第五章 新米冒険者と冒険者の街 2

 少し前。ライドが冒険者の登録手続きの為に受付の窓口の方へと向かった際のこと、アクトはライドから手続きが終わるまでの間だけクレアの面倒を見ていて欲しいと頼まれ、時間を潰す為に組合所に併設されている酒場の方へと向かっていた。


「あ! 注文良いですか」丁度席に着いて早々に近くを通った酒場の店員に声を掛ける。メニューを片手に、まだ幼いクレアが口にしても問題の無さそうなものを探して摘まめる程度の料理と飲み物を注文した。


 注文を取り終えた店員はすぐさま厨房の方へと向かい、数分もしない内に注文したものが運ばれて来る。テーブルの上には、片手でも食べやすい様に串を通した揚げ物が数本と牛の乳を飲料用に加工された飲み物が人数分置かれた。


 酒場に来ておきながら酒を頼まないのは無作法の様にも思えるかもしれないが、飲めないのだから仕方が無い。だが、別にここでは普通の事でも有るので、店員や店主に睨まれる心配をする必要は無いのだ。


 冒険者に成る際に年齢の制限は無い。例え、生まれたばかりの赤子だとしても冒険者に成る事は一応可能では有る。まぁ、流石に本人の意思も確認出来ない状態で冒険者に登録する事は許されていないらしいから、赤子が冒険者に成るなんて事が有れば特例中の特例だろうけど。


 さらに、冒険者に成る為の登録には仮登録制度が有る。ライドも今頃その手続きをして説明を受けている頃だろうか。冒険者は先ず、この仮登録状態の時に幾つかの初心者用の依頼を熟して冒険者として必要な技術を持ち合わせている事を証明しなければ成らない。


 この期間が経ったの二週間しか無い事も、年齢制限が無いからと言って赤子が冒険者に成れない理由の一つでも有るのだろう。だけど、逆に言えば実力さえ持っているので有れば誰だって冒険者に成る事は可能なのだ。


 その証拠に現在冒険者として活躍している最小年齢の人物は確か十二歳とかだったと思う。実際に見た訳じゃなくて噂で聞いただけだけど、それが本当ならクレア位の年頃で魔物とも戦えるような天才がこの世界にはいると言う事だ。


 とまあ話が逸れてしまったが、なにが言いたいのかって言うと冒険者をしている人達の年齢は上から下まで様々だと言うこと。さらに、この街は俺やライドの様に出稼ぎの為に来ている若い冒険者が多く活動の拠点にしている。


 どんな思惑が有って定められたか分からないが、このギルバード帝国の領土内では二十歳以下の者が酒を飲むことを禁止する法律が定められているのだ。街へ来る道中で、ライドがまだ酒を飲めない年齢とか言っていたので酒は頼まなかったと言う訳だ。


 酒場側も俺達の様な奴の相手をする事が多いからか、メニューに書かれている飲料も酒以外のモノが沢山用意されている。食事をする為にわざわざ街中の店に食べに行かれると儲からないからと言う理由なのだろうが、その辺の配慮はこちらにとっても非常に助かっている訳だ。


 なんたって、正式な登録を済ませている冒険者には冒険者割引が適用されるからな、金銭的にも外で食べるより此処の酒場で食べた方が安く済む。俺らの様な出稼ぎで来ている連中にとっては無くては成らない場所なのさ。


 なんて事を俺は運ばれて来た串料理を片手にクレアちゃんに喋っていた。事前に喋れない事はライドから教えられては居たものの、反応がまったく無いと言う訳では無いので、こちらが喋る事に頷いたり目を輝かせたりする様子は見ていて何だか楽しいものだから声を掛けていたのだ。


 喋れないだけで、こんなにも良い表情で反応をするこの子をライドが可愛がっている気持ちも少し解るきがする。一人ッ子だった自分だが、妹や弟が居たならこんな感じなのだろうかなんて思っている所に、突然隣の席に座った大柄の男が話掛けて来た。


「誰かと思ったらアクトじゃねぇか。まだ魔物に喰われずに生きているなんて悪運だけは大したものだな」大男は話掛けて来るや否や笑いながらそんな事を言って来る。


 何故か自信に満ちていて、自分以外を見下している。そんな人物の笑い声は不快で、今直ぐにでも聞こえて居ない振りをして離れて仕舞いたかったが、それが出来ないので仕方なく笑顔を作って声の主に返事を返す。


「あはは、ドジソンさんに鍛えて貰えたお陰ですよ」心にも無いそんな言葉を聞いた大男は盛大に笑った後「だったら、また俺様が鍛えてやるよ。感謝するんだな」なんて言い出した。


「あ、えーと」チラリとクレアの方に目をやると、美味しそうに料理を頬張る姿が目に映る。ここでお願いしますなんて返事を返したら、クレアを置いて連れていかれる事に成ってしまうのだろうな。それって折角ライドに信頼されて預かったのに裏切る事に成ってしまわないのだろうか。そう思うと自然と言葉が口から出ていた。


「すみません。ドジソンさんに鍛えて貰いたいのは山々何ですけど。今は人を待ってるところで」


「ぁあ。俺様の誘いを断るつもりか。弱虫アクト風情がデカい口叩く様に成ったじゃねぇか」僕の言葉を最後まで聞く前に怒り出した大男は俺の襟首を持ち上げて、こちらを睨み付けて来る。


「ひぃぃ」その顔が恐ろしく、この後に何をされるかが簡単に予想が着いた者だから、情けない声が自然と上がってしまった。その声が切っ掛けか、それとも大柄のドジソンさんが人に掴みかかっている姿が目立つだけなのか、人が行き交う酒場の周りは直ぐに人だかりが出来る。


「おいおい、なんだ。喧嘩か」等と観客気分の連中は、手前勝手に言葉を投げかけて来ていた。この酒場では酒が入った冒険者の小さな諍いなんて当たり前のことだから、この程度の事で酒場を囲む程に人が集まる事なんて滅多に無い。それなのにこれ程の人数が集まるのには訳が有る。


 それは、今まさに俺の襟首に掴み掛かって居るドジソンさんが原因だ。この人は、言動にこそ問題が有るものの、この街で数少ない高位のランクを持つ冒険者だからだ。良くも悪くも有名な冒険者の喧嘩なんて、近頃景気が悪いせいで鬱憤が溜まって居る冒険者達からしたらさぞ良い見世物なのだろう。例えそれが一方的なものだったとしても。


 そして、それは始まった。俺なんかの抵抗なんて虚しく簡単にドジソンさんに組み伏せられて、只々殴られる。周りの連中は俺の事を助けようなんてせずに「反撃しろよ」とか「情けねぇ」なんて口がってに言う。ただ一人を覗いて。


 つい先程までこちらが掴みかかられてもマイペースに食事を楽しんでいたクレア。この少女は、僕が組み伏せられてようやく事態に気付いたらしく。慌てた様子でこちらを助けようとでも考えたのか近寄り出す。


「来ちゃダメだ」思わずクレアに向かってそう口にしていた。その言葉にクレアは一瞬ビクっと肩を震わせるも再び殴られる俺の目を見た後、何かを決意したかの様に手にしていたミルクの入ったコップをドジソンさんに投げつける。


 カランと床に転がる投げつけられた木のコップ。その近くではミルクを頭から被ったドジソンさんがわなわなと震えていた。怒りっぽい彼の事だ。牛の乳を投げかけられた事が彼の自尊心に傷を付けさせた事はその場に居た誰もが人目で理解する。


「お、おいあの子危なくないか」「でも流石に子供相手に」野次馬達は口々にそう言っているが、自ら関わろうとはせずに離れた場所から成行を見守っていた。これからドジソンさんがクレアに何をしようとするのか分かっていた筈なのに動きもしなかった。


「このクソガキが、俺の一張羅が汚れたじゃねぇか。どうしてくれるんだ」


 ドジソンさんは粗々しくそう声を上げると、組み伏せていた足を俺の体から退けて立ち上がる。そしてクレアの元に一歩また一歩と近寄っていた。


 *  *  *


 怒鳴り声がアクトとクレアが待っている場所から聞こえて来て、まさかと思い人混みを掻き分けて行き、強引に人で出来た壁を押し抜ける。すると、そこには驚くべき光景が広がっていた。


 顔を茹蛸の様に赤くして怒っているらしい大柄の男が頬が少し赤く腫れたクレアに掴みかかっているじゃないか。一体どんな状況でそのような事に成って居るのかは判らなかったが、為すべき事は直ぐに理解する。身体は勝手に動いていた。


 地面を踏みしめ体重を掛けて強く蹴る。距離は多少離れているが、クレアの元にまで近寄るにはそれで十分だった。短い距離、助走も無しでは大した威力にも成らないだろうが、汚い手を離させるには十分だ。


 クレアに掴みかかり、今まさに殴りかかろうとしている男の顔面に向かって膝を入れる。勿論クレアごと吹き飛ばしてしまわない様に、男が痛みで手の力を緩めた際にクレアの身体を抱き寄せた。


 飛び膝蹴りを顔面に受けた男は、店の長テーブルごと壁際まで吹き飛ぶ。ガッシャンと大きな食器の割れる音が鳴り響く中で吹き飛んだ男が立ち上がり、クレアに向けていた睨んでいた目を今度はこちらへと向けた。


「不意打ちで俺様を吹き飛ばしたからって、あんまり調子に乗るなよガキが。俺様がこれしきの事でやられる訳無いだろ」男はゴキゴキと手を鳴らしながら、ひっくり返ったテーブルに乗り上げて、そんな事を言い出す。


「はぁ。クレアに手を上げたんだ。この程度で済ませる訳ないだろ」クレアを後ろに下がらせた後に、こちらも男を睨み付けながらそう口にする。恐らく少しばかし僕の頭にも血が上っているから荒々しい言葉使いに成ってしまった。


 それが原因か、僕の言葉を耳にした男は余計に腹を立てた様子でゆっくりとこちらに近寄る。随分と鈍いな、なんて思いながらこちらから近付こうかと考えていた時、すっかり忘れてしまっていた人物の声が下の方から聞こえて来た。


「ライド逃げろ。お前じゃドジソンさんには勝てない」声の聞こえる方向に目をやると、何故か顔を腫らして床に倒れるアクトの姿が目に映る。


「なんでそんな所で倒れてるんだ? アクト」


「なんでって、お前。いや、それよりも早く此処から逃げろ。ドジソンさんは、あの人はBランクの冒険者なんだ。幾らライドが強いと行ってもあの人には勝てない。だから、クレアちゃんを連れて逃げてくれ」


 ランク。確か冒険者の実力を分かり易く別けたものだったか。街に辿り着くまでの間にアクトから聞いた話だと冒険者にはにはFからAまでのランクが有って、Aが一番高いんだったかな。だったら今目の前に居る奴Bランクだからそれなりの実力が有ると言う事か。


 聞くところに依れば、Bランクの冒険者は上位種の魔物と一体一で互角に戦えるだけの実力があるんだったっけ。それが本当なら、確かに僕では正攻法で勝つのは難しいのかもしれない。僕が冷静な判断を下せて居たのなら、アクトの言う様に逃げていた事だろう。冷静だったならだけど。


「心配してくれて居る所悪いなアクト。今の僕はちょっとばかり感情的に成っていると言うか、あいつをもう少し痛めつけないと気が済まないんだわ」


「お、おい。だからドジソンさんはBランクの冒険者なんだって。ライドじゃ敵わないって言ってるだろ」


 最早アクトが何を言ってるのかすら聞いて無い僕は、近寄って来ている男に再び目を移し、そしてのろのろと歩く相手に自ら近寄って行き殴りかかる。


「おっと、来ると別れば大した事ねぇな」殴りかかるこちらの拳を正面から掴む男。男は突然にやけ出して馬鹿にした様に笑う。「この程度か」と。「今度はこっちから」そう言いながら男が開いている片腕を振り上げた所で、その言葉を遮る。


「この程度で済ませる訳無いって言ってるだろうが」身体を捻り地面を蹴り上げて片足を上空へ、そして男の顔に再び膝を入れた。


「クソが。二度も蹴りやがったな。ゆるさねぇ」顔に再びの膝蹴りを喰らった男は、怒りをぶつける様に、掴んだ腕ごと僕の身体を持ち上げて近くのテーブルに叩き付ける。


 背中からの衝撃で一瞬視線が宙に浮いたものの、以前に似たような衝撃を受けた事が有るお陰か、直ぐに歯を食いしばって意識を保つ事が出来た。


 そのすぐ後に男はテーブルに叩きつけた僕の事を怒りに任せて何度も殴る。こちらも負けじと掴まれて無い方の手で男を殴る。


 どれだけの回数殴り合った頃だっただろうか、互いにの拳に血が付き始めた時、僕の腕を掴み体重を掛けて身動きを封じていた男の様子が少しずつ変わっていった。


 殴る力が明らかに弱く成って行き、押し伏せる体重も徐々に軽く成る。そしてぜぇぜぇと肩で息をし始めていた。がたいの割りに体力が無いななんて思いながら、乗っかる形で人の身動きを封じて居た身体は強く押すだけで簡単に後ろへ倒れる。


「おいどうした。まさかこの程度とか言い出さないよな。ようやく楽しく成って来たんだ、まだまだ付き合ってくれよ。えーと、Bランク。そうBランクなんだろ。だったらもっと僕を楽しませてくれるよなぁ」


 当初の目的などすっかり頭から抜け落ちていた僕は、顔に血が付着して赤く染まって尚目立つ緋色の瞳を爛々とさせながら、聞いた筈の名前も忘れた血塗れの大男に向かってそう声を掛けた。


 思えば命のやり取りでこれ程にまでに、人を殴り合いなんて始めてだったと思う。まさか、こんなに楽しいものだったなんて。こんなにも楽しい事を中途半端に終わらせるなんて勿体無い。もっと、もっと続けたい、もっと、もっと、もっと。


 ご飯を目の前に待てと言われる飼い犬の如く、目の前で横になりながら肩で息をする男が再び立ち上がるのを待つ。だが、一向に男は起き上がら無かった。


「おいおい、どうしたんだよ。さっきまでの威勢はどうしたって言うんだ」僕のその言葉に返答が返って来たのは、一呼吸後のこと「降参だ。俺様は、俺はもう動けねぇ。お前の勝ちだ」血塗れで倒れる男はそんな情け無い事を言って、気を失った。


 男が気を失って少し後、殴り合いを止めもせずに見ていただけの観客達は、予想して居なかった人物の勝利に喝采を上げていた。


「うそだろ。まさか、あのドジソンに勝っちまうなんて」「俺は分かってたぜ。だって半獣人だしな。頑丈さなら人間以上なのさ」「やったぜ。賭けは私の勝ちだな」


 口々に勝手な事を言う観客達を他所に、医者の元に運ばれて行く期待外れ大男へ冷ややかな視線を送っていると、いつの間にか起き上がっていた人物が声を掛けて来る。


「ライド、血塗れじゃないか。大丈夫なのか」心配そうに尋ねて来るアクトの声。その声を耳にして振り向くと、腫れた頬を擦るアクトとその影に隠れる様に立って居たクレアの姿がそこに在った。


 二人の姿を目にしてようやく、上っていた血が下がって行き落ち着きを取り戻して行く。なんたって二人とも僕の事を心配しながらも、まるで怖がっている様な表情をするものだから、思わずさっきまでの言動を客観的に捉え直してしまったのだ。


 するとどうだ、さっきまでの自分はきっと今までに無い程の笑みを浮かべていたに違いない。二人にとって、いや、きっと周りにいるこの連中にとっても殴り殴られながら笑顔を浮かべるなんてきっとおかしいこと何だろうな。そんな目をしている。


 いやいや、落ち着け僕。落ち着けライド。さっきまでのは血の迷いだ何度も殴られたせいでちょっとおかしく成っていただけ。そうあんな気持ち僕が持っている訳無い。そうだとも僕は争いは好まない。戦うのはあくまで自己防衛だ。そうでないとあいつらと同じじゃないか。それは嫌だ。


 頭の中で浮かべた幾人かの人物達の顔を、凄惨な行動を思い浮かべながら自身との違いを見出す。そんな事をしないと自分を保てない事がおかしいとすら気付かず、自然にそれを行っていた。


「ライド。もしかしてどこか痛むのか?」心配そうに再び声を掛けて来るアクト、それに続くように今度はクレアが近寄って来て手を握って来た。


 クレアに手を握られて始めて気付く。あれ? なんでこんなに手が震えているんだ。その理由を思い浮かべたのが先か、再び聞こえてきたアクトの声が先か、それらを切っ掛けに突然僕の視界が黒く染まる。そして僕は意識を失った。


 暗い闇の底。周りに何も無いその場所に何故か僕は立っていた。なんだ此処は、そんな言葉を言いかけて不思議に思う言葉が出ないのだ。その事を不思議に思う前に、理由の方が先にやって来る。


「なんだ、また来たのか。今度はなんとも詰まらない理由だな。やっぱりお前に譲ったのは間違いだったのか?」白銀の毛をしたそいつは出て来るなり突然そんな事を言ってきた。

相変わらず姿形はぼんやりとしてはっきりと見えない。だけどこいつが居ると言う事は、ここは夢の中なのだろう事は直ぐに理解出来た。


「おっと、それは違うぜ。ここは夢なんかじゃ無い。ここはお前の心の中だ」まるで僕の心を読んだかのように答えるそいつ。だけど、何故か僕はそれに驚かなくて。夢も心の中も変わらなくないか? なんて考えていた。


「ぜんぜん違うね。第一お前は夢を見ないんだから。ここが夢の訳が無いだろ」何故か断言して来るそいつ。でも、やっぱり自然と僕もその言葉を受け入れる。


「とまあ、折角の再会で雑談に花を咲かせたいところだが。まだ全然なにも知らないお前に色々と伝えたいのも事実。会える機会も時間も余りないんだ。今の内に話せる限りの事を伝えといてやるよ」一方的にそう言いだして、白銀の毛をしたそいつは片っ端から言うように伝えたい事実とやらを話し出す。


 まず最初に言われた事は、自分の事を詮索するなということ。その自分とは勿論僕の事では無くて、目の前に居る白銀の毛をしているあやふやな姿形のこいつを差して言っている。理由は話せない事だから時間の無駄なのだとか。何やら色々と制約とやらがあるらしい。


 次に言われた事は、クレアについて。とにかく彼女の事を守り抜けだそうだ。理由は明かせないけど、お前はそれをしなければ成らない責任が有るとか言われた。言われずとも守るけど、なんで理由を明かせないんだ? また制約とやらだろうかとも思ったが、どうやらそれだけが明かせない理由でも無いらしい。彼女の為なのだとか。なんだそりゃ。


 最後に言われた事は、もう一つの力は使うなとのこと。もう一つの力ってなに? 向こうがこちらの心の声を聞くのを良い様に使って質問を投げかけるが「なんだまだ知らなかったのか、彼女と会って居たからてっきり聞いていたのかと。いや、知らないならそれで良い。何れ使わざる終えない事も有るだろうけど、それでも出来る限り多様はするな」


 白銀の毛をしたそいつはそれだけ言って、肝心のその力とやらについてだんまりを決め込む。


「おっと、もう時間見たいだな。いやはや、今回は詰まらない理由のせいで大した事を伝えられなかったな。次はもっとマシな理由で会える事を待ってるよ」そう言って僕に向かって見送るかのように手を振って来る。マシな理由ってそれも制約とやらなのだろうか、でもマシな理由ってなんなのさ。


「それくらいは自分で考えてくれよ。じゃなきゃお前にその身体を譲った俺が馬鹿見たいじゃないか。あぁ、そうだ。もしそっちで俺の昔馴染みと出会ったなら手助けしてやってくれ、敵対する奴も居るようだがせめて理由くらいは聞いてやってくれよな」


 まるで思い出したかの様に言われたその言葉を最後に、再び僕の意識は暗闇に包まれた。


 次に目を覚ました時、そこは見知らぬ部屋だった。木造の建物の中と思われるそこは恐らく、先程まであの……誰だっけとにかく、あの男と殴り合っていた冒険者組合所内の一室ではあるのだろうけど。そこまで思案した時に、ハッと気が付きクレアの姿を探す。


 だが、室内にはクレアどころか自身以外の誰も居なかった。別の部屋にでも居るのだろうかとその場で立ち上がろうとすると、ヒリヒリとした痛みが手に走る。そこでようやく自分の身体を見る事と成った。


 手当の必要が無いだろう場所までグルグルと巻かれた包帯姿が目に映る。指を動かすのにも一苦労する程にまでガッチガチに巻かれているや、別に骨が折れている訳でも無いのにここまでキツく包帯を巻く必要なんて無いだろうに。さては軽い怪我程度だから素人の練習台にでもさせられたのだろうか。


 そんな事を思い浮かべていると、部屋の外から誰かの喋り声が聞こえて来た。扉越しの為か会話の内容までは聞き取れないが、最近聞きなれて来た声の感じからしてアクトが外に要る事は確かなのだろう。ならクレアも共に居るのだろうと思い、ドアノブに手を掛けて部屋の外へ。


 そこには、何故か平謝りをしているらしいアクトと隣に立っているクレア、そして緑色の髪をした人物がそこに居た。三人は開いた扉から出て来る僕の姿を見て、三者三葉と言った反応を向けて来る。


 クレアは僕の姿を見て直ぐに近くまで駆け寄って来て、全身を使っての勢いよく抱き着いて来た。突然の事だったものだから思わずよろめいたものの何とか踏み止まると、顔を上げて笑顔を浮かべて来る。


 アクトは少し困った様子でこちらを見てきて、緑色の髪をした人物は何故か見世物を見るような目で僕の事を見ていた。


「目が覚めたんだなライド。急に倒れたものだから心配したんだぞ」アクトは近寄ってそんな言葉を言うと、続けて頭を下げだした。


「すまん。俺が不甲斐なかったばかりにお前もクレアちゃんにも迷惑を掛けちまった。この埋め合わせは必ずするから」


「そんなのは別に気にしなくても。クレアももう無事見たいだし、僕は結構頑丈な方だからあのぐらいは少し休めば大した事無いからな」アクトの言葉にそう返答を返して、ガチガチに巻かれた包帯の指を強引に動かして見せて無事な事をアピールして見た。


「それだけ流暢に喋れるなら頭部の方も問題無さそうだね。良かった良かった。貴重な戦力を失うこと程怖いものも無いからねぇ」


 アクトの側に立っていた緑髪の人物は、何やら含みを持たせるような事を言いながらにやけ顔を向けて近付いて来る。こちらが初対面のその人物の存在に疑問を持って軽く首を傾げて見せると、緑髪の人物は懐から一枚のカード状のソレを差し出して着ながら自己紹介を始める。


「どうも、始めましてライドさん。私めは情報屋をやらせて貰っておりますキールと申します。ライドさんとはこれから懇意にさせて頂きたく挨拶に参りました」


 キールと名乗る人物がそう言いながら渡して来たカード状のそれには名前がデカデカと中央に書かれており、隅の方に小さな文字で情報屋とも書かれて居る。よく見るとそれ以外にも何か書いている様に思えるが、知らない文字なので何と書かれて居るのかまでは判らなかった。


「おやその様子、やはり名刺は知らない様ですね。先程アクトさんとクレアお嬢さんにも見せた際に同じ顔をされましたので薄々分かって降りましたが、やはり迷い人では無いのですか」


 キールは少し残念そうな顔をした後に、直ぐに表情を切り替えて別の話題を口にし出した。


「ライドさん。貴方魔獣退治のお仕事に興味ありませんか?」

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