第四章 星の瞳を持つ少女 3

「はぁー、生き返る。まさか天然の温泉が有るなんて思わなかったな」レイナに連れられて来た小屋には地表に湧き出た温泉を利用して作られた風呂が有り、そこを貸して貰える事に成った。


 温泉内は板一枚で男女に仕切られており、向こう側の様子は見れない。クレアの事をレイナに任せてしまったが大丈夫だろうか、あの歳頃の子は身体を洗われるのを嫌う子が多かったと思うのだけど。まぁ、僕が知っている子どもなんてキメラの子だけだから、人間だとそう言うのは無いかもな。


 それにしても、向こう側の声もだが音すら聞こえないな、防音の魔法でも板に掛けられているのだろうか。いや、預けたのに、様子を確認しようとするのは無粋というものか。


「ともかく、今日は盗賊との戦闘で疲れてもいるし、今はゆっくりとこの身体を癒す事に専念しよう」肩まで湯に浸かり、両手両足を伸ばして岩にもたれ掛かる。


 すると、ガラガラと更衣小屋の扉が開き、中からガッシリとした体型の男が入って来た。


「おや、先客が居たのですね。私とした事が気付かすに入ってしまうとは、申し訳ない。客人、私めは後で入らせて貰いますので、どうぞお気に為さらずゆっくりと旅の疲れを癒して下さい」

男は申し訳なさそうのそう口にした後、入った扉に戻ろうと踵を返す。


「いや、僕はそう言うの気にしないので、わざわざ気を使わなくても構わないのですから、一緒に入りませんか。丁度話相手も欲しかった所ですので」


 別にその背を見送ってしまっても良かったのだけど、流石に間借りの身で図々しく温泉を独占する気にも成らないからな。話し相手が欲しいと言うのは嘘だけど、こう言っておけば相手に気を使わせる必要も無いだろう。


「そうですか。いえ、そう言って頂けるのでしたら私めにとっても助かります。ちょうど汗を流したかった所でしたので、お言葉に甘えて御一緒させて貰います。あぁ、申し遅れていましたね。私めはこの教会を管理させて頂いて居るニコラウスと申します。以後お見知りおきを」ニコラウスと名乗る男は礼儀正しく頭を下げる。


「あ、これは丁寧にどうも。僕はライドと申します。訳あってこの温泉を使わせて頂いております」


 こう言った大人な対応された場合、どう返すのが正解なのか知らないんだけど。これで合って居たのだろうか。少々不安を感じながらもニコラウスにつられて頭を下げる。


「ライドさん。そうお気を使わず、自然体で話して貰っても結構ですよ。先程は教会を管理していると言いましたが、私とて一介の神父に過ぎませんから。そう畏まられてしまっては、お互いに息が詰まってしまいますよ」ニコラウスはニコニコとした優しそうな顔で、僕に向かいそう言って、少しずつ近寄って来る。


「は、はぁ。そうですか。では、お言葉に甘えて遠慮無くニコラウスと呼ばせて貰いますね。あ、そちらも僕の事は呼び捨てにして貰って良いですよ」僕がそう言い終わるとほぼ同時に、ニコラウスは僕の隣に腰掛けた。


 ニコラウスのガッシリした体型は、間近で見る事でその凄さがより一層見て取れる。


 僕よりも、一回り大きい体格のうえ、しっかりと鍛え上げられえ身体。手には剣術か棒術などで出来たで在ろうマメが出来て居ながらも、顔は身体に似合わず、虫も殺さなそうな程優し気だった。


 こんなにも優しそうな顔してるけど、身体つきだけ見たら大型の魔物とも素手で戦えそうなんだよな。これが所謂ギャップというものなのか?いや、なんか微妙に違う様な気も。


 僕がそうやって隣に座るニコラウスの身体を見上げながら、考え事をしていると、ニコラウスは不思議そうな表情を浮かべる。


「どうかされましたか?そんなにも難しそうな顔を浮かべられて」


「へ?あぁ、いや何でもないよ。気にしないで」ニコラウスと熊型の魔物が掴み合いをして、どっちが勝つのだろうとか考えて無いよ。ホントだよ。


「何か悩み事を抱えて居られるなら、私めにどうぞお話下さい。力に成れるかは分かりませんが、話すだけでも気が紛れる事だって在りますから」ニコラウスは、こちらが詰まらない事を考えていたとは、露にも思って無いと言った表情で、ニコニコしながらそう言って来る。


「え、えっとそうだなぁ」急に悩みとか言われても、思い付かないや。此処は白状して、下らない事を考えて居ただけと言ってしまおうか。とも思ったのだが、口に出す瞬間に別の事が頭に浮かんだ。


「ニコラウスは、自分が復讐したい相手を誰かに代行して貰う事ってどう思う」正直さっきまで考えていた事の方がマシに思えるぐらい詰まらない事を聞いたとは、思っている。


 第一に、こんな事を聞かれた所で相手が返答に困るに決まっている。そもそも、どう思うってなんだよ。そんな決まった答えが無い様な質問の仕方したところで満足な回答が返って来る保障もないだろ。口にするにしても、もっと聞き方を考えて話せよバカ。


 自分を心の中で馬頭して、ニコラウスの返事も待たずに口を開いた「すまない、今のは忘れてくれ」それだけ言って、湯から出てしまおうと立ち上がろうとする。それをニコラウスは制止の言葉で止めた。


「お待ちください。ライド、貴方がどういった意味で先程の言葉を投げかけたのかは、私には理解出来ませんでした。復讐に付いても、私が人様にどうこうと言うつもりもありません。私も今は神父をしていますが、その前は憎しみを持つ一人の人間でしたからね」


 ニコラウスは、淡々と語る。その言葉には棘の様なものは一切感じさせず。復讐という言葉を使った僕に対して、侮蔑の様な感情も感じさせない。僕は、ニコラウスの次の言葉が気に成り、立ち上がろうとした足を再び下ろす。


「さて、復讐したい相手を誰かに代行して貰う事に付いてどう思うかでしたね。私は余り良い思いはしないでしょうね。見ての通り私は鍛えて居ますから、そう言った相手が居たのなら自分の手でしなければ、気が晴れる事は無いでしょうから」


「そう、か。だったら僕は……」クレアが成長した後、僕は恨まれてしまうのだろうか。あの時は、時間も無かったし今思えば、結構強引に決めさせた様にも思う。だいたい、力があれば復讐したいかを聞いたのに、結局僕が全部仕留めてしまった訳だし。止めくらいは譲った方が良かったのだろうか。


 勝手に落ち込む僕をよそに、ニコラウスは言葉を続ける。


「ただ、それは力有る者の話に過ぎません。力をもたない者にとっては、そもそも復讐する事すら叶わないのです。ですから、相手が望んで、提案を否定されなかったのなら、代行して貰うことは、逆に感謝される場合もあるのでは無いのでしょうか」


 ニコラウスは、相変わらずニコニコとした表情でそう口にした。


「ニコラウス。あんた本当に聖職者なのか?普通だったら、復讐なんて止めろとかいうものだと思うのだけど」


「おや、説教の方がお望みでしたか?」


「いや、説教はごめんだね。でもありがとう。気が楽に成った様な気がするや」


「そうですか。それは良かったです。あ、それから、今言ったのはあくまで私個人の考えを交えて言っただけですが、外の人に私めがこのような事を言っていたとは口にしないで頂けると」


「大丈夫だよ。言いふらす様な相手も居ないしな」


 その後、少しの間ニコラウスと他愛も無い様な話をした後に、温泉から上がる事にした。ニコラウスはまだもう少し湯に浸かっていたいらしいので、彼を残して、小屋の外へ出る。


 少し外で待っていると、湯上りのレイナとクレアが出て来た。


「あら、ライドもう上がって居たのね。もしかして待たせちゃったかしら」


「いや、そんなに待って無いから、気にしなくて良いよ。それよりも湯上りで外に居たらクレアちゃんが風邪を引いちゃうから、教会に案内してくれないか」


「えぇ、そうね。付いて来て頂戴」レイナはクレアと手を繋ぎながら、教会の中へと案内をしてくれる。しかし、二人はすっかり仲良しだな。……う、羨ましくは、無かったぞ。


 *  *  *


 レイナに連れられて裏口から教会へと入り、ある一室へと案内された。


 生活空間漂うそこに有る椅子に腰掛けるように説明されて、指示通りに座るとレイナが紅茶を淹れてカップを渡してくる。


「着替えの服に付いてもだが。色々と世話になる」風呂を出た後に着た用意されて居た服を触りながらレイナに軽く頭を下げながら、礼の言葉を述べる。


「別に気にしなくてもいいわよ。それよりライド、温泉に入った際に気付いたんだけど、クレアちゃんの首元に呪詛が刻まれたの。喋れないのはもしかしてそれが原因何じゃないのかしら」


「呪符?なんだそれは」聞いた事も無い単語を耳にして、思わず聞き返す。


「呪符っていうのはね。魔法の一種なんだけど本来は使用する魔法の効果を強める為に利用するモノの事を言うわ。そしてこの子の首元に刻まれている呪符の効果は、魔法の効力を半永久的に持続させるものなのよ」


「えっと、つまりどういう事?」魔法に関わる事に成ると、何故か頭に靄が掛かったように痛く成って来て、何時も通りに思考する事が出来なく成って来る。幼い頃からそうだったのだが、一体この現象は何だと言うのか。いや、今はそんな事を考えるよりもレイナの話を聞かないと。


「ようは、クレアちゃんに身体の一部を使えなくしたり、声を出せなくする様な魔法を掛けられた後に、呪符でその効果が消えないようにされたせいで、今クレアちゃんは喋れなく成ったという事よ」


「じゃあ、その呪符って言うのと、クレアに掛かった魔法をどうにか出来れば、喋れるように成るって事なのか」


「理屈で言えばそうね。でもそれは無理な話よ。呪符は掛けた人しか取り消す事は出来ないのよ」


「だったらその人物を探せば」レイナは僕の言葉を遮る様に口を挟む。


「無理なのよ。この呪符を掛けた人物は十中八九生きては居ないもの。だって半永久的に持続させる為の呪符って言うのは、大量の魔力を使うのよ。唯の人間に、例え百年以上生きた魔法使いで有っても死に至る量の魔力を使うの。呪符が解ける相手が居ない以上、クレアちゃんと声を出して話合える様に成る事は、二度と来ないでしょうね」


「そんな、じゃあクレアはずっとこのまま……」この世界において、言葉が通じない人物が一人で生きて長生きする事は決して無いだろう。当然だ、世界の端から端まで共通言語を話す人種しか居ないのだ。言葉が通じない、話す事が出来ない人物は、場所に依っては、知能の低い魔物が化けた存在だと思われかねない。


 理解の有る家族が居れば、生きて行く事事態は難しいものでも無いのだろう。でもクレアの家族は、もう居ないのだ。


 横で椅子に座るクレアに視線を移す。クレアは僕とレイナの話の内容が理解出来なかったのか、あるいは興味が無かったのか、近くに有る本棚から児童書らしき絵本を取り出して眺めていた。


「ライド。クレアちゃんの今後に付いて話し合いたいのだけど。その前にこれを見て」そう言って、レイナは机の上に金属製の何かを置いた。星型の形をしたそれを指差して、レイナが口を開く。


「これは、あの馬車に取り付けられて居た物よ。ライドは何か解るかしら」解るかしらとか言われても、初めて見る物なのに解る訳が無い。


「意地悪言って無いで。早く教えてくれ」


「これは、ある貴族の家紋よ。この近辺じゃそれなりに名の知れた貴族だし。名前を聞いたら解るんじゃ無いかしら。そう、あの有名なスターライト家よ」


「スターライト家?確かに聞いた事が有るような……」聞いた事は有ると思う。博士から帝国貴族の家系は色々教えられた訳だし、有名だと言うなら、あの村で買い物をしていた時にも耳にしたことぐらいは有るのだろうさ。でも、いまいちピンと来ないでいる。


「何よ、本当に知らないの?伯爵家の中でも昔から名の知れた御三家の一つじゃない。クラウン家、ビーチェルド家、スターライト家と言えば、皇帝家とも深い繋がりのある貴族の家系として有名じゃない。そんなことも知らないなんてライドってもしかして……」


 レイナは疑いの眼差しでこちらを見て来る。まずい、変に勘ぐられて、博士に造られた事がバレたら面倒な事に成りそうだ。何とか誤魔化さなければ。僕は必死に取り繕った言葉を頭に浮かべて、口にしようとしたのだが、レイナの方が先に口を開いた。


「ライドって、凄い田舎の方から旅して来たんでしょ」


「へ?あ、あぁうん。そうだね。田舎の方ではあったな」


「やっぱり、そうだったんだ。私も教会に来る事に成って初めて、帝国の貴族を知ったのよ。やっぱり田舎の方だと、今でも情報の伝達が遅いのは変わらないのね」レイナは何かを懐かしむ様にそう口にして、勝手に頷いて納得していた。


 変に否定する理由も無いし、口を出したら面倒な事に成りそうなので、僕は頭に浮かべた取り繕う言葉を捨てて、余計な事を言わない様に口を噤む。


「っと、話が脱線しちゃったわね。スターライト家って言うのは、この一帯を納めている領主でも有って、皇帝家との繋がりも有るから公爵家とも対等な立場に有る特別な家系なのよ。代々星見の家系らしくて、占星術?って言ったかな。星を見て占いをして皇帝家を何度も助けた事があるそうよ」レイナはそこまで言い終えた後で、面倒事に頭を悩ませる様な表情になりながら、話を続ける。


「それに、火葬する前に全員の身元を調べたんだけど、馬車に最初から乗ってたこの子の家族は全員、そのスターライト家の本家筋の人達だったのよ。流石に、勝手に火葬する訳には行かないから、今は教会で保管しているけど、後で引き渡しに行かないといけないのよね」


「そうなのか、でもそれがどうしたって言うんだ」


「察しが悪いわね。クレアちゃんはそんな凄い家柄の跡継ぎの一人だったのよ。まぁ正式に当主が交代するのは、まだ先の話でしょうけど。クレアちゃんをそのままスターライト家の人に引き渡しちゃうと、まだ幼いこの子を利用しようとする人達がきっと現れるわ。そうなってしまったら、きっとクレアちゃんはこれから先自由に生きて行く事は出来なく成ってしまう筈よ」レイナはまるで我が事の様にクレアを心配して、そう口にする。


「でも、それじゃあどうするって言うんだよ。死体を引き渡しに行く以上、変な奴に利用させない為にクレアだけ引き渡さないと言う訳にも行かないんじゃ無いのか」


 僕の言葉に、レイナは「そうなのよね。だから今頭を抱える事に成っているんじゃない」そう口にした通り、うー、うー、言いながら頭を両手で抱えて悩んでいる。見た感じすぐに答えは出そうに無いなこれ。


 当の本人であるクレアは絵本に夢中な様で、こちらの話は気にして居ないようだ。まったくお気楽なものだ。自分のこれからの人生を左右するかもしれない話が今真横で行われていると言うのに。


 レイナがブツブツと何かを呟きながら頭を抱えて机に張り付いていると、部屋の扉が開き、救いの手を差し伸べてくる人物が現れる。


「レイナさん、随分とお悩みの様ですね。良ければ私も、そのお悩みを解決する手助けをしてもよろしいですかな」ニコニコとした表情でニコラウスがレイナに、そう尋ねながら部屋に入って来た。


「せ、先生!もうお戻りに成られていたのですか。確かお戻りは一週間後だった筈では」


 レイナはニコラウスの登場に驚きながら、急いで立ち上がり姿勢を正した。


「おや、私が戻って来ては、何か問題が会ったのですか」ニコラウスは冗談でも言うかのように、レイナにそう返す。だが、レイナの方は慌てた様子で、先程の言った言葉を訂正する。


「い、いえ。そのような事は決してありませんよ。むしろ、先生とこうも早く再会出来て嬉しいくらいです。本当ですよ。嘘じゃありません」


「ふふ、冗談ですよ。そう畏まらないで下さいレイナさん。予想よりも順調に交渉が終わりましたので、早く戻って来ただけですよ」ニコラウスの言葉が冗談だった事を知ったレイナは胸をホ

ッと撫で下ろす。その様子をニコラウスは、ニコニコとした笑みで眺めながら言葉を続けた。


「では、改めて聞きますが、そのお悩みを解決させる手助けをさせて貰えませんか」


「そ、それは勿論、先生のお知恵を貸して頂けるのでしたら、こちらも願ったり叶ったりですが。よろしいのですか?先生は普段公務でお忙しいと聞いて居ましたが」


「問題ありませんよ。それに私は、昔の教え子が困っていると言うのに、見過ごせる程人間は出来ていませんからね。それで、何をお悩みに為られていたのか教えてもらえますかな」


 ニコラウスが協力してくれると知ったレイナは、包み隠さずに今に至るまでの経緯と、今後クレアの処遇に付いて、どうすれば良いかに付いて悩んでいるの事を伝える。


 僕は、特に現状の解決策を思い付かないので、一歩離れたところで眺めて居たのだが、突然後ろから脇腹をツンツンと突かれた。振り返ると後ろにクレアが絵本片手に立っている。


「どうしたんだ?」そう声を掛けると、クレアは手に持っていた絵本を突き出す。そして、その絵本に描かれているタイトルを指差した。


「?」クレアの意図が解らずに首を傾げていると、クレアは絵本のタイトル部分を指でなぞり、声の出せない口をパクパクと開く。もしかして、読み上げて欲しいとかかな?


「えーと、りゅうでんせつ?」クレアの行動に合わせて、文字を読み上げながら指でなぞると、クレアは喜んだ様に笑顔を見せて来る。そして、絵本のページを開いて、このページも読む様に催促して来た。


 もしかしてクレアは、まだ文字が読めなかったりするのかな。それで、なんと書かれているのか知りたくて、読むように言って来たってことだろうか。クレアの行動から、そのように解釈する。


 断る理由も無いので、絵本を読むのを付き合う事にして、椅子に座る。クレアに膝に座る様に促して、絵本を預かり、先程と同じ様に指で文字をなぞり声をだして読み上げていく。


 クレアは、僕が読み上げる度に喜び、早く次を読む様にと促して来た。その様子が何とも愛らしく、そして昔の事を思い出させる。工房にいた時は、文字の読めない仲間達に同じ様なやり方で、教えて居たなぁ。懐かしさに浸りながら、クレアの喜ぶ顔見たさに、絵本の読み上げを続ける。


 絵本なので、そこまでの文量がある訳でも無い為、すぐに読み終わった。すると、クレアは本棚に絵本を仕舞いに向かい、新しい絵本を手にして僕の膝に戻り、新たな絵本も読みあげる様に促して来た。


 そうして何冊かの本を読み上げる。途中からまったく話を聞いて居なかった、レイナとニコラウスの会話が丁度終わるのと同時に、こちらが今読み上げていた絵本も読み終わった。丁度タイミングも良いので、絵本を閉じた後、二人に話しかける。


「それで、クレアをどうするのか結論が出たのか?」新しい絵本を読むように催促して来るクレアをなだめる為に頭を撫でながら、そう尋ねた。


「ライドってば、全然話に入らないと思ったら、そんなところに居たのね。貴方にとっても他人事じゃない話なのに、気楽なものね」


「まぁまぁ、レイナさん。彼はその子の面倒を見て居たのですから、そう気を立てずともよろしいでは無いですか」少しばかり怒り気味なレイナをニコラウスはなだめつつ、二人の話合いで出た結論を口にした。


「結論から申しますが、その少女は行方不明という扱いにする事になりました」


「行方不明?」予想もしてなかった答えが返って来た為に、思わず首を傾げてしまう。


「その子、クレアさんが生きている事を知っているのは、私どもしか居ないのです。家族の遺体を届ける際に、我々が盗賊を討伐した頃には既に、クレアさんはその場に居なかった事にしてしまえば、彼らが我々を疑う事は無く余計な争いに発展する事も無いでしょう」


「そうなのか?疑り深い相手だと、匿っているとか思われたりしないのか?」


「確かにその可能性は在りますが、ですがその問題を解決する役目こそ貴方なのですよ」ニコラ

ウスは僕の肩に手を乗せてそんな事を口にする。


「ごめん、僕の理解力が無いからなのかな。まったく話が見えないんだけど。もう少し詳しく説明してくれないか、ニコラウス」


「ライド、貴方先生の事を呼び捨てにして」僕がニコラウスを呼び捨てした事に怒るレイナをニコラウスは、なだめながら説明を続ける。


「貴方にはクレアさんを誘拐した犯人になって貰います」


「え?」


 ニコラウスはニコニコ笑顔でこちらに詰め寄って来る。


 *  *  *


「はい、これだけ在れば次の街まで十分な筈よ」食料と水の詰まった大きなバッグと地図をレイナが渡して来る。


「なぁ、本当に連れて行かないとダメなのか。誘拐犯役はやるけど、クレアだけでも教会で匿うとか出来ないのかよ」受け取ったバッグを背負いながら二人に尋ねる。


「先程も説明しましたが、スターライト家の人達に我々がその子を匿っている事がバレてしま

と、争いに発展してしまうかもしれないのです。そうなっては、我々教会にとっても、そしてクレアさんにとっても良い事は何もありません。それになにより、クレアさんが貴方と一緒に行く事を選んだのではありませんか」


「なんか、良い様に使われている気がするんだけど」明らかに、そっちが得するだけって話じゃないか。盗賊を討伐した功績もそっちのものになる訳だし、スターライト家の信頼も得られて、誘拐犯の向かった場所まで知ってる訳だ。僕はそっちに裏切られたら人生終了なんだろ。ホント酷い話だよ。


「はぁ」短い溜め息の後、呑気に欠伸をするクレアを横目に見やる。クレアは僕に見られて居る事に気付くと、笑顔を向けて来る。


「まぁ良いか」クレアの笑顔を見たら、頭に浮かんだ文句も、どうでもよく思えて来た。


「安心して下さいライド。スターライト家の方には、貴方の名前を出さずに誘拐犯が居たと言う事実だけを伝えますので、ライドの旅に大きな支障はきたさない筈です」


 ニコラウスがそんな事を言って来るが、クレアを連れて行くだけでも旅に大きく支障をきたすと思うのだけど。そんな事を考えている事を察したのか、ニコラウスはこちらに近付いて、小声で話しかけて来た。


「そうそう、温泉では言い忘れて居ましたが、人の復讐を代行したのならば、その人の人生に深く関わる事なのだと、私は思うのです。そして、相手の人生に関わる事で、その人の人生を大きく変えてしまったのならば、その責任も取るべきだと思うのですよ」


「ニコラウス。あんた、人の痛いところをズカズカと突いて来るんだな」


「はて?何のことでしょう」ニコラウスはワザとらしく惚ける。そして最後に「ですが、責任から目を逸らさず、逃げないその姿勢は好きですよ。それでは頑張って下さいね」そんな言葉を残して、先に教会の中へと戻った。


「ほら、ライド。そろそろ出発しないと、近くの村に着く前に日が暮れてしまうでしょ」


 ニコラウスが教会に戻ったのを確認し終えると、レイナは肩の力を抜いた後そう言って、早く出発する様に促して来る。


「わかっているよ。それじゃあ、元気でな」レイナに別れの言葉を告げて、軽く頭を撫でて、後ろを振り返る。


「それじゃあ、行こうかクレア」隣に立つクレアに手を差し出す。クレアは、僕のその手をぎゅっと握り、笑顔で返す。


 後ろ手に空いた手を振って、僕とクレアはレイナに紹介された街に向かい歩き始める。


 クレアとの旅は当初、スターライト家が失踪したクレアが死んだものと発表するまでのものだった。発表さえされれば、実際に生きていたとしても特別な理由でも無い限り跡継ぎの候補から外されるからだ。


 そうなれば、旅の途中で立ち寄った教会に、ニコラウスの名前を出して孤児院まで届けて貰う手筈になっていた。だから、僕としては当初、少しの間子守りをする程度のつもりで、クレアと旅する事であんな事に巻き込まれるとは露にも思って無かったんだよなぁ

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