第五章 新米冒険者と冒険者の街 1

 教会を出発してから一週間が経過した頃の事、僕はクレアと共にレイナに紹介された順路を辿り、当面の間クレアを匿いながら過ごすのに丁度良い場所と言われた街に向かって、歩を進めていた。


 教会近くに鬱蒼と生い茂っていた森を抜けて高原を進み、幾つかの小さな村を経由して街へ続く街道に現在辿り付いた所だ。渡された地図を見る限り目的の街までは後二、三日程という所だっただろうか。そんな中で休憩を挟みながら歩いて居ると、とある人物と遭遇したんだ。


 *  *  *


「ひ、ひぃぃぃぃぃ、誰か助けて下さい。誰か」


 街道を歩いて居ると、遠くの方から誰かが必死に成って泣き叫んでいる声が聞こえて来た。声の聞こえた方角を見ると小型の魔物数匹に追い回されている人物の姿が目に映った。


 その人物は剣らしきモノを腰に下げているにも関わらず、それを抜こうともしないで涙目になりながら必死に魔物から逃げ回っている。だけど、正直僕が助ける理由も無いので、クレアの手を引いてそのまま街へ向かおうとしたんだけど、後ろ手をクイっと引っ張られた。


「どうしたんだ? クレア」後ろを振り返るとクレアが、魔物に追い回されて居る人物の事をじっと見ていた。


「あんなのに構う事無いって、自分の身も碌に護れないのに街の外に出たあいつが悪いんだ。だから、あんなの放って置いてさっさと目的の街に行くぞ」クレアにそう声を掛けたのだが、クレアは僕の言葉に耳を貸さないとでも言うかの様にじっと追われて居る人物の事を見ている。


 そして、追われている彼が魔物の攻撃を受けそうになる度に、クイクイと僕の手を引っ張って居た。助けろとでも言いたいのだろうか。


 正直、これ以上の面倒事に首を突っ込むのは勘弁したいのだけど。今だってクレアの身を護りながここまで来るのに結構苦労していると言うのに、更に他の奴の面倒を見る余裕なんて当然僕には無いのだが。


 とか頭を巡らせていると、とうとう追われていた人物が小型の魔物に囲まれて逃げ道を失っていた。周囲を囲む魔物の一匹が、逃げ道を奪われた彼に攻撃を仕掛ける。彼は必死に攻撃を避けた様だったが、避けきれずに腕を負傷した。


 その様子を見ていたクレアが必死に腕を引っ張り初めて、助けて上げてとでも言いたげな顔でこちらを見つめて来る。


「はぁ。仕方ないなぁ」溜め息を突きながら手を引っ張るクレアを片手で抱きかかえ、魔物に囲まれた彼の元まで走り出す。


 彼の元に辿り着くまでの間に槍を創り、空いているもう片方の手で掴んで、今まさに彼へ攻撃を仕掛けようとしていた一匹の魔物に投げ放つ。魔物達はようやく獲物を食べられる事に喜んでいたのかこちらの事には気付いて居なかったらしく、その一投で簡単に一匹仕留める事に成功した。


 突然の外部からの攻撃に驚く魔物達の隙を突く様にもう一匹を新たな槍で刺し貫き、彼が座り込む場所まで滑り込む。


「クレア、僕の背中から離れるなよ。後お前も、命が欲しかったらクレアに感謝しながら、そこから一歩も動かないで居る事だな」彼の目の前で抱えていたクレアを降ろして、クレアに対して忠告をする。次いでに座り込んで状況を理解出来て居ないまま混乱した様子の彼にも忠告を下す。


 正面を振り返ると体勢を立て直し、僕の事を敵だと認識した魔物達がこちらを睨みながら今まさに襲い掛かろうとしていた。


 残る数は四匹、相手は犬型の魔物。大丈夫、この程度なら狩りの時に何度も体験している。流石に何かを護りながらと言うのはした事が無いけど、まぁ何とかするしかないよな。


 頭の中でそんな事を思い浮かべながら、右手に剣、左手に槍を創り出して魔物達に向かい構える。


「き、君は一体?」背後から彼のモノと思える疑問の声が聞こえて来るが、それに返答せずに次々に襲い来る四匹の魔物を手早く片づけた。先ずは正面から襲って来た一匹の喉を掻っ斬り、左右から襲って来た二匹の頭を貫く、そして最後に背後に回ってクレアに向かって飛び掛かって来た不届きな残り一匹の胴を蹴とばして、素早く頭をかち割る。


 それで終わり。数匹の魔物の群れはあっさりと壊滅した。誰かを護りながら戦う事に多少不安は感じていたが、相手が大したこと無くて助かった。上位種の魔物やらが相手だとこうは上手くいかなかっただろう。


 短い戦闘が終わった事で解けた緊張から、ほっと一息を吐く。それを合図にしたかの様に座り込んで倒れていた彼が立ち上がった。


「あ、あの。どなたか存じませんが命を救って頂きありがとうございました」彼は立ち上がるや否や、すぐさま頭を下げてそんな事を言って来る。


「さっきも言っただろ。感謝するならこの子、クレアにするんだな。クレアが僕の手を引かなかったら、僕はお前を助けて居なかった」クレアの頭に手を置いて、僕がそう口にすると彼は下げていた頭をクレアに向け直す。


「命を救って頂いて、なんとお礼をすれば」なんて面倒な事を彼が言い出したので「それじゃあ、お礼代わりって事で、こいつら貰っても良いか」と先程倒した魔物の死体を指差して口にする。


「え、えぇそれは構いませんけど、でもそれじゃあ僕の気持ちが」


「そういう面倒なのは要らないから、助けたのだって気まぐれ見たいなものなんだし、一々借りがどうのとかそう言うのは無しでいい」


 こちらとしては、さっさと街に向かうのを再開したいのだし、あまり目立つ事をしたく無いと言うのに。こいつの服装を見る限り無いとは思うけど、貴族の坊ちゃんとかでお礼を渡す為に公の場に呼び出されたら面倒だからな、取り敢えずさっさと話を切り上げて、街道まで向かうとするか。


「とにかく、お礼とかそう言うのは必要無いから。だから、そう言う事でお別れだ。まともに戦えないなら魔物に見付からない様に気を付けて移動する事だな」恩着せがましい真似をする気は無いので、それだけ口にして倒した魔物を二、三匹担ぎ上げてクレアの手を引き、彼を置いて再び街へ向かう為に街道まで歩き出す。出したのだけど。


「おい、なんで付いて来ているんだよ。お前」街道まで戻った後、背後を振り返るとそこに置いて来た筈の彼の姿があった。


「だって、一人に成ったらまた魔物に襲われら今度こそ死んじゃうかもしれないじゃないですか。だったら街まで二人の後を付いて行けば、例え襲われても直ぐに助けて貰えるかなって」


「お前なぁ。さっきも言っただろ、助けたのは単に気まぐれ見たいなものだって。それにこっちだって余裕が有る訳じゃないんだ。付いて来たとしても、魔物に襲われたからと言って必ずしも助けたりする訳じゃ無いからな」


「でも、一人で居るより安全に帰れるかもしれないじゃないですか。別に必ず助けて下さいなんて我儘は言いませんから。だから、お願いですから見捨てないで下さいよ」そう言って、まだ名前も知らない彼は泣きついて来る。


「うぅ、選りによってこんなにも面倒な奴を助けてしまうなんて」泣きついて来る彼に頭を抱えていると、クレアが僕の服を引っ張ってきた。クレアの方に目を向けるとお腹が空いたとでも言いたげにお腹をさすっている。その様子を見ているとある事を閃いた。


「そうだ、お前料理が出来るか。料理を作れるなら後を付いて来ても良いし、出来る限りお前の事も魔物から護ってやるぞ」


 料理が作れるなら僕の手間を省けるし、作れないなら置いて行く理由としても十分だろ。何も出来ないお荷物を連れて行く訳には行かないからな。どっちで有っても、こちらの利になる良い質問を思い付けた。なんて自分で自分の事を感心していると、彼から返答が帰って来る。


「料理、料理ですか。料理…………つ、作れると思いますよ」なんだか不安になる答え方をするなぁ。


「まぁいいや。取り敢えず、この食材を使って何か作ってみてくれ」試しに手持ちの食材と調理器具を創って渡すと、彼はたどたどしい手付きで調理を始めた。彼の頼りない調理光景に不安を憶えながらも、料理が出来上がるのを待つ間に担いで来た魔物の解体作業に取り掛かる。


「か、完成しました」少しして、こちらの解体作業が一段落した頃合いと時を同じくして、彼が料理を作り終えた事を告げた。


「ど、どうぞ」彼は自身が作った料理を皿に注ぎ、不安そうな顔で皿を差し出して来る。

彼が渡して来た皿の中には、食べ物なのかと疑ってしまう程にまで真っ黒なスープらしきモノが入っていた。


 一体渡した食材をどう調理すれば、これ程までに真っ黒になるのだろうかと疑問に思いながら、クレアに食べさせる前に味見をする。匂いは……問題無さそうだな。味は……。


「う、美味い。嘘だろ、なんで?」見た目からは予想出来ない程にさっぱりとした味わいで、山菜の苦味もまったく感じないし、これはもしかして僕が作るより美味しいじゃないだろうか。


「口に合って、良かったよ。この料理は俺の地元で良く作られている郷土料理なんだけど、都会育ちの人にはどうも口に合わない事が多いらしくてね。でも良かった。口に合ったって事は、俺も二人に同行して良いって事だもんな」


「急に距離を詰めて来るなぁ」


 先程とは打って変わって随分とフランクな喋り方をして来た彼に少々驚きながらも、味に問題無い事が分かったスープをクレアに渡す。


「あ! ごめん。つい何時もの癖で。す、すみません。都会言葉って言うんだっけな。この喋り方にまだ慣れて居なくて」指摘したからなのか再び丁寧な言葉使いに直そうとし出した彼だが、話の節々に無理をしている様な感じがした。


「別に無理して畏まられても気持ち悪いだけだから、さっきみたいにお前が喋り易い方で話てくれ」


「き、気持ち悪いって酷いな。でも分かった。あんたがそう言うならそうするよ。こっちも変に畏まるより気が楽だしな」彼がそう言いながら全員分の食事を皿に注ぎ終えて、ようやく食事を始める。


 食事の合間に彼から幾つかの質問をされたので、答えられる範囲で返事を返す。


「……へぇ、二人は兄弟なのか。全然似てないな」彼にはクレアの事を歳の離れた妹として紹介した。流石に隣の領地を納めるスターライト家の人間だと正直に話す訳にも行かないからな。


 まぁ、どのみち教会に引き取って貰える様に成るまでの間の関係だ。道行く相手に関係を聞かれたら、義理の兄妹と言っておけば少しの間誤魔化すぐらいの事は問題無いだろうさ。一応クレアにもそういう設定と事前に説明してあるから、口裏を合わせてくれるだろう。僕の説明をちゃんと理解してくれて居ればの話だけど。


「ところで、二人は何をしに冒険者の街に向かって居るんだ?」彼と会話しているうちに、これから向かう街に何をしに来たのかという話に成った。


 今現在向かっている場所、冒険者の街と呼ばれるそこは、多種多様な人種、様々な事情を抱えた人々が集まり作った街だ。名目上こそ帝国の管理下と言う事に成っては居るものの、実際は良い意味で無法地帯の様な場所とレイナから聞かされた。


 聞くところによれば、その街の実権を握っているのは貴族では無く冒険者らしくて、治安の維持も冒険者が担っている為、帝国の兵が数人程度しか居ないので、街中でクレアが出歩いていても、行方不明のお嬢様と気付くものは居ないだろうとのこと。


 だから本当の目的は、暫く身を隠すのに丁度良いからと言うだけなのだけど、当然それをそのまま言う訳にもいかないのである。


 街に入る際に、理由を尋ねられる事は事前にレイナから聞いていたから、もっともらしい理由は事前にライドさんは考えて来たのです。


 それはずばり「出稼ぎの為、冒険者に成りに来た」のだと。ふふふ、今回は前の宿に泊まる時とは違って事前に情報を得て知っているのだ。これから向かう冒険者の街には冒険者組合所という冒険者に成れる事が出来る施設がある事をな。それに、最近は出稼ぎの為に冒険者に成る者も多いと聞くし、こう言えば怪しまれる事も無いだろう。


 我ながら完璧だな。と自分で勝手に心の中で納得していたら、先程言った理由に興味を抱いたのか彼が口を開いた。


「え! ライドも冒険者になる為に来たんだ」彼は少し興奮した様子でそう言いだして、

僕の話に喰いついて来る。


「実は、俺も冒険者になる為に最近あの街に来たばかりなんだ。そうだ、良かったら街に着いた時に組合所まで案内するよ」彼はまるで探し求めた同士を見つけたかのように喜んでそう言ってきた。


「え、あぁうん。それじゃあ、街に着いたらお願いしようかな」思っても居なかった程、喰いついて来られたので、唯の方便だなんて言い出しずらく思えて来てしまい、ついそんな事を口を突いて出てしまう。


 そして食事を終わる頃には、彼からひたすらこれから向かう街の魅力を聞かされ続ける。それが一区切りした頃に成ってようやく彼は何かを思い出したかの様に締めの一言を口にする。


「そう言えば名乗って無かったな、俺の名前はアクトだ。これからよろしくな」


 食事を終えて、再び街道を歩き始めた。遠くの方では小型の魔物達が走り回っている姿や、争って互いに捕食し合っているまさに弱肉強食といった光景が目に映る。先程敢えて残して来た、倒した犬型の魔物達の死骸も今頃彼らの餌に成って足止めの役目を果たしている頃だろうか。


 そう、帝国の大地はと言うか、この世界では街道を一歩外れれば魔物の群れが居るなんて事が当たり前の光景なのだ。語弊があるかもしれないから言っておくが、別に街道が必ずしも安全と言う訳でもない。


 単に魔物達は動物の様に人通りが多い所に近寄る事が滅多に無いと言うだけで、場所や時間帯に寄っては、街道を進む人を襲いに来ることも当然の様にある。だからこそ、街道を通っているからといって警戒を完全に解くことは出来ない。


 それでも、街道から外れた道を進むよりかは、幾分も安全なのでこの道を例え遠回りに成ろうと通らないといけないのが現状だ。乗り物でもあれば大抵の魔物に追い付かれる心配をせずに進む事も可能だろうが、何せ高いからな。今の自分には手に出来ない代物だ。


 まぁそう言った意味では、今後の事を考えると方便として言っているだけの冒険者に成ると言うのも案外悪くは無いのかもしれない。冒険者と成り金を稼いで行けば、何れ一人乗りの乗り物くらいなら買う事も出来るように成るかもしれないからな。そうなれば、今後の旅ももう少し快適に出来るかもしれない。


 そんな事を頭の片隅で考えながら街に向かい街道を進む。道中は疲れたクレアを背負ったり、アクトと冒険者の活動内容がどんなものなのか尋ねたりしながら、歩み続けて二日が経過して、三日目の朝を迎える。


 まだ日が隠れている朝の空に向かい伸びをする。旅仲間にアクトが加わった事で、夜の見張りを交代で出来る様に成った為、今まで以上に睡眠を取る事が出来て、十分身体を休める事が出来たのだ。


 まともに戦えもしない者を旅仲間に加えるのは多少面倒に思っていた部分もあったが、美味しい食事と十分な睡眠にあり付けるなら、助けた事も悪く無かった判断だったかもしれない。アクトには当然だが、最初に助けようと訴えて来たクレアにも感謝しないとな。


 そんな思いから「ありがとな」と、ぼそりと呟いた一言を合図にしたかの様に眠そうな目を擦って二人が起き上がった。


「あれ? ライド。さっき何か言ったか?」半目のままアクトがそんな事を尋ねて、釣られる様にその隣でクレアも何かあったの? とでも言いたげに小首を傾げてこちらを見てい来る。


 その二人の姿を見ていたら、素直にお礼を言うのが何だか面映ゆく感じてしまい「なんでもない」とそっけなく返してしまった。旅を始めた頃は、人に素直に自身の気持ちを伝えると言うのがどうも慣れて居なかったんだよな。


 その後、アクトの作った朝食を食べ終えて出発する。それから暫くの間歩いた頃だっただろうか、ようやく目的の街に辿り着く事が出来たんだ。


 街を囲む多きな城壁と唯一中に出入り出来る門で構成された防備の整ったその街にようやく入る事が出来る。この街の中では魔物に襲われる心配をする必要が無いし、貴族の関係者が少ない此処ではクレアが街中を歩いていても、平民の服を着せて置けば余計にスターライト家の人間だと気付かれる心配もする必要は無い。


 ニコラウスの話に寄れば三週間くらい此処でクレアを匿いながら生活して欲しいと言っていたのだったか。その後、ニコラウスがスターライト家の本家と話し合いを終わらして、正式にクレアの死が公表されたら教会のある街か村まで向かって、この子を引き渡すだけ。それまでの間、僕とクレアはこの街で過ごせばいい訳だ。 


「それじゃあ早速、冒険者組合所まで俺が案内するよ」事前に言っていた通り、街に着いて早々アクトがそう口にして街中を紹介しながら、冒険者に成る為の登録が出来るという組合所まで案内を始める。


 ちなみに懸念の通り城門の門番に「出稼ぎの為、冒険者に成りに来た」とそのままアクトに言った通りに伝えたらあっさりと通してくれた。アクトが一緒に居て口添えをしてくれたお陰もあるのだろうが、身分証の提示も無しに簡単に入れてしまった事に些か警備のざるな部分に不安を感じなくは無いのだけれども。


 入って見て分かった。多分そこも冒険者の街の魅力の一つなのだろう。街中を行き交う人々は文字通り多種多様で、その人々の職もまた様々だ。歩き方を見るだけでも一般人や歴戦の戦士を感じさせる人が多く見られる。中には恐らく犯罪者も居れば、恐らく僕の様に出身を明かせない事情を抱えた人も居る事だろう。


 そう言った人々にとって、つまりは僕にとって此処は一時的に身を置くには丁度良い街と言う訳だ。此処と同じような冒険者の街は世界各国に存在すると聞くし、旅の道中に立ち寄るのも良いかもしれないな。


 そんな事を街を見回しながら考えていると「着いたぞ」とアクトに声を掛けられた。


「此処が、冒険者組合所だ」アクトは何故だか自慢げな顔で、誇らしげにそう言って見せる。


 外観は、……うん。まぁ悪くは無いんじゃないのかな。若干痛んだ木造の建物には年代を感じさせる所々錆びている冒険者組合所と書かれた看板が飾られれいて、割れたガラス窓に応急修理をしたかの様に張られた新し目の木の板が良い味を出している様に思える。とまぁ、言い繕っては見たが一言で言えばボロイ建物と言う訳だ。


 両隣に建てられた煉瓦造りの建物が余計に、正面にあるこの建物のおんぼさろさを際立たせているが、単体で見れば古さとボロさがあるものの元々建てられたと言う当時の情勢を考えれば、中々に立派な建物である事に違いは無いのだろう。


 などと、折角誇らしげに語ったアクトを傷つけない様に取り繕う言葉を考えて口に出そうとしていたのだが、顔には心境が出てしまっていたのか、少々不服そうな顔でアクトが「中に入れば凄さが分かる筈」と口にする。


 そうして、アクトに連れられるまま組合所の中に入ると、外見の木造建築の様とは打って変わって、様々な機械や魔宝道具が置かれていて近代的な様を見せつけられた。


「おぉ、これは」思っていなかった方向性の内装に少々驚いていると、アクトは自慢げに凄いだろとでも言いたげな顔を浮かべる。お前が誇る事でも無いだろと口を突いて言いそうに成ったが、隣で目を輝かせて見入っているクレアの表情を見たら、思わず口を硬く結んでいた。


 正直、技術だけなら博士の工房の方が凄かったから、今更この程度で興奮する事は無いのだけど、後々の事を考えたら地方から出て来た言う設定なのに近代的な技術を見ても驚かないのは怪しまれるだろうかと思い、ワザとらしくは有るが驚くふりをしておいた。


「ワ――、スゴイナ――。ミタコトモナイモノバカリダ――」自分でも分かってしまう程の下手くそな演技を聞いて、アクトは何故だかさらに自慢げな表情を作って組合所内で出来る事に付いて語り出す。


「……あそこが依頼を張り出している場所で……そこには酒場も有って簡単な料理を……それで、あそこには現在高ランクの冒険者のパーティーが」


「悪いんだが、先に冒険者登録をする方法を教えてくれないか?」


 アクトが中々此処に来た目的でも有る冒険者の登録方法に付いて教えてくれないものだから、こちらから尋ねると「そうだったそうだった、後輩が出来ると思うと嬉しく成っちゃって。登録をするなら先ずはあそこの窓口の人に話掛けるんだよ」と言って指を差して登録手続きが出来る受付窓口を教えてくれた。


 手続きは時間が掛かるらしく、アクトに終わるまでの間クレアの面倒を見ておく様に頼んで、僕は一人で受付に向かう。


「あの、すみません。此処で冒険者の登録が出来ると聞いて来たのですけど」受付で何やら事務作業を熟している職員らしき人物に声を掛けると、何やら溜め息を突きながら「こちらを記入して下さい」と言われた。


 随分と不愛想な職員だな、なんて思いながらも差し出された用紙に書かれた記入事項を書いて行く。と言っても名前と現在の年齢、性別や種族、主に使う武器や魔法等を記入する項目だけなので直ぐに書き終わり、受付の職員に提出する。


「少々、お待ちください」提出した書類を受け取った職員は一言そう言って、待つこと五分と言った所だろうか、カード状の何かを説明も無く渡された。


「えっと、これは?」職員に尋ねるが返事は返って来ない。不愛想を通り越して職務怠慢と言う奴では無いのだろうか。


 碌な説明もしない職員に少々腹を立てつつも、カードの方に視線を送ると冒険者証明書(仮)と書かれていたので、取り敢えず登録は終わったものなのだと判断して、その場を離れる。しかし、カードに書かれている仮とはどういう意味なのだろう。正式な冒険者に成るには他の手続きが必要と言う事なのだろうか。


 そうこう頭を悩ませながら、クレアとアクト。二人を待たせている組合所内に併設されている酒場の方へ向かう。


 酒場では、何やら入った時には見かけなかった人だかりが出来ており、がやがやと煩く騒いでいる様で、二人の姿も人の背に隠れて見当たらなかった。


 今の時間は昼をとおに過ぎているし、夕食にはまだ早い中途半端な時間だ。食事の為じゃ無いだろうに一体何故人だかりが? と思いつつ、人混みを掻き分けて二人の姿を探していると、人だかりの中心と思しき場所から怒鳴り声が聞こえて来る。


「このクソガキが、俺の一張羅が汚れたじゃねぇか。どうしてくれるんだ」

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