第三章 喰らう者との遭遇2

 奴の奇声を聞き、すぐさま剣を創り出して構える。


 その様子を見ていた継ぎ接ぎの化け物が声高らかに笑うかの様な奇声を発っして、その巨体に見合わない速度でこちらに突進して来る。


『玩具、玩具玩具玩具玩具』覚えたての言葉を繰り返す子どもの様なその奇声を上げる中、化け物は鋭利な爪を掲げ、他の二人の事など眼中に無いかのように、こちらに向かい襲い掛かる。


 瞬時に距離を詰められた事で避ける間もなく、剣を構えて攻撃を受け止めようとしたのだが、その行為に直ぐに後悔することに成る。


 化け物の爪が剣に触れた瞬間、全身に衝撃が走った。まるで自身の何倍もの重さの物体をぶつけられた様な感覚と共に、その場から十数メートル程後方にまで一気に吹き飛ばされる。


 勿論足を地面にめり込ませる程度には踏み込んで攻撃を受け止めた。だが、化け物の攻撃が予想よりも格段に力強く、意図も容易く身体は宙に浮かせられてそのまま無様に空中へと投げ出されていた。


 気付けば、村にある住居の一つに転がっているのだ。壁を突き破りながら中に入り床に叩きつけられた背中に痛みが襲う。


 怪物の攻撃を受け止めた剣を確認すると、刀身が粉々に砕かれている様子が目に入る。 


 まともに攻撃を喰らって居れば、この多少丈夫なだけの身体ではひとたまりも無かっただろう。


 痛みに堪えて起き上がると、既に化け物がこちらに向かって走って来ている。逃げる時間も考える時間も無い、直ぐに新しい剣を創り構える。


 剣を構え終えた頃には既に怪物は自身の間合いに入った様で、爪を掲げていた。


 化け物の目がこちらを捕らえると、その五つの目をにやりと歪ませて、満面の笑みと共に奇声を発して勢いよく爪を振り下ろす。


 それを、真正面から受け止める。奥歯を強く噛み、全身に力を入れ、魔力を操作して無理やり血を巡らせる。足は既に床を突き破り地面を踏みしめて、攻撃を防ぐことだけに集中した。


 化け物の爪と刃がぶつかった際に、ドンっと衝撃が走り、地面を踏みしめていた足は用意に杭の如く下に沈み、全身の骨が軋む音が聞こえる。剣が砕ける音が聞こえる度に、砕けた部分を能力で補強し続ける。


 奴はその場で何度も爪を振り上げては、態々構えている剣に向かって振り下ろして来る。


 まるで何度も創り直される剣がいつ砕けるかを楽しんでいるかのように、奴は子どものように笑いながら何度も何度も何度も爪を振り下ろす。その度にドンっという衝撃が身体に走り、少しづつ踏み込む足が地面へ沈む。


 魔力は常に消費し続けている為、このままではいずれ限界が来て、奴の爪で用意に身体を貫かれるのは目に見えている。だが僕には他に出来る事も無い。


 能力で何かを創るには、頭の中で創るものを集中し続けなければならない。こんなにも簡単に壊されて創り直す事を繰り返しているのでは、剣を創る事以外を考えている暇がないのだ。


 僕は継ぎ接ぎの怪物に弄ばれるかのように、魔力を消費し続けて攻撃を防ぐ以外の事が出来なく成っていた。だがそれも長くは続かないだろう。こんなにも重い攻撃を喰らい続ければ、手足や全身の骨だって必ず限界を迎える。


 奥の手を使うにしても、この攻撃の雨をどうにかしなければ、準備にも掛かれない。


『玩具玩具玩具玩具玩具』怪物は疲れを知らないとでも言うかのように攻撃の手を一切緩めない。それどころか、奇声を上げ続ける度に振り下ろす爪の速さも勢いもどんどん増している。


「ぐっ、早い」


『玩具玩具玩具玩具玩具』


 頭が沸騰した様に熱い、思えばこんなに連続で特異能力を使い続けたのは博士の研究に付き合わされた時依頼だ。あの頃と比べれば随分と物を創り出せる速さも一度に消費出来る魔力の量も増えている。


 だが、それでも追い付けない。一撃振り下ろされ、次の一撃が来るまでの間隔が殆ど無くなって来ている。こいつどれだけ早く動けるんだ。そんな言葉を吐き捨てる事すら出来ないでいる。


 継ぎ接ぎの化け物が振り下ろす爪の動きが早すぎて、もう目で追う事すらも叶わない。


 そして遂に恐れていた通り、剣を創り直すのが間に合わなくなった。あっけなく砕け散る刀身、その破片が眼下で飛び散り化け物の爪が目前まで迫る。


 世界がゆっくりと進んでいるような不思議な感覚を感じた。動かけない身体、ゆっくりと確実に迫る爪、散らばる刀身の欠片。


 死の間際、視界に映る世界がゆっくりと動く様に映ると聞いた事がある。だから、あぁこれで終わりなんだ。そんな事を思った。どうせ旅を初めて直ぐに死ぬぐらいなら、あの時に生きる事を諦めておけば良かったかな。なんて今からではどうしようもない事を思い浮かべる。


 化け物に吹き飛ばされてから剣を砕かれるまでに、一体どれ程の時間が経過したんだろう。剣を創る事だけに集中した頭では正確な時間を計る事が出来なくなっていた。


 二人が逃げる時間位は稼げていただろうか、それとも実はほんの数秒の出来事だったりするのだろうか。僕はその事実から目を逸らす様にゆっくりと瞼を閉じた。


 もう直ぐ終わる自身の人生、思えば随分と短かった様にも感じる。工房での出来事はそれ程に楽しかったのだ。そして、旅を初めてからここまでも、正直ちょっと楽しかった。


 工房からここまで離れたのも初めてだし、酷い扱いは受けたけどあの村以外の人間や別の種族とも出会えた経験も僕にとっては初めての出来事でちょっとわくわくした。それになにより、スオウと出会えたのは旅をしたお陰な訳だし……。


 でも、欲を言えばせっかく唯死ぬことを諦めて旅に出たんだから、もう少しぐらい色々な街に言ったり、洞窟を探検したりしたかったな。


 終わりを待つ身で在りながら、自分の事ながら何とも欲深いものだ。


 だが、一向に終わりの合図を告げる痛みは訪れない。


 ……あれ、まだなの?それとも痛みを感じる暇さえ無く逝っちゃったのかな。未だに訪れない痛みに疑問を持ち、閉じていた瞼を開いた。 


 瞼を開くと同時に耳を劈く様な悲鳴にも似た継ぎ接ぎの化け物が発する声が聞こえる。


『オモチャ――アァァァ…………ア?』眼下には先程と同じ様に迫る化け物の爪先が映っている。だがそこには先程見た光景とは、全く別の光景が広がっていた。


 眼前に触れる直前の位置に存在する化け物の爪。それを素手で掴み動きを制止させる人形に成った腕。辺りは突風でも吹いたかの様に壊れた建物の木片が飛び上がり、堂々とした態度でボロボロのローブをはためかせる人物が居た。


「なにを諦めようとして居るんじゃ。我の夫であるのだからもう少しぐらいの悪足掻きぐらいして見せよ。夫のお主があっさりと我より先に逝く事など許さんぞ」


 長く美しい黒髪を靡かせて、そう言い放つスオウの姿はまるで昔読んだ事のある英雄譚に登場した、窮地に必ず駆けつける英雄の姿そのもので、思わず声が漏れる。


「か、かっけー」


「お、そうか?我ってば、そんなにかっこいいか?ならばその目にしかと我の活躍を焼き付けて、惚れ直すが良いぞ」スオウが嬉しそうな声でそう返して来た。


 そのセリフで、かっこよさ半減だよ。とか心の中で思いながらも急いで沈んだ足を地面から引き抜く。


「我ちょっと本気出そうかな」とか独り言を呟くスオウを横目に、周囲を見渡して状況を確認する。


 スオウは継ぎ接ぎの化け物を正面から力で抑えている。正直何処にそんな力が、とか思ったけど、元があれだったもんなとか考えたら納得出来る。継ぎ接ぎの化け物も見た目以上に力があるが、スオウならば暫くは耐えられそうだ。


 建物は既に半壊しており、何処からでも抜け出せる状態になっていた。そしてその建物の外では、レイナが槍を天に掲げて何かを唱えている。法術というやつだろうか。いや、それよりもこの村には化け物退治に役立つ物があった筈だ。急いで周囲を見渡して、目的の場所を発見する。


「スオウ、暫くそいつを抑えておいてくれ」と一言だけ言い残して、スオウの返事も聞かずに建物を飛び出す。


 *  *  *


「ラ、ライド!突然何を言い出すのじゃ。というか我を置いて何処に行く気なのじゃ。ここからが我の見せ場だったというのに」


 突然走り去ってしまった、ライドの奇行に驚きつつ背中を見送る。いや、見送らざる負えない。


 ライドの前だからこそ、カッコをつけようとしたは良いが、今抑えているこの奇妙な姿をした化け物の力が徐々に増して居るのだ。お陰で、当初思っていた以上に気が抜けなくなり、油断すれば逆に押しつぶされてしまい兼ねないのだ。


「き、貴様、中々やるでは無いか。じゃがな、我は力比べではあやつ以外に負ける訳にはいかんのじゃよ。一方的ではあるがライドの信頼にも応えなければいかんからのう。簡単に勝ち星を譲ってはやらんぞ」


 誤ってライドを傷つけない様に抑えていた自身の力を解く。人間に化けて居ようが大蛇の状態と同じ力を出す事は可能なのだ。だから、その力さえ出せばこの継ぎ接ぎの化け物を抑え込む事なんて簡単だとスオウは思っていた。


 だが、驚く事に継ぎ接ぎの化け物はこちらが力を強くすればする程、まるで、常にこちらよりも少し上回る力をどこかから供給されているかの様に化け物の強さも上がっているのだ。


『うがぁ――――』化け物が悲鳴にも似た声を上げる。奴自身の悲鳴に呼応するかの様に化け物の身体は膨張したかの様に膨れ始め、増える力も増して行く。


 だが、まだこちらにも余力はある。化け物がこちらの力を完全に上回る前に一気に畳み掛ける。スオウは全力で力をぶつけて継ぎ接ぎの化け物を抑え込もうとした。


『うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」


 互いの力をぶつけ合う、現在の状態ではスオウの方が僅かに力で上回っており、スオウ自身もこのまま勝負をつける気で居た。継ぎ接ぎの化け物の力が急に弱まるまでは。


「しまっ」気付いた時には遅かった、振り絞っていた全身への力が急遽入らなくなり、視線は建物の天井に向いている。空中に振り払われ、踏み場を無くした足はジタバタと視界の端で暴れ、自身の身体は宙で横向きになっていた。


 そして、ズドンという音が辺りに響く。音の正体が自身の身体を地面へと叩きつけられた為発した音だと気付くのには、少しばかり時間が掛かってしまった。


 何故なら、音を聞き取る前に感じた痛みが想像を絶していたからだ。痛みに苦悶する表情のまま、継ぎ接ぎの化け物を見る。


 奴は笑っていた。五つあるその目を歪ませて、悦に浸る様に裂けた口を吊り上げて笑っている。


『うぉふぉっふぉぉふぉぉぉぉ』もはや言語としてすら聞き取れないその笑い声を上げて、いつの間にか増えている四本の腕を一つの鈍器に見立てて、そのまま叩きつける。


 ズドン、再び音が響いた。今回のものは先程よりも鈍い音だ。攻撃を防ぐ事も出来無いまま、直接叩き付けられる。


 継ぎ接ぎの化け物はピクピクと瀕死のそれを見て、まるで飽きた玩具を踏み壊そうとする様に四本に増えている内の前足二本を持ち上げる。逃げ場も無く、回避する事も出来ない状態で、化け物の巨体の体重を掛けたその全てを踏み潰すかの様なその攻撃。


 只人であれば絶望しそうな状況だったが、スオウは霞む目で継ぎ接ぎの化け物を見て、口元に笑みを浮かべる。


 化け物はそんなスオウの態度を気にする事も無く、前足を振り下ろす。巨体の体重を入れた相手を踏み潰す行為で周囲に土煙が立ち込める。


『う、がぁぁ?』化け物はそこに存在する筈の感触を感じない事に疑問を持ち、地面を見下ろす。立ち込める土煙が次第に晴れて行くなか、足元に存在した筈のそれが無くなっている事に気付き、化け物は疑問を浮かべるかの様な声を上げた。


 そう、そこにスオウの姿は無かったのだ。継ぎ接ぎの化け物は不思議に思い周囲を見渡す。だが、その場に存在するのは自身の行動により破壊された、かつて建物だった残骸だけだった。


 見渡す残骸の中に光を放つ物が存在した。それは壁を壊した際に飛び散った窓ガラスの破片の一部で、背後からの日の光が反射しているものだと化け物は思う。だから化け物はその光が意味する事に気付かない。化け物は知らないのだ、なぜ鏡が自身を写すのかを、なぜ窓のガラスが陽光を反射するのかを、だから化け物は気付かない。背後から迫る危険に。


 丁度真上に位置する陽光が建物だった残骸の未だ残る屋根に遮られる中、ある光が化け物の背に向かい降り注がれる。


 *  *  *


 時間は少し遡り、宿屋の建物から継ぎ接ぎの化け物が出て来た直後。


 レイナは、奇妙な物音を立てながら建物から出て来た複数の生物を無理やり繋ぎ合わせたかの様な醜悪な化け物を目の前にして、戦慄を憶えた。


 あの時と同じ感覚、初めて自身がこの世のものとは思えない様な化け物や超常的存在と呼ばれるものと遭遇した日の事を思い出し、背筋がぞわりと震える。


『うがぁぁぁぁぁぁぁ』と言う言葉になっていない悲鳴にもに叫び声をした化け物相手に、レイナが恐怖に身体を強張らせて居るなか、それは動いた。


 継ぎ接ぎの化け物がその巨体に見合わない速さで、こちらに見向気もせずにライド目掛けて走り寄り、腕に有る大きな爪でライドを後方に在る建物まで吹き飛ばした。


 それは、本当に一瞬の出来事だった。見た限り、ライドはどこからか取り出した剣で化け物の攻撃を防いだ様に見えたが、あれ程の威力もの攻撃を無傷で防ぎきる事は不可能だ。


 真正面から受けたのだから腕の骨が砕けていてもおかしく無い。それに、化け物はもう既に吹き飛ばしたライドの後を追っている。生身であんなものを喰らえば一溜りもない事だろう。


 あの距離まで飛ばされては、どうあっても助けに入るのは間に合わない。仕方ないライドの事は諦めるしか無い。もし此処にお兄様がいてくれれば、彼を助ける事が出来たかもしれない。いいえ、私自身がもっと強ければ。


 自分の力不足に憤りを感じつつも、最善の行動を意識して準備する。


 あの化け物がライドを殺せば次は必ずこちらに来るはず。そして私とスオウが倒れる事が在れば、あの悍ましい化け物は近隣の村にも被害を及ぼす事でしょう。それだけは阻止しなければ、例え刺し違えたとしても。


 化け物がいつこちらに牙を向いて来ても対処出来る様に、身体能力を強化する護符を取り出す。


「スオウさん、奴がこちらに来たら私が法術で止めを刺しますので、祈り終えるまでの間注意を引いておいて下さい」そうい終わる前にスオウは隣から居なくなっていた。


「え、ちょっとスオウさん!一体どこに」


 慌てて周囲を見渡すと、彼女の眷属達がこちらに向かい何かを差し出して来ていた。


 そこには一言「あれを拘束するのを手伝え」と書かれていた。蛇の一匹が筆を加えているのを見るに、今蛇に書かせたのだろう。


「これってもしかして、スオウさんは、もうあそこまで行ってるんですか」


 建物の方に目をやると、化け物の動きが不自然に止まっている様に見える。スオウの眷属達も視界の端で私の言葉を肯定する様にうんうんと頷いていた。


 元が人では無い事は知って居たが、まさか人に化けた状態でもあれ程までに速く動けるとは思っていなかった。


「まったく、仕方ありませんね。命令して捕まえさせた後に無策だったとか言ったら容赦しませんから」レイナは文句を言いながらも、どこか安心した顔でスオウの指示に従う事を決める。だって、私もまだ死にたくありませんからね。刺し違える覚悟で無いと使えない法術とか使わずに済むなら、当然そっちを選びますとも。


 それに直接動きを止めてくれているなら、祈りに集中出来て狙いやすくもなるから手間が省けるというもの。予定とは違う用途になったが、身体能力強化の護符を脚力の強化だけに絞って使った後、片手で槍を天に掲げ、もう片方の手で触媒に使う骨を用意して祈りの言葉を唱える。


「偉大なる我らが主の眷属にして、我らに法を与えし裁定を下しし輝きの竜よ、偉大なる我らの主が残した大地を穢し、理に反する愚か者を縛る光の鎖を貸し与え給え」


 祈りの言葉を唱え終えると同時に手に持っていた触媒を砕き、粉末になったそれを槍先に振り掛ける。すると、触媒を振り掛けた槍先が光輝き始める。


 鉾先を継ぎ接ぎの化け物へと向けて構え、強化した足に力を込めて高く跳躍し、空を蹴る様に身体の向きを変えて、化け物の背に向かい一気に降下する。


「縛れ、裁きの鎖よ」光輝く鉾先が継ぎ接ぎの化け物の背に刺さった直後、レイナは叫び、己の魔力を槍に注ぎ込む。すると、槍で刺した部分を中心に動きを封じるが如く現れ飛び出した光の鎖が化け物の全身を縛り上げ、一瞬にして地面へと縫い付けた。


「やった、成功した」地面に着地した直後、化け物が縛られた様子を眺めて、初めて使用した術の成功に喜び思わずその場で飛び跳ねる。


 レイナにとって相手を殺害する以外の法術を使うのはこれが初めてだったので、内心では失敗したらどうしようなどと恐怖を感じていたのだが、今回の成功はレイナ自身にとっても手放しで喜べる程上手く行ったのだ。拘束したばかりの化け物から警戒を解いてしまう程に。


「なぁにを浮かれて居るのじゃ。詠唱を唱えるだけなのに随分と時間が掛かって居ったではないか。もう少し飛んで来るのが遅ければ、身体の一部を失う覚悟をせねばならんかったぞ」建物の土煙の中から、全身を血と泥で汚したスオウが割と元気そうに出て来た。


「そ、それは、貴方が先に行ってしまうから。それに、断罪の法術よりも今回使った法術の方が集中力を使うのですから仕方無いでしょ」


「何が先に行くからじゃ。言い訳してるで無いわ。我がこいつを抑え切れず居った場合はどうする気じゃったのじゃ。それにもしも他に敵が隠れ潜んで居ったら、詠唱中のお主など人捻りでやられて居ったであろう。大体その場で留まって…………」


 スオウが詠唱が長いだの、移動しながらでも使える様に成れだのと言って来るなか、近くにライドが居ない事にようやく気付いた。


「スオウさん、ライドは一緒じゃ無いのですか?」相変わらず離し続けるスオウの言葉を遮る様にそう尋ねる。


「ライドなら何かこやつを倒せる策があるらしくあっちの方向に走って行ったが……。ん?なぜ我の事はさん付けなのに、ライドの事は呼び捨てなんじゃ」


 スオウは村にある酒屋を指差した後、首を傾げてそう言った。どうしてライドは酒屋なんかに向かったのだろうか、あの状況で単に酒が飲みたいから向かったとも思えないけど。


「おい、なぜ我にはさん付けでライドは呼び捨てなのかと聞いて居るじゃろうが」


「えぇ、それ、そんなに気にする事でも無いでしょ」


「我にとっては、大事な事じゃ。お主が妾になるのは許すが正妻の座は譲る訳には……」


 スオウが長話を始めた丁度その時、背後からズンっと地面を揺らすかの様な大きな音が聞こえる。


 まさかと思い、法術により動きを封じた筈の化け物の方へ振り返る。すると、化け物は地面に縫いつける様に巻かれた光の鎖の隙間を縫うかの様に、幾つもの腕や脚を生やしていた。


「ひぇぇ、こ、こんなに手とか足ってありましたっけ」あまりの光景に思わず変な声が出てしまう。


 化け物の継ぎ接ぎ部分が一部解けて捲れる度に新しい腕や脚が量産されている光景に、背筋がぞっとするなか、隣に居るスオウが叫ぶ。


「離れろ」スオウは醜いものを見るかの様な目で化け物に身構えながら後ろに下がった。


 私もスオウに続いて後退しようとしたところで、突然周囲の地面が揺れ出す。


 ゴゴゴゴという鈍い音がしたかと思うと、未だ地面に縫いつけられたままの化け物周辺だけ、まるで地割れでも起きたかの様に、地面にひびが入った。


 そしてそのひび割れに後退中だった片足が巻き込まれて思わずバランスを崩してしまう。


「きゃっ」なんて声を上げる頃には身体が半回転して空を見上げていた。青空に浮かぶ暖かい陽光、その綺麗な光景を遮るかの様に醜い腕が見える。継ぎ接ぎの化け物が振るう半分くらい解けている継ぎ接ぎの腕が私に向かって振り下ろされていた。


 私はそれを見ている事しか出来ず、避ける事も叶わないままみぞおちを殴り付けられる。 


 ゴハァなんて普段口にする事も無い様な事を上げながら、叩きつけられた地面をバウンドして空中で二転、三転回転した。空中を回される中、継ぎ接ぎの化け物が複数本の足で立ち上がっている姿が目に入る。


 化け物は依然として、私の刺した槍から展開されている光の鎖で縫い付けられて拘束されているが、その光の鎖が縫いつけていた地面は、今現在力任せに地面から切り離されており、その土の塊を背負ったままの状態で、私を見下ろしていた。


 空中で回転し終えた私の身体は、恐らく肋骨が数本折れた為であろう痛みを抱えている状態のまま、衝撃を回避出来ずにうつ伏せで地面に激突する。唯一の救いは激突した地面の上に近くの壊れた建物の残骸がクッションに成って頭部の損傷を免れた事ぐらいだろうか。


 何れにしても強烈な痛みにより動けぬ身体は、存命の為に壊れた部分を修理しようと、 僅かに残った意識すら奪い取り、そのまま視界が暗闇へと呑まれて行った。


 *  *  *


「後はこれをこうして……」酒屋に辿り着いて早々に取り掛かった作業もいよいよ終わりを迎えようという所で建物の外からゴゴゴゴと大きな音が聞こえて来る。


 なんの音か気になり様子を見る為、建物の扉を慎重に開けて、先程僕が吹き飛ばされて半壊したばかりの建物の方を確認した。するとそこに先程の姿とは、まるで違った姿形に成っている化け物の姿が目に入る。


 その化け物は、なぜか地面の一部であったであろう岩の塊を背負っており、背中の部分と思しき場所にはレイナの槍が刺さって、光の鎖を身体中に巻きつけていた。


 さらに、手足が異様な程増えているその光景を目にして、現在の状況がとんでも無く混沌としている事に驚いたが、それ以上に怒りが湧いて来る。


 継ぎ接ぎの化け物の周囲に、血だらけに成って倒れているレイナ、満身創痍と言った様子でふらふらと左右に揺れながらも立ち続けるスオウ、そして引き裂かれた蛇達の姿を見たからだ。


 化け物はスオウに止めを刺そうとするかの様に一歩足を踏み出した所で、思わず手にしていた酒瓶を投げてしまった。当然距離がそれなりに離れている為、酒瓶は化け物に当たるよりも前に落下して、ガシャンという大きな音を立てて割れた。


 それが怒りからの行動なのか、スオウを守ろうとしてとった行動なのか、当時の僕には解らなかったが身体だけは考えるより先に動いていたのだ。


 そして酒瓶の割れる音が響いた事で、スオウへ向かおうとしていた継ぎ接ぎの化け物の足が止まり、ゆっくりと顔をこちらに向けて来る。


 化け物と僕の目線が合うと、継ぎ接ぎで繋ぐ五つの目をにやりと歪ませて、奇声を上げて来た。


『玩具、僕の玩具。見つけた見つけた見つけた。楽しい僕だけの玩具』化け物の声がそう言っている様に聞こえて来るかと思うと、継ぎ接ぎの化け物は複数の方向に向く沢山の脚を器用に扱い、こちら向かって走って来る。


 だが流石に脚が多いと歩きずらいのか、今日出会っていきなり襲われた時と比べれば、その動きは遅く感じる。それでもそこらに生息している様な動物よりもよっぽど速い。


 こちらに今まさに迫って来ている化け物を横目に酒屋の扉に目を向ける。

「まだ、最後までは準備出来て無いんだが。いや、もう準備をしている余裕も無いか」ぼそりと自分に言い聞かせるかの様にそう呟いて、用意していた松明に火を付けた後、酒屋の扉の前で接近を待つ。


 化け物は表情を歪ませたまま、一切の躊躇いもせずに真っ直ぐこちらに向かって走りながら、数本の腕を掲げて爪を見せつけて来る。


 まだだ、まだ動くな。攻撃を受けた時の衝撃を思い出して、震え始める脚を抑えながら化け物の接近を待つ。


 あと少し、もう少し。爪での攻撃が当たるか当たらないかの距離まで勢いを崩す事も無く突進して来る化け物を眼前にして、爪を振り下ろされる直前に全力で横に転がり攻撃を回避する。


 化け物は走って来た勢いのまま酒屋の扉に突撃して建物の中へと転がり込み、移動させていた酒樽を壊しながら奥へと向かう。そして、僕は火を付けおいた松明を化け物が壊した扉の奥へと勢いよく投げ込み、全力で建物から逃げる。


 瞬間、ボンと用意していた火薬が爆発して爆風が背後を襲う。振り返ると建物全体を一気に火の手が回って元々酒屋だった建物は、まるで暖炉にくべた薪の様に燃え上がっていた。


 燃え上がる建物の奥からは、のたうち回る様な音を響かせながら焼かれる身体に苦しむ悲鳴が聞こえて来る。


「あぁ、がぁぁぁぁ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ」


 化け物は用意していた大量の酒樽をぶつかりながら壊して、酒気を充満させた奥の部屋へと突っ込んだ事で、自身の身体を焼かれる準備をちゃんとしてくれたようだ。


 苦しみからか、その場で転がり火を消そうと掻きむしる化け物の姿を建物の外で眺める。 


 化け物が逃げ出した際にしっかりと止めをさせるようにだ。正直魔力も既に心元無い程減っているので、出来れば炎だけで倒れて欲しいところだなと考えつつ様子を眺めていたが、化け物は燃え上がる建物から出ようとする事も無く、上げていた悲鳴が止んだ。


 そして、日が傾き始めた頃には燃え尽きてガタンと炭になった建物の残骸が倒壊する音だけが響く。


「一体何じゃったのじゃ、あの変な生物は。というか生物と呼んで良いのかも解らんぐらいじゃぞ」建物を見つめる僕の背後からスオウが声を掛けて来る。視線を移すと満身創痍に見えた時から体力がある程度は回復して居るのか、レイナを担いで近付く姿が目に入る。


「あ、しまった。槍……」レイナの姿を見た事で化け物に刺さっていた槍を回収し忘れていた事にようやく気が付く。


「どうしよう。レイナは大切な物だって言って居たのに、その槍ごと火を付けちゃったよ」


「そんなの、後で回収すれば済む話じゃろ。あれくらいの熱で変形する程度の代物でも無いのじゃし、付いた煤を拭き取ればバレないじゃろ」


 そうかなぁ、なんかどう誤魔化してもぞんざいに扱った事をバレてしまいそうな気がするんだけど。


「ん?ライドよ。どうやらまだ終わっては居らんようじゃぞ」スオウが煙の上がる建物を見つめて、警戒した声を上げた。


 その視線の先には先程燃やして崩れた、元酒屋の残骸から立ち込める煙の中に佇む人一人分の影に向けられている。


 その影は、先程燃やした継ぎ接ぎの化け物と比べれば一回り小さく、二本の腕と二本の脚を持つ姿から、人型の生物である事を窺わせる。そして、その影には人間では無く、人型と言わせるある部分があった、それは角だ。


 頭部から生えている二本の上に向かって真っ直ぐ伸びているその角が、僕とスオウを警戒させる。


 ヒューっと一際強い風が吹き、人影の正体を隠す様に立ち込めていた煙が晴れて、二本の角を持つ影の姿が露わになる。


 そいつは、初めて見る羽織りの様な服を風に靡かせて、額から二本の角を生やし、品定めをするかの様にギラギラした瞳でこちらを見ていた。黒焦げに成っている継ぎ

接ぎの化け物を片手で掴み、もう片方の手では噂でしか聞いた事のない刀と呼ばれる刀剣を手にしていた。


 影の正体を見た事で更に警戒を強めるなか、隣に居たスオウはわなわなと身体を震わせていた。そして、ゴトっと自分が担いでいたレイナを落した事も気にせずに、新に現れた角の生えている人物を睨みつける。


 その表情は鬼気迫る様な顔をしており、まるで積年の恨みをぶつけるかの如く声を荒げて叫んだ。


「貴様、どの面を下げて我の前に現れた。境童子!」


 境童子と呼ばれた人物は、スオウを見て少し驚いた様子をみせた後、対話の意思が在るかの様に持っていた刀を鞘に納めた。


「久しいな、蛇よ。よもや封印を解いて出て来ていたとは思わんかったぞ」まるで、親しい友人に話しかけるかの様に境童子はスオウにそう言った。

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