幕間 ライドさんと仲間達の関係 その一
「……って感じで、出会てから数日でスオウとは別れたんだよな。いやぁ今思い出しても面白いな。だって最初は友とか言っていた奴が、いつの間にか夫婦とか言い出すんだぜ、普通にこえーわな。ははは」まだ少しだけ酔っている様子のまま、ライドは時々突然笑ながらそう口にして、旅だってからすぐの頃の話をした。
「仕方ないじゃろ。誰かに助けられた事なんてあの時が初めてじゃったのじゃし。相手との距離をどう計れば良いのか解らなかったのじゃよ。それにお主と過ごす時間は楽しかったから、ちょっと気持ちが逸っただけじゃ。じゃが今と成っては確かに懐かしいのう」スオウは少し眠そうな目を擦りながらそんな事を口にする。
「二人は結婚したんですか?」先程の話を聞いている中で浮かんだ素朴な疑問、少年トウヤが、それを二人に投げかけると場の空気が凍った。
突然、宿の一室が先程まで酒を飲んで二人が騒いで居たのが嘘の様にシーンと静まり返り、三人共が突然口をつぐむ。
聞いちゃいけない質問だったかなと少年トウヤが困っていると、沈黙を破るかの様にスオウが口を開く。
「そうじゃな。ライドよ。そう言えばあの話はどうなったのじゃ。我が戻った時は面倒な状況に成って居ったから、後回しにしてしまっていたが結局我との式はいつに成ったら上げてくれるのかのう」スオウが鋭い声でライドに尋ねる。その様子はまるで禁酒の約束を破ったお父さんにお母さんが厳しく責め立てる時の様だった。
ライドがスオウの言葉に対して、申し開きを言おうと口を開きかけた所で、隣からライドの言葉を遮る様に声を上げる人物が居た。アルフレートさんだ。
アルフレートさんはどこか怒った様子で冷たく静かにスオウの言葉に反論する。
「はぁ、ふざけて居るの蛇風情が。ペット枠の分際で調子に乗って居るんじゃねぇぞ。ライドは私のものだからな。証人も居ない状態で立てた誓いなんて無効に決まって居るだろ」
蔑む様な目でスオウを見てそう言うアルフレートさん。かの、彼の怖い一面を見せられた様で背筋がゾクッと冷えた。
「あん、調子に乗っておるのはどっちじゃ。姿だけクレアに寄せてまでライドの側に居ようとする女々しいお主には言われたく無いわ。ライドの温情で同行を許されて居る事をもう忘れたのか。図に乗るのもいい加減にするのじゃな」
蔑む目で見て来るアルフレートに刺さる様な鋭い視線で見返して、そう口にするスオウ。二人は口論はどんどんとヒートアップして、声を荒げ始める。
「大体君は、周りの迷惑をちゃんと考えて居ないじゃ無いか。いつもいつも無茶に突き合わされるこっちの身に成ってよ。それから君は…………」
「周りの迷惑を考えて居ないのは、お主も同じじゃろ。あの時もお主が余計な事をしたせいで、我とライドの挙式を上げる事が出来なかったのでは無いか。大体お主はいつも…………」
最初は互いの悪口を言いを言い合って居た二人だが、お互いに大体言いつくしたのか、今度は自分がどれ程優れているかと言い始めた。
「私はこんなにも完璧な身体に成った上、男心というものも熟知しているんだ。蛇の君なんかよりよっぽどライドを幸せに出来るに決まっている。それに、私には薬学の…………」
「何が完璧な身体じゃ。それをいうなら我の方が完璧な身体じゃろ。見よ、この男の理想を詰め込んだこのボディを、美しいじゃろう、愛らしいじゃろ。完璧とは我の様な者の事を言うのじゃ。さらに、我ならば数多の眷属と…………」
最早止める者が居ない二人の口論?が終わる事は有るのだろうかと、少年トウヤが今日聞ける冒険話を諦め始めた頃、二人の口論を遮る様に笑い声が聞こえて来る。
「ははは、愛らしいって、スオウが自分の事を愛らしいって。はは、自分で愛らしいって。ははは、わははは。ダメだお腹痛い。ははは」
笑い声を上げて居たのは、ライドだった。それもお腹を抱えて、何がツボに入ったのか大げさな程面白おかしいとでも言うかの様に笑っていた。
「なんじゃよ。ライドは我を美しいとは思って居ないとでも言うつもりか。もしかして、我の独りよがりじゃったのか。あの時言ってくれた言葉は、嘘じゃったのか」
スオウはライドの笑う様子を見て、明らかに落ち込み出した。その姿は近所のお姉さんが失恋した時と同じで、スオウの落ち込む姿を見てしまった少年トウヤも、気分を少し落してしまう。
「違う違う。スオウは今でも美しいと思っているよ。でも、スオウが愛らしいって言うの無理があるだろ」ライドは笑ってしまうのを必死に堪えながら、スオウを弁護する。弁護?しているのかなぁ、これ。
「それじゃあ、ライドにとって愛らしいものとは何じゃと言うのじゃ」
「スオウ、君そんな答えが解り切った事を聞いても仕方無いでしょ。そんなの勿論、わた」
「そんなの、クレアちゃんに決まっているだろ。僕の生きて来た中でクレアちゃん以上に、愛らしい存在は居ないに決まっているじゃないか。スオウだってクレアちゃんの事を愛いやつって前に言っていただろ」
「……まぁ、お主はそう言う奴じゃったな。クレアの事になると急に饒舌に成るのじゃから。知って居るか、今のお主の様な者を親ばかと呼ぶのじゃぞ」
活き活きとした様子で語るライドに、どこか飽きれたような様子そう言葉を返すスオウ。
そんな二人のやり取りを見ながらトウヤは、思い浮かんだ疑問を投げかける。
「クレアって誰ですか?」そう、先程から上がっているクレアなる人物に付いて、まだ説明を受けて無いので気になっていたのだ。その質問を聞いたライドは目を光らせて、口を開く。
「クレアちゃんはとっても愛らしくて、可愛くて、守ってあげたく成る存在なんだ。お菓子を食べる時なんてそれはもうキュートで、あ、そうそう、初めて魔法を使え…………」
突然始まったライドの惚気話にトウヤは目を丸くする。一方、スオウは飽きれた目でライドを眺め、アルフレートはむくれた様な顔をしていた。
「それでさぁ、クレアちゃんの服を買ってあげた時なんて……」ライドが未だに口を休める事無く話を続ける中で、だんまりを決め込んで居たアルフレートが喋りだす。
「ロリコン」アルフレートが口にしたのは、そのたった一言だった。だが、ライドの話を止めるには十分だった様で、再び場が凍る。
「そうだよ、ライドのロリコン。いつもいつもクレア、クレア、クレアって、ライドってば、いつもそればかりだよね。ライドがどうしようも無い程のロリコンだから仕方なく私はこの身体に成ったっていうのに、なのに全然私には振り向いてくれないし。なんなんだよこのロリコンがー」感情的に声を荒げるアルフレートにライドが言葉を返す。
「アルフレート、一応言って置くけど、僕はクレアちゃんの事が好きなだけで、別に子どもが好きな訳じゃないんだよ」
ライドの一言が随分と意外だったのかアルフレートは雷に撃たれたかのように固まった。
「アルフレートよ、諦めよ。こやつは自分の事に成ると急に鈍くなるのじゃからな。お主が何を言った所で自分の言っている事と行動が矛盾している事に気付く事はあるまい」
スオウはアルフレートの肩をポンポンと叩いて慰めの言葉を送り、受け取ったアルフレートは釈然としないと言った様子で頬を膨らませる。
と、ここまで良く分からない三人の会話に口を挟むか迷っていた少年トウヤの我慢もいよいよ限界が来ていた。一旦会話が落ち着いた今のタイミングを見計らい、ようやく本題に戻す為に口を開く。まぁ良く分からない話をさせる切っ掛けを与えたのも自分なのだけど。少年はそれに気付かない。
「あの、そろそろ冒険がどうなったのか続きを話してくれませんか」
「おっと、そうだったな。すまんすまん。つい話が脱線してしまった」ライドはコホンと咳払いをして、少年トウヤの為に再び冒険話に話題を戻す。
「今から話すのは、スオウと別れてすぐ後の話になるんだが、そこでさっきから話題にしていたクレアちゃんと出会ったんだ」そう口にして、ライドはクレアとの出会いに付いて話出す。
「スオウと別れてすぐの頃、レイナの提案で近くにあると言う教会に向かって、森の中を歩いている時の事。突然森の奥から悲鳴が聞こえて来てな、悲鳴の聞こえた方向に向かうと、何とそこに盗賊に襲われていた一人の少女が居たんだよ。僕はその子を助ける為に盗賊達を華麗に撃退して、その少女と運命的な……」
「ちょっとまった」冒険話を続けるライドの言葉をアルフレートが遮る。
「ライド、ダメじゃ無いか。僕の前で嘘を付くつもりかい。クレアとの出会いはそんなロマンチックなものでも無かっただろ。もっと血みどろとしていたじゃないか、トウヤ君が勘違いしない様に、ちゃんと本当の事を話さないと。トウヤ君だって本当の事を聞きたいでしょ」アルフレートさんの圧に押されて少年トウヤは思わず頷く。
トウヤが頷いたのを見て、ライドは少し溜め息を漏らす。
「はぁ、仕方ないなぁ。此処からは暗くなる様な話が多く成って来るから、トウヤ君に聞かせるのは面白い部分だけ切り取って話すつもりだったんだけど。トウヤ君がそう言うなら仕方ないよね」
ライドは少しだけ、遠い場所を見る様な目をして語り出す。
「これは、スオウと別れて数日が経った頃の話…………」
少年トウヤはまだ知らない。ライドにとってクレアとの出会いが彼にどんな影響を与える事に成ったのか。
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