断章 第六席従属騎士は今日も頭を抱える

「また、面倒な事に巻き込まれちゃったわね」教会を旅立ったライドとクレアちゃんの後ろ姿を見送った後、私はそんな事を呟いた。


 クレアちゃんの一件が無ければ彼を帝都の大聖堂まで連れて行くつもりで居たのだけど、まぁ仕方無いわよね。


 スターライト家の現当主がもっと話の解る人間なら、こうも頭を悩ませる必要も無いのだけど。


「あんなのが当主じゃ、クレアちゃんを引き渡す訳にも行かないものね」思わず口に出してしまった。いけない、気を付けないと。この前も思った事をつい口に出したせいでお兄様に怒られたばかりじゃない。


 ダメね。やっぱり疲れて居るんだわ。さっきから色々な文句が頭に浮かんでしまうもの。軽く頭を横に振り、浮かんだ不満の言葉を振り払う。


「それで、貴方達はいつまでそこで隠れているつもりなの」少し落ち着きを取り戻した後、背後にある教会の扉に向かいそう言葉を放つ。


「シ、シスター・レイナ、気付かれて居られたのですか」


「流石は私達の先輩、今の私達じゃ気配を隠して居てもすぐにバレてしまうわね」


 教会の開かれた扉の影から二人の姿が現れる。よく見知った顔だ。だけど。


「貴方達だけしか出てきてくれないのね」二人のその奥、目には見えないその空間に居る筈のそいつは姿を表してくれない。


「どうしたんですか?レイナ先輩、何も無いところを見つめて」姿を現した内の片方が私の視線を追って、そいつの居る場所を見るがやはり見えて居ない様だ。


「貴方達は気にしなくて良いわ」そう、気付いて居ないのなら、知らない方が良い。多分いつものように、ニコラウス先生に用でも有るのでしょうし。


 それにしても一々姿を消して歩かれる方が気が散っちゃうのよね。巡礼者に扮して入るなりすれば、私も気を張らなくて済むのに。暗部の連中はこれだから。


「先輩。レイナ先輩。聞いているんですか」うるさいナルミの声で余計な考えを振り払わされる。


「シスター・ナルミ。貴方はいつも声が大きいのですね。此処は教会なのですから、もう少し周りの迷惑にならないよう、静粛にして下さい」


「それを言うなら、レイナ先輩もボーっとしてないで、私達の話を聞いて下さいよ」ナルミは膨れ面で、私に文句を言いながら詰め寄る。


「分かったわよ。それで、なんでさっきまで隠れて居たのか。聞かせてくれるのかしら」


「そ、それは……」ナルミの隣に立つミリカは少し怯えた様子で言葉に詰まって居る。


「ミリカ。貴方は無理して話さなくても良いわよ。代わりにあたしが説明するから」


「ありがとう。ナルミちゃん」


「ミリカは、さっきまで居た半獣人のあの人に怯えて居たのよ。何でも良くないモノが見えたそうなの。でも、レイナ先輩も、ニコラウス神父も普通に話してるから、どんな奴なのか確かめようと思って、隠れて居たの」


「あ、あの、シスター・レイナは怖く無かったのですか?」ミリカは怯えた様子で、私に問う。


「あぁ、確かに初めて見たのがあれだったら、誰だって怖いわよね。でも大丈夫よ、私達に危害を加える様なものじゃ無いわ。少なくとも今わね」


「あの、それってどういう事ですか?」見えてしまうが故に、怯えてしまったミリカの顔からは不安の表情が拭えない。


「とにかく、今は気にしなくて良いのよ。良くないモノに成るかどうかは、もっと先の事だもの」だからこそ、大聖堂まで連れて行きたかったのだけどもね。まあ、先生が見張りを付けて居るだろうから、今更心配しても仕方無いのだけど。


「そう言えば、ミリカに見えたって事は、ナルミにも見えてた筈よね。ナルミは平気だったの?」


「へ?え、あ!平気に決まってるじゃない。あの程度、あたしに掛かれば余裕よ」


 ナルミは動揺したかの様に上擦った声で返事を返す。はぁ、まったく仕方無い子ね。


「見栄を張る暇があるなら、ちゃんとサボらずに、練習を続けなさいよ」


「サ、サボって無いもん。あたしだって、あたしだって」ナルミは涙目に成って泣きそうな顔をする。


「シ、シスター・レイナ。ナルミちゃんは、毎日私と一緒に頑張ってるんです。だから、だから、責めないであげて下さい」


 別に責めて居る訳でも無いのに、なんで私が悪者見たいに扱われるのよ。


「まぁまぁ、レイナさん。その位にしてあげて下さい。二人はまだ見習いなのですから」


 私と二人の会話を聞いて居たのか、教会の扉から、仕度を終えたニコラウス先生が出て来るなり、突然そんな言葉を掛けて来る。


「別に責めていた訳では無くて。って、先生もう出発なされるのですか?」


「えー、帰って来たばかりなのに、もういちゃうの先生」さっきまで泣きそうだったのが、嘘の様に高い声でニコラウス先生の出発を名残惜しそうに、ナルミは喋る。絶対さっきのウソ泣きだったでしょ。と問い詰めたいけど、今は先生が話しているから後回し。


「スターライト家の方々にご遺族の遺体を届けるなら早い方がよろしいでしょ。それに、クレアさんの件についての話も、余計な噂が広まる前に話しておいた方が良いかと思いましてね」


「そうですか。まぁ先生に限っては問題無いと思いますが、くれぐれも気を付けて下さい。最近、あの家系は黒い噂が多いと聞きますから」


「おや、心配して下さるなんて、レイナさんも成長なさいましたね。昔の貴方は肉身である兄にしか、心を開かれなかったのに」先生は明らかに、揶揄うつもりでそんな事を口にする。


「先生。そんな昔の事を今更掘り返さないで下さい。それに……」


「え、レイナ先輩の昔話ですか。あたし聞きたいんですけど」


「わ、私も聞きたいです。シ、シスター・レイナとご家族のお話」


 当然の様にナルミとミリカは私の昔話に喰いついた。さっきまで、ニコラウス先生の方に寄って居た二人は誘導される様に、こちらに来て先生の道を開ける。


「それでは、お先に失礼しますね。後の事は任せましたよ」先生はそう言い残して、教会を発ってしまった。そして、先生の後に続いて、暗部の連中と思われる人物が付いて行く気配を感じ取る。やっぱり先生の客人だったのね。


 先生の背中を見送る中でも、ナルミとミリカは私の話を聞きたいと詰め寄って来続ける。そんな二人を適当にあしらいつつ、こちらの仕度を進める。


 結局二人が何度も押しかけて来るせいで、一時間も掛かってしまった。空を見上げると、日も傾き始めていた。


「それじゃあ、二人共。教会の方はお願いね」眷属でも在り、私の家族であるスカイの背に乗り、見送りに来た二人に言葉を掛ける。


「レイナ先輩も、もう行っちゃうんですね。折角だから、一晩ぐらい泊まって行けば良いのに」さっきまで元気だった、ナルミは目に見えて落ち込んでいる。


「ナルミちゃん、仕方ないよ。シスター・レイナはミハイル代行騎士様の従属騎士をされて居るんだよ。私達なんかよりも大変なお仕事なんだから、引き留めちゃダメだもの」ミリカは、口ではそう言っているが、私が泊まっていかない事が残念そうだ。


「ナルミ、ミリカ。二人共ちゃんと良い子に過ごして居たら、次来る時はお土産を持って来るから、そう落ち込まないで」


「ホント!」お土産と言う単語を聞いたナルミは、すぐに元気に成った。ミリカも口には出さないが楽しみなのが表情に出ている。


「ホントよ。だから、ちゃんと教会でのお仕事を頑張るのよ」頷く二人に手を振って、スカイに取り付けた手綱を握る。


「さぁ、スカイ。帝都まで連れて行って頂戴」スカイの頭を軽く撫でて、指示を出すとその白い翼を広げる。


「レイナ先輩、お土産はハニー&ホイップの新作を買って来て下さいね」


「わ、私は、新しい本が欲しいです」


 上空に羽ばたく最中、地上から二人の要望が聞こえて来る。それに手を振って返し、スカイの手綱を握り締めて、帝都に向かった。


「それにしても、二人ともすっかり大きく成ったわね。前に会ったのは確か建国祭の時だったかしら。やっぱり成長期なのかしらね」帝都に向かう道中で、懐かしさからそんな事を呟く。


 こんな風に懐かしむ事が出来るのも、二人が前向きに生きて行く事を考えてくれた、お陰なのだろう。ナルミの方は少し元気過ぎるところもあるけど、魔物の巣から助け出したばかりの頃を思えば、あれ位元気に成ってくれた方が安心出来る。


「っと、今は二人の事よりも、お兄様にどう報告するのか考えないといけないんだった」


 当初の目的だった、失踪事件の方は主犯が判明したけど、逃げられちゃったし、特異能力者でもあるライドを教会に連れていけなかったし、その上、後日討伐予定だった盗賊を既に討伐している事も、スオウさんの件やクレアちゃんの事も報告しなきゃだし。


 考えただけでも、頭が痛くなる。きっと報告を聞いたお兄様はお怒りに成るのでしょう。何故もっと早い段階に報告しなかったのかと。


 うぅ、連絡用の魔宝石を忘れてしまった事をどう誤魔化すか、帝都に着くまでに考えないと。自業自得だとはいえ、今日も頭を抱える悩みの多いレイナであった。

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