幕間 ライドさんは怖くないよ
「……と、始まりはこんな感じだったかな。まぁ、僕は英雄でも何でも無いし、目的は合ったけど割とふわふわした理由で旅を始めたんだよね」
ライドが少年トウヤに自身が造られてから、旅を始めるまでの話しを語り終える頃には、トウヤの顔は暗く沈んでいた。
「ライドお兄さんは、人を殺したの」トウヤは暗い声でそう尋ねる。
ライドは少しの間、返答に困った様子を見せるも、何かを覚悟した顔で少年の問いに答える。
「そうだよ。ライドお兄さんは人を殺したんだ。旅を始める前にも、旅を始めた後も、それはもう沢山ね。……トウヤ君、君は今の話しを聞いて僕の事を怖いと思うかい」
ライドは優しくトウヤに尋ねる。自身が嫌われる事を考えた上で。なんなら泣き叫ばれても仕方ないとすら思っていた。だけどトウヤはライドの問いに、はっきりとした声で返事を返す。
「怖くなんてないよ。だってライドお兄さんは、僕の命の恩人なんだもの。それに、さっきの話しだとライドお兄さんだけが悪い訳じゃ無いじゃないか。その村の人達が先に悪い事をしたんでしょ。お父さんが前に言っていたんだ、自分の身を守る為に攻撃するのは正当防衛っていうんだよね」
「えーと、それとはちょっと違うかなー。そりゃまだその年じゃわかんないか」ライドは再び困った顔でそう口にした。
少年トウヤはライドの言葉に「違うの」と首を傾げる。
「いいかい、トウヤ君。まだ良く分からないとは思うけど、今からいう言葉をちゃんと覚えておくんだよ」
ライドはそう言って少年の前で、注意を促すかのように人差し指を立てて言葉を続ける。
「大事なものっていうのは失ってからしか、その大切さに気付けないものなんだ。でも失った時には本当に凄く悲しくなるんだよ。だから、これから先、君がもし少しでも大切だと思えるものが見付かったなら、それを失う前に無くさない為の努力をするんだ。努力もせずに失えば後悔しか残らないからね。ライドお兄さんのアドバイスさ。ちゃんと覚えておくんだよ」
ライドの言葉にトウヤは首を傾げる。
「よくわからないよ。ライドお兄さん」
「なはは、人に伝えるって、難しいな。でも、トウヤ君には同じ思いして欲しく無いし、何か分かっても貰う方法は無いものだろうか」
ライドがどう言おうかと考えていると、勢いよく部屋の扉を開く音がした。
「話しは聞かせて貰ったぞライドよ」突然の大声が宿の部屋に響き、黒髪の女性がずかずかと入って来る。
「急に大声を出すなよな。スオウ」ライドがスオウと読んだ黒髪の女性は座っていたトウヤの近くまでやって来る。
「わらべよ、ちとこちらを向くがよい」トウヤはその言葉に従うかのように、自身の意思とは無関係に長い黒髪の女性の方を向く。
そして女性が縦長の瞳孔をした目でトウヤの瞳をみると、トウヤは蛇に睨まれた蛙の様に身体が固まってしまう。
「良いか、トウヤとやら。ライドに聞いた話しを一言一句忘れる出ないぞ。お主の為にわざわざ言ってくれて居るのだから聞き逃さずに、そしてお主の生が尽きるその時まで、決して忘れるでないぞ」
黒髪の女性はトウヤの瞳を覗いたままそう言い終わると、トウヤはこれまた自分の意思とは無関係に身体が動き頷いた。
「こらこら、なに子どもに対して暗示を掛けているんだよ。間違って変な事言っちゃったら、一生覚えられちゃうじゃないか。というかスオウ、暗示は使わないって前に約束したよな。約束を破ったらどうするか言っていた筈だよね」
「こ、これは、お主を助けようとしたのじゃから良いではないか。むしろ感謝されるべきじゃろうが」
ようやく自由に動けるようになったトウヤをよそに、睨み合い始めるライドとスオウ。
「あ、あの、喧嘩は良くないよ」
トウヤは二人にそう言うが、ライドとスオウには聞こえていないらしく、睨み合う二人は口論になる。
「大体あの時、お主が誰かを助ける為に暗示を使えと言ったから、お主の為を思って使ったんじゃろうが」
「別に使うように頼んだ事はないだろ。第一僕の為に使うんじゃなくて、他の人の為に使えって前に言ったよな。あと、約束破ったから今日のおやつ抜きだからな」
「な、それは無いじゃろ。今日食べる新作クッキーの為に昨日頑張って森中を駆け回ったと言うのに」
「それはスオウの眷属が……」
何故か内容がしょぼい口論を繰り広げる二人をどうすれば止められるのだろうかと、あたふたするトウヤに救いを差し伸べる声が聞こえて来た。
「わざわざ止めに入らなくても、少しの間放っておけば良いよ。どうせいつも通りすぐに仲直りするだろうし」
声のする方向に振り返ると、部屋の出入口で呆れた顔をしながらトウヤに手招してくる、ライドの仲間の一人である銀髪赤目の少女だった。
「えっと、昨日は助けて頂きありがとうございました」少女の方に向かい、ライドにしたように頭をさげて、礼を言う。
「あぁ、そんなの気にしなくても良いのに。でも、気持ちはありがたく受け取っておくよ。そう言えば、身体の方は無事なの?一応家に運ぶ前に大きな怪我をしてないのは確認して居たけど、後から頭が痛く成ったとかしてない」
銀髪赤目の少女は優しい声で心配そうにそう言うと、ペタペタと少年の身体を触り始める。
「だ、大丈夫ですから」自分と変わらぬ背丈の少女に触られた事の恥ずかしさもあり、大げさに距離を離してそう言った。
「そう?大丈夫だって言うなら構わないけど。もし後で痛みが出る場所が有れば言ってね。私は薬学の知識を最低限は身に着けているから、薬とか用意出来るよ」銀髪赤目の少女は妖艶な笑みを浮かべて、そう語る。
「そう言えばまだ、名乗って居なかったね。私の名は、アルフレートと言うんだ」
「アルフレートさん、ですか」目の前に居る少女が男の様な名前をしていた事を不思議に思い少年は思わず聞き返してしまう。
「ああ、もしかして、呼びずらかったかな?だったら、アルでも、フレートでも好きに読んでくれて構わないよ」
名前を呼びずらかったと勘違いした少女がそう言ったのを見て、少年トウヤは少女が別にからかうつもりで言った訳では無く、本名を語ったのである事を理解した。
「アルフレートさんって凄くかっこいい名前ですよね」トウヤは思った事をそのまま伝えたが、伝え終わってから失敗した事に気付く。
ついこの前にも旅する冒険者の女性に名前をかっこいいと言ってしまった事が会ったのだが、その時は失礼だと怒られてしまったので、今回も怒らせてしまうと身構えてしまったが、続く少女の発言に驚く事になる。
「おや、そうかい。そんなことを言われたのは、初めてだけど中々嬉しいものだね」と、少女はトウヤを怒るどころか、名前をかっこいいと言われた事を喜んだのだった。
「あれ、怒らないの」
「ん?なんで怒る必要があるんだい」
「だって、女の人の名前をかっこいいって言ったら失礼になるんでしょ」
アルフレートは少年トウヤのその言葉を聞いて、何やら驚いた顔をした。そして自身の服装を見て、あぁ、と何かを納得したような顔をする。
「確かに、それで怒る女性も、なんなら男性もいると思うけど。中には名前をかっこいいって言われて喜ぶ人だっていると思うから、あまりそんな事を気にしなくても良いんじゃないかな。それに私にも気を使う必要は無いよ」
アルフレートは自身のスカートの裾を持ち上げてひらひらと揺らし、ながら言葉を続ける。
「たしかに今はこんな恰好をしているから、勘違いしてしまったのだと思うけど、私は実は男なんだよ」
アルフレートは少年に向かってにこやかにそう言った。それを聞いた瞬間、少年はその場で固まってしまう。
目の前にいる長い銀髪を靡かせる赤い目の少女にしか見えない彼女は彼だったのだ。
「え、え?」少年は言葉につまり、驚いている。
少年が勘違いするのはしかた無いというもの、何たってアルフレートの来ている服装は、男の物では無く、年相応の少女の物だったうえ、顔付きは美少女と言われても納得してしまう程の容姿をしていたのだから。
「ふふ、おもしろ反応をするねぇトウヤ君は」アルフレートは純情な少年トウヤの困惑する顔を見てひとしきり楽しんだ後、いつの間にか騒がしかったのが賑やかに成った宿の部屋に入る様に促した。
トウヤがアルフレートに促されるまま部屋に入ると、何かを飲みながら肩を組み笑顔でで並んでるライドと黒髪の女性が居た。
「はぁ、ライド。また飲まされているのか。後で薬は出すけど、程々にしときなよ」
アルフレートがそう言うと、口論になっていたのが嘘の様に仲良く成っている二人は笑顔で分かってるってと言って来た。
「お、そこのわらべよ。ライドから聞いたぞ何やら楽し気な事を話して追ったそうじゃ無いか。折角じゃ我も混ぜよ」
黒髪の女性は酒瓶を片手に、トウヤに向かってそう言って来る。
「はぁ、君はまず先に自分の名前を名乗ったらどうなのかな」
アルフレートが黒髪の女性にそう言うと、そうじゃった、そうじゃったと言って黒髪の女性が名前を名乗り始める。
「我こそは…………面倒じゃから、スオウと呼べ。最早今ではそっちの方が呼ばれ慣れて居るしな」
黒髪の女性はそう言って、手に持つ酒瓶の酒を飲みだす。
「ごめんねトウヤ君、それでぇ、続き、聞くぅ?」
黒髪のスオウさんの隣で、少し酔っている様に横にふらふら揺れているライドさんが話しかけて来た。
少年は出直す事も考えたが、此処にいる三人が何時この宿を出るか知らないので、続きが気になっていた事もあり、出来る限り沢山の話しを聞く為に頷く。
「ふっふっふ、ならば聞かせよう。我とライドのなれそめ話をな」
「そんなぁ、ロマンチックなものでも無かっただろぉ」
酔った二人がそんな事を言い合いながら、少年トウヤは二人の話しを聞く為に近くの椅子に座る。
「うー、ひっく」と、酔っている二人がちゃんと話してくれるのか少し不安を感じながらも、ライドが旅を出てすぐの頃の話しが始まった。
「あれはそうだな、確か旅に出てから一週間位した頃だったかな……」
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