第四章 星の瞳を持つ少女1

 あれは、まさしく運命の出会いだった。まぁそう思うのは、もう少し先の話では有るんだけども。あの時は今と違って人助けとかも、余り意識して旅をしていなかったからね。言ってしまえば自分の為に成らない人助けはあれが初めての事なのかも?


 でも、ある意味あの出会いがあったからこそ、今の僕が居るんだよ。


 *  *  *


「レイナ、そろそろ休憩にしないか。流石に殆ど休まずに三日も歩き続けるのは疲れて来たんだけど」


 スオウと別れた後、僕とレイナはまず最初にあの村人達を供養する事にしたんだ。僕にとっては村人達は憎き相手だったから、供養と言うよりは死体の処理を手伝っただけなんだけどね。


 でもレイナの方は、僕なんかとは違って結構丁寧に死体を扱っていた。まぁ聖職者な訳だし当然と言えば当然なのかもしれないけど。暴力的な食いしん坊としか思って居なかったから、ちょっと驚いた訳だ。


 どこか知らない筈の懐かしい人物と重なる部分も感じたし、少しレイナに興味があった部分も有るんだと思う。だから、彼女が教会に向かう事を提案して来た時は、すんなりその提案に乗ったのだ。食料を提供してくれると言っていたから尚更ね。


 彼女は彼女の方で、何か思惑めいたものがあった見たいだけど、当時の僕はそんな事を深くは考えないで、レイナの後に付いていっていたんだったけな。


「ぜぇ、ぜぇ、もう限界。ちょっと休ませてくれ」レイナの後に付いて歩いて、そろそろ四日目に入ろうかと言う頃、等々体力の限界が来て座り込んでしまった。


「出来れば明日までに森を抜けたかったのだけど。その様子じゃ、少し休んだ方が効率が良さそうだし。ちょっとの間だけよ」レイナは仕方無いわね。なんて言いたそうな顔でそう口にして、ようやく足を止めてくれた。


 教会に向かい村を出てから今まで、殆ど休む事無く森の中を歩いて来たのだ。工房に居た頃は、森で狩りをする為に獣道をよく通っていたから、体力の消耗を抑えて歩くのは成れて居るのだけど。寝る事も休憩も無しで歩き続けるのも、流石に限界が来ていた。


 大体なんでレイナは一度も立ち止まらずに三日間も歩き続けて、まだ平気そうにしているんだよ。体力どうなってるんだか。


 ご飯も殆ど食べられて居ないし、流石にお腹空いたなぁ。でも今は食料を一つも確保出来て無いので、我慢するしかないのだ。くっ、食べ物の事を考えて居ると涎が。じゅるり。


「レイナはお腹空かないのか?」


「別に平気よ、何?ライドは空腹で動けないで居たの。だったらこれでも食べる?」


 レイナはそう言って、真っ黒な何かを手渡して来る。


「何これ。食べ物なの」そんな事を聞かずにはいられないそれを見て、レイナに尋ねる。


「教会特製の丸薬よ。食べ物と言うよりは薬なのだけど。味は……まぁ食べられなくは無いわ。けど、それを食べれば暫くは食事をとらなくても大丈夫に成るわよ」なんて、レイナは笑顔で言って来る。


 味は保障してくれないのか、大丈夫なのかな。まぁでも折角くれた訳だし、今は少しでもお腹を満たしたいからな。ここは思い切って一口で食べてしまおう。うん、そうしよう。


 真っ黒で掌サイズの丸いそれを眺めながら、そんな事を頭に思い浮かべた後、意を決して口に放り込む。


「う、苦い。凄く苦い」今まで食べて来たものの中で一番苦かった。まぁ確かに食べられない程って訳では無かったが、今後二度と食べたいとは思わないな、これ。


 食べさせた、教会特製の丸薬の苦さに苦しむこちらの様子を見て、レイナは「何その顔」なんて笑いながら言って来る。こっちからしたら笑いごとじゃ無いのだけど、暫く何食べても苦く感じそうなのに。


 少しの間、レイナをうらめしそうに眺めていたが、段々空腹間が落ち着いている事に気付いた。


「確かにこれは、凄いな。さっきまで、お腹を空かせて居たのが嘘みたいだ」


「当然よ、なんたってシスター・ベル特製の丸薬だもの」


「なんでレイナが自慢げなんだよ」


「シスター・ベルは私の友達だからね。友達の功績を褒められたら嬉しく思うのも当然でしょ」随分と嬉しそうに語るレイナ。その様子を見ていると何だか我が事の様に嬉しく思えて来る。でもなんでそう感じるんだろう。


「さ、そろそろ動ける様に成ったかしら。成ったのなら先を急ぎましょう。さっき移動中にも言ったけど、この森は盗賊が頻繁に出没するのよ。足止めをくらうのも面倒だから、出来るだけ早めに森を抜けましょう」


 レイナはこちらの返事も待たずに、ズカズカと歩きだしてしまった。


 もう少し、足を休めていたかったが仕方ないと諦めて、レイナの背中に付いて歩く。だって、丸薬とはいえ食料をくれた訳だし、これ以上我儘を言うのも忍びないもの。


 と言う事でレイナと二人森の中を進んでいたのだが、道中で、キーンと進行方向とは別の場所から金属音の様なものが聞こえて来た。何の音かと思い立ち止まるが、レイナの方は音に気付いて居なかったのかそのまま森の中を進んでいる。


「まってくれ、レイナ。さっきから聞こえるこの音はなんだ。レイナは気にして無いみたいだけど、この森ではいつもの事なのか」相変わらず聞こえ続ける金属音が段々うるさく成って来るなかレイナに音の正体に付いて尋ねると、レイナは不思議そうな顔をする。


「?何を言っているの。音なんて特に聞こえないけど。むしろいつもよりも静かなくらいよ」レイナにはこの音が聞こえて居ないのか?そうなるとますます音の正体が気になった。と言うか音の正体を今すぐ確認しなければいけないと野生の感が告げている気がする。


「ちょっと様子を見て来る」レイナにそう言い残して、音のする方向に向かい走り出す。


 レイナは「急にどうしたのよ」なんて言って、驚いた表情を浮かべて居るのを横目に、木々を掻き分けて進んだ。


 音の方向へ近付く程、当然ながら聞こえて来る音の大きさも距離に比例して大きく成っていた。だが、聞こえて来る音は近付けば近付く程に頻度が減って行っている気がする。


 金属音が聞こえて来る間隔が長く成る度に、何だか嫌な胸騒ぎを感じて来た頃、ドンっと何かにぶつかった。それは僕よりも小さな存在で、ぶつかった相手は衝撃により、地面に転がる。


 それは、声を上げる事はしないまま、擦りむいた片膝を抑えながらすぐに立ち上がろうとしていたが、擦りむいた箇所が痛むのか上手く立ち上がれない様で、すぐにもう一度地面に転がる。


 僕はそれの存在を不思議に思いながら眺めて居た。どうしてこんなところに?どうして走っていたんだろう?疑問は尽きなかったが、それの瞳を見た瞬間に頭の中に浮かんでいた疑問の全てが吹き飛んだ。


 青い瞳をしていた。毎夜空に浮かんでいるあの星と同じ青色。いつだかに果たせなかった誓いを立てたあの星と同じ色の瞳。そして、あいつの記憶で何度も見た彼女と同じ色をした綺麗な目。


 ふと、最近見た夢で言われた言葉を思い出す。


「これだけは憶えておけ、あの子を守らずに死ぬような事だけは俺が許さないって事をな」


 僕は青い瞳に吸い込まれる様に、じっとその子の顔を眺めていた。


 どれくらいの間見ていただろうか。数分?数時間?それともたったの数秒?時間の感覚が分からなく成って来た頃にようやく、その子の顔が恐怖に歪んでいる事に気付いた。


 青い瞳から涙が流れている。絶望した様に可愛い顔を暗くし、泥がはねてドロドロに汚れた、鮮やかな青色のドレスの裾を握って、力が抜けた様にへたり込む。


 よく見ると、その子の髪には夥しい程の血が付いていた。栗色の髪にびっしりと付着するその血はまだ渇いては居ない様だ。


「えっと、大丈夫か?」こういう時、どう声を掛ければ良く分からないから、取り敢えず頭の中で最初に思い付いた言葉を投げかける。


 すると、少女は声を上げないまま、驚いた様な表情を見せる。まるで、信じられないものを見たかの様な表情だ。そして今度は今にも盛大に泣き出しそうな顔になる。


「え!あ、えっと。だ、大丈夫だよ。お兄さんは怪しいものじゃないよ」自分でもどうかと思うが、この時はどうにか怖がらせない様にしなければと必死だったのだ。いい案が思い付かなくて、そんな事を口にしたが。冷静に考えたら、十分に怪しかったな。


 だけど少女の方は、その一言で安心したのか盛大に泣き出すような事には成らなかった。まぁ、代わりにちょっと恥ずかしい思いをさせてしまった様だけど。


 足元に新しく出来た水溜まりから離れてから、少女に事情を尋ねる。


 だけど何を聞いても少女は返事をしない。僕の言葉に頷いたり、相槌を売ったりしているので、僕の言葉が聞こえては居るのだと思うのだけど。返事をしてくれない事には状況が分からないので何もしようが無いのだ。さて、どうしたものか。


 首を傾げて悩んで居ると、少女も不思議そうに首を傾げる。少女との意思疎通の方法を思案していると、なんで自分はこの少女の事情を知りたいと思っているのだろうと疑問が浮かぶ。


 この少女と関われば絶対面倒な事に巻き込まれるのは、目に見えて居る。こちらとしては、あまり旅に支障をきたす様な事に巻き込まれるのは、困る筈なんだけど……。でも放っておけないんだよな。そんな事を考えていると、森が騒がしくなって来た。


 騒ぎの元凶は先程聞こえていた金属音では無い、人の声だ。それも大勢の、数にしたら十人くらいだろうか。


「おい、見付かったか」「今日中に見つけ出せ」「生かして帰すな」なんて物騒な声が森中に飛び交っている。


 そう言えば、レイナがこの森で盗賊が頻繁に出没するとか言っていたっけ。成る程、状況は大体理解した。あれ、そう言えばレイナはどこに行ったのだろう。そろそろ追い付いて来てもおかしくない筈なんだけどな。レイナがいれば、この少女をどうするかとか相談出来たのだけどなぁ。


 レイナの姿を探して辺りを見回していると、服の袖口をグイっと引っ張られる。


 少女の方を見ると、青ざめた恐怖で引き攣った顔を浮かべて、ぎゅっと僕の服を掴んでいた。その手に加わる力はとても弱く、簡単に引きはがせてしまう程度の力しかない。それでも少女はようやく見つけた希望に縋りついているとでも言うかのように必死に、離してしまわない様にしがみついていた。


 その様子を見て僕の頭からは、面倒事に巻き込まれるのは御免なんて考えは消えていた。


 僕は一体いつから、お人好しになったんだろう。なんて詰まらない事を考えながら、少女の頭を優しく撫でる。そして、ある事を少女に尋ねる。


「一つだけ聞かせてくれ、力があればあいつらに復讐したいと思う?」僕の質問を聞いた少女は、一瞬凍りの様に固まる。後から知ったけど、普通こんな質問を子どもにする事じゃ無いんだよね。でも、それを知って居たとしても、この質問はしていたんだと思う。


 だって自分で決めるのと、かってに決められるのとでは、後悔するかどうかって変わって来ると思うのだもの。


 長い沈黙の後、少女は深く頷いた。僕の質問の意味をちゃんと理解していたかと聞かれれば、怪しいところ。なんたってその少女は言葉を喋らないのだもの。理解していたかの確認なんて出来無いよ。


 でも、少女は頷いた。それだけで僕が行動するには十分だった訳だ。なんでこんな事して居るんだろうとかの後悔はしなかったな。


 少女に草木の生い茂る場所へ隠れて居るように言った後、僕は早速準備に掛かった。森の中での奇襲を仕掛ける事なんて狩りの時に散々やって来たからね。人間相手では初めてだけど容量は同じだろなんて甘い考えの元準備していた。


 一通りの必要な道具を用意し終えたところで、再び少女に大人しくしておく様に釘を刺しておく。盗賊達に少女が見付かれば、今やって居る事が水の泡に成ってしまうからね。


「お兄さんが戻って来るまでそこで大人しくしておくんだよ。あ、でもお兄さん以外の誰かが近付いて来たらそれを鳴らしてね」


 少女は持たせた獣除けの鈴を握りしめて、不安そうな表情でこちらを見つめて来る。心配してくれているという事なのだろうか。それとも、盗賊達に見付かってしまう事を恐れているのだろうか。喋ってくれないから何を不安に思っているのか分からないや。


「大丈夫だよ。後はお兄さんに任せて。なんならお兄さんが勝つことを祈っていてよ」


 そんな軽口をたたいて、優しく少女の頭を撫でる。少しは落ち着いてくれたのか、少女の表情から不安の色が薄らいでいく。


「おい、こっちから物音がしたぞ」「にゃーん」「なんだ野良猫じゃねぇか、猫じゃなくて子どもを探せ」近くから盗賊達の声が聞こえて来る。幸いまだ見付かっては居ない様だ。


「それじゃあ行って来るよ。君は大人しくして居るんだよ」最後に再び釘を刺しておいてから、森へ向き直り盗賊達の声がする方角に向かう。


 木々の丈夫な枝を渡って盗賊達のいる頭上で息を潜める。


「一、二、三……等間隔に散らばっては居るけど全員で十人みたいだな。他に人の気配もしないか」当初聞こえた声の数通りの人数なのを確認し終えて、にやり笑みを浮かべる。


 散らばっているなら都合がいい、まとめてよりも各個撃破の方がやり易いしな。それに狩りをしていた時を思い出して、ちょっと楽しくなってきたかも。


 だが、厄介な事に盗賊達は声を掛け合っているのだ。余り悠長にやっていたら奇襲している事に気付かれるかもしれない。出来るだけ素早く、一撃で仕留めないとな。


 仕留めて行く順番を決めて、盗賊達全員を俯瞰出来る位置に移動する。ダガーを携え、一人目の首元に狙い澄ます。


「たく、あのガキが、俺の目に石を投げやがって。見つけたら唯じゃおかねぇぞ」盗賊がそんな独り言を言って、草木を掻き分けて何かを探す無防備な背中に飛び降り、その喉にダガーを抉り刺す。当然口元を塞いで声を上げられなくしてから、一撃で仕留めた。


 一人目を仕留めてすぐに、二人目の背後に回り込む。自分が襲われる事なんて微塵も考えて居なかったのか、呑気にあくびしていた口を背後から塞ぎ、二本目のダガーを喉元に刺し込む。


 そして、同じ要領で三人目、四人目と次々に声を出せなくした後に喉を刺して行き、七人目を刺殺したところで問題が発生した。


「誰だお前、仲間に何をしやがった」他のまだ生きて居る盗賊に、七人目を刺殺した場面を見られてしまったのだ。


「おい、お前ら敵襲だ早くこっちに来い」すぐに口封じに動いたが、遅かった。近寄るこちらに対して、盗賊は剣を抜き攻撃を弾いて来る。


「どこの誰かしらねぇが、俺の仲間に手を出したんだ。ただで帰えれると思うなよ」怒りに満ちた目でこちらを睨む盗賊。その周りには呼びかけに駆けつけた、残り二人の盗賊も姿を現していた。


「…っ、三対一はキツイな」先程、攻撃を弾かれた時に分かったが、相手は戦い成れている。対してこちらは対人戦の経験は殆ど無い様なものだ。その上、状況は三対一、まともに戦って勝てるかは怪しいところ。更に言えば、此処は少女の隠れている場所から近い位置だ、戦闘を長引かせて少女の存在に気付かれる事が在れば面倒なことになる。


 迷っている時間も無い、腕の一本や脚の一本は持っていかれることを覚悟して、速攻で仕留める。手に持って居たダガーを捨て去り、他二人を無視して目の前の盗賊に向かい、槍を創り出し、胸元に突き刺す。


 心臓を貫かれた盗賊は血を吐きながらも、最後の力を振り絞り反撃して来る。そして、当然無視した残り二人の盗賊も黙って見てる事は無く手持つ剣で斬りかかって来た。


 攻撃を仕掛けたばかりで隙だらけの今、至近距離からの同時攻撃を避けきる術は無い。だが、致命傷を避ける事ぐらいは出来る。前方からの攻撃を片腕で防ぎ、左右からの攻撃は身体を捻り出来るだけ胴体から外れる様に動く。そうする事で盗賊達の攻撃で受ける被害を最小限に抑える事が出来た。


 受けた痛みに耐えつつ、そのまま後ろの二人を新に創り出した二本の剣でそれぞれの喉元を斬り裂く。それで、盗賊達は動かなく成った。


 こちらの被害は左手と両足を少し斬られた程度で済んだ。思ったより、被害を抑えられた事に安堵する。食事が最低限しか取れていない今、深手を負うと暫く動けなく成っていたかもしれなかったが、この程度の傷ならすぐに治るだろう。


 倒れて居る三人の盗賊が死んで居る事を確認したうえで、隠れて居る少女に安全に成ったことを伝える為に近寄る。


「もう出てきても大丈夫だよ。盗賊達はお兄さんが倒したからね」少女が隠れている筈の木陰に向かい、そう声を掛けたが少女は出てこなかった。不思議に思い草木を掻き分けて少女の姿を探すが、見付からなかった。


 一体どこに、不安に成って近くの草木も掻き分けて探すが見付からない。焦りを感じ始めた時に、背後から鈴の音が聞こえて来る。


 鈴の音に引かれる様に、すぐさま後ろを振り向くとそこには少女と剣を持った男がそこにいた。剣を持つ男は、少女の首元に剣を突きつけて、こちらを睨み付けて来る。


「よくもまぁ俺の子分達を殺してくれたなぁ」男は少女の髪を乱暴に掴み上げたまま、こちらを睨み、少女に突きつけていた剣をこちらに向けて来た。


「そいつらはなぁ、俺が頭領から頂いた大事な子分達だったてのに、意図も容易く殺しやがって、半獣人風情がよう」怒りに任せて男は荒々しい声を上げて怒鳴り付けてくる。


 怒りに満ちたその目をこちらに向けて、再び刃を少女の喉元に突きつけた。


「少しでも動けばこいつの首を叩き斬ってやるからな。そこで大人しくしておけよ」男はこちらにそう告げると、剣を向けたまま二歩こちらに近付いて来る。


「そうだ、そのまま動くんじゃねぇぞ。いや、動ける訳無いよなぁ。雇い主の安全を守るのがお前達の仕事なんだから」何を勘違いしているのか知らないが、男は動かないこちらを見ながらべらべらと喋り始めて来た。


「お前が殺した奴の中にはよう、最近子どもが生まれたばかりの奴だって居るんだよ。泥を啜ってしか生きられなかった俺らがようやく幸せを手にする筈だったのに、お前のせいで」一歩、また一歩と男は喋りながらこちらに近付いてくる。


「頭領のお陰で最近ようやくまともな生活が出来る様に成ったんだ。この仕事が終われば俺らはようやく日陰に隠れている生活とおさらば出来たのによう。お前のせいで、お前のせいで」感情的に声を荒げる男は剣先を震わしながら、また一歩、もう一歩と歩み寄り、剣の届く距離まで来て立ち止まった。


「お前もどうせこのガキの親に雇われただけの傭兵崩れなんだろ。だったら残念なお知らせをしてやらねぇとなぁ。お前の雇い主はもうとっくにくたばっている。だから、こいつを守った所で、報酬なんて手に入らねぇんだぜ。そして、お前は自分の仕事もまっとう出来ずに死んで行くわけだ」男は剣を振り下ろす。僕はそれを避けなかった。


 いや、避ける必要なんてなかった。新に創り出した剣で、男の振り下ろした剣を弾き、空いているもう片方の手で、少女の髪を掴む腕を斬り付ける。


 男が痛みで少女の髪から手を放した隙に、すぐさま少女の身体を抱き寄せて距離をとった。


「痛ってぇな。何してくれてんだ。今の状況も理解出来ねぇのかよ、このガキが」男は斬り付けられた腕の傷口を摩りながら声を荒げる。


「わかんねぇのか。どのみちもうお前の人生は詰んでいるんだよ。護衛も満足に出来ない傭兵崩れがどうなるかなんて分かり切った事だろうが。いま俺に殺されておいた方がマシだってなんでわからねぇんだよ」男は悲しそうなものを見るかの様な目でこちらを見て来る。


「わからないよ。そんなこと。僕はこの子の護衛でも無ければ雇われた訳でも無いしな。言ってしまえば唯の通りすがりだ」


「はぁ?なんだよそれ、ふざけんのも大概にしろよ。お人好しで俺の子分共を殺したって言うのか。お人好しでそんな子どもを助けたとでもいうつもりか。そいつの親がどんな奴かも知らない癖に助けたとでも言うのか」


「そうだ。詳しい事情とか知らん。この子の両親がどんな奴かも、お前達の事情とかも知らないし、知る気もない。僕はこの子に出会って守りたいと思っただけだ。それ以外の事ははっきり言ってどうでも良いさ」


「ふざけんじゃねぇぞ」僕の言葉を聞いた男は、血走った目でこちらに向かい走り寄る。


「そんな下らねぇ理由で、あいつらを殺したのか。そんな下らねぇ事で、こんな奴を守るとでも言うのか。そんな下らねぇ理由で。ふざけんな。ふざけんな。ふざけんな。大義も持たないガキが、俺達の邪魔をしてんじゃねぇよ」


 男は感情的に何度も剣で斬り掛かって来る。相手が感情的に成っているお陰か、剣の軌道は読み易いので弾くのは簡単だが、それで精一杯だ。


 分かっていた事だが、流石あの盗賊達を率いることはある。感情的に成っても攻撃のきれは、先程の盗賊よりも良い。今は防ぐ事が出来ているが、この男が平常心を取り戻せば、恐らく攻撃を防ぐ事も出来ないだろう。


 後ろには、少女が怯えたままこちらを見て動けないで居る。そんな状態だから反撃の為に、男の攻撃を避ける訳には行かない。だがこのままでは、いずれ男の攻撃を防ぎ切れずに少女と共に斬り殺されてしまう。


「くっ、何かいい方法は」攻撃を防ぎながら思わず呟いた一言、返事なんて求めて居なかったのその言葉に、誰かの声が返って来た。


「困っているみたいだから、手伝うぞ」淡々と喋る男性の声、その声の主は目の前の男でも、当然後にいる後ろで怯える少女のものでも無い。この場に姿を表さないその何者かはこちらが返事をする前に、言葉通り状況を変える支援を行った。


 突然男が振るっていた剣が空中で止まったのだ、剣を振るっていた目の前の男は状況に戸惑っていた。きっと彼は、頭の中で何故?どうして?と疑問が尽きなかった事だろう。


 動きが止まり、新に発生した疑問により生まれた男の隙を見逃す事も無く僕はそいつの脳天に槍を突き刺す。それで全て終わった。先程まで、怒りをむき出しにして攻撃を繰り出していた男が動かなくなった事で、先程まで怯えていた少女はようやく落ち着いたかの様に安堵の息を吐く。


 だけど、僕はすぐに警戒を解くことは無かった。当然だ、助けられたとはいえ、姿も見せない何者かが近くに潜んで居るのだから。助けてくれた訳だし、敵では無いのかもしれないが、今も姿を表さないような奴が味方とも思えない。


「どこの誰だか知らないが、姿を見せたらどうだ」僕の声に返って来る声は無かった。だが、返事の代わりとでも言うかのように、あるものが空中から目の前に振って来る。


 それは、真っ黒な色をした小型の刃だった。まるで投げる為だけに造られたかのような、その形状は、噂で聞いた事のあるクナイと呼ばれるものと似ている気がする。持ち手と思われる輪状の部分には銀色の布が巻きつけられていた。


 地面に刺さったそれを引き抜いたところで、ようやく聞きなれた声が聞こえて来る。


「ようやく見つけたわ、まったく急に走り出したと思ったらいきなり霧の中に飛び込むんだもの。お陰で探すのに苦労したのよ。って、どうしたのこの状況」


 ようやく追い付いて来たレイナは、地面に転がる盗賊達の死体を見て驚いた表情を浮かべる。


「これ、もしかして、ライドがやったの?」レイナが呆れた目でこちらを見て来る。


「えっと、そのだな。これには事情があって」どう答えたものかと思案しながら、少女の方に視線を移す。少女は先程と違い怯えて居らず、先程目の前で刺殺した男の死体を眺めていた。


「あら。その子は?」レイナが少女に気付き、誰なのかと声を掛けて来た所で、男の死体を眺めていた少女は僕の服を掴み、まるで付いて来いとでも言うかのように森の奥に向かい走り出す。


「ちょっと、せめて状況の説明ぐらいは、しなさいよ」レイナは、文句を言いながら少女に引っ張られる僕の後に付いて来る。


 少女の歩幅は小さいので、走っていると言っても、僕とレイナにとっては歩いている時と変わらない速度だったから、少女が目的地に向かう間に、レイナに今に至るまでの説明をする事は容易だった。


「そう、そんな事に成っていたのね。でも、それなら盗賊達と戦うんじゃなくて、その子を連れて私のところまで連れて来てくれたら良かったのに。教会では孤児を迎える活動をしているし、訳ありの子共の保護活動なんかもしているのよ」


「そうだったのか?あー、でも、あの状況だと、盗賊達に見付かるのも時間の問題だったし、多分それを知っていたとしても、盗賊を迎え撃つ事を考えていたかも」


「あのねぇ、私の実力はライドも知っているでしょ。迎え撃つにしても私と合流していれば、そこまで傷を負う事も無かったでしょうに」


 そんな会話を続けているうちに、ようやく目的地に辿り着いたのか少女が立ち止まった。


 そこには、壊れた豪奢な馬車が倒れており、護衛と思われる死体が幾つも周囲に転がっている。そして、少女は他の死体に目もくれずに倒れている馬車に向かって走りよっていた。


 馬車には夥しい程の血が中から流れ出ており、外から見ても中の様子は簡単に想像出来てしまう。


 少女は、倒れる馬車に這い上がり中に入る。そして、数分も立たないうちにすすり泣く音が聞こえて来る。

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