第三章 喰らう者との遭遇3

 スオウは境童子と呼んだ角の生えている男に向かって、言葉を交わす気が無いとでも言うかの様に、鬼気迫る表情のまま走り寄る。まるで突風でも起こしたかの様な速度で境童子の元まで一息に近付き、スオウは自身の握り拳で攻撃する。


 だがスオウの攻撃が届く前に男は、いつの間にかその場から姿を消していた。


「まったく、血の気が多いのは変わらんな蛇よ。総大将が死んでから何も進歩してないと見える」


 境童子と呼ばれた男の声が僕の真後ろから聞こえて来た。一瞬何がどうなったのか全く頭が追い付かない。当然だ、つい先程までは今スオウの居た位置にいた筈の男の声が突然真後ろから聞こえて来たのだから当然混乱するとも。


 そして、混乱していた事で次にとるべき筈の逃げるという行動が遅れてしまった。気付いた時には既に遅く、背後から伸びた手に腕を摑まれて意図も容易く後ろへ引き寄せられる。


「貴様ぁぁぁ」スオウが怒りに満ちた鬼の様な形相でこちらに走り寄る中、喉元に冷たい物が触れる。次の瞬間スオウは慌てた様子で走り寄っていた筈の脚を止めた。


「おっと、動くんじゃあない。動けばこいつの首を斬るぞ。あの時見たいにな」境童子は刀を僕の首筋にそっと当てている。


 僕も状況をようやく理解出来たが、結局動き出す事は出来ない。この丈夫な身体でも流石に頭と身体が斬り離されれば生きては居られないからだ。


「くっ……」僕が動けずにいる様子をスオウは歯を噛み締めて耐えるしか出来ないとでも言うかの様な悔しそうな表情で、こちらを眺めながら立ち止まる。


 自力で境童子の拘束を逃れようかとも考えたが、見た目が角の生えている事以外は、がたいの良い人間とそう変わらないのに、今黒焦げになっている継ぎ接ぎの化け物と殆ど変わらない程の力で押さえつけられている為、まったく拘束から逃げられる気がしない。


「おいおい、逃げようとしたって無駄だぜ。ただの半獣人が鬼である儂の力に逆らえる筈が無いだろ」境童子はそんな事を口にして、更に力を込めてこちらの動きを封じて来た。


「貴様、いったい何が目的じゃ」


「目的だと。そんな分かり切った事を聞く程耄碌したのか蛇よ。儂の目的など、一つしかないというのに」


「まさか、まだ諦めて居なかったとでも言うつもりか貴様」


「諦める?そんな事する訳が無いだろ。前は失敗したが今回の儀式は違う。必ずこの儀式を成功させてあの方を、我らが鬼の総大将を生き返らせるのだ。好きなだけ奪い、喰らい、犯す、我らが鬼のカリスマを蘇らせて再び鬼の時代をつくる事こそが儂の目的なのだからな」


「馬鹿な事を言うでないは、死んだ者は生き返らぬのじゃ。いや、生き返らせてはいけないのじゃ。それは世界の均衡を壊す行為なのじゃぞ」


「そんな事しったものか。あの方さえ生き返れば、鬼の時代を築く事が出来さえすれば全てが上手く行くのだ。あの方が復活する事に比べれば均衡の一つや二つが崩れようと大した問題でもないことだろう」


「貴様はなぜそこまでして……」


「理由なんてお前が一番分かっている筈だろ。むしろ儂からすればお前の行動の方が理解出来ないな」


「…………」


 スオウは境童子の言葉を聞き黙ってしまった。苦虫を噛みつぶした様なその顔からは、最初に見せた怒りが薄れ、後悔の様なものを思わせる。


「儂はお前とは違う。総大将が殺れた後、山に引きこもっていただけのお前とは違うのだ。儂はなんだってする。総大将を生き返らせれるのならなんだってな」


 そう言って境童子は、僕の首に当てていた刀を下ろした。首筋に当たっていた刃が無くなった事で小さな傷口がひりひりと痛む中、境童子は僕を解放する事はせずに掴んでいる手にさらなる力を加え始める。


 必死に振りはろうとするも、喉元の刃は無くなったというのに身体が動かなかった。


 境童子はそんな僕の腕を持ち上げて、口を近付ける。そしてガブリと噛みついた。それは、生物が獲物を食べる時に行う行為と同じもの、つまりは捕食だ。


 噛みついた部分に歯を立てて、徐々に肉へとめり込ませて行く。そして、骨に歯が当たるか当たらないかという所で下の歯と上の歯を引き居合わせて一気に噛み千切られる。


 激痛が走った。まるで雷にでも撃たれたのかと思える程の痛み。噛み千切られるまでの時間なんてほんの一瞬の出来事だ。だが、噛み千切られた後から感じるこの酷い痛みは徐々にが強く成って行く。


 耐えられない程の激痛で痛みに喘ぐ中、境童子はもぐもぐと口を動かして租借しながら、動けない僕を地面に捨てた。


「ふむ、変わった味だな。お前本当に獣人か?何だか懐かしい匂いも感じるとは思ったがまさか。いや、まさかな」


 境童子の言葉なんて耳を貸さずに、溢れ出ている出血を止めるべく、服を千切って感覚の無くなってしまった腕を必死に止血する。雑な止血を終えた頃には、付近に境童子の姿は無く、離れた場所でスオウと殴り合っていた。


 二人の殴り合いは僕の理解の許容を越えていた。簡単に言い換えれば次元が違うというやつだ。なんたって双方共に動きを目で追うだけでもやっとという程に早いのだ。


 もし万全な状態で奥の手を使ったとしても、今の僕の力では間に入り込む隙間すら無い程だ。交わる二人の攻撃はどんどんその激しさを増して行き、撃ち合う度に突風が風の刃の如く周囲の建物に被害を及ぼす。


 二人が撃ち合って数分で村に存在した建物の殆どが半壊している中、スオウは態々気を失っているレイナと痛みで上手く動けなく成っている僕を庇いながら戦っている。


 当然そんな事をしていれば、スオウの動きにだって無理が出て来る。こちらを庇おうと動く度にフェイントを掛けられて境童子の攻撃を諸に受けてしまって居るのだ。


「このままじゃ、唯の足手纏いじゃないか」自分の無力さを痛感して、少しでもスオウの負担を減らそうと倒れるレイナを引っ張り、物陰に隠れる様に移動した。のだが。


「どこに逃げるつもりだ」進行方向に突如として、境童子が現れて退路を塞がれた。境童子はやや面倒そうに口を尖らせて言葉を続ける。


「お前に逃げられたら、蛇の相手が面倒に成るだろ。それにしても腕を喰われたくせに、なんでまだ動けているんだ。源氏の化け物達と違ってお前は普通の人種だろ、まともな精神じゃないのか。それとも」


「境童子ぃぃぃ」境童子の言葉を遮る様に、走って来たスオウが叫びながら攻撃を繰り出す。いつの間にか境童子の足元には眷属の蛇達が簡単に抜け出せない程大量に巻きついており、この攻撃は当たったと思った。


「まったく、お前はいつも考え無しに突っ込むばかりだな。儂よりも長く生きて居る癖に、いや儂よりも長く生きて居るからか。いやはや歳は取りたくないなぁ」


 だが境童子は軽口を叩きながら、一瞬にしてスオウの背後に回り込んで蹴り飛ばした。


 境童子がどうやって蛇達の拘束から逃げられたの見えなかった、まるで空間を転移でもしたかのように、スオウの背後に現れたのだ。


「しかし、なんであの蛇はあんなにも元気に動けているんだ?封印した時はもっと弱っていた癖に衰弱するどころか元気になって居るじゃねえか。儀式用の魂を集める為とはいえ、流石に人間を与え過ぎたのか」境童子は顎に手を当てて、悩んでいる様な仕草を見せる。


「やはり、我を封印したのはお主だった訳じゃな。角を生やした男と聞いて、もしやと思っては居ったが、まさか本当にお主じゃったとはな。わざわざ探す手間が省けたというものじゃ」


「へぇ、まだ動けるのか。老いぼれの蛇にしては、がんばるじゃねぇか」


「誰が老いぼれじゃ、我はまだまだぴちぴちの蛇じゃぞ」


「それは無理があるだろ。まあいいや。もう少し戯れるのも面白そうでは有るがそろそろ時間だしな。当初の目的も達成済みな訳だし、おまけに贄の候補も見付かったからな、儂は返らせてもらうぞ」


 そう言う境童は、最初に現れた時同様に黒焦げに成っている継ぎ接ぎの化け物を掴んで、もう片方の手には刀を握っていた。そして手持つ刀で虚空を斬るとまるで、そこだけ空間が別のものになった様に孔の様な場所が開かれる。


「それじゃあな。精々もう直ぐ終わるこの世界で人生最後の余暇を楽しんでおくことだ」


 境童子はそんな意味深なセリフだけを言って、孔の中に入り消えていった。スオウは境童子の後を追おうとして急いで孔に近付いたが、スオウが孔の場所に到着した頃には既に孔は跡形も無かったかのように無くなって居た。


 そして、この場所には腕を一部喰われて貧血気味になっている僕と、未だに気絶して意識が戻らないレイナ、そして身体中に痛々しい痣を付けたスオウだけがその場に残っていた。


「大丈夫、じゃないよな。動けそうかスオウ」近くで座り込むスオウに声を掛けると、疲れた様子の低い声で返事が返って来る。


「ダメじゃ。身体中ボロボロでもう動けん。悪いがライドよ、あそこまで運んではくれないか」スオウは村の中でもまだ原型の残っている建物を指差す。


「運ぶって、今の僕じゃあ持ち上げたりは出来ないから引きずる事になるけど良いのか」


「あぁ、構わんぞ。ただ、出来る限りは急いでくれ。もう直ぐ雨がふるからの、流石に疲れた身体で雨に打たれるのは辛いからのう」


「わかった」と言って引き受けたは良いものの、今の僕では片腕しか使えない状態なので、レイナとスオウを引きずって建物の中まで入れるのはかなり苦労した。


 時刻は既に夕方、ぽつぽつと振り始めた雨は次第にその量を増していき、今では豪雨となって、些かうるさい程の雨音を立てている。


 疲れて横に成っているスオウの代わりに、眷属の蛇達が森から食べられそうな木の実を運んで来てくれたお陰で、今晩の食事には困らなくて助かった。


 喰われた腕を修復する為にも出来るだけ多く栄養を付けたいけど、二人を運び終えた後で雨の中どこにあるかも分からない食料を探して回る程の体力が残って無かったから本当に助かる。


「ありがとう」感謝の気持ちを伝える為に、木の実を運んでくれた蛇達の頭を撫でながらそう言っていると、横から不貞腐れた様な声が聞こえて来る。


「ライドよ、眷属をそのように褒める暇があるなら、先に我を褒めるべきでは無いか?我だって頑張ったんだぞ。奴の攻撃から身体を張って庇ったりもしたのだぞ。もっと我を褒めるべきではないのか」頬をむくれ始めたスオウがこれ以上文句をいう前に、蛇達を撫でて居た手をスオウの頭に移す。


「あぁ、そうだな。ありがとうスオウ」スオウが居なければ今頃、継ぎ接ぎの化け物にやられて食べられていた事だろう。例え、継ぎ接ぎの化け物をどうにか出来たとしても、あの鬼にあっけなくやられていたんだと思う。


 そう考えるとスオウが一番の功労者なので、お礼を言いながら撫で続けていると、スオウは甘える様にもっともっと、と撫でる手をせがんで来た。少ししつこくて、途中わしゃわしゃと力を込めて撫でていたが、なぜかスオウは喜んでいた。


 眷属達が運んでくれた木の実を食べた後、横になりうるさい雨の音を耳にしながら身体の疲れを癒す為、眠りに付く。


 夢を見た。その夢では、いつかに出会った事のあるそれと再び遭遇する。


「お前はもう直ぐあの子とめぐり合う」姿形がぼやけてあやふやに見える白銀の毛を纏うそいつは僕に向かって話しかけて来る。


「これは避けられない事だ。避けちゃいけない事なんだ。あの子と出会えばお前はもう進む事しか出来なくなる」そいつが何を言っているのかは、正直理解出来ない。まるで全く知らない言葉で喋り掛けられている様な感覚を覚える。


「お前はもっと強くなるんだ。あの子を守れるぐらい強く」そいつの言葉は良く分からないままだけど、僕はその言葉に頷いていた気がする。


「もう時間だ。お前にはもっと伝えなければいけない事はあるんだけど、これだけは憶えておけ、あの子を守らずに死ぬような事だけは俺が許さないって事をな」そいつがそう言い終わると周囲の景色が歪み始め、いつだか見た星と同じ瞳を持つあの子の笑顔が頭の中で映し出された。


 早朝、工房に居た頃と同じ様にいつもの時間に目を覚ます。


 昨日の雨は通り雨らしく既に振り止んでいた。側ではスオウとレイナ、そして眷属の蛇達が無防備で横になって寝ている。


 昨日、境童子に噛み千切られた腕を確認すると、指を動かせる程度は修復出来ている様だった。血管も殆ど治っており、下手な事をしなければ出血の心配も無いだろう。だが、流石に他の生物よりも断然再生能力が高いとはいえ、完治するまでにはもう少し掛かりそうだ。


 一応昨日止血に使っていた布を取っ払って、建物の中にある清潔な布に巻き替えておく。


 ついでに台所にある調理器具と蛇達が持って来てくれた木の実を使って朝食用に簡単なスープを作る。調味料は建物の中に沢山あったから味付けには困らなかったな。


 丁度スープが出来た頃に、匂いに釣られたのかスオウが目を覚ました。


「ふぁー、お、ライドはもう起きて居ったのか。それにしてもこの匂い、お主その腕で料理を作るとは、なかなか器用な事が出来るのじゃな」スオウは昨日の疲れがまだ残って居るのか少しけだるげそうにそう言って、作ったスープを一口スプーンで掬って飲み始める。


「まず先に顔洗って来いよ、それからレイナの分も残しておけよ」つまみ食いを続けるスオウとまだ気を失ったままのレイナを横目に建物の外に向かう。


「ライドよ、どこかに向かうのか?」


「ちょっと探し物にな。直ぐに戻るからレイナが目を覚ましたら先に食べとく様に伝えておいてくれ」不思議そうに尋ねて来たスオウにそう言い返した後、後ろでに手を振って、昨日燃やした酒場の方へ向かう。


 昨日の雨のお陰か、残り火らしきものも完全に鎮火して、建物の残骸と割れた酒瓶が転がっているその場所を掻き分けてある物を探す。


「あった、良かった変形とかはしていない見たいだな。煤は付いているけど」焼け焦げた建物の残骸からレイナの槍を拾い上げる。一応取れる限りの煤だけ掃ってから、レイナに返しに戻ろうと思ったら、残骸の中でキラリと光る物体を発見した。


「なんだこれ」不思議に思い、手を伸ばして拾い上げる。それは赤い宝石の様に輝く半透明な石だった。酒場を燃やす前にはこんな物は見なかったのだけど、一体どこから出て来たんだろう。いや、火薬なんてものがあった酒場だし宝石とかあってもおかしな話では無いか。


 でも、もしかしたら境童子か継ぎ接ぎの化け物が持っていたって可能性も有るし、スオウに見せに持って行くか。


 ガチャリと二人の居る建物の扉を開けて中に入ると、そこには目を覚ましたレイナが椅子に座ってスオウと話ている姿が見えた。


「おぉ、戻ったかライド。つい先程こやつの意識が戻ってな、気を失っていた間の事を話ておったのじゃよ」


「あ、それは私の槍じゃないですか。回収して来てくれたのですね。ありがとうございます」どこか暗い声で話すレイナに持ち帰った槍を返す。だがレイナは槍を受け取った後もどこか落ち込んだような様子を見せてる。


「えーと、どうしたんだ」明らかに気落ちしているレイナの態度を不思議に思い尋ねると、その答えはスオウの方から返ってくる。


「実はあの化け物の攻撃を喰らった衝撃で、書き換えていた認識が戻ってしまったらしくてな。こやつ、簡単に我の術に掛かって認識を書き換えられていた事がよっぽどショックだったらしく、起きてからずっとこの調子なのじゃよ」


「いえ、気にしないで下さい。貴方達を失踪事件の犯人と誤解したのも、あの化け物に遅れを取った事も、そしてなにより、そこの蛇に意図も容易く術を掛けられていた事に気付けなかった自分に失望しているだけなので気にしないで下さい」レイナは下を向きながらそんな事を口にして、ブツブツと自虐の言葉を呟きだした。


 気にするなと言われても、そんな様子を見させられて気にしない方が無理だと思うんだけど。今後の事に付いても話したいし、早いところ立ち直って欲しいのだけど何かいい方法は無いだろうか。なんて考えていると、頭の中である光景が映し出される。


 親の言いつけを破って落ち込む弟と妹、二人を元気付ける為にその金髪の頭をわしゃわしゃと撫でながら慰める。初めて見た筈の映像なのになぜか懐かしいと感じる。その映像に映っていた金髪の妹とレイナの姿がいつの間にか重なって見えていて、気付けば頭を撫でていた。


「なにしているんですか」レイナがジトっとした目でこちらを見て尋ねて来る。


「ご、ごめん。つい手が出ちゃって」慌てて手を退けようとすると、手を抑え付けられた。


「別に良いですよ。お兄様以外の人に頭を撫でられるのはいつもなら嫌なのですが、何だか貴方の撫で方は懐かしいですし、一応慰めようとしてくれている見たいなので今回は特別に許可します。もう少し撫でていて下さい」


 レイナがそう言って来たものだから、まだ暫く撫で続ける。そうすると、明らかに落ち込んでいたレイナの表情が少しずつ明るくなって行った。


「しかし、まさか年下相手に慰められる日が来るとは、思っても居ませんでしたね」レイナは満足したのか、自らそっと離れてこちらの目を見て来る。


「それにしても、貴方の瞳は……、いえ何でもありません」レイナは照れた様な、少し納得したような不思議な表情をした後、咳払いをして、いつも通りの表情に戻す。


「お主ら、我の前でよくもまあ見せつけてくれたものじゃな。終わったのなら我の頭も撫でるのじゃ」今度はスオウが不機嫌そうな声を上げて来た。


「スオウは昨日散々撫でただろ」スオウは僕の言葉に頬を膨らませてむくれる。


「我はお主の妻なのじゃぞ。じゃから我を一番褒めて労わなければいけないのじゃぞ」


 良く分からない理屈で怒り始めたスオウを無視して、先程拾った赤い宝石の様に輝く半透明の石を取り出す。だが取り出した石からは拾った際に見えた光の輝きは失われていた。


 あれ、と疑問を感じつつも、取り敢えずこの石に付いて何か知らないかスオウに尋ねる。


 スオウはあの境童子とかいう人物と面識があるようだったし、この石が境童子の持ち物だとしたなら、行方を手掛かりとかになるのでは無いかなんて、安直な考えで見せたのだが、スオウは首を傾げた様子で石を眺めていた。


「ふむ、これは……」スオウがしかめっ面で石を睨んで唸って居る中で、横からレイナが発言する。


「それ、魔宝石じゃないの。素材は見た事ない物だけど、ほら此処に魔法陣が描かれて居るもの」レイナの言葉で僕とスオウは石をよく観察する。すると、レイナの言う通り半透明な石の内部に魔法陣が描かれてた。


 魔宝石とは、文字通り宝石に魔法陣やルーン文字を事前に刻む事で即座に魔法を使用出来る様にする道具の事だ。魔法の知識を持たない者でも魔力の操作さえ出来るのであれば誰でも使えることが出来るので、水の生成や火の生成などの日用品として世界中に普及している物で、僕も工房にいた頃は水を用意する際によく使っていた。


 だけど、この石はどこか今まで使って来た様な魔宝石とは何かが違う気がする。具体的に何かと問われても答えられないけど、直観でそう感じ取ったのだ。


「確かに魔法陣は書かれているけど、本当に魔宝石なのかな。……光るだけで、他に反応しないけど」


 試しに魔力を流して見たが、手に持っているこの石は先程拾った時同様に一瞬光ったがそれ以外になんの反応も示さなかった。


「ちょっと、何の魔法かも分からないのに勝手に起動しないでよ。でも確か魔宝石にしては、光るだけなんて変ね」


 魔宝石に刻める魔法は単純な魔法程度しか無い筈だ、魔力が流れている間魔法陣が光るのは起動している事を分かり易くする為だけな訳だし、他に何も生成したりしないと言う事は失敗作とかなのだろうか。僕とレイナが頭を捻る中、今度はスオウが口を開いた。


「ふむ、なるほどのう。大体理解出来たぞ。しかしこれは興味深いものじゃな」


「理解出来たって、この石がなんなのか分かるのか」何かを納得した様な顔をしているスオウに、この石についての説明をして貰った。


 どうやら、この石は元々スオウの居た世界にしか存在しない鉱石の一つらしく、境童子もスオウと同じ世界の住人なので、この石の持ち主は境童子で間違い無いとスオウは言った。


「でも、その石がスオウさんの世界に有る鉱石だとしても、境童子?と言う人の持ち物だとなぜ断言出来るのですか」


「そう言えば、レイナ気絶して居ったから見てないのじゃったな。境童子の奴は特別な能力を持って居ってのう。あやつ自身は世界を移動出来る能力とか言って居ったな。我も実際に、この目で見るまでは信じられんかったが」


 そして、先程僕がこの石に魔力を込めた時だが、魔法はちゃんと起動していたのだとか。


 なんの魔法が起動していたのか聞くと、近くの魂を封じ込める魔法らしい。


「え、それってまさか、この中に村人の魂が入れられているって事?」


「この村人のものだけとも限らんがな、ほら境童子の奴、魂を集めておる見たいな事を言って居ったじゃろ。この石は集めた魂を留めておく事に使っておるんじゃろうな」


 と、こんな感じで石に付いての説明を受けた訳だが、魂を集めているなら、落したこの石を回収に戻って来るんじゃないのだろうかとスオウに聞くとそれは無いと言われた。


「この程度の大きさであれば精々二、三人分程度の魂しか入れられないからのう。細かい事は雑になるあやつの事じゃから、どうせ集めた魂の数なんぞ一々数えては居らんじゃろ」


 スオウはそう口にして石を眺めて、顎に手を置き何か考え事をしている様な仕草を見せる。僕とレイナはそんな姿を見せるスオウに境童子との関係を聞くきにはならなかった、だって愚痴とかばっかり話してきそうだもの。


「この石を使えばあやつの動向を探る事が出来そうじゃな」暫く考え込んでいたスオウが唐突にそんな事を言い出した。


「使うって、この石は村人の魂が入っているだけなんだろ。どうやって使うんだ?」


「さっきも言ったが境童子と我は元々異世界の住人なのじゃ。あちらとこちらを移動出来る境童子にとって最も安全な場所はどこだと思う?まぁ、さっさと答えを言ってしまうが、どちらもじゃ。あやつは恐らくこちらの世界と我の元居た世界の両方に拠点を用意している筈なのじゃよ」


「なぜ両方だと思われるのですか?」


「長い付き合いじゃったからな、あやつの考えはおおよそ想像が付く。あやつが行おうとしている儀式は世界そのものを敵に回す様なものじゃからな。あやつにとって安全な場所など最初から無いのじゃよ。じゃから両方の世界に拠点を構えているはずじゃ。無駄足を踏むことを嫌うところもあるからこの世界で儀式を執り行うとしたら他の世界に行っていると言う事も無いじゃろ」


「境童子が二つの世界に拠点を持っているとして、その石を使ってどうやって動向を探るつもりなんだ」


「別に難しく考える必要は無いぞ。さっきから言っておるが奴は無駄足を嫌い、さらに細かい事は雑になる正確じゃ。それに大量の魂を必要としておる。なら二つの世界で大量の死体が出た場所を調べて行けば奴の動向が分かり、大体の行動範囲も絞れるじゃろ。ついでに奴が次に狙う場所を特定することだって可能な筈じゃ」


「でも、境童子と違って僕達は他の世界に移動出来る能力なんて持ってないから、出来てもこっちの世界だけになるんじゃないの?」


「じゃからこの石を使うのじゃよ」


「?」僕がスオウの返事の意味を理解して居ない中、レイナは納得したような表情を見せる。


「つまり、魂を魔力に変換すると言う訳ですか。魔法使いみたいな考え方をしますね貴方」


 魂を魔力に変換。そう言う事が出来る事自体は知っているが、それって教会では犯罪として扱われるとか、昔読んだ本に書いてあったと思うのだけど。


「私の前で堂々とそんな事をよく言えるものですね。流石にそんな事を見過ごす訳には行かないと言いたかった所ですが……。貴方、もしかして知っていたのですか」


「我の情報網を侮るで無いぞ、法竜教会が魂の使い方に付いて魔羊協会と取り決めを終え、法を改正した事は既に我も承知の上でお主の前で話して居るのじゃ」


「まだ発表前の情報まで握っているなんて……。まぁ今回は見逃しますよ。失踪事件の犯人の正体や、その捜索に協力してくれるというのですから」


「頭の硬い連中が多いと聞いて居ったが、お主は中々話が分かるでは無いか」


 納得し合う二人に付いて行けず置いてけぼりをくらう僕。そんな僕をよそに二人はさっさと何かの準備に掛かり、建物を飛び出す。


 一応お腹が空いたので昼食を作っていると、準備を終えたスオウとレイナが建物に戻って来た。


「お、良い匂いがすると思って居ったら、料理を作ってくれたのか。我の門出を祝うとは、ようやくライドも夫としての自覚が芽生えて来たのじゃな」


「門出?スオウどこかに行くのか?」


「さっき、言って居らんかったか?我はこの後、この中にあるマナと魂を使って元の世界まで行くのじゃよ」スオウは、マナの層を吸い込む時に使ったブローチと先程渡した赤い半透明な石を手にして見せびらかせて来る。


「それを使えばスオウは元の世界に帰れるってことなの」


「あぁ、そうじゃ。残念な事に、この二つを使っても一人分の魔力しかないのじゃが

な。お主とは暫くの間、離れ離れになってしまうのじゃよ」


「そうなんだ」


「そうなんだってお主。我と離れ離れになるのじゃぞ。寂しくさせてしまうじゃろ」


「別にそんな事は無いけど」


「うー、うー、レイナよ。ライドの奴酷いと思わないか。暫く合えなくなると言うのに」


「そうね、流石にこれは無いと思うわライド。暫く合えなくなる相手なんだから、嘘でも寂しいとか言っておくべきじゃないかしら」いつの間にか仲良くなっていたレイナがスオウを庇ってこちらを非難して来る。そして二人はジトっとした目をこちらに向ける。


 あれ、僕が悪いのか?思っていた事をそのまま口にしただけなんだけどな。や、止めろ。そんな目でこっちを見るな。なぜか僕の方が悪い気がして来るじゃないか。


「う、さ、寂しくなるなー」二人の視線に耐えられずそんな言葉を口にする。棒読みで言ったその言葉を聞いた途端、スオウの表情がパァっと明るくなった。


「そうじゃろう。そうじゃろう。我だって一時とはいえ、お主と別れるのは寂しいのじゃから、お主もそうに決まっておろうな」


 棒読みで返事させたのになんでそんなに納得げに頷いているんだろうと思いながら、考え深そうに頷きながら語るスオウを眺めていると、スオウは自らの口に手を突っ込んで銀色の腕輪を取り出す。


 この光景もちょっと見慣れて来たかもとか思っていたら、スオウはその涎まみれの二つ腕輪のうち一つをこちらに渡して来て「ならば誓いを立てよう」とか言い出してきた。


「え?誓いって何を誓うの」


「それは勿論、我らが再び会う事が出来た時、挙式を上げる事に決まって居るじゃろ」何故かスオウは当たり前だろうとでも言いたそうな様子でそう言って来る。


「挙式とは、大きく出たな。この世界でそれがどういう意味を持っているか知っているのか」


「当然しって居るに決まっているじゃろ。だから誓いを立てるのでは無いか」スオウの世界ではどうか知らないが、この世界では挙式を上げると言う事は、大きな意味を持つ。それを承知の上で挙式を上げようというのだ。重い。重すぎるよスオウ。


「わかった。スオウにとってはそこまでの覚悟を持っての発言なんだよね。無事にこの世界へ戻って来られたなら良いよ」ちょっと早まったかなと思いつつもスオウとの誓いを承諾する。


 その後、作っていた昼食を食べ終え、スオウが世界を移動する準備を始める。


 地面に大きな魔法陣を描き、その中心に立つスオウ、僕は魔法陣の外からスオウの様子を眺める位置に立ち、腕には先程スオウから渡された銀色の腕輪を付けて最後の準備が終わるのを待つ。


 僕とスオウの間に立つレイナが槍を天に掲げて祈りの言葉を唱え始めた。


「偉大なる我らが主の眷属にして、我らに加護を与え給えた守護の大蜘蛛よ。道に迷いし者達に標を与え給え」祈りの言葉が終わるとレイナの槍が光り輝いた。


 レイナはその光輝く鉾先をスオウと僕の身に着けている銀色の腕輪にコツンと当てる。すると、二つの腕輪に光の糸で繋がる。その光景は一瞬の出来事で、直ぐに光の糸は見えなくなった。


 これはスオウがこの世界に戻って気安くする為に必要な儀式らしい。本来こちらの世界とは縁が薄いスオウが一度元の世界に戻れば、この世界に戻って来る事が困難になるのだとか。


 別に元の世界に帰るならわざわざこっちの世界に戻らなくても良いのでは?だからこんな儀式必要無いだろとか言ったら絶対面倒な掛け合いになりそうなので口にはしない。


 儀式を終えた後レイナが僕の横に立つ。それを合図にスオウが魔法陣にブローチと石を使って魔力を流し始めた。


「それじゃあレイナよ、そっちは任せたぞ」


「えぇ、スオウさんの方こそ、気を付けて下さいね」


 二人は謎の信頼に満ちた目でお互いを見つめながらそう言葉を交わした。いつの間にこんなに仲良くなっていたんだろう。


「ライドよ誓いの件忘れるでは無いぞ。それでは行って来る。ライドも、レイナも再会を楽しみにして居るがよい」そんなスオウの別れの言葉を最後に、魔法陣の光が一層強くなる。


 青く光輝く魔法陣の上で、大きく手を振るスオウ。その姿が見えなくなる程に光が強くなったかと思うと、魔法陣を中心に突風が吹き荒れる。風が止む頃には魔法陣の光は消えており、上に立って居たスオウの姿も見えなくなっていた。


「ところでレイナ、この腕輪ってずっと付けて居ないといけないのか?」


「加護の効果は貴方が身に着けている間しか発動しませんが、必ずしも外してはいけないという訳ではありませんよ。でもなんでそんな事を?」


「いや、だってこれ、凄い唾液まみれだし、洗いたいんだよ」


「それは……確かに嫌ですね。私の槍も手入れ注いでに洗って置きますか」


 スオウを見送った後、二人がまずとった行動は道具を洗う事だった。

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