差しを向けて来るクレアの視線に若干傷ついていると、下の階に降りて居たキールが戻って来た。


「おや、ライドさん何か有ったのですか? そんなに顔を赤くして」


「な、何でも無いから、気にしないでくれ」


「そうですか。まぁそれはともかく、食事を後で持ってこさせる様に頼んで置きましたので、部屋で待っていましょう」キールはそう口にすると、先程まで僕が寝かされていた部屋に入って行く。


 アクトは既にキールの事を信頼して居るのか、彼を怪しむ事もせずにノコノコと後に付いて部屋に入った。反面、今だキールの事を怪しむ僕は、食事が出来ると言う喜びの感情を抑え付けながら、後に続き部屋に入るのを躊躇する。


 そんな僕の手をクレアがクイクイと引っ張って部屋へ入る様に促して来た。クレアの手を掃う気にも成れず、そのまま引っ張られる様にして部屋に入れられる。


 部屋の中では、目が覚めた時に部屋の片隅に避けられていた机と椅子を並べ直されて居り、人数分の椅子を確保したキールとアクトが先に座っていた。クレアも部屋に入る成りすぐに、引っ張っていた僕の手を離して並べられた椅子に座り、ぽんぽんと残りの椅子を軽く叩きながら僕にそこへ座れと促す。


「さて。食事が来るまでの間に、冒険者組合の登録制度に付いての説明をさせて頂きたいのですが、よろしいですか」


「まぁ、話を聞くだけなら」


 席に着いて早々に話を切り出すキールにそう言葉を返すと、キールはコホンと咳払いをした後、冒険者になる為に必要な手順、仮登録制度とそれが必要な理由。ついでに冒険者のランク制度についても丁寧に説明してくれた。


「えっと、つまり冒険者に成るには無駄死にする犠牲者を減らす為に作られたのが仮登録制度とランク制度で、冒険者に成るならこの制度に従って活動を行う事が義務付けられていると」


「えぇ、その通りですよ」確認の為に聞いた内容をまとめて口にすると、キールは微笑んでそう答える。


「それは解った。でも、じゃあなんで僕にはその説明がされなかったんだ。組合所属の人間全てが制度を絶対厳守しなければ成らないと言うなら、登録をしようと言う者にも制度についての説明をする必要が有るもの何じゃ無いのか」


 キールが話した冒険者組合の制度についての内容には、冒険者に必ずこれらの説明をしなければ成らないと言った内容の事は一言も発していなかった。つまり、組合の職員が僕の様に新しく冒険者に登録を望む者に説明をしなければ成らないと言った決まりそのものは無いのだろう。


 だが、それでは仮登録制度について知らない新米の冒険者は、正式登録をする必要があること事態を知らずに仮登録期間を無為に過ごして仕舞い兼ねないのでは無いのだろうか。

そうなっては、新規の冒険者が増えなく成ってしまうだろう。


 だが、先程アクトは僕に仮登録制度について受付で説明を受けて無いのか? と尋ねて来た。つまり、アクトは冒険者に登録する際に僕と違い事前の説明をされていると言う事だよな。……あれ、頭が混乱して来た。だったらなんで僕の時は? 


 そうした疑問から来た言葉をキールに投げかけると、キールは何故かアクトの方へ視線を向けた後に困った様な表情を作って見せる。


「それはきっと、ライドさんを担当した受付の職員が説明をする事を忘れてしまって居たのでしょう。最近は不景気に続き事務仕事も忙しく成って居ると聞きますから、うっかり忘れてしまう事も有ったのですよきっと」


 キールは一瞬戸惑った様な表情を見せた後にそう口にして会話を切り上げる。その様子と言葉に少し違和感を感じて、本当に忘れていただけなのかと問いただそうとしたその時だった。


 コンコンコン。木製の扉を外からノックして来る音が聞こえて来る。


「キール様。ご注文の御品をお持ち致しました」


「扉は開いているから中に運んでくれ」扉越しに聞こえた丁寧なその声にキールがそう返すと、少しして扉が開き美味しそうな料理の匂いが部屋中に漂って来た。


 食料を運ぶワゴンに乗せられた料理の数々は一つ一つどれもが彩り豊かで、その殆ど全てが見た事も無い様な料理ばかりだったが、匂いだけで涎が出そうに成る程にまで食欲がそそられる。


 最早先程キールに何を言いかけたのかさえ忘れて、テーブルに置かれて行く料理達を待てと言われた忠犬の如く、涎を啜りながら見守る。


 街に住んで居る人々はこんな豪華な食事を毎日食べているのかと思いったのだが、まるで在り得ないものを見ているかの様に驚いて居る隣に座るアクトの様子を見るとそうでも無いらしい。


 しかし、これ程にまで豪華だと金額が心配に成るな。今の手持ち全で足りるのだろうか。そう言った不安が頭に過るものの、空腹と目の前に有る料理の前では全てがどうでもよく思えて来る。数分も掛けずにテーブルに全ての料理が並べられたというのに、随分と長い時間待たされたような錯覚を憶えていた。そしてようやく待ちに待ったその時が訪れる。


「それでは、食事にしましょうか」キールのその言葉を合図に遂に空腹感を抑える事を止めて、手を合わせる事もせずに片っ端から料理に手を付け始めた。


 手始めに口に入れたのは黄色く四角に切り分けられた謎の物体。茶色や緑に白といった他の料理の中に有る黄色一色のそれはどの料理よりも目を引く。


 皿に盛られてテーブルに置かれたと言う事は一応食べ物では有る筈だけど、匂いだけでも美味しいと思える他の料理と違って匂いのしないその料理は僕にとってまったくの未知だった。


 一応、クレアも口にする以上は毒が無いか調べる必要も有るからな。結局はクレアよりも先に全部毒味を終わらせるつもりでは有るが、匂いがしない料理なんて怪しすぎるので最初に食べた訳だ。


 そしたらどうだ、凄く美味かった。アクトの作る真っ黒な料理も中々だったが、食感がわかり易い分こっちの方が断然美味い。外はサクサク、中はふわふわ、更にはふわふわの中に隠れている小さな粒がプチプチとして、こう、何というか、食べているって感じがして楽しかったぞ。


 食事でこんなにも楽しいと思えるなんて、そんな驚きを感じつつ次々と料理を口に運んで行く。


 デカデカとテーブルの真ん中に置かれた鳥類のもも肉、緑色の葉野菜や根菜のサラダ、肉や芋が入ったシチューに白いパン。


 どれもが見た事も無い食材だが、そのどれもが恐らく通常では食べる事も出来ないであろう高品質の食べる為だけに用意された家畜か何かの食材を使われているのだろう。


 森で狩りをしたり、安い増産出来るような食材ばかりを食べて来た自分が少し惨めに感じてしまう程にまでの美味しい料理がこれでもかと言う程にテーブル一杯に並べられていた。


 一通りを口にして毒が無さそうな事を確かめた後、どれを食べるか迷っている様子のクレアに最初に食べた黄色い四角の料理を取り分ける。


「これは中々に食べてて楽しいぞ」そう口にして、クレアに食べるように促す。


 クレアも僕と同じ様に今、目の前にあるこれらの料理を食べた事も見た事も無いらしく物珍しそうな目で、じっと料理を見た後に恐る恐る口へと運び入れた。


 クレアが、はむっと口にした料理を噛む。その瞬間、パッとクレアの表情が明るく成った。目をキラキラと光らせ、驚いた顔をしてこちらを見て来る。もぐもぐと食感を楽しむ様に咀嚼を繰り返すクレアの顔は、口を動かす度に新しい発見でも有ったかの様に明るく成って行く。


 頬っぺたが落ちそうとでも表現するかの様に両手で頬を抑える姿は、愛くるしく増々食欲がそそられるというもの。だから僕は、クレアを出来るだけ見ない様にして料理を運んで腹を満たして行く。


 食事を始めてから十分と経たずにテーブルの上に並べられた料理を全て平らげた終えた所で、対面に座っていたアクトがお腹をさすりながら「こんな美味い料理始めて食べたぜ」なんて満足そうな顔をしながら言う。


「喜んで頂けて何よりです」満足そうな顔をするアクトとクレアの様子を見ながらキールがそう言った後こちらを見る。すると少し驚いた様子様な表情を浮かべて「もしかして足りなかったですか?」なんて聞いて来た。


「いや、大丈夫だ。空腹感は無くなったよ」別に無理をしている訳でも無く、正直にそう口にする。だが、態々キールにそんな事を尋ねられたって事は、物足りなそうな顔でもしていたのだろうか。まぁ、それはともかくとしてだ。


「ところで、これっていくらするんだ」食事を取った事で、ようやく空腹が収まると同時に落ち着きを取り戻した際、最初に思い浮かんだ事は路銀の心配だった。料理が盛られていた皿を指差して、値段を尋ねる。


 すると、キールは微笑んで「料金なんて取りませんよ。貴方が私めの依頼を受けて頂けるのでしたら安い買い物ですから」なんて言って来た。


「まだ依頼を受けるなんて言って無いんだが」僕がそう口にすると、キールはさっと手を上げて料理を運んで来た料理人を呼び寄せる。そして、料理人に何かを指示したかと思うと、その料理人が僕に紙切れの様なものを僕に差し出す。


 差し出された紙切れには、料理の代金と思われる金額が書かれている。それは今まで見た事も、手にした事も無いような莫大な金額。はっきり言って、今の自分には到底払える様な額では無かった。


「依頼を受けて下さらないのでしたら、払って頂く事に成りますが」キールは相変わらず微笑んだまま、そんな恐ろしい事を口にする。


 幾ら空腹だったとしても、見ず知らずの他人に差し出されたものなんて食べるんじゃ無かったなと、少し前の浅慮な自分を責めながら、渋々依頼を受ける事を承諾するのだった。


 食器が片付いた後にキールの口から依頼の詳細を聞かされる。そして話が終えた頃には、クレアがうとうととする様な時間と成っており、明日の朝に再び合流しようと言う事に成った。キールとは組合所前で別れ、アクトの紹介で安く泊まれる宿に案内して貰う。


「すまないな。こんな時間まで付き合わせちゃって」


「気にするなよライド。困ってる友達を助けるなんて当然の事なんだしさ」


「友達……」


「ライド?」


「あぁ、いや。何でもないよ。それじゃあ、また明日な」


 少し首を傾げているアクトにそう答えて、宿の部屋へと入る。それにしても、まさか僕の事を友達なんて呼ぶような奴と出会うなんて、工房に居た時には思いもしなかったな。


 もう既に寝入ってしまったクレアを宿部屋のベッドに寝かせた後、久々に鞄に入れていた博士の手帳を取り出す。


 暗い部屋の中、窓辺から差す星明かりを頼りに手帳のページをめくって行き、生前の博士が書き残していたページに書かれた文字を読み上げる。


「変えたければまず知る事」その言葉は、かつて博士が師から教わった言葉だそうだ。この言葉を聞いた当初の博士はこの世界についてまったくの無知だった。だからこそ、博士の師は理想の世界を目指すので有れば先ず今の世界を見て回れと伝える為に、この言葉を残したと手帳には書かれている。


 手帳には更に師の言葉を心に留め、旅に出る事で実際に今の世界を知った博士の言葉が綴られているのだが。まぁそれは今、読み返す必要も無いだろう。


 今の僕にとって重要なのは過去に博士が知った事実じゃなくて、今の僕自身が身を持って知った事実こそが大事なのだ。


 博士が目指した理想郷、人と怪物が手を取り合える様な世界。博士が叶えられなかったそんな夢物語の様な願いや博士が人生を掛けてまで求めたそれを、無かった事にしたくは無い。と言うのは単なる僕の我儘だ。


 だけど、我儘で有ろうと僕がその願いを引き継ぎたいとも思っている。なんたって、僕が大好きな博士の夢だったのだもの。大好きな人の願いを叶える手伝いをする。博士がそうだった様に、人ってそう言うものなのだろう。


 ただ、博士の願いを叶えるに当たって事前に知っておく必要の有るものが存在する。それは、人についてだ。


 博士が生み出した僕達。そしてその前に造られ封印されたと聞く彼ら、更には博士以外の者に造られた同種達や迫害された怪物達。


 そんな彼らを傷つける様な愚かな者達と本当に肩を並べて笑い合う様な関係性を築いてまでして理想郷を作るだけの価値が奴らに有るのか? いっそのこと、全ての人を消してしまって残った怪物だけで作る世界こそが、より博士の目指した理想郷へと近付くのでは無いのだろうか。


 始めてこの手帳を読んでいた時はそんな風に考えていた。でもこの言葉を目にして考えは変わった。『変えたければまず知る事』知る努力もせずに決めつけだけで結論を出すのは、只の思考停止だ。


 結論を出すのはもっと後で良い。人の中には良い奴も悪い奴もいる。第一博士だって人間なのだ。だと言うのに人には存在する価値が無いなんて話に成ったら、博士の存在まで否定してるみたいじゃないか。博士の存在を否定するなんて僕には出来ない。


 だから、僕は旅に出た。具体的な目標なんて無い。ただ僕が人を、この世界を、そして博士がどうして夢物語の様な理想を求めたのか理解するまでの旅。


 だと言うのに、喋る白蛇に会ったり、実は武装集団の主教団体や、突然現れた鬼に腕を喰われるなんて事態に遭遇するんだか。極めつけは、子供の御守まで。


「旅って、大変だな博士」愚痴る様に虚空へ向かい言葉を零す。


 *  *  *


 翌朝、クレアと共に集合場所へと足を運ぶ、本当はクレアを危険な目に合わせない為に宿へ置いて行きたかったのだけど、宿前で一緒に連れてけとでも言わんばかりに腕へ引っ張り付いて、離れなく成ったので仕方なく連れて行く事にしたのだ。


 無理やり引っ張れば引きはがす事も出来たのだが、力加減を間違えたらクレアの腕を千切って仕舞いそうだったのでやめたておいた。


「と言う訳で、クレアも連れて行くが構わないよな」集合場所に到着して早々に、先に来ていた二人からクレアを連れて来た事を聞かれたので、宿前であった出来事を話した後にそう尋ねる。


「でもよ。これから行くの場所は最初から危険だって分かってる所なんだぜ。幾ら何でもそんな所に態々クレアちゃんを連れて行くのは危ぶないだろ」と依頼を手伝うと申し出て来たアクトは正論を言って来た。


 まぁ、実際クレアを魔物等の脅威だけから護るのであれば置いて行く方が正しいのだけど、後を追いかけて来て一人で宿を飛び出される方が、こっちとしては困るんだよな。


 それでもし、クレアの事を知る様な人間や子供攫いに連れ去られる様なことに成ったら、ニコラウスやレイナ、クレアとも交わした護るって約束を果たせなくなり兼ねない。だから、クレアが宿で大人しく待ってくれそうに無い時点で連れて来る事を決めた訳なのだが、それを二人にそのまま言う訳にもいかないんだよな。


 さて、クレアを連れて行く事をどう二人に納得させたものかと思案していると、キールが微笑みながらアクトに話し掛ける。


「まぁまぁアクトさん。戦闘の際には私めがクレアお嬢さんの面倒を見ておきますので、それなら連れて行っても問題無いでしょう」


「で、でも。やっぱり連れて行くのは」


「安心して下さいアクトさん。私めはこれでもDランクの冒険者資格を有しているのです。護衛の一人を護ることぐらいなら出来ますので」と言ってキールはアクトにクレアを連れて行く事を納得させた。


 Dランクと言えばアクトよりも二つも上のランクだ。自身よりも高位のランクを持つ冒険者が断言するのであれば、同じ冒険者という立場のアクトは文句を言いずらいというものか。


 しかし、実力だけならこの街にいる熟練の冒険者とそう変わらない訳なのだから、依頼の方も僕みたいな新人冒険者に頼むよりキール自身でやってしまう方が安上りなのでは? 

そんな疑問を浮かべている所にアクトを言葉で黙らせたキールが声を掛けて来る。


「ライドさん。そう言う事ですので、向こうではクレアお嬢さんの事は私めにお任せ下さい。そう心配なさらずとも大丈夫ですよ。先程も言いましたが私めはDランクの冒険者でも在りますので護衛については」そこまで口にするキールの言葉を遮って、僕は浮かんでいた疑問を聞いてみる事にした。


 相手の腹を探るとかそういう事は割と苦手分野ではあるのだけれど、探らずには居られなかったのだ。なんたって、冒険者でもあると名乗るこの自称情報屋が僕にサラマンダー討伐の依頼をする事が不可解だったし、何よりクレアを連れて行く事をあっさり承諾するどころかアクトに説得までしたのだ。


 クレアを預ける以上、キールが敵なのかどうかは知って置かないといけない。そして敵であるなら、機を見てクレアに危害が加わる前にこの手で……。


「安心して下さい。昨日始めて挨拶させて貰った際にも言いました通り、私めは貴方の敵に回るような事はしませんよ。少なくとも私めの依頼を反故にしないのであれば。……さぁ、アクトさんが呼んでますし、我々も参りましょうか。ライドさん」


 そう含みの在りそうな言葉を言い残し、街の門まで足を運ぶキール。取り敢えず、すぐに敵対する様な様子では無さそうだ。今は彼の言葉を信じるとするか。


 心の内でそう言った判断を下して、キールに続く様にクレアと共に僕は街の外へと向かう。

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ライドさんの気まぐれ旅 針機狼 @Raido309lupus

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